マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

問題意識の重要性

2016年03月29日 | マ行

東日本大震災5周年報道の盲点

 東日本大震災5周年ということで大々的な報道がなされました。私には珍しくそれらの報道を、NHKテレビと朝日新聞だけですが、かなり丹念に見ました。それは問題意識があったからです。つまり、朝日紙やNHKは「正しい問題意識」を持って事実を整理し、復興に役立つ「本当の全体像」を与えているか、という事です。答えは残念ながら「ノー」でした。それを詳しく述べます。

 まず、復興の部門を分けてみますと、それは①大地の復興、②町と個人住宅の復興、③生活(経済生活とコミュニティ)の復興、④(復興とは少し違いますが、反省すべき問題として)避難所と仮設住宅の在り方、の4つに分ける事が出来るでしょう。

 ①の「大地の復興」について考えますと、こういう問題があること自体が阪神・淡路大震災の場合との大きな違いです。つまり、今回は原発事故による放射能汚染から大地を復興させなければならないというとても困難な問題があるということです。

 正直に申し上げますと、この問題の解決策は私自身、持ち合わせていません。映像を見ますと、あちこちに「汚染土を詰めた大きな袋」が山となって積まれていますが、中間貯蔵地も最終貯蔵地も決まっておらず、住民の強い反対があります。

 いま福島原発の立地している所に深い穴を掘って埋めるという案はどうでしょうか。これくらいではすべての汚染土を埋められないでしょうが。トイレの無いマンションと言われた原発を作ったこと自体の問題ですから、解決策のない事は最初から分っていたことです。

 ②の「町と個人住宅の復興」については、基本点は阪神・淡路の場合と同じでしょうが、今回は津波による住居喪失が主ですから、津波対策をどうするかという新しい問題があります。つまり、この問題は①の大地の復興と重なる点が大きいのです。もちろん中心問題は、どういう津波対策が取られたか、です。

 それは大きく分けて、土地の嵩上げを主とするか、宮脇昭の防潮林を主として考えるかが対立の中心だと思います。それなのに、NHKのどの特集でも朝日の記事でも後者の防潮林路線は全然取り上げられなかったのです。もし私の見落としだと言うならば、どこでどう宮脇路線が取り上げられたかを教えて下さい。後者こそ「真の復興の中心だ」と考える私の視点では、今回の復興特集は無意味だったと言わざるをえません。

 たしかに宮脇派の「いのちを守る長城プロジェクト」もそのホームページの作り方が拙劣で、行政の巨大防潮堤と宮脇派の防潮林の進展具合が一目で比較して分かるようになっていません。あれだけ優秀な人々が集まっているのに、誰一人この点に気づく人がいないのでしょうか。残念です。

 この問題意識を持つことなく、NHKの特集は青森から千葉まで800キロにわたってすべての市町村の現状を取り上げたと言っていますが、「正しい問題意識を持たない実証主義」の無力を証明しただけです。

 私の希望としては、大きな地図を描いて、その上に行政の巨大防潮堤の出来ているところと宮脇派の防潮林の出来ている所とを色分けして示し、それぞれの所をクリックすればそこの現状の写真が見られ、いつ、いくらの費用で作られたか、作られた物について近隣の住民が何と言っているか、等が分かるようにして欲しいのです。いや、そういう地図を作るべきだと思うのです。

 ③の「生活(経済生活とコミュニティ)の復興」でも同じ過ちが繰り返されています。

 経済生活の復興ではA「前の仕事を続けられるようになった人」とB「前の仕事を少し変えて続けている人」とC「新しい仕事で展望の開けた人」とD「展望のない人」に分けて考えられます。
Aは分かりやすいでしょうから、Bを説明します。私見ではBの典型は個人で酪農をやっていた人が、数人で酪農をやる道を取って希望がでた場合です。大地で農業をしていた人が水耕栽培で展望を切り開いたというのもこれに入るでしょう。

 一番素晴らしいのはCの「新しい仕事で展望の開けた人」の場合でしょう。これが今回は新聞でもテレビでも出てこなかった(私は知らない)のですが、ラジオか何かでかつて聞いた話では、誰かその道の人が縫製の仕事を組織して、主婦達に教え、もちろん販売ルートも確保したという例があるそうです。そこで働いている主婦達が「震災は嫌だったけれど、震災があって好かったと思う気持ちもある」と言っているのです。それはそうでしょう。これまで自分の力では収入が得られず、従って独り立ち出来ず、色々と抑圧を感じていた人が、生まれて初めて自立して胸を張って生きて行けるようになり、場合によっては自力で一家を支えて行けるようになったのです。嬉しいに決まっています。

 私の知りたい事は、こういう例がどれだけあるか、それの「すべての例」を知りたいし、そういう人が全被災者の中でどのくらいのパーセンテージを占めているかも知りたいです。これこそ「復興に役立つ情報」でしょう。

