『屍者の帝国』を読んだ。伊藤計劃氏と円城塔氏の共著による。正確には共著というのは正しくない表現かもしれないが、これはあとで説明することにしよう。
実際のところ、最近では聞いたことのない名前の作家さんの小説でそのページ数が500ページを超えるものを読み始めるのには勇気がいる。この小説を手に取りパラパラとページを繰って「読もう」と思ったきっかけは何か?キーワードは2つあって「フランケンシュタイン」と「
カラマーゾフの兄弟」である。
一つ目のキーワードは「フランケンシュタイン」について。アマゾンの本の内容紹介にはこうある。『19世紀末―かのヴィクター・フランケンシュタインによるクリーチャー創造から約100年、その技術は全欧に拡散し、いまや「屍者」たちは労働用から軍事用まで幅広く活用されていた。英国諜報員ジョン・ワトソンは密命を受け軍医としてボンベイに渡り、アフガニスタン奥地へ向かう。目指すは、「屍者の王国」』私にとってのフランケンシュタインは漫画「怪物くん」に出てくる「フランケン」や昔の映画に出てくるこめかみにボルトの刺さった額の広い怪物でもない。ロバート・デ・ニーロがクリーチャーえを演じケネス・ブラナーがヴィクター・フランケンシュタインを演じた1994年の映画「フランケンシュタイン」である。この映画はメアリー・シェリーの書いた原作「フランケンシュタイン」の物語に沿って作られているとされていて、従来の「怪物」ではなくヴィクター・フランケンシュタイン博士が創ってしまった「クリーチャー(被造物)」とその哀しみについて描かれていて、以降私の中のフランケンシュタインはこの映画のビジュアルに沿っているのである。
二つ目のキーワード。実はこちらの方が比重は高いような気がするのだが、作中にアレクセイ・カラマーゾフやドミートリー・カラマーゾフそれにクラソートキンが登場し、またゾシマ長老、フョードル・カラマーゾフ、イワン等について語られるのである。これはもう「カラマーゾフの兄弟」好きとしてはたまらなかったのである。
ウィキペディアによれば『屍者の帝国』の概要はこう書かれてる。『元々は伊藤の第3長編として計画されていたが、冒頭の草稿30枚を遺して伊藤がガンで早逝、生前親交の深かった円城が遺族の承諾を得て書き継いで完成させた。フランケンシュタインによる屍体蘇生術が普及した19世紀の世界を舞台とするスチームパンクSFであり、実在の人物に加えて主人公ワトソン始め多くの著名なフィクションのキャラクターが登場するパスティーシュ小説でもある』
パスティーシュ小説という言葉も知らなかったし、この小説がそういう小説だとも知らなかったけれども、冒頭にロンドン大学の医学生ワトソンが出てきたところで「シャーロックホームズ?」と感じ『嗚呼、「薔薇の名前(ウンベルト・エーコ作)」みたいに語り部をワトソン風にしたいのね?』と自分なりに納得してみた。更にワトソンが密命を受けボンベイに渡り、アフガニスタン奥地へ向かうくだりは、どことなく映画「地獄の黙示録(フランシス・フォード・コッポラ作)」みたいにカーツ大佐の潜むジャングルの奥地にある王国に向かう感じに似ているなと思った。
とまあ、いろいろごたくを並べているけど、総評としては面白い読み物だった。屍者に蘇生技術を施すことから始まるいろいろな想定がそこには描かれている。屍者が起こす事故や犯罪、生者が屍者技術をめぐって起こす犯罪(生者に屍者への蘇生技術を施して屍者化することや、屍者をハッキングして意図的に暴走させる)など、幾つもの事象が絡み合い、ワトソンはアフガニスタンから明治維新を迎えたばかりの日本、アメリカに渡り、最後には英国に辿りつく。その間にはレッド・バトラー(風と共に去りぬ)やヴィクターが造り出した最初の屍者であるクリーチャー(小説ではザ・ワンとして登場)、ユリシーズ・シンプソン・グラント(元アメリカ大統領)などフィクションの人物とノンフィクションの人物が入り乱れながら登場する。
終盤は鍵盤楽器風の(わけのわからない)展開になり、作者的にも壮大に広げ過ぎた大風呂敷をどうやって終息させるのか思い悩んだのではないかという展開があって、最後は大団円のうちに、そして、物語の語り部的存在であったワトソン氏は自らの生体に屍者技術を施し氏の意識が光の彼方へ向かうところで本編が幕を閉じる・・・のであるが、エピローグでは物言わぬ青年フライデー(屍者技術によって書き手という職務を全うするだけの物言わぬ、語り部)の心のうちが詩的に描かれて本当の幕が閉じられるところに、ちょっとグッとさせられた。このエピローグがあることで、物語全体が引き締まったように感じる。
さて、最初に「伊藤計劃氏と円城塔氏の共著」というのが正しくないかもしれないと書いたのは、「元々は伊藤の第3長編として計画されていたが、冒頭の草稿30枚を遺して伊藤がガンで早逝、生前親交の深かった円城が遺族の承諾を得て書き継いで完成させた」小説であるらしいからでsる。伊藤計劃氏の作品は前から興味があったけど、読んでいないのでその作風は知らず、円城塔氏に至っては名前すらも知らないので、冒頭の草稿30枚となっているプロローグ部分と、プロローグより後の本編+エピローグ部分との作風の違いは正直言ってよくわかっていない。アマゾンの書評を見ても賛否が極端に分かれていて「駄作・つまらない」とする評と「傑作・面白い」とする評とに二分されている。
個人的な感想としては「面白い」と思うし、2014年に劇場アニメ化が決定し、2015年に公開が予定されているとのことなので、ちょっとコレは見に行きたいなとも思っているけど、これはアニメ化よりも実写映画化の方が面白いのかもなあとも思う。
屍者の帝国 河出文庫
伊藤計劃氏の「虐殺器官」「ハーモニー」も近いうちに読んでみようと思った。
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