新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

外国との交渉では曖昧さを排除して断定的に発言しよう

2019-08-12 08:14:39 | コラム
今回は文化比較論でもあるが:

11日にアメリカエスパー国防長官の「海洋安全保障イニシャティブ」への参加を要請されたことに対して、総理も原田防衛副大臣も「総合的に慎重に検討する」という答え方で対応されていた。この答え方に対して畏メル友の佐藤氏は「曖昧である」との見解を表された。私も全くその通りだと思う。アメリカのような二進法的思考回路の持ち合わせがないわが国の文化では「イエスかノーか」の即答が出来ぬ局面にある時は、このような曖昧な答えが返ってくると経験上も解っている。決して「正式な回答は某日某時刻までお待ち下さい」という、曖昧ではなく断定的である表現も先ず出てこない。

私は1972年にアメリカの会社に転進して、この二進法的思考体系で常に「白か黒か」や「実行するのかしないのか」等々の決断をあっけなく決めつけて、断定的に言う人たちの集合体である世界に入っていたのだった。しかしながら、この頃では相互の文化と思考体系の相違などには全き気付く余裕もないままに、そういう自意識もなく彼らのイエスかノーかをアッサリと決めて断定的に物を言う文化に染まっていたのだった。それは転身後2~3年を経て出会った昔の上司に「良くそこまで断定的に物が言えるものだな」と感心されても、何を言われてるのか全く解らなかった。

今にして思えばなのだが、その頃でも既にアメリカ式の二進法的思考体系に嵌まっていたのだった。それ故に無意識的に我が国とアメリカとの思考体系を表している特徴の一つである「曖昧さ」排除した思考体系に影響され、それに基づいた発言になっていたのだということのようだ。日本人同士では細部まで言わずとも「有無相通ず」で理解し合えるだろう。だが、アメリカ人には事細かに言うべき事柄を全て省略することなく「ここまで言わなくとも解ってくれるだろう」というようなことを期待せずに断定的に主張しないと、先ず言いたいことを理解されることはないだろう。

余程日本のビジネスパーソンたちの曖昧で断定を避けた表現の仕方に慣れているアメリカ人を除けば「日本の交渉相手の人たちたちの交渉は当日の課題の核心(heart of the matterと言ったりsweet spotなどと言う者もいました)の周りをぐるぐる回っているだけで具体性がなく、何時まで経っても何が言いたいか解らない」と苛立つってしまう者もまた多かったのだ。このようなアメリカ人に対しては、日本人社員が余程しっかりとした介添えの任務を果たしてやらないことには「お互いに時間の浪費だった」という結果に終わる危険性が高いのだ。

私はこういう曖昧な姿勢が諸外国には通じないと、もう解っても良い頃ではないかと期待している。あるいは、総理以下既にお解りであっても、敢えて曖昧さで閣内で検討する時間を出そうとお考えかなとも想像している。もしも“We will kick your proposal around among us, comprehensively and prudently.”などと訳して伝えていたのであれば、エスパー新長官は「答えになっていない」と、さぞかしご不満だっただろう。だが、現実にはそういう交渉事を経験していない方々が政治家で事に当たっていたのでは前に進まないだろう。では、河野外相のように英語が話せれば良いかという問題でもないと思うよ。

話は一寸逸れるが11日の朝のフジテレビに櫻井よしこさんと登場された橋下徹氏が「韓国の弁護団が差し押さえた三菱重工等の資産を換金するというのならば、日本国内の韓国の企業の資産を差し押さえると言えば良い。だが、これは法的には無理なことだが」と語っておられた。この発言を例に挙げたのは「これくらいにハッキリと物を言う度胸が国際的な交渉事では必要だろう」と言いたかったからだ。私は実際に経験したから言えるのだが、我が国の顧客との重要な交渉事の場で日本人社員がアメリカ側にに有利な条件を提示する発言をするのは、非常に恐ろしくもあるしストレスフルであれば、度胸を要するものなのだ。でも、言わねばその場にいる意味がないのだ。

在職中には「日本人の私が日本の企業の方と命の遣り取りのような交渉をするのは色々な意味で精神的にも大きな負担である。だが、そうは言っていられない。何しろ、私はそれやり遂げる為に雇われているのであり、それ即ち、彼らが常に言う“I am paid for that.“だから」と気を許していた人には個人的に語っていたのだった。私が失礼を顧みずに不安を表明すれば「これまでに余りにも上品且つ温和しく交渉に当たってこられた外務省の公達に、韓国を相手にそこまで断定的に物事を主張して説得する傍ら、我が国の正当性を諸外国にズバリと訴え出て貰えるだろうか」という点だ。



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