goo blog サービス終了のお知らせ 

軽井沢からの通信ときどき3D

移住して11年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

山野でみた鳥(2)ベニマシコ

2020-03-20 00:00:00 | 野鳥
 当地に引っ越してきた時、近隣に挨拶に伺ったが、居間の窓際に野鳥用の餌台を設けているMさん宅で、何枚ものMさん撮影の野鳥の写真を見せていただいた。その時、特に印象に残った美しい色の鳥がベニマシコであった。

 私が野鳥に関心を持っていると感じた元・大工のMさんは、後日、自作の同じような野鳥用の餌台を自宅まで持ってきてプレゼントしてくださった。これがきっかけで、私もこの餌台に来る野鳥の撮影をするようになった。すぐにシジュウカラなどのカラの仲間は餌を食べにやってくるようになったが、来てくれるといいなと思っていたベニマシコはこの6年間は餌台はおろか自宅周辺でもまったく見る機会がなかった。

 そのベニマシコに思いがけなく出会い、今回なんとか撮影することもできた。今年に入り、早朝雲場池に撮影を兼ねて散歩に出かけるようになったのが幸いした。

 いつものように、池の周囲を歩いていると、周辺に植えられている、冬枯れし、枝だけになっているドウダンツツジの茂みの中にいる一羽の鳥に気が付いた。しかし、小枝がじゃまになり姿がよく見えず、種を見極めることができなかった。この鳥を追うような形でしばらく歩いてみたが、すぐに見失ってしまった。いつもは引き返す、池にかかる橋をやり過ごして、さらに進んでいくと前の少し高い木の枝にさっき見た鳥が止まっているのが目に入った。今度は逃げていく様子がなく、何となく撮影してもいいよと言っている感じがして、数十枚の撮影ができた。

 私がこの散歩で常用しているカメラは古いニコンのデジタル一眼で、レンズは18-270mmのズームである。元々蝶などの昆虫や山野草の撮影が主体であったので、少し離れた位置からの接写用にとこのレンズを購入したが、野鳥となるとこの程度のレンズでは満足な撮影ができない。この時も同様で、撮影しながら距離を詰めていったがさすがに5-6mまで近寄ると逃げられてしまった。

 撮影時点でも、ベニマシコという名前が思い浮かんだが、初めてのことで確信がなく、帰宅して図鑑とみくらべてようやく間違いなくベニマシコであると判った。

 いつもの「原色日本鳥類図鑑」(小林桂助著 1973年保育社発行)を見るとベニマシコの項には次のように記されている。アトリ科の鳥である。

 「形態 ♂はばら色にて尾長い。嘴峰8~10mm、翼長62~70mm、尾長60~69mm、跗蹠15~17mm。♂のばら色は額および下面が特に濃い。背にはかっ色縦はんがある。頭上は桃色をおびた銀白色、尾は黒色でそとがわは白。翼に2条の白帯がある。♀は♂のばら色部分全部かっ色。
  生態 低木林や草原に生息し秋から冬にかけては小群をなす。なき声ビッピー、ビッピーと聞こえる。あまり人を恐れない。
  分布 北海道、本州北部(青森県)で繁殖し、秋期本州・四国・九州などに渡来して越冬する。」

 改めて写真を眺めているが、次の通り本当に紅色が美しい♂である。名前のベニマシコは紅猿子で、マシコとは猿のことである。猿の顔のような赤い色をしたアトリ科の鳥に付けられたという。他にはオオマシコ、ハギマシコなどがいるとされるが、ベニマシコは二重に赤いという名を付けられていることになる。















 私に餌台をプレゼントし、ベニマシコを教えてくれたMさんは2年前に病気で亡くなった。生前ご本人が希望されていたということで、奥様から葬儀委員長を仰せつかり、葬儀に参列したのであったが、Mさんは私と同年、まだ少し早い旅立ちであった。ベニマシコを見、撮影できましたよと報告できないのが残念である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山野でみた鳥(1)カヤクグリ

2020-02-21 00:00:00 | 野鳥
庭の餌台に来る野鳥の種類は、餌に用いている種子の種類による制約もあると思われるが、それでもこれまでに20数種を数えている。これらは写真撮影できたものを順次紹介させていただく。

 今年に入り、カメラをぶら下げて近くの雲場池に早朝散歩に出かけるようになった。厳冬期ではあっても野鳥の姿を見かけることができる。この池には常連のマガモ、カルガモ、キンクロハジロ、オオバンの姿が見られる。この時期の早朝ともなるとさすがにほとんど人影はなく、私が歩いて行くとカモたちはスーッと遠ざかり、中には飛び立つものもいる。池の周りを1周して帰るのであるが、毎日出掛けていると水鳥たちも次第に慣れてくるようで、慌てて逃げだすようなことはなくなってきて、少し距離を置くが浅い水底の藻などを平気で食べるようになってきた。

 水鳥以外の常連は、ハクセキレイで、浅い場所でせっかちに何やらついばんでいる。この鳥は人をあまり恐れる様子がなく、むしろ適当な距離はとりながらも積極的に近くまでやってくることがある。毎日のように出会うのはこれくらいであるが、ある時枯れ草の中でゴソゴソ動いている2羽の地味な色をした鳥を見かけたので写真を撮った。見たことのない種で、帰ってから鳥類図鑑で調べてみると、カヤクグリだろうということになった。スズメと同じくらいかやや小さいサイズで、全体に褐色をしている。嘴(くちばし)はスズメに比べると鋭い感じで、この時撮影した写真は次のようである。


早朝の落ち葉の中で餌を探すカヤクグリ(2020.1.13 撮影)

