MAKIKYUのページ

MAKIKYUの公共交通を主体とした気紛れなページ。
初めてアクセスされた方はまず「このページについて」をご覧下さい。

西南への道程

2006-08-30 | Weblog
現在成都にいるMAKIKYUですが、香港を発ってからここまでの間、PCにアクセスできず更新がストップしましたので、その間の行程を簡単に報告したいと思います。

24日(木)
香港を発ち広州へ、香港からKTTと呼ばれる列車を利用しましたが、この列車は運賃がかなり高い(190HK$)割にはイマイチな感じで、個人的には普通に羅湖で国境越えの方が…といった所ですが、時間短縮効果は大きく(入出境手続きが混雑せずにスムーズ)、ビジネス利用などには価値のありそうな列車です。広州到着後は地下鉄やトロリーバスなどを少々乗車、また物価の高い香港では安い食事(あまり美味しくない)ばかりでしたが、ここでは安くてもかなり良い感じでした。

25日(金)
この日は広州1018発のK202/3列車に乗車、到着は翌日夕方なのでホテルを出た後は一日中列車の中でした。

26日(土)
一日列車の中、終点の重慶到着は1630頃の予定でしたが大幅に遅れて1930過ぎ。その後のホテルも予約サービスの手違いで名称が異なっており、街中をさまよってホテルに着いたのは2130、夜とは言え火釜と言われる街を駈けずり回るのはハードです。

27日(日)
一日重慶市内を視察、名物のモノレールをはじめ、市内の路線バスや長江を渡るロープウェイにも乗り、夜は名物の火鍋を…この街の暑さは半端ではなくまるで蒸し風呂の様ですが、火鍋も半端ではなく体調を崩すほどの代物でした。
またこの街は観光地もあまり多くはないですが、バス以外に他都市にはない乗り物があり、また起伏が激しく開発真っ只中の街並みや、長江やその支流をバスの車中から眺めているとなかなか面白いです。

28日(月)
重慶のあまりの暑さでホテル出発は昼過ぎに、少々市内を回った後15時過ぎの列車で成都へ移動、成都市内に入ってからの30分以上の運転停車の影響(他列車の遅延or成都駅着線容量の関係?)で到着は40分程の遅れ。到着後は路線バスで観華青年宿舎(http://www.gogosc.com/)へ移動。

大まかな状況は以上に記した感じですが、列車の乗車記などは後日という事にしたいと思います。(気まぐれなMAKIKYUの事ですので、いつになるか分かりませんが…)


画像は重慶で宿泊したホテルから眺めた風景、下に見えるのは重慶駅とバスターミナル、その背後の濁った川は長江です。

現在は成都に~意外に普通な感じ?

2006-08-29 | Weblog
現在大陸を旅行中のMAKIKYU、今日は久々の更新です。

現在MAKIKYUは四川省の省都・成都に居り、宿泊先の観華青年旅舎(http://www.gogosc.com/house_jp.htm)にある有料PC(それでも1時間5元ですので、香港よりはずっと割安です)からアクセスしています。

今日は午後から少々街中に繰り出す程度でかなり軽めの行動、銀行で両替(これだけで1時間以上かかり困りモノです)と旅行会社に予約していた列車乗車券の受け取り(9月1日発のK284次に乗車します)、それと市内で少々バスに乗車&散策といった所で、列車乗車はナシです。

成都は中国でもかなり西に位置し、北京・上海・広州のいずれからも列車で丸1日以上はかかるという随分遠方ですが、それでも街中が近代的なのか、それともMAKIKYUが中国に慣れてしまったのか意外に普通な感じで、現地時間で19時30分(日本時間で20時30分)過ぎまで空が明るいので少々遠くに来たのかな…という感じです。(まあ飛行機で飛ばずに、日常生活の延長線の如く専ら列車を乗り継いで来たからなのかもしれませんが…)

また今日は夕方中心部の歩行者天国を歩いている際に「伊藤洋華堂」(イトーヨーカドー)を発見、面白そうだったので入ってみましたが、店の感じは日本と似ているものの怪しい商品がズラリ、お土産になりそうなものも色々あって衝動買い&フードコートで食事(これは四川だけあって食べていると汗タラタラになる代物)、また近くには西武(百貨店)もあり、こんなモノを見てしまうと何処に居るのか?という気分にさせられます。(それでも香港よりは遥かに異国的ですが…)