 NHKの特集では糸井重里が「ノルウエーの漁業から学べ」と言っていました。これは前から言われている事で、少しは出てきているようですが、不十分です。それはともかく、特集ではこの動きも取り上げるべきでした。
多方面の智恵を持っている人はぜひともその智恵をこういう方向で活かしてほしいです。又、行政も自分たちだけで考えないで、仕事を作り出すアイデアを教えて下さいと公募するべきです。

 コミュニティの再建でも報道は少な過ぎると思います。昨年2015年の春頃に出来たらしい復興住宅(?)の1つである下神白団地(いわき市)での今日までの住民の努力を特集した番組を見ました。まず疑問に思った事は、なぜ鉄筋の5階建てのマンション風の建物にしたのか、です。皆が、「仮設住宅の方が平屋だったので、外に出れば直ぐに誰かに会えて好かったのに」と言っていました。住まいというのは外壁の内側だけをいうのではなくして、外壁の外側も含めて考えるものなのだと思います。土地を含めた設計を専門家に頼むといいと思います。

 「専門家に頼む」と言って連想するのは、たしか陸前高田市だったと思いますが、そこで市が住民から買い取った広い土地に新しい町を作る計画です。そこでの市職員の努力を描いているNHKのドキュメンタリーを見ましたが、私が疑問に思った事は、なぜ実績のある建築家に相談しなかったのか、という事です。日本には外国の町の設計を請け負った立派な人が沢山いるはずです。こういう人には素人では想像も出来ないアイデアがあるものです。朝日テレビの ビフォア・アフター」を見ただけでも分かるでしょう。それなのに、この陸前高田市では専門家に相談しなかったらしいのです。残念です。

 更に、専門家と言って思い出すのが伊東豊雄の作った「みんなの家」です。これこそ仮設住宅群の中に作って「コミュニティ作りに役だった」ものの代表でしょう。なぜこれを特集の中で取り上げなかったのでしょうか。見識を疑います。

 更に又、専門家と言って連想するのは坂茂(ばん・しげる)の紙筒を使った仮設住宅です。行政の建てた仮設住宅ではあちこちに不出来な所があり不満が聞かれましたが、この紙筒を使った仮設住宅はとても快適だったそうで、「ずっとこれに住みたい」という意見さえあったようです。「仮設住宅」と言っても色々あるのです。これも掘り下げなければ、今後の仕事の役に立ちません。

 特に断らずに事実上④の仮設住宅の反省をしてしまいました。避難所については私は特に意見はありません。

 今回の一連の報道は、こういう「哲学」、つまり「正しい問題意識」を持たないと調査も報道も大した意味を持たなくなるという事の好い(悪い?)実例となりました。昨年、文科省は「文系の学部は世の役に立つものであれ」といった趣旨の通達を出したそうです。それに対して「文系の学部の意義」を主張する人々は、「文系の知は長期的には役に立つ」と反論しているようです。私は、一般論としては後者に賛成ですが、上に分析したような現状を見ますと、一般論だけで済ます事は出来ないと思います。ご覧の通り、「文系を卒業した人々」が、「事態の核心は何か」を考えて行動しているとは到底思えないからです。

 最後に、3月8日に朝日紙に載った小熊英二のコラム「思想の地層」を取り上げます。

 これは、「津波被災地復興の惨状が、ようやく新聞・雑誌に載り始めた」という事実認識から出発しています。そしてこの事実について、「ここで問いたいのは、政策の是非ではなく、なぜ被災地のこうした事態がこれまで十分に報道されなかったのかである」としています。そして、この自問を更に具体化して、「私の印象では、現地の記者たちは12年から13年には事態を知っていたし、被災者は早くから復興政策に疑問を呈していた。それなのに、なぜ報道が十分でなかったのか」としています。


 この問題に対して小熊は、「報道関係者も支援者も研究者も(がんばってくれたことは認めるが)、智恵と勇気に欠けていたからだ」と答えています。「智恵とは、耳目に入る個々の事象を超えた、総合的な全体像を理解する能力、勇気とは、短期的には不都合であっても真実を語り、長期的な視点から社会に貢献する気概である」としています。

 立派な言説だと思います。小熊は更に、「これは被災地復興に限った事ではない」と言って、「現在の日本の抱えるほとんどすべての問題について同じ事が言える」、としています。

 そして最後を、「あれから5年。変化は少しずつ起きているし、起こすしかない。なぜなら私たちは、この国の明日を探る責任があるのだから」と結んでいます。

 こういうありきたりの結論にがっかりしました。小熊の限界なのでしょうか。現在の日本の代表的論客がこれでは情けないです。私の対案は上に詳しく展開した通りです。それは小熊の言う「総合的な全体像」を作る為の指針を「具体的に」提示したものです。私案に反対の人は対案を出して下さい。(2016年03月28日)
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