 次の日、この日は池のほとりで近くの結婚式場から撮影のためにやってきた新婚カップルと撮影者の姿が見られたので、撮影の邪魔にならないようにと、前日とは反対周りで池を回っていったのだが、この日も同じ場所で2羽のカヤクグリが枯葉の中に首を突っ込んで餌を探しているところを見かけた。

池のほとりで記念撮影をする新婚カップル(2020.1.14 撮影)



早朝の落ち葉の中で餌を探すカヤクグリ(2020.1.14 撮影)

 原色日本鳥類図鑑(小林桂助著、1973年保育社発行)には、カヤクグリは次のように記されている。
 「形態 暗褐色の地味な鳥。嘴峰12~13mm、翼長66~71mm、尾長53~60mm、跗蹠20~22mm。頭上、後頸は黒褐色、背は赤かっ色で黒かっ色の縦はんがある。耳羽(じう)は黒かっ色で微小な黄白色はんがある。下面は灰ねずみ色で腮(あご)と喉(のど)とは黒かっ色を帯びる。♂♀同色。
  生態 日本列島特産種。亜高山帯上部のオオシラビソ、コメツガの森林や高山帯のハイマツ、ウラジロナナカマドなどの低木林で多数繁殖している。細い声でチィー、チィー、チリ、チリと鳴く。冬季は低地に漂行し暖温な地方のやぶ中にはまれでない。
  分布 本州の高山で繁殖し、冬期は本州の平地・伊豆七島・四国・九州などに渡来する。」

 野鳥のことに馴れない身には難しい言葉が出てきたが、嘴峰(しほう)とは上嘴の基部から先端までの稜線を指し、この長さを嘴峰長(しほうちょう)というとのこと。また跗蹠(ふしょ、またはふしょう)とは踵から趾の付け根までの部分をいう(次図参照、前書より)。

嘴峰(しほう)と嘴峰長(しほうちょう)の測定

跗蹠(ふしょう)と跗蹠長(ふしょうちょう)の測定

 この後1月の下旬には雪が降り、軽井沢のこの辺りでも15㎝ほど積もった。池の周辺もすっかり雪景色となり、カヤクグリなど地表で餌を探していた野鳥たちは餌の確保に困ったかもしれない。

1月28日に降った雪で一面雪景色になった(2020.1.28 撮影)

 1月14日以来姿を見なくなっていたカヤクグリであったが、2月6日にやはり同じ場所で餌を探していた。見かけるのはこれで3回目になるが、少し慣れて来たのか2-3mまで近づいて撮影しても逃げて行かず、シャッター音にも驚く様子がなかった。








これまでと同じ場所で佇むカヤクグリ(2020.2.6 撮影)

 高山で繁殖するというカヤクグリなので、春になるとまた浅間山系の方に移動していくのであろう。冬の間、下りてきているときにだけ見ることができる種ということになる。いつ頃まで見ることができるのか、様子を見ていこうと思う。

【追記 2020.12.11】夏の間姿を消していたカヤクグリが、久々に元気な姿を見せた。12月に入ってからのことだが、場所は前回2月に見かけたのとほぼ同じ場所であった。


雲場池のカヤクグリ(2020.12.5 撮影)

【追記 2021.2.25】その後も、あまり人を警戒する様子がなく、時々散歩中に姿を見せてくれている。


雲場池のカヤクグリ(2020.12.29 撮影)

雲場池のカヤクグリ(2021.2.15 撮影)

雲場池のカヤクグリ(2021.2.16 撮影)

 



 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

庭にきた鳥(3)シジュウカラ

2019-07-12 00:00:00 | 野鳥
 今回はシジュウカラ。リビングの窓のすぐ外側に、野鳥用の餌台を置いていて、普段はレースのカーテン越しに眺めるようにしているので、野鳥からは室内の様子が見えず、安心して餌を食べている。

 レースのカーテンを閉めなくても、室内外の明るさの差により、外からは室内がほとんど見えないので、窓から少し離れていると、鳥たちは安心するのか、室内にカメラやビデオカメラを置いて撮影しても気にしていないようである。
 
 牛脂を撒き餌と共に置いたこともあって、この餌台に真っ先にやってきたのは、シジュウカラであった。数ではスズメに及ばないが、この地方でもっとも普通に見られる種でもある。窓の外、すぐそばまでやってくるが、やはり人の気配を感じると、飛び去ってしまう。なかなか、手から餌を摂るという風にはいかないようである。

 餌台に来たときの様子は次のようである。シジュウカラのほかにもやや小型のヒガラ、コガラも警戒しながら、牛脂を突つきにやってきていた。


餌台に集まるシジュウカラたち(2016.2.28 10:08~11:34 に撮影したものを編集)

 シジュウカラ、ヒガラ、コガラの違いは次の写真で確認していただければよく判るが、シジュウカラは胸にネクタイのような黒帯が縦に通っているが、ヒガラにはこれがない。コガラは頭以外の背や腹が白から灰色で、くちばしの下の黒い範囲がごく狭い。


雪の日の朝、餌台の傍の木に止まるシジュウカラ1/2(2016.3.10 撮影)


雪の日の朝、餌台の傍の木に止まるシジュウカラ2/2(2016.3.10 撮影)


雪の日の朝、餌台の傍の木に止まるヒガラ1/2(2016.3.10 撮影)


雪の日の朝、餌台の傍の木に止まるヒガラ2/2(2016.3.10 撮影)


雪の日の朝、餌台の傍の木に止まるコガラ1/2(2016.3.10 撮影)


雪の日の朝、餌台の傍の木に止まるコガラ2/2(2016.3.10 撮影)

