新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

台風15号に思う

2019-09-10 08:26:55 | コラム
如何に何でも「社畜」はないだろう:

毎度、台風等の自然災害に襲われた際に我が国の会社員の方々は何としても「出勤しよう」か「遅刻しないようにしよう」と懸命の努力をされて、鉄道等の公共交通機関の駅などに向かわれる。今回の何年振りかで首都圏を襲った15号台風でも,大多数の方は鉄道が早期に動くことを期待して駅に向かわれて何時間も列を作ってジッと待っておられた。何処の局だったかはその光景を外国人に見せて「我が国だったら会社に行こうなどとはしない」と言わせていた。実に無意味なことを言わせていたものだと思う。

こういうことを言わせたかったら「我が国と欧米の諸国では、会社というものについての社員の考え方か認識が全く異なっている」という「企業社会における文化の違い」から説き起こさないことには単なる嫌みに終わってしまうと思う。第一に,何のかのと言っている外国人の旅行者が「文化比較論」に通暁しているとは到底思えないのだ。ましてや「社畜状態」という報道の仕方も全く不当であると言っておきたい。

私はこれまでに何度か「あるアメリカの女性社長が朝の浅草駅で東武線から地下鉄に向かって疾走する通勤客を見て『何の為の猛ダッシュか』と尋ねられたので、我が国には遅刻という制度があって規定の出勤時刻に間に合わないと(20世紀でのことだが)場合によっては有給休暇を減らされるという罰則すらあると説明して,その社長さんを驚倒させた」ということを語って来た。彼女が驚いた理由は、アメリカにはそういう制度はなく「“朝は全員が揃ってから仕事を始めよう”などいう制度も思想もないのだから」である。

我が国には屡々スポーツの選手たちが言う「皆で一丸となって」という「みんなで共にやっていこう」という伝統的な我が国独特の考え方があるし、誰もその行き方を否定しないのが普通だ。だが、これも再三述べてきたことで「アメリカ人(ヨーロッパ人でもそう変わらないと思うが)には一丸となろうなどと考えている者はいないと思う。社員はそれぞれに与えられた「職務内容記述書」(=job description)に従って仕事を進めているのであって、同じ部に所属していても業務の内容が他人と重複していることはない。同僚の仕事を手伝うなどと考えている者などいない。

社員の一人ひとりがその事業本部長から与えられた課題を間違いなくやり遂げて、次年度の昇給と職の安定(job security)の為に身を粉にして、極端な表現を用いれば昼夜を分かたずに働く者がいるのである。上司からは仕事の進め方について細かい指示など来ないのが普通である。それは「そういう必要がない即戦力を雇ったのだから無駄な介入はしない」ということだ。そうであれば「誰が朝何時に出勤し夕方は何時に帰宅しようと、当人の勝手だ」という世界なのだ。であれば、休暇を取るのも各人の裁量であって「実績さえ上がっていればそれで結構」という世界だ。

そういう世界に「チームワークを尊重し、皆で一丸となって、皆で一緒に9時から働き始めよう」という我が国の文化を離れて、その違いも知らずに入って行ってしまった私は、当初は非常に当惑した。例えば,本部の言わば直属の上司に当たるマネージャーは他の部員たちが一応の規定になっている8時に出勤してくることがなかったのだった。ではあっても副社長兼事業部部長は咎め立てしなかった。

彼の秘書さんは午後3時に「本日は閉店」と宣言して早退してしまった。そうかと思えば、早朝6時から出勤しているものもいた。全員が与えられた課題を自分の都合というか進捗状況に従ってこなしている世界だった。ましてや車社会であるから「どうだ。今夜軽く一杯やるか」ということは先ずあり得ないのだった。それだけではない、同僚というか他の部員の都合と合わせることは現実としてあり得ないのだ。ワシントン州は滅多に雪が降らないので、大雪の日には4WDの車を持っている者を除いてほとんどの者が当然のように出勤してこなかった。

であるから、台風が来ても出勤しようと努力する日本の会社員は不思議だという外国人がいるのは当たり前のことではないのか。「マスコミは文化の違いを弁えてから言え」と言ってやりたくなる。私は当初は「えらいところに来てしまった」と文化の相違に戸惑っていた。だが、ある程度その違いに馴れて「与えられた課題以上のことが出来ないと評価の対象にならない世界に自分がいる」ということと「職の安定と確保」を考えれば、最善の結果を出す為にはどうすれば良いかだけを考えるようになった。即ち、体調が悪ければ遠慮なく午後から出勤するとか早退してしまうという選択が出来るようになった。

藤沢から新宿区に引っ越したのも通勤時間の短縮という狙いもあったが、職の安全の為には体力の消耗が激しい長時間の通勤は避けようという目的もあった次第だ。25年より以前にはICT化は進んでおらず、時差が17時間もあるワシントン州の本部からは一日中何時電話で指令が来るか見通しが立たないので、夜になって2時間近くも費やして青山一丁目から藤沢まで帰っている訳には行かないほど多忙にもなっていたのだった。

ここまでで我が国とアメリカのビジネスの世界での文化の相違を論じたが、誤解なきよう申し上げておくと「これは彼我の優劣を論じているのではなく、飽くまでも相違点を述べてきただけだ」なのである。但し、人はそれぞれに個性があるのだから、何れの会社組織が向いているかという問題はあると思う。私の日本の会社に17年、アメリカの会社に22年という経験から言えることは「自分にはアメリカ式の方が合っていた」のである。即ち、台風に襲われたら自宅に止まって、会社とも得意先とも電話ででも何でも連絡していれば良いだろうと考えているのだ。



コメントを投稿