昨日までの行程は別記事にしたいと思います。また明日は成都から少々離れた所へ出向く予定で、「MAKIKYUのページ」更新はお休みさせて頂きますのでご了承下さい。(明後日か明々後日には更新予定です)


画像は成都市内の中心部にある「伊藤洋華堂」、成都市内には他にもう一店舗ある様です。

中国鉄路乗車記:N879/882次

2006-08-28 | 鉄道[中華人民共和国]
  

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

8月26日、広州からのK202/3次列車(乗車記参照)で重慶へ辿り着いたMAKIKYUは、改札を出た後すぐに、その足で28日に利用予定の成都行き列車の乗車券購入へ。

重慶~成都間は最近まで夜行列車以外にこの区間のみを運行する列車はなく、昼行列車はせいぜい重慶から成都を経由して四川省南部へ向かう長距離列車が走る程度、それも南側を大回りする上に単線で線形の悪い路線を運行するために、高速バスで5時間程度の両都市間を12時間程度かけて運行しており、とても使い物にならない代物でした。

しかし今年春には重慶の北郊から遂寧へ向かう新路線が開通し、この路線を経由して重慶~成都間を運行する城際列車(快速)が1日に2往復設定(朝・夕各一往復)される様に(他にも列車設定がある様です)なり、この列車を是非利用してみたいという事で、もし駄目ならバスで移動でも…と考え、28日午後に重慶を出発するN882次の乗車券購入を申し込むとあっさりと発券、この乗車券を購入する際のメモ(中国語会話の出来ないMAKIKYUには不可欠です)には特に希望等級は記載しませんでしたが、4号車硬座の下層(1階)で発券され、あとは乗車当日に重慶站へ向かうだけです。

28日、この日は昼の暑い盛りに市内を少々活動しており、市内の某所で道を迷ったりしたので重慶站到着は15時前、検票(改札)が1階だったのは幸い(重慶站の候車室は2層構造で、大半の列車は2階です)でしたが、それでも検票を済ませた頃には15時を回っていました。

ホーム頭端に駅舎のある重慶站で15時7分発のN882/3次に乗車するには少々厳しい感じで、まして乗車前に先頭の機関車まで出向いて乗車記念に写真を撮影&編成確認…と考えているMAKIKYUの様な人間はなおさらで、結局先頭まで行って機関車の撮影は出来たものの、その後指定された客車に向かう途中で服務員がドアのステップを畳みだし、他の号車から慌てて乗車する羽目に。

日本の感覚でしたら、異編成が併結して車両間の貫通路が設けられていない場合などの特別な事例以外は、何処の車両から乗車しても問題なしですが、中国では複数の等級車両が連結されている列車が多い事もあり、下等(硬座車)の乗客が軟座車や寝台車に流れ込むのを防ぐ事もあってか、各車両に乗務している服務員は停車中に他車両との往来が出来ない様に車両間の貫通路に鍵を掛けてしまうので、列車発車まではこの飛び乗った車両内に缶詰めです。

列車が出発するとようやく服務員が貫通路の鍵を開放し、指定された車両への移動を開始するものの、連結されている車両は2階建て車両ばかりで、重たい荷物を持った状態の移動なので結構厄介でした。

ちなみにこの列車の編成ですが、SS7E型電気機関車が客車を牽引し、客車は最前部に発電車、その後ろには10号車~2号車までと加2号車、そして1号車の順に2階建て硬座車(SYZ25B)が連結され、最後尾の加1号車のみ普通の硬座車(YZ25G)という編成で、見た所軟座車の連結はなく、硬座のみのモノクラス編成です。

またこの列車の大半を占めているSYZ25B型客車は、最高速度こそ120km/hですが塗装は白と紺色で見た目は特快と遜色なく、線形が悪く高速運転も困難なこの地域ではこれで充分な感じです。

ようやく指定された客席(4号車 下0号)に到着すると、指定の座席には既に先客が居り別の席を勧めてくるものの、これはMAKIKYUが好まない進行方向と反対側の座席という事もありパス。