 餌台を設けるよりも前から、庭の大きなモミジの木に、シジュウカラ用に巣箱を取り付けていた。家を建築する時に、足場が組まれていたので、まだ工事中のある日、2階部分の足場に登らせてもらって、手を伸ばせば届くモミジの太目の枝にこの巣箱を取り付けたのであった。

 しかし、実際に我々が家に住むようになり、後になってよく考えてみると、巣箱は毎年中を手入れをしてやる必要があるのだが、工事用の足場がなくなってみると、もう簡単には手が届かないところになってしまった。

 2シーズンが過ぎた冬に、この巣箱を取り下ろしてみると、私たちは気がつかなかったが、中には子育てをした痕跡が残っていた。

 今度は、餌台のすぐ前のモミジの木の幹にこの巣箱を移して取り付け、観察しやすいようにした。ここは、居間からも見ることができ、撮影も可能な場所であった。

 しかし、3年目のこの年はどうも警戒されたようで、シジュウカラは中には入ってくれなかったので、枝などの関係が気に入らないのかと思い、4年目は場所を少しだけ移動してみた。

 巣箱へのシジュウカラの出入りは、一瞬の隙を突いているようで、なかなか目撃できないのと、この年からガラスショップの仕事を始め、自宅でゆっくり観察する時間もとれなくなったので、留守中はビデオ撮影をすることにし、カメラをセットして出かけた。

 帰宅後、ビデオを再生してみると、シジュウカラが巣箱に出入りしている様子が映っていた。その様子は次のようであった。ここでは出入りの部分だけをつなぎ合わせている。


シジュウカラの子育て2018(2018.5.27 9:48~10:52 撮影ビデオを編集)

 この時は、出入りの様子を撮影しただけに終わり、詳しい観察は行わなかった。その後も1週間ほど撮影を続けたが、しばらくして急に親鳥の姿が見えなくなったので、途中で営巣を放棄したのかもしれないと思っていた。

 この巣箱は今年になって中を清掃し、再び同じ場所に取り付けておいた。

 そして、今年の春、庭の別の場所にある、もう一本のモミジの木にも別の巣箱を取り付けた。こちらは、近くのホームセンターで購入した、セキセイインコ用の巣箱である。入り口の穴の大きさが、シジュウカラにはやや大きいのでどうかと思ってはいたが、シジュウカラは早速この巣箱の下見に来ているようであった。

 ある日、この新しい巣箱の周りにコムクドリの夫婦がやってきて、しきりに中を覗き込んでいるのが見られた。「軽井沢本当の自然」(石橋 徹著 2012年ほおずき書籍発行)にはこのコムクドリのことが書かれていて、「ご近所のコムクドリを庭に招こう」と呼びかけている。それによると、コムクドリ用の巣箱の出入り口の穴の大きさは、シジュウカラ用よりもやや大きめの4cm径程度が適当で、市販のセキセイインコ用の巣箱でも、中がやや狭いが入ると書かれていた。今回は撮影できなかったが、以前、南軽井沢で見かけたコムクドリを紹介する。


南軽井沢で見かけたコムクドリ(2013.4.28 撮影)

 そんなこともあり、この新しい巣箱には、思いがけずコムクドリが入るのではと、期待が膨らんだ。コムクドリ夫婦はその後も何度か下見を繰り返してようであったが、結果はシジュウカラの勝ちに終わったようであった。

 しばらくして、シジュウカラがこの新しい巣箱の周囲に頻繁にやってくるようになった。この巣を取り付けたモミジの木は、ウッドデッキのすぐそばに生えているが、ウッドデッキは私の作業場でもある。今年もまたここでウスタビガの飼育をしていて、幼虫の食葉のコナラの葉を取り替えたり、糞の掃除をしたりしていると、頭上で「ヂ・ヂ・ヂ・ヂ」というシジュウカラの鳴き声が聞こえる。ウスタビガの幼虫は、ちょうど食べごろ(?)の大きさに成長しているので、シジュウカラがそれを欲しがって鳴いているのかも知れないと妻と話し合った。

 シジュウカラの鳴き声に関しては、2年ほど前に研究の結果が新聞でも報じられていたことを思い出した。

 調べ直してみると、それは2016年5月10日付けのもので、次のようなものである。

 「総合研究大学院大学の鈴木研究員は、市街地で見かける身近な小鳥であるシジュウカラが、複数の『単語』を組み合わせた『文』を作り、情報を伝達する能力を持っていることを発見した。このような能力は、知能が高いとされているチンパンジーなどでも確認されておらず、ヒト以外の動物で確認されたのは初めて。 鈴木氏は『人間の言語能力獲得のプロセスを解明する手掛かりになるかもしれない』と話している。論文は3月9日付の英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに掲載された。」

 シジュウカラの鳴き声を聞いていると、「ピーツピー」という鳴き声と「ヂヂヂヂ」という異なる鳴き声がある。この「ピーツピ」の方は警戒する声で、「ヂヂヂヂ」の方は集合を呼びかけるのだという。「ピーツピ」という警戒する声の後に「ヂヂヂヂ」という集合を呼びかける声を続けると、周囲を警戒しながら集まるが、それが逆だとそのような行動はとらないため、独自の文法があるというのが分かっているという。

 「ヂヂヂヂ」が集まれという合図だとすると、今回、私がウッドデッキでウスタビガの幼虫の世話をしている時に聞こえてきた「ヂヂヂヂ」は、仲間に餌があるから集まるように連絡していたのだろうか。。。

 その後、ウドデッキで作業をしていると、巣箱の中から雛の鳴き声が聞こえるようになったので、ショップに出かける前に、ビデオカメラをセットし、撮影をすることにした。帰宅後見てみると、シジュウカラの親は頻繁に巣箱から出入りし、餌の青虫を運びこんでいる様子や、巣箱の中から雛のものと思われる糞を咥えて飛び去る様子が捉えられていた。

