軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

クモマツマキチョウ

2018-06-01 00:00:00 | 
 昨年、浅間山系にある湿原に、高山蝶のミヤマモンキチョウを一緒に見に出かけた元の職場の同僚のHさんと、今年はクモマツマキチョウを見に行きましょうと約束していた。クモマツマキチョウもまた高山蝶の仲間で、しらべてみると生息域は北アルプスと南アルプス、戸隠山系、八ヶ岳連峰の標高1000m~2000m付近の沢沿いを中心としている。

 どこに出かけるのがいいか迷っていたが、4月になりそろそろ具体的に決めなければと思い、我々の蝶の師匠であるMさんに相談して、アクセスのよい場所を教えていただくことができ、場所はここに決めていた。あとは、いつ出かけるかである。

 長野県産チョウ類動態図鑑(信州昆虫学会監修 1999年文一総合出版発行)などで調べると、クモマツマキチョウの発生時期は5月から6月にかけてとされている。私が毎月大阪に10日ほど行く用があるので、その日を避ける必要があり、5月下旬で店の休みである火曜日・水曜日に出かけようとの心づもりをしていた。

 そこに、ここ数年蝶を撮影した写真や目撃情報を交換し合っている、やはり元の職場の先輩であるSさんから連絡があり、昆虫写真家の海野さんのウェブサイト(小諸日記)によれば、この場所では5月1日からクモマツマキチョウの目撃情報があり、海野さん自身も5月5日に現地で撮影したクモマツマキチョウ♂のきれいな写真をこのサイトに掲載(5月14日付け)しているとのことであった。今年は例年に比べると、2週間程度発生時期が早くなっているようである。

 予定を前倒しして出かけたほうがいいと思われたがしかし、急に日程を変えるわけにもいかず、Hさんから天候などを考慮し、現地行きは5月25日がいいようだとの情報もありこの日に決めた。店の方は営業日であったが臨時休業することにした。

 25日当日は予報通りの晴天で、前日までやや曇り空で気温の低い日が続いていたが、Hさんを朝軽井沢駅に迎え、妻と3人で車で軽井沢を出るときにはすでに外気温は22℃になっていた。

 目指す現地には11時半ころに着き、案内所でルートを確認してさっそく歩き始めた。


周囲の山々(2018.5.25 撮影)

 目指すクモマツマキチョウを含む高山蝶は当然ながら、採集は禁止されているが、注意を喚起する表示が行われていた。


クモマツマキチョウなどの捕獲禁止を告げる注意書き(2018.5.25 撮影)

 登山道を歩いていると、下山して来る何人ものカメラを持った人たちに出会った。聞くと、やはりクモマツマキチョウの撮影のために集まった方々であったが、「今日は全く見ることができない」とのことで、早々に諦めて下りてきたようであった。中には、「今日はもうだめで、あとは夕方まで待つしかない」との声もあったので、我々も諦めかけたが、もう少し行ってみようということでしばらく歩き、ここで昼食をとることにした。

 昼食後に、白い蝶が1頭辺りを横切るのが見え、少し追ってみたが見失なってしまった。ここまでくる間にも、スジグロシロチョウとモンキチョウの♀を目撃していたので、またそうかもしれないと思い、今日は我々も引き上げて、途中の「田淵行男記念館」に寄って帰ろうかと話し合っていたところであった。

 Hさんが、周囲を見に行っている姿を少し離れたところから見ていると、Hさんのすぐ横を飛ぶ先ほどの白い蝶の姿が再び見えたので、妻と私も近くに行ってみると、スジグロシロチョウでもモンキチョウの♀でもないなということになり、俄かに色めき立った。

 この白い蝶は、しばらく辺りを飛び回っていたが、やがて道路脇に生えている白い小さな花に止まったので、3人でかけつけて観察したが、間違いなくクモマツマキチョウの♀で、翅の痛みもなくとても美しい状態の個体であった。

 翅はずっと閉じたままだったので、裏側の写真だけになったが、左右両側のきれいな姿を捉えることができた。ここでは妻が撮影した3枚の写真を見ていただく。


クモマツマキチョウ♀ 1/2(2018.5.25 妻撮影)


クモマツマキチョウ♀ 2/2(2018.5.25 妻撮影)


口吻を見せるクモマツマキチョウ♀ (2018.5.25 妻撮影)

 クモマツマキチョウを見るのは我々3人とも初めてのことで、何とも幸運なことであった。願わくば♂にも出会いたかったのであるが、また次の機会に残しておくのもいいのかもしれない。

 帰路立ち寄った「田淵行男記念館」では、田淵行男 作品展 「高 山 蝶-美しいナイン-」(2018.2.6~2018.5.27)が行われているところで、氏が撮影した写真と氏が描いた細密スケッチなどを見ることができた。田淵行男氏は、このクモマツマキチョウを含む、本州に棲む高山蝶9種類を「美しいナイン」と呼んだという。