所定の座席に着くと、乗車前に動き回っていた事もあり汗だくで息を切らす有様で、これには相席の中国人も気になったのかティッシュを差し出され、有難く頂戴。

座席に着いて少々落ち着いた頃には重慶北站を通過、重慶は高低差のある街という事もあって線路も掘割を走る区間が多く、MAKIKYUが乗車している1階席からだと車窓が望めない所も多いですが、居住性はこちらの方が良いのでどちらも一長一短です。

またこの列車は重慶站始発にも関わらず、始発の時点で既に乗車券が完売した様で無座の乗客も散見、ただ各車両に四角いプラスチックのイスが数個ずつ転がっており、また2階建て車両という事で階段部分にも座り込めるので、本当に無座となってしまう乗客はさほど居らず、最悪無座になってしまった場合でも、早めに乗車するように努めれば何とかなりそうな感じでした。

列車は重慶の市街地の西側で本線(?)に合流、その後は北へ向かう路線を1時間程走りますが、この路線は単線で途中で列車交換のための運転停車もあり、山間部を走るので線形も良いとはいえない状況、輸送基盤の脆弱さを感じさせられます。

1時間ほど走ると今度は今まで走っていた路線から分岐し、西へ向かう新線に入りますが、ここも分岐部こそ上下線に分かれて随分立派に作られており、将来の輸送力増強を見越した感じですが、路線そのものは単線です。

新線に入ると線形は割合まっすぐで、所々で緩やかにカーブする感じでなだらかな起伏のある地形の中、トンネルや掘割、土手の続く線路を徐々に高度を上げていく感じで駆け抜けて行きます。

新線では所々で真新しい站が散見され、ガラガラで人気のない站舎が目に付きますが、途中の駅の中には站名票の見当たらない所や、ホームが数両分しかない所もあり、それでもホームに係員が立っているのはさすが中国といった所です。

16時半頃に運転停車した所ではN888/9次・成都-重慶とサボを出した列車と交換、こちらはオレンジ色の25G型客車で硬臥車をはじめ、短距離列車にも関わらず食堂車まで連結されており、他の夜行列車の間合い運用の様な感じでしたが、寝台車の客扱いを行っているか否かは確認できませんでした。

17時過ぎになると、小さいながらも街らしい景色が見える様になり、すると既存の路線と合流して程なくこの列車唯一の停車站・遂寧に到着、この時点では列車はほぼ定時での運行です。

遂寧站は現在工事中でホームは2面2線の使用(站舎側でない方のホームは、片方の線路が剥されている)となっており、丁度站舎側ホームにはこの地区では数少ない特快(武昌行き)が入線という事もあり、站舎とは反対側のホームに停車、この站での下車客も結構居ましたが、時間帯の関係もあってか逆に乗車は少なく、車内は空席も散見される状況になります。

ここでは10分ほどの停車時間があり、MAKIKYUは一旦ホームに降りて先頭の機関車を撮影、この站のホームは屋根の掛かっている部分が少なく、重慶站出発時より随分綺麗に撮影でき、これなら急いで重慶で撮影しなくても…という感じですが、列車が遅れて停車時間が短縮されると、そうも行かなくなるので難しい所です。

また中国でそこそこの規模の站では大抵ある乗客目当てのカート販売(主に飲食物)などは見かけませんでしたが、その事もあってか自分の車両に戻り、ドア付近で検票中の服務員に乗車券を提示して乗り込む際、重慶からの乗車券という事で奇妙な顔をしていました。
(物販などがあると一旦ホームに降りる乗客も結構居ますが…)

列車が遂寧を出発すると、車窓は新線と似た様なもので、日本の田舎の様で何処か違う様な…といった感じの風景が続きますが、線形は新線に比べると格段に悪い事もあり、カーブが多く車輪を軋ませる音が頻繁に聞こえる様になり、また車内は遂寧で下車した乗客が結構居た事もあって、無座の乗車券で乗車した乗客も空席にありつける状況で、通路に転がっているプラスチックの椅子は服務員が片付けを行っていました。