 撮影した映像を編集し、出入りの部分だけをつなぎ合わせたものは次の様である。


シジュウカラの子育て2019(2019.6.4 10:49~11:43 撮影ビデオを編集)

 ビデオを見ていても、出入りするときの動作は素早く親鳥のどちらなのかの判別もつかないことが多い。そこで、出入りの瞬間の画像を動画から切り出して確認することにした。16回の出入りがあったが、巣箱から出て来る時の画像は次のようである。これを見ると、雌雄の判別と口に何かを咥えている様子も確認できる。胸の黒い帯(ネクタイ)の太い方、写真では、1,2,4,5,6,7,9,11,12,14番目が雄である。


巣箱から出るシジュウカラ(2019.6.4 撮影ビデオからのキャプチャー画像) 

 初めのうちは、巣箱の中には親鳥のどちらかが常に残り、一羽だけが餌を探しに出かけていると思っていたので、出ていくところだけを確認していたが、出入りの時間間隔を知りたくなったので、時刻を確認し、さらに戻ってくるシジュウカラの雌雄の別を確認をしたところ、意外なことに気がついた。

 それを、まとめたのが次の表である。これを見ると、親鳥は巣箱に戻っても、すぐに外に出ていくことがわかる。平均的な巣箱での滞在時間は、雄の場合17秒と、とても短いことがわかる。雌の場合は1分28秒であった。

 しかも、予想に反して、親鳥のどちらかが餌を求めて外にいる間、他方が巣箱に留まるのではなく、常に両方の親鳥は巣に雛を残し、餌を探しに出かけていることがわかった。
 
 雄の平均的な餌探しの時間は8分4秒、雌の場合は10分25秒であった。自宅周辺は緑が多く、餌となる青虫なども沢山いるのではないかと思っていたが、意外にも餌探しに苦労しているシジュウカラの姿が浮かんできた。


シジュウカラの巣箱からの出入りの様子(2019.6.4 撮影ビデオをまとめた。出入りの時間は分:秒を示す)

 親鳥の巣箱への出入りを図示すると判りやすいかもしれない。次の図のように、親鳥は巣に戻ってもすぐに餌探しに出ていき、両方の親鳥が同時に巣箱にいるということはない。 


シジュウカラの巣箱からの出入り状況(2019.6.4 撮影ビデオから整理した)

 こうした巣箱の中の様子は、内部を撮影できるカメラをセットすればいいのだろうが、まだそこまではいかないでいる。

 さて、この後も撮影を続けたが、生憎の長雨で屋外での撮影ができない日が続いたある日の夕方、ショップから帰ってくると、雛の鳴き声が聞こえなくなっていた。この日は午後から日が差してきていたので、このタイミングで巣立って行ったものらしかった。

 翌朝、近くの林の方から巣立っていった雛のものらしい鳴き声が聞こえてきたが、実際のところは判らない。

 後日、巣箱を清掃するために取り下ろしたが、中には中央部分にややくぼみができた巣が残されていた。


シジュウカラの雛が巣立って行った巣箱の内部(2019.7.10 撮影)

 中に残されていた巣は、コケ類や動物の毛などで作られていた。


シジュウカラの巣(2019.7.10 撮影)

 巣立ちの瞬間を撮影できればと期待していたのであったが、これはまた次回以降に持ち越すことになった。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

庭にきた鳥(2)ヤマガラ

2019-05-31 00:00:00 | 野鳥

 今回はヤマガラ。リビングの窓際に設置した餌台にはこれまでに25種ほどの野鳥がやってきているが、数では圧倒的にスズメが多く、次いでシジュウカラがよくやってくる。種類ではシジュウカラに代表されるカラの仲間が多く、今回紹介するヤマガラのほか、ヒガラ、コガラなどもよく姿をみせる。ゴジュウカラというカラの仲間もいるようだが、こちらは山地では見かけるものの、我が家の庭にはまだきたことが無い。

 ヤマガラの生態について、「原色日本鳥類図鑑」(小林桂助著 1973年保育者発行)で見ると、次のようである。
 「亜高山体(1700m~2500m)の下部から低山帯(1000m前後)に繁殖し、冬期は人里近くにも漂行する。ツツピー、ツツピーと繰り返してなく。人に馴れ易い鳥である。」
 
 軽井沢は1000m地帯、低山帯に属しているから、ヤマガラの生息域として適しているのであろう、冬から春にかけて特によく見かける。

 また、「野鳥観察図鑑」(杉坂 学監修 2005年成美堂出版発行)には、「繁殖期には樹木の上層を移動しながら、昆虫の成虫や幼虫を捕食する。秋には樹木の種子を好んで食べ、冬に備えて木の幹などに差し込んで蓄える。」といった生態も紹介されている。

 我が家の餌台には、他の多くの鳥用の餌の他に、特別にこのヤマガラ用に、「麻(お)の実」だけを入れる餌入れを用意している。ビデオを撮りながら観察していると、ヤマガラはシジュウカラとは異なり、餌台に長時間とどまることは少なく、麻の実を見つけると、それを咥えて近くの木の枝に飛んで行って、そこで足の間に実を挟み、くちばしで突(つつ)き割って中身を食べるとまた餌台に戻るという動作を繰り返している。

 最近ビデオ撮影をした時にもやはりスズメ、シジュウカラに混じって餌を食べに来ていた。その様子は次のようであった。この時やってきたのは、スズメ、シジュウカラ、ヤマガラそしてホオジロであったが、スズメ、シジュウカラ、ホオジロは一緒に餌台で餌をついばむことがあるが、ヤマガラはどうも他の鳥と一緒に食べることは無いようで、他の鳥のいないタイミングを見計らってやってくる単独の映像ばかりが残されていた。


