新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

トランプ氏の勝利に思う

2016-11-10 08:45:34 | コラム
Secretary Clintonの表現は驚きか:

勝利が決定した後の演説でトランプ氏は”Secretary Clinton gave me a call.”と言ったのには「矢張りそう来たか」と思わずにはいられなかった。罵り続けてきた元国務長官のヒラリー・クリントン氏に敬称を付けたのだった。これから大統領になろうという人にとってはあるべき礼儀作法だったと思ったので、驚きでもあったが、サプライズでもなかった。

その演説の内容も、キャンペーン中の泥仕合と中傷合戦とは全く趣を異にしたごく普通の内容だった。それはアメリカの会社で高い地位に就いた者たちが最初に部下や社員に向かって語りかける時に「何時の間に準備してあったのか」と思わせるほど、その地位に相応しい言葉遣いと表現で語りかけてくるのと同じだと痛感していた。時には、今回のトランプ氏と同様に、それまでの言動と大いに趣が異なるので「彼(ないし彼女)は正体はそういう所にあったのか」と驚かせてくれたものだった。

実は、私が「生涯最高の上司」として屡々採り上げてきた副社長は、所謂「スピード・トラック」に乗って就職してきたIvy LeagueのMBAでもない地方採用の州立大学の四卒者で非エリートだった。しかし、彼は奮起してその地位から余りあり得ないことでアッと言う間に事業部長から副社長に駆け上がっていった。そして副社長となるや否や既に準備してあったが如くに、何年mお前から副社長だったかのように貫禄たっぷりで昨日までの彼からは想像も出来なかった言葉遣いに変身していたのだった。

昨9日のPrime Newsでは、アメリカ事情に精通していると思っていた古森義久までもが「全く変身していて別人かと思ったほどの変貌振りだ」と語ったほど、多くの方は受け驚きだと受けとられたと思っている。あれがトランプ氏の正体だったかも知れないとすら思わせた。アメリカ人はこういうことを”reveal true identity”などと言うようだが、昨夜までの所では、私にはトランプ氏の正体が何処にあるのかなどはとても判断出来るものではなかった。だが、言えることは「上昇志向にある連中は、その時に備えて準備してあるものだ」であろう。それほど支配階層にいる連中の精神は多層構造になっている気がするのだ。

次に考えたいのがキャンペーン中に彼が打ち上げた「暴言」と「失言と見なしても良い品格に欠けた言葉遣いと言うか”swearword”の類いとその使い方」である。私は彼が自発的にあの様な表現を用いたと見るよりも、クリントン氏をあの様な形の品格に乏しい論争に巻き込む意図があったのではないかと疑ったほど乱れていた。あの言葉遣いは、アメリカのアッパーミドルとそれ以上の階層には到底受け入れられる性質ではないと思う。

だが、私の裏読みでは「トランプ氏はどういうことを言えば受け入れられ、また受け入れられずに非難と批判の対象になるか」を探っていたのではないかとすら考えていた。未だカタカナ語かされていない、屡々「サウンドする」という表現を使う方を見かけるが、”sound”という動詞には確かに「探る」という使い方がある。言いたいことは「トランプ氏は大衆迎合との批判を浴びてきたが、売り込める言葉と言うか惹句または宣伝文句をあの様にして探っていたのでは」と考えてみた。だが、昨夜の勝利で最早探る必要がなくなったので、あの様な穏健で常識的な言葉での語りかけになったのではないだろうか。

昨日まで見且つ聞いてきた限りでは、圧倒的多数の評論家、学者、有識者、アメリカ通の方々は「クリントン氏が絶対的有利」と予想を外していた。それほどに、今回のアメリカ大統領選挙は希に見る(英語での表現は未だ聞いていないが)”upset”だったようだ。トランプの勝利を確信を持って言っていたのは木村太郎氏だけだった。私はここまで来ると「本当のアメリカ通は何処にいるのか」と思わずにはいられなくなった。

既に指摘したことだが、私は22年半も彼らの会社にあって彼らの為に彼らの思想と哲学に従って働き、彼らとの文化の違いという高くて厚い壁に何度も何度もぶつかって跳ね返されてきた。その過程で「内側から見たアメリカを知り得たし、その大企業乃至は支配階層にいる人たちとも日常的に接することが出来たし、リタイヤー後も幸いにもその人たちとの交流を続けられた」のだった。

その経験から「日米の企業社会における文化と思考体系の違い」を論じるようにもなった。しかし、いくらかの反省を込めて言えば「私が経験してきたアメリカの大企業は、明らかに支配階層の人たちの世界であった」のだった。だが、私は幸運にもかなり深く広くアメリカの一部を知ることが出来たのだった。

私が最初に転身したM社の日本代表者だったHM氏(残念ながら既に故人だ)は私などは及びもつかないアメリカ通だったし、英語の使い手だった。そのHM氏が70年代に「私はアメリカのことが70%は解るようになったが、残る30%を把握しきれないので苦しめられることがある」と、私をHM氏に紹介して下さった日系カナダ人のGN氏と3人で会食中に述懐した。その時にGN氏は何も言わなかった。

だが、散会した帰り道でGN氏が私に言ったことは「Mさんも立派な人だがあの70%説はおかしい。カナダ人である私でさえアメリカは愚かカナダのことなど全部解っている訳ではない。Mさんが本当に解っている部分は精々30%ではないのか」だった。「なるほど、そんなものか」と思わずにはいられなかった。当時の私は移籍後僅か1年半ほどで、本格的なアメリカ文化との戦い(?)は始まったばかりだったのだから。

こういう経験があるから、私は常に「私が解っているアメリカは、全体を100とすれば精々20程度であろう。だが、一般的な我が同胞の方々がお解りの部分はその半分以下ではないのか」と言ってきた。私が20と言う根拠は、22年半のアメリカ会社勤めの間にアフリカ系やヒスパニック等と本格的に語り合う機会など皆無だったのであり、ほとんどの時間はWASP乃至は白人の間で過ごしてきたからという辺りにある。

我が国には多くのアメリカ事情に精通した方がおられるとは承知している。私はそういう方々とは違った身分と視野からアメリカを見て、経験してきたのであるから、それらの権威者とは言うことが違うのは当然だと思っている。だが、世間では多くの方は権威者の意見を聞かれてアメリカを判断する以外になかったのだろう。しかし、私は多少の英語力を活かして経験したことを基に語ったいるので、屡々権威者のご意見と違うことになっている為に、中々簡単に受け入れて貰えないのだと承知している。それは仕方がないことであろうとも割り切っている。今回は多くの有識者は予想を外されたが、私は臆病で何れとも予想はしていなかったのだが。



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