田淵行男 作品展 「高 山 蝶-美しいナイン-」のパンフレットより

 展示解説をみていくと、クモマツマキチョウのところには、9種の高山蝶の中では最も低地にまで生息域が広がっている種であるにもかかわらず、オオイチモンジと共に最も人気が高いことに、やや不満を示すような文章が見られオヤオヤという感じであった。

 ところで、このクモマツマキチョウ、田淵氏が書き残しているとおり、9種の高山蝶の中ではいちばん生息域が低地にまで広がっていて、姫川流域では標高2-300mほどの場所でも見ることができるという。

 自宅にある義父のコレクションの中に、このクモマツマキチョウの♂があるので、時々眺めているが実に美しい。いつもの原色日本蝶類図鑑(江崎悌三校閲・横山光夫著 1964年保育社発行)のクモマツマキチョウの項にも「アルプスの高峰残雪もまだらな白樺の林を飛翔する姿は春の女神ともたたえたい」と記述されている。

 この標本は義父が自身で採集したものではなく、どなたかから頂いたものとのことで、ラベルには 「Matsumoto-Kaido,(203m,) (Nigata,P.) V,1,1953 Hara・A」とある。このMatsumoto-Kaido は糸魚川市から松本市に至る街道のことで、詳細は分からないものの、新潟県内ということから判断すると、ちょうど田淵氏が書き記している姫川辺りで採集されたもののようである。


義父のコレクションにあるクモマツマキチョウ♂の標本(2018.5.29 撮影)

 日本では希少種のこのクモマツマキチョウも、ヨーロッパでは平地でふつうに見ることができるらしく、ドイツ人・シュナック著の「蝶の生活」(岡田朝雄訳 岩波文庫)には次のように書かれている(2018.6.25 追記)。

 「・・・五月に現れるクモマツマキチョウである。これはモンシロチョウよりもランクの高い蝶である。その前翅には新時代の朝焼けの色が輝いている。クモマツマキチョウはそのやわらかい白い羽の先端を日の出のオレンジ色の中に浸したのである。その愛らしい衣装は私たちを陽気にしてくれる。農家の娘たちが籠をもって、朝の女神のように牧場の谷間へ降りて行くとき、この蝶は娘たちの露にぬれた足を追いかけていく。
 この赤い金色の光の帯の勲章は雄にだけ与えられている。雌は依然として古くさい白い衣装をまとっている。一般に蝶の雌は少し流行遅れである。華麗さや、飾りや、隠喩は男の発明である。クモマツマキチョウの未来の雄がその前翅に青い太陽の輪をもつようになるとすれば、雌は現在雄がもっている黄金色の縁飾りをつけるようになると、私は確信している・・・
 この蝶は小さな森の草地の日だまりを好む。また、庭にも訪れてくる。雑草や木の葉が風の愛撫を受けてため息をつくとき、緑の中心部から、白地に金色の条(スジ)のあるクモマツマキチョウは飛び出してくる。この蝶が好むつつましい牧歌的な風景に、真昼の弓が矢を射ると、そこへツグミがうっとりするような森の歌をもたらす。」

 また、食器のモチーフに使われることも多いようである。その場合はやはり♂の姿が描かれている。次の機会にはぜひとも♂に出会いたいものと思う。


クモマツマキチョウ♂をデザインしたイギリス製の皿


クモマツマキチョウ♂をデザインしたイギリス製のマグカップ


 
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは (かたくり)
2019-08-08 01:31:48
はじめまして
2018年5月25日は私も撮影しに行ったのでもしかしたらすれ違ったかもしれません。
有名な場所なので今更場所を秘匿しても無駄なのかもしれませんがそれでも多くの方は不特定多数が見るネット上では場所を明記しません。
ここで監視されている方は場所を特定できるような写真も控えてほしいと注意を喚起しています。

流石に捕虫網を振り回している人は見かけませんが、ハタザオに産卵した卵の採集者が多いので安易にネット検索できない配慮をしましょう。

見解はいろいろあるかと思いますが、生息地の看板があるような場所でも伏せるブロガーが多いです。

そこは5月21日から6月1日まで5回通いました。
21日に産卵を確認できたハタザオが25日には何か所も採集されてしまっていました。

情けないですがこういうモラルのない採集者が多いので有名地でも地名は秘匿しましょう。

別の県で禁止されて場所では7人もネットを持った採集者に出会いました。中には長野県のミヤマモンキチョウの生息地の監視員をしているという若者までいました。

蝶の名、場所、時期の3点がそろう記事は採集者にはマークされます。
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ご指摘感謝 (管理人)
2019-08-08 11:01:15
かたくりさん、

当日は何組かの撮影に見えた方にお会いしていますので、あるいはですね。

卵や食草の採集を助長する気は毛頭ありませんが、余りに頑なな姿勢もどうかと思い、監視員のいる場所や、すでに公知の場所などについては、記載させていただいておりました。
しかし、今回ご心配される点も理解しますので、本記事
の一部は削除するようにいたしますね。
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