餌台にきたヤマガラ(2019.1.12 30倍タイムラプス撮影ビデオからのキャプチャー画像)


餌台でヒマワリの実を咥えるヤマガラ(2019.1.12 30倍タイムラプス撮影ビデオからのキャプチャー画像)


餌台で実を足の間にはさみ、突くヤマガラ(2019.1.12 30倍タイムラプス撮影ビデオからのキャプチャー画像)


餌台で餌を覗き込むヤマガラ(2019.1.12 30倍タイムラプス撮影ビデオからのキャプチャー画像)


餌台にきたヤマガラ(2019.1.12 30倍タイムラプス撮影ビデオからのキャプチャー画像)


餌台にきたヤマガラ(2019.1.12 30倍タイムラプス 撮影ビデオからのキャプチャー画像)


餌台で仲良く餌を食べるシジュウカラ、スズメ、ホオジロ(2019.1.12 30倍タイムラプス撮影ビデオからのキャプチャー画像)

 私は小学生の頃、手乗り文鳥を飼っていたことがある。まだ羽の生えていない雛を買ってきて育てたのだが、大きくなってもよく慣れていて、雛の頃に餌を与えるために父が作ってくれた竹製のスプーンで、やはり雛の頃に餌を入れていた陶器製の容器の縁をコンコンとたたくと、どこにいても飛んでくるのであった。家の外に出しても同じで、屋根の上まで飛んでいっても、コンコンという音を聞くとすぐに飛んで帰ってきた。

 あるとき、同じように家の外に連れ出して遊んでいたところ、スズメの一群が近くを通り、文鳥は何を思ったか、その一群に加わり飛び去って、それきり帰ってこなかった。

 我が家の文鳥はこうしてどこかに行ってしまったが、反対に何故かその頃何種類かの小鳥を家の周辺で捕まえたことがあった。セキセイインコ、カナリヤ、そしてヤマガラである。

 このヤマガラが野生のものであったのか、どこかで飼われていたものが逃げ出したものか判らなかったが、比較的よく人に慣れているようであったから、おそらくどこかで飼われていたのであろう、父に教えられて麻の実を与えるとよく食べた。このヤマガラがどのくらいの期間我が家にいたのか今はもう記憶が無い。

 これがヤマガラとの最初の出会いで、ヤマガラが人によく慣れて、おみくじを引く芸をするということを知ったのもこの頃であった。

 軽井沢でもヤマガラを餌付している人がいるようで、知人のIさんはヤマガラを手の上に乗せて写真を撮ったりしているのだが、我が家にやってくるヤマガラは、今のところ近づいていくと逃げ去ってしまう。間近に見ることができるのは、リビングの窓を通してだけである。

 このヤマガラが人によく馴れて芸をするという話は、まだ多くの人の記憶に残っているようであるが、今はもうそうした芸を見ることができないのは残念な気もする。そんなことを話していたら、妻が面白い本を見つけてくれた。「ヤマガラの芸」(小山幸子著 2006年法政大学出版局発行)である。

 
書籍「ヤマガラの芸」の表紙

 この本のカバーの裏面には次のように書かれていて、本文を読んでみると、ヤマガラが行う数種類の芸は、ヤマガラが持っている習性を巧みに利用しているという。

 「<おみくじ引き>をはじめ、今は失われたなつかしいヤマガラの芸をたずねて歴史を渉猟するとともに、芸のしくみと調教の方法を動物行動学の視点から明らかにする。著者の関心は鳥の飼育全般、動物芸一般、さらに発展して日本人の動物観や見せ物芸の本質、笑いの構造に及び、動物と人間との深くゆたかな関わりの世界を描く。」

 この本から、ヤマガラと人との関わりについて見ていくと次のようである。

 先ず、ヤマガラはいつごろから人に飼われていたかをみると、鎌倉時代に遡ることができるという。すでにこのころからヤマガラは芸を仕込まれていたらしいとされ、次のような歌が紹介されている。

      山陵鳥(ヤマガラ)   光俊朝臣
    山がらの廻すくるみのとにかくに
      もてあつかふは心なりけり    『夫木和歌抄』(1310年頃) 巻第二十七

 この時代にヤマガラを飼っていた人は、貴族階級とされているが、江戸時代(十七世紀後半)に入り、小鳥飼育が大衆化する頃になると、見世物芸としてのヤマガラ芸が登場する。このころの芸としては「つるべ上げ」や「かるたとり」があったという。

 「つるべ上げ」は糸の両端につるべとクルミがぶら下げられていて、木の実の好きなヤマガラがクルミを得るために糸をたぐるのだが、それが井戸でつるべを引き上げて水を汲んでいる動作に見えるというもので、これはヤマガラが木の枝をたぐり寄せて虫を食べる動作そのもので、殆んど芸を仕込むというほどのものではないようだ。

 もう一つの「かるたとり」は、百人一首の上の句を読むと、読まれた上の句に対応する下の句をヤマガラが取ってくるという非常に高度な芸であり、こちらは江戸時代にはもっとも流行った芸とされる。

