日本語が変わってきたのか:
私は永年「言葉は耳から入った場合に、その影響力は強いのだ。その為にテレビに登場するタレントとかいう有象無象が使うおかしな言葉や間違った語法は、あっという間に普及してしまう」と指摘してきた。今回はその類いの言葉の中でかなり広まってしまった例を幾つか挙げてみよう。中には「真逆」のように2004年の新語・流行語に入った言葉が、何時の間にか住民登録されて本来使用されるべき「正反対」を退けて広まってしまったといような例もある。私は頼まれても「真逆」などを使う気にはならないが。
「今現在」、「今の現状」:
私はこの二つは同じ意味の言葉が二重になっていておかしいと思っている。だが、これらを国会議員の先生方(私は彼らの知性が高いなどとは毛頭考えていないが)も、所謂有識者の方も平気で使っておられるのを聞いて、我が国では英語教育が至らないだけに止まらず、国語の教育も地に落ちたのかと慨嘆している。国語学者のKS教授にでも伺えば良い問題だとは思うが、取り敢えず検索して調べて見ることから始めることにした
意外にもNHK放送文化研究所はこれらの言葉の使用を否定していなかったのだった。だが、私が当たった限りでは矢張り「今現在」は「現在」で、「今の現状」は「現状」で十分であるとしておられる専門家が多かったので安心した。私に言わせれば、これらには同じような意味の言葉が重なっていると気が付かない方がおかしいのではないのか。同様な重複の例にはテレビ局のキャスター等が平気で「後ろから追突」だの「未だ未熟」などというニュース原稿を読んでいる神経(無学?)も恐ろしいと思って嘆いている。国語教師は何を教えているのか。
「どうも、こんにちは」:
これもテレビに出て躊躇わずに使っている感覚が恐ろしいと思う。私が知るだけでも中居正広と渡辺裕太(という名前か?榊原郁恵と渡辺徹夫妻の息子)がいる。「どうも」は広辞苑によれば副詞であり「全く、まことに」であり「―にすみません」か」「―に有り難う」のように使うとある。他には「―も変だ」、「―迷った」という例も載っている。この「どうも、こんにちは」は学校でろくに勉強もしないでタレント業などに励んだ情けない結果だと思っている。困ったことは、上記のように彼等が使うと罪なき一般人が真似てしまうことだ。
生き様:
何処かの誰かが勝手に創り出したのだろう。これもテレビに登場して流行り出したと思っている。この言葉にも違和感を覚える。余談だが、時たま「違和感を感じる」と入力して「感」が重複していると思い、「覚える」と訂正している。私は「死に様が悪い」という表現は承知していたが、「生き様」は反対語だと思って使い始めて者たちがいたのかと思っている。検索してみると「死に様から類推して使われるようになった」との意見が出てきた。これも、私は絶対に使うまいと思っている言葉の一つだ。
結び:
結論めいたことを言えば、「ろくに国語を勉強してこなかった者たちは、勝手に新語を造るようなことをするな。公共の電波を使って喋ることの重大さをもう少し認識せよ」なのだ。かく申す私は12年間もラジオコメンテーターを務めてきたので、これくらいの偉そうなことを言う資格があると思っている。
私は永年「言葉は耳から入った場合に、その影響力は強いのだ。その為にテレビに登場するタレントとかいう有象無象が使うおかしな言葉や間違った語法は、あっという間に普及してしまう」と指摘してきた。今回はその類いの言葉の中でかなり広まってしまった例を幾つか挙げてみよう。中には「真逆」のように2004年の新語・流行語に入った言葉が、何時の間にか住民登録されて本来使用されるべき「正反対」を退けて広まってしまったといような例もある。私は頼まれても「真逆」などを使う気にはならないが。
「今現在」、「今の現状」:
私はこの二つは同じ意味の言葉が二重になっていておかしいと思っている。だが、これらを国会議員の先生方(私は彼らの知性が高いなどとは毛頭考えていないが)も、所謂有識者の方も平気で使っておられるのを聞いて、我が国では英語教育が至らないだけに止まらず、国語の教育も地に落ちたのかと慨嘆している。国語学者のKS教授にでも伺えば良い問題だとは思うが、取り敢えず検索して調べて見ることから始めることにした
意外にもNHK放送文化研究所はこれらの言葉の使用を否定していなかったのだった。だが、私が当たった限りでは矢張り「今現在」は「現在」で、「今の現状」は「現状」で十分であるとしておられる専門家が多かったので安心した。私に言わせれば、これらには同じような意味の言葉が重なっていると気が付かない方がおかしいのではないのか。同様な重複の例にはテレビ局のキャスター等が平気で「後ろから追突」だの「未だ未熟」などというニュース原稿を読んでいる神経(無学?)も恐ろしいと思って嘆いている。国語教師は何を教えているのか。
「どうも、こんにちは」:
これもテレビに出て躊躇わずに使っている感覚が恐ろしいと思う。私が知るだけでも中居正広と渡辺裕太(という名前か?榊原郁恵と渡辺徹夫妻の息子)がいる。「どうも」は広辞苑によれば副詞であり「全く、まことに」であり「―にすみません」か」「―に有り難う」のように使うとある。他には「―も変だ」、「―迷った」という例も載っている。この「どうも、こんにちは」は学校でろくに勉強もしないでタレント業などに励んだ情けない結果だと思っている。困ったことは、上記のように彼等が使うと罪なき一般人が真似てしまうことだ。
生き様:
何処かの誰かが勝手に創り出したのだろう。これもテレビに登場して流行り出したと思っている。この言葉にも違和感を覚える。余談だが、時たま「違和感を感じる」と入力して「感」が重複していると思い、「覚える」と訂正している。私は「死に様が悪い」という表現は承知していたが、「生き様」は反対語だと思って使い始めて者たちがいたのかと思っている。検索してみると「死に様から類推して使われるようになった」との意見が出てきた。これも、私は絶対に使うまいと思っている言葉の一つだ。
結び:
結論めいたことを言えば、「ろくに国語を勉強してこなかった者たちは、勝手に新語を造るようなことをするな。公共の電波を使って喋ることの重大さをもう少し認識せよ」なのだ。かく申す私は12年間もラジオコメンテーターを務めてきたので、これくらいの偉そうなことを言う資格があると思っている。