また遂寧から先の路線も電化こそされているものの単線区間で、途中では何度か交換待ちで運転停車がありますが、途中では成都→重慶のN884/5次とも交換し、こちらはMAKIKYUが乗車している列車に連結されている2階建ての硬座車(SYZ25B)が9両連結されている他に、2階建ての軟座車(SRZ25B)が1両連結されており、重慶~成都間の城際列車も列車によって編成が異なる様です。

列車は成都方面へ向けて徐々に高度を上げていく感じで西へ進んでいきますが、19時頃に金堂付近を通過する際は、ちょっとした山越えになり、その後は盆地というより平野の様な感じの四川盆地に入ります。(ここは海から2000km位離れており、中国のスケールの大きさを感じさせられます)

四川盆地に入ると成都近郊の農村風景が広がり、田園風景の広がる平坦な地形は何処か日本的な感じですが、8月の終わりにも関わらず現地時間で19時(日本時間で20時)を過ぎてもまだ外は明るく、随分遠くまで来たものだと感じさせられます。
(空を飛ばず、専ら陸路&海路でここまで来たので感じる事なのかもしれませんが…)

四川盆地に入ってからは途中で上海南行き快速と交換し、この時点で数分の遅れが…そして成都北站(俗に北站と呼ばれる成都站とは別の站です)を19時40分頃に過ぎると外はようやく暗くなり、ここまでは割合順調に走ってきた列車も35分ほど足止めに。

これは他の列車の遅延などで、終着の成都站在線容量が確保できないのが原因かと思われますが、ここまで来て…となると閉口させられます。

終点到着の案内放送(だと思います)が既に放送された事もあり、中国人乗客の過半数は気が早いのか、この運転停車の時点で席を立ち始め、デッキへ向かっていましたが、運転停車の時間が余りに長く、中には一旦席に戻る乗客も居る有様でした。

列車が動き出すと程なく終点成都站・20時30分過ぎに約40分の遅れで到着し、ホームに降りると四川という事もあって夜にも関わらず結構蒸していましたが、重慶に比べると大分マシです。

ただ列車を降りた後は、他の列車も到着したばかりなのか出口付近は大分混雑
列車を降りた後はその後の列車手配は旅行社に依頼済みという事もあり、すぐに路線バス(1元)で手配していた宿舎へ直行です。


重慶~成都間は、以前なら大回りで半日程度を要する列車しかなく、夜行以外は専らバスという状況でしたが、新線の開通に伴って城際列車(2階建て車両による空調快速)が2往復、他に間合いで新線経由の空調快速も一往復設定(両都市を13時頃出発)され、これらだと両都市間は約5時間程度(定時運行の場合)、これから状況も更に改善されそうで期待の路線です。

この区間の列車は、硬座以外の車両が連結されている列車と、そうでない列車(MAKIKYUが乗車したN879/882次など)があり、運行時間帯や使用車両などを色々研究した上で適当な列車に乗車されると良いと思います。

ただ硬座に乗車される場合でも新型空調車で居住性もまあまあ(MAKIKYUが乗車した限りでは日本の普通列車並みかやや劣る程度)ですので、無座でもない限りは充分過ごせるかと思いますし、「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様が中国へ行かれ、重慶~成都間を移動される際にも充分オススメできる列車だと思います。

中国鉄路乗車記:8676次

2006-08-27 | 鉄道[中華人民共和国]

  

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

8月27日、MAKIKYUはこの日「中国3大かまど」の一つとして知られ、暑さまっ盛りの重慶に居り軽軌(モノレール)などに乗車していましたが、夕方に少々列車の旅を…という事で15時前に重慶站へ。

本当は小南海へ向かう列車を…と思っていたのですが、乗車券売り場で変な係員(とMAKIKYUが思っているだけかもしれません)に当たってしまい、MAKIKYUは中国語が全く駄目なので切符を買う際にメモを渡す方法で購入していますが、メモを渡しても相手にされず(こんな事は初めて:漢字の読めない係員なのかもしれません)、他の列へ並びなおしている間に時間切れに。