 明治時代に行われていたヤマガラ芸については、外国人の記録が紹介されている。

 「明治時代前半の記録で詳細を極めているのは、アメリカ人の科学者で大森貝塚の発見者として有名なエドワード・S・モースによるものだ。・・・ヤマガラの芸は、日本人でも記録に残すほどに芸の高度さが驚かされたものだったが、モースの記録ではいくつもの芸がそれぞれ詳細でしかもそれぞれ絵入りになっているため非常にわかりやすい。・・・
 芸は全部で十種類も記録されている。芸の種類としては、「水汲み(つるべ上げ)」、「鐘つき」などのように江戸時代の芸の記録にも見られた芸があるほか、新しい芸の種類として、「馬引きと馬乗り」、「楽器演奏」、「那須与一」、「鈴鳴らしと賽銭入れ」、「掛け軸かけ」、「銭投げ」、「傘をさしての綱渡り」、「箱の蓋閉め」などが記録されている。」

 ここにはまだ「おみくじ引き」の芸は登場していない。しかし、明治時代にモースが見たと記録している「鈴鳴らしと賽銭入れ」の芸には昭和にはいってようやく登場する「おみくじ引き」の芸の原型があるとされる。

 昭和七年(1932年)頃の記録によれば、浅草・花屋敷での興行では、約二十五羽のヤマガラが飼われ、平均して一羽につき四、五種類の芸が教えられていた。この頃調教されていた十種類ほどの芸の中に、「宮参り」というものがあり、「おみくじ引き」芸の要素のほとんどが含まれているのだが、おみくじをくわえる部分だけがまだこの段階では含まれていなかった。

 「宮参り」芸は、かごから出たヤマガラが鳥居をくぐり賽銭を入れ、鈴を鳴らして飛んで帰るという動作をする。これにおみくじを引いてこさせる部分がさらに加わって、「おみくじ引き」の芸として完成するのは、最後のヤマガラ使いといわれた故丸山重造氏によれば、昭和20年代だという。おみくじを引き、それを手の上にまで持ってきて乗せるところまで工夫したのは自分だという。

 この高度なヤマガラ芸「おみくじ引き」は一時非常に流行ったが、昭和四十年代にはいって急速に廃れてしまったのだと言う。なぜそれほどに「おみくじ引き」の芸は流行ったのか。そして、なぜ急速にすたれてしまったのか。著者は次のように分析する。

 「昭和にはいってから登場する『おみくじ引き』の芸が流行った理由としては、ひとつには芸が非常に高度に完成されたものだったことがあるだろう。細かい一連の動作をつなぎ合わせて一つの芸とした点では、完成度が高いだけでなく、他の芸に比べてストーリー性も生じている。そのうえ、鳥に人、つまり観衆の中から希望した人の運勢を占わせるようにしたことで、芸と観衆との間にかかわりが生じたことも、観衆の好奇心をそそるのに大きな役割を果たしたのではないだろうか。・・・」

 「では、何がヤマガラ芸をすたれさせてしまったのだろうか。
 この原因の一つは、和鳥類の飼育が禁止されたことではないかと思う。飼育の禁止は、ヤマガラを知っている人を減らすことにつながる。現在、どれだけの人がヤマガラを知っているだろうか。飼うことで、芸を調教する楽しさを知り、それが芸を見ることを楽しむことへもつながる。江戸時代に入って貴族趣味としての小鳥飼育から大衆の楽しみとなることで、ヤマガラの芸が見せ物芸へも発展する基盤ができたのではないかと前の章で論じた。この事の逆の現象が、昭和の後半になって生じてしまったのではないだろうか。・・・」

 「・・・ヤマガラ芸の衰退の原因としてもうひとつ考えられるのは、昭和にはいって『おみくじ引き』の芸だけしかおこなわれなくなってしまったことが、もしかするとあるのではないかということだ。江戸時代には『かるたとり』という代表的な芸があったほか、それ以外にもかなりの芸があった。明治時代にも芸はさらに多様化し、常設小屋もできた。大道でもかなり行われていただろう。そして、昭和にはいり、二十年代頃には逆に『おみくじ引き』の芸に芸は絞られてしまった。非常に長い目で見れば、江戸時代から明治時代にかけてせっかく長い年月流行りつづけながら、昭和になってとくに二十年代以降に芸の多様性をうしなったとも言える。このことが、ヤマガラに『おみくじ引き』をする鳥のイメージを固定化させる一方で、衰退への道をも作ったということにはならないだろうか。・・・」

 この「おみくじ引き」を懐かしむ声があったからだろうか、浅草・花やしきでヤマガラ芸を演じ、大道芸を復活させた丸茂重造さんを紹介した読売新聞の記事(1987年1月8日付け記事)が紹介されている。


浅草・花やしきでの「ヤマガラ(山雀)のおみくじ」が戻ったと報じる読売新聞1987.1.8付け記事

 しかし、そこまでであったようだ。本文の最後の所で、著者は次のように書いている。共感できるところである。

 「この小さな、愛らしい芸の消滅は、古き良き日本の伝統文化の一つの消滅と言っても良いのではないだろうか。愛らしいヤマガラの芸の歴史は、ヤマガラと日本人との深い関係の歴史だったのだと思う。小鳥類の飼育史は、日本人が基本的に鳥の鳴き声を楽しむ民族だったことを示していた。ヤマガラはそのような日本における鳥文化の中で、唯一調教を楽しまれ、独自の位置づけを鳥文化史の中で築き上げてきた。芸が見られなくなり、日本でのヤマガラと人との深いかかわりの歴史を閉じてしまうことは、とても残念だ。このようなことは、ヤマガラにとっては芸をさせられずに済んで、歓迎すべきことなのかもしれない。が、そのようにしてヤマガラと人とのかかわりが薄くなることで、ヤマガラの存在自体が忘れられていくとしたら、果たしてヤマガラにとっても良い事なのかどうか、疑問に思う。野鳥の保護とともに、ヤマガラの芸の保護も何らかの形でおこなわれることで、ヤマガラがいつまでも日本人に愛される存在でいつづけてほしいと願わずには入れれない。」

 さて、最後にヤマガラの愛らしい姿を自宅2階から撮影した写真を紹介させていただく。庭の木にやってきて止まり、餌台に行って「麻の実」を咥えると、再び木の枝に戻って殻を突(つつ)き割って中身を食べるという動作を繰り返していた。また、シジュウカラ用に取り付けた「牛脂」も時には食べていた。
 
 最初の写真は、転居後間もないころ、家の南側のウッドデッキのそばに餌台を設置した時のもので、すぐそばのモミジの枝にやってきたときのもの。餌台の麻の実ではなく、なにやら昆虫の幼虫らしいものを咥えている。


庭の木にやってきたヤマガラ(2015.4.24 撮影)

 この餌台に取り付けた牛脂を狙ってカラスがやってくるようになったので、餌台はその後北東側のリビングの窓のすぐ外に移動した。以後カラスは来なくなった。


餌台の近くの木に止まるヤマガラ(2016.3.11 撮影)


餌台から持ってきた麻のみを両足で挟むヤマガラ(2016.3.11 撮影)


餌台から持ってきた麻の実を両足で挟むヤマガラ(2016.3.11 撮影)


餌台から持ってきた麻の実を割って食べるヤマガラ(2016.3.11 撮影)


餌台から持ってきた麻の実を割って食べるヤマガラ(2016.3.11 撮影)


めずらしく、スズメと一緒にいるヤマガラ3159(2016.3.11 撮影)


餌台の牛脂を食べに来たヤマガラ(2016.3.12 撮影)


餌台の牛脂を食べるヤマガラ(2016.3.12 撮影)
 

雪の日の朝やってきたヤマガラの夫婦(2016.3.14 撮影)


雪の日の朝やってきたヤマガラ(2016.3.14 撮影)


雪の日餌台から持ってきた麻の実を両足で挟んで食べるヤマガラ(2016.3.14 撮影)

(完)




 


 
  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

庭にきた鳥(1)アカハラ

2019-04-12 00:00:00 | 野鳥
 軽井沢に住みはじめて4年が経過したが、移住早々から、野鳥の餌台を庭に置いてここに集まる小鳥たちを観察・撮影してきた。この餌台は2015年に転居のご挨拶に行ったことがきっかけで、ご近所のMさんから頂いたもので、元大工であったというだけに寄棟の屋根がついた立派なものである。
 最初のうちは家の南側にあるウッドデッキの脇に設置していたが、時々カラスが来て、シジュウカラ用にと置いていた牛脂を容器ごと持ち去ったりといったいたずらをするので、居間の東側の窓のすぐ外に移動させた。窓ガラスが1枚あるだけだが、ここに設置した餌台には小鳥たちは怖がることなくやってきて餌を食べているのに、カラスは来なくなった。

 ここによく集まる野鳥の代表格はシジュウカラだが、数からいえばやはりスズメが多い。大食漢のキジバトもよくやってくる。2015年にビデオ撮影をして、ここに来る野鳥の種類を調べたことがあって、数えてみると24種類くらいになった。シジュウカラ、ヤマガラ、コガラ、ヒガラ、などの今もよくやってくるカラの仲間のほか、アトリ、シメなどそれまで見たこともなかった野鳥の姿を間近に見ることができるようになった。

 今回、こうした多くの野鳥の中から、「庭にきた鳥」として最初に取り上げようと思ったのが、「アカハラ」であるが、その理由は「あいうえお」順にということではなく、アカハラは軽井沢町の野鳥に指定されているからである。
 このアカハラ、鎌倉に住んでいた時に一度だけ窓の外の、鎌倉特有の崖地に来て、落ち葉の間をガサゴソと動き廻っているのを見たことがある。その時は名前を知らなかったので、図鑑で調べてみて判ったのであったが、軽井沢に来て、アカハラが町の鳥であることを知り、すぐにでもまた出会えるのではと思っていたのに、なかなかその機会はこなかった。上記の24種類の中にも入っていなかった。

 そのアカハラが今年になって突然毎日のように餌台にやってくるようになった。きっかけは、庭にもう一つの小さな餌箱を設置したことであった。この餌箱も、やはりご近所のIさんからいただいたものだが、500ccの牛乳パックのような箱形状をしたもので、上の扉を開けて中に餌を入れることができて、下には隙間が開いている。小鳥たちが餌を食べると箱の中から受け皿の部分に自然に餌粒が流れ出すようになっている便利なものである。

 餌箱そのものをIさんから頂いたのは半年ほど前のことであったが、しばらく設置しないでしまってあった。それを取り付けようと思いたったのは妻の勧めもあったが、3月に一週間ほど旅行で留守にする計画を立てていたので、その間小鳥たちにひもじい思いをさせるのもかわいそうと思ったことが主な理由であった。この餌箱いっぱいに餌を入れて置けば、一週間程度は大丈夫と思えた。

 2月下旬にこの餌箱をカツラの木の幹に取り付けたところ、しばらくして見慣れない鳥が受け皿部分に止まっているのが2階の窓から見えた。背中の色がモスグリーンで、これまで見かけたことのない種で、直感的に「アカハラ」ではないかと思った。

 窓の外の餌台に向けてビデオカメラを設置してしばらく撮影をしていると、同じ鳥が餌台の方にもやってきた。アカハラであった。この時の様子は次のビデオのようである。餌を食べている途中、スズメがやってきたが、これに動じることなくけんかもしないで5分ほど餌をついばんで去って行った。このあと15分ほどして再びアカハラが餌台に来たが、この時も3分ほど餌を食べて飛び去った。これ以降、この餌台のことを覚えたのか、日課のようにアカハラが来るようになった。