並び直した列で係員が端末を操作した際には、発車11分前という事で機械的に発券がストップされ、重慶站まで来てそのまま引き下がるのも…という事で時刻表と相談、その後乗車券を購入して乗車する事になったのが8676次です。

この列車は1650に重慶を出発し、重慶南までは所要約15分という中国鉄路にしては異例なまでの超短距離列車、乗車券購入の際に係員も首を傾げながら列車番号を端末に入力する有様で、この列車の乗車券を求める人間はあまり居ないのかもしれません。

さすがにこの短距離を運行する列車だけあって発券拒否はなく、無事に無座(座席指定ナシ)の乗車券を購入できましたが運賃は短距離だけあって1.5元、MAKIKYUがこれだけ安い中国鉄路の乗車券を購入したのは初めてです。

発車までは少々時間があるので、站前で軽い食事やバスの撮影などをしていましたが、いざ乗車の段階になって候車室(待合室:列車毎に改札場所が決まっています)に向かうと、表示が何処にも見当たらず…重慶站では1階と2回の2箇所に候車室が分かれており、何処から乗車するのか分からないので2階に居る係員に筆談で尋ねると、1階に降りろとの事。

1階には最近運行を開始した重慶~成都(遂寧経由)の城際列車や、西蔵(ラサ)行きの列車の候車室があり、ここで改札を尋ねると、発車時間も迫っていた事もあってか警察官の方に大急ぎで改札まで誘導して頂きましたが、案内された場所は出口脇の工員(従業員)通路で、もしかしたらこの列車は候車室での改札は行っていないのかもしれません。

何とかここから無事入場できましたが、站構内にも列車の案内は全くナシという有様で、近くに居た係員に乗車券を見せると、一番端のホーム(7站台)へ向かう様に指示を受けて向かうと、行先表示も出ていない緑色の客車が停車しており、ここに乗り込んでいる乗務員に確認すると、これで良いという仕草を見せたので、編成の確認も兼ねて客車の前方へ。

それにしてもこの列車は実質的には鉄路局関係者用の列車なのか、市販の時刻表に時刻が掲載されているにも関わらず殆ど案内がされておらず、関係者以外は中国人でも迷いそうな感じなので、中国語も話せない外国人旅行者が乗車する事は想定外といった気配です。

列車の編成は緑色の空調ナシ客車が8両、そして先頭には電気機関車(SS3)という編成で客車の先頭は2号車、以下3号車…の順で続いています。

客車は最初見た時にはただのYZ22とYZ25B(一般的な非空調硬座車)だけの編成かと思いましたが、前方に連結されている2号車は硬臥(3段寝台)車のYW22B 664202、MAKIKYUは緑皮車(旧型の緑色客車)の寝台は初めて、これも一般に開放されており、また機関車に近い車両に乗車したかった事もありこの車両に乗車。

車内は中段の寝台が折り畳まれ、また専ら昼間の短距離列車で使用するので寝具の用意などはありませんが、短時間乗車とはいえ僅か1.5元で寝台車の旅が楽しめるのは随分乗り得な気がします。

ただこの列車の乗客は大半が乗り慣れた感じの方で、寝台車を気にする事もなく座席車にも乗車しており、各車両に満遍なく乗車している感じでしたが、乗客は各車両に1桁といった感じでしたので、特に混雑するといった事もなく快適に過ごせます。

また隣の3号車はYZ30 346842という変わった客車が連結されており、これはパッと見た感じは番号を見ない限り典型的なYZ25Bにしか見えない車両(実はRW24の改造車の様です:はいらーある様情報ありがとうございます)ですが、車内に入るとビックリ!というのも、中国鉄路では大半の車両がクロスシート(座席を枕木方向に設置)なのですが、この車両の座席は日本の通勤電車の如くロングシート(座席をレール方向に設置)で、背もたれもなく硬い木の座席となっていました。

この車両の座席は隣の2号車とは雲泥の差で、随分居住性は劣るものですが、これもなかなか乗れそうにない車両で、またこの列車は乗車時間も短いですので、こちらへ乗車するのも面白いかもしれません。

ちなみに4号車以降は、一般的なボックス席が並んでいる車両で特に面白い事はありませんので、8676次へ乗車される際は前方の車両がオススメです。

列車は発車すると室内灯もつけずに運行し、そのため途中にあるトンネル内では車内は真っ暗に、この国の路線バスなどではよくある事ですが、列車でこの様な事は初めてです。

またこの8676次は所要僅か15分という超短距離列車にも関わらず、途中で黄沙渓という小さな站(というより停留所)にも停車しますが、この駅はホームも数両分しかないので一部号車を除くと線路脇にそのまま下ろされるような感じで、この站での乗客の乗降はない様でした。

黄沙渓を出て少々走ると程なく終点・重慶南站へ、この列車は長江沿いを走り、車窓は進行方向右側の方が良いですが、寝台車は右側に通路が設けられています。

重慶南站は站前に路線バスの発着はなく、三輪タクシーが何台も待機しているといった感じの小さい站ですが、站周辺には鉄路関係者向けの施設らしきものが幾つも見られ、鉄路関係者の街といった感じでした。

ここでは折り返しの列車に乗車するにも1時間程度の待ち時間があるので、バスで市内へ引き返す事にしましたが、バス停は重慶站と反対側の方向に少々進み、右手の階段道を上がり5分程、鉄路医院近くの「新市場」になります。

ここからは(軽軌)揚家坪站へ向かう233路などの路線バスが多数運行されており、揚家坪からは軽軌(モノレール)や路線バスで市内中心部へ容易にアクセスできますので、重慶南站利用の際に片道はバスや軽軌を利用されるのも面白いかもしれません。(揚家坪からは重慶站へも路線バスあり)

ちなみにMAKIKYUは233路を揚家坪とは逆に進み、長江の反対側に出てから320路に乗り継ぎ、さらに索道(ロープウェイ)というルートを使いましたが、こちらは320路の路線バス(田舎バスで空調ナシです)が1800頃で終車となるので注意が必要です。

ここで取り上げた重慶~重慶南間の列車は、この8676次を含めて3往復運転されていますので、夕方以外に午前中の乗車も可能です。

「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様も重慶へ行かれる機会がありましたら、是非この重慶~重慶南間の列車へ乗車されてみては如何でしょうか?


画像は重慶南站に停車中の8676列車と、YZ30 346842の車内・外観です。


中国鉄路乗車記:K202/3次(2)

2006-08-26 | 鉄道[中華人民共和国]
  

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

注)K202/3次乗車記は、列車が2日間に跨り運行され、乗車時間も長いので2つの記事に分割しています。乗車券購入と25日の記事は乗車記(1)に記載し、この記事はその続きです。乗車記(1)は以下のアドレスをクリックして下さい。
中国鉄路乗車記:K202/3次(1) http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060825


8月26日、MAKIKYUは7時半前に目覚めると列車は複線の山間を走っており、かなり起伏のある地形にも関わらず田園風景も見られ、車窓も変化に富みなかなかいい感じです。

ただ本来ならもうそろそろ貴州省の省都・貴陽に到着する頃で、街並みが見えてもおかしくない筈なのですが一向にその気配はなく、通過する站名と持参の地図を照らし合わせて大まかな場所を把握すると、まだ一つ手前の停車站・福泉を出発して少し過ぎた辺り、列車は2時間程度の遅れで運行している模様で、昨日の雷が鳴っている時の嫌な予感が当たっている様です。

9時頃にはようやく街並みが見え出しようやく貴陽ですが、列車の遅延が影響しているのか貴陽站手前で運転停車もあり、結局貴陽站に到着したのは9時半頃、この時点で約2時間の遅れです。

貴陽は貴州省の省都にしては、列車に乗車している限りではあまり大きくない街の印象を受け、またここは名前の通り天気は曇りの事が多く太陽が貴い所で、この日も空はどんよりと曇っていました。

ここでは所定だと12分の停車時間があり、日本の感覚であれば2時間も遅れているなら遅延回復の為に停車時間を削減して…となりますが、ここ中国では列車の乗降に手間取るのと、長距離を運行し給水などが必要な事もあってかその様な事はなく、それどころか貴陽から先は、終点の重慶まで単線区間を運行する事もあって逆に発車が遅れる有様です。

こんな状況なのでMAKIKYUも一旦ホームに降