庭の餌台に来たアカハラ1/2(2019.2.23 10:42-47 撮影動画を編集)

 アカハラが軽井沢町の「町の鳥」に制定されたのは2003年(平成15)、町制施行80周年を記念してのことで、このとき同時に「町の獣」として「ニホンリス」も決められた。このことは、軽井沢町や軽井沢観光協会が発行している資料に記載されているし、町営の各種施設にも写真が掲示されていて、目にする機会が多い。


2018町勢要覧表紙


「町勢要覧」に記載のアカハラの写真


2018軽井沢・美しい村表紙


「軽井沢・美しい村」に記載のアカハラの写真

 アカハラが「町の鳥」に決まった理由や経緯はどのようなものだろうか。町の公式HPには特にこの点についての記載はないので、資料をあたっていたところ、書籍「軽井沢のホントの自然」(2012年 ほおずき書籍発行)に次のような記述があった。アカハラは町民にとって一番馴染みある鳥であったようだ。

 「森の町のシンボル
  アカハラが「町の鳥」に指定されたのは2002年(*)のことでした。選定委員だった町議会議員の方々の間でもアカハラという鳥の知名度は案外高く、驚きました。明け方にあちこちのモミやカラマツの梢、屋根のテレビアンテナでもさえずる『キョロン、キョロン、チリリ』という3拍子に、皆さん馴染みが深かったようです。さすが高原の町です。」
 (*筆者注:議会で決まった年のことと思われる)


アカハラの写真が使われている「軽井沢ホントの自然」の表紙

 軽井沢に近い周辺の「市町村の鳥」というものが指定されているかどうかと思い調べると、群馬県側の高崎市と下仁田町は「ウグイス」、安中市は「オシドリ」、長野原町は「ヤマドリ」が指定されていたが、長野県側の佐久市、御代田町では見当たらなかった。

 さて、アカハラについてもう少し詳しく見ると、次のようである。
 「種名:アカハラ(赤腹)、学名:Turdus chrysolaus、英名:Brown Thrush(茶色のツグミ)。
 全長24cm、翼開長37cm、下面の橙色がよく目立つ種で、雌雄ともに頭から上面が緑灰褐色で、胸と脇が橙色。目の周囲は黄色。『野鳥観察図鑑』(2002年 成美堂出版発行 )」
 
 生態については、
 「我国で繁殖するツグミ類中最も普通の種類である。北海道では平地、山地の森林中で、また本州では中部以北の低山帯から亜高山帯下部にかけて多数繁殖しているが西日本からは繁殖の確証はない。冬季は関東地方にも少数見られるが多くは西南日本の温暖地に漂行しまた一部は琉球・台湾・中国南部・フィリピンなどに渡る。繁殖期にはキョロン、キョロン、ジーと美声でなく。『原色日本鳥類図鑑』(1973年 保育社発行)」

 とあり、軽井沢でも普通に見られるなき声の美しい野鳥とされているので、町の鳥を決める時に賛同を得られやすかったことが想像される。私が鎌倉で見かけたのは冬季に温暖な場所に移動していた個体であったと思われる。軽井沢など寒冷地では春から秋にかけて多く見られるようになるので、これからも餌台にやってくる個体数も増えるのではと期待される。

 繁殖に関しては、「巣は、木の枝の叉のようなところで、上から葉がかぶさって見えにくいようなところに、枯れ草などで作ります。地上から1.5~2メートルぐらいの高さが多いですが、10メートル近いときもあります。巣作りは数日かかりますが、メスだけが早朝にひっそり行うので、気づいたときにはもう庭の生け垣の中で卵を抱いているなどということもあります。

 卵は薄青色に赤褐色のまだら模様で、毎朝一個づつ、合計4個産みます。2週間ほどメスが温め、ヒナがかえると雌雄で協力して育てます。ヒナのえさは圧倒的にミミズです。ヒナは2週間ほどで巣立ちますが、さらに1~2週間ほどは親鳥の世話を受けます。

 図鑑などを見ると、アカハラの繁殖は1繁殖シーズンに1回ということになっていますが、それは十分に調べられていないだけだと思います。2度目、3度目の繁殖をすることもあるでしょう。
 アカハラは朝夕よくさえずる鳥ということになっていますが、6月、7月、8月と夏に向かうにつれ、日中もよくさえずります。『軽井沢のホントの自然』(前出)」とあって、地元で出版された本ならではの記述がみられる。

 カラ類が以前よりも活発に餌台に集まってくるようになった今週、久しぶりにビデオ撮影をして、アカハラの様子を調べてみた。今回も、シジュウカラ、ホオジロ、カワラヒワに混じって元気な姿が映っていた。いつものように画面左側から餌台に飛び上がってきて、しばらく餌をつついていたが、その後割り込んできたキジバトの夫婦に驚いて飛び去って行った。それから10分ほどして再び餌台に来たが、この時は後からきたカワラヒワと一緒に餌を食べ、約2分間ほどいて、飛び去って行った。

 この間、窓の内側のカメラが気になるのか時々覗き込むようなしぐさを見せたが、すでに何度も来ていて慣れたのか恐れる様子は見られなかった。


庭の餌台に来たアカハラ2/2(2019.4.7 9:56-10:09 撮影動画を編集)

 アカハラは1990年代から、どうも減っているようだとの声を受けて、『軽井沢のホントの自然』の著者石塚 徹氏が調査した結果がこの本に記されている。それによると、生息域が移動して、減少している場所がある一方で、増加している場所もあって、とくに減っていないということであった(2007年の調査)。開発により自然破壊が懸念されている軽井沢であるが、町の鳥アカハラはたくましく生きているようで、ほっとする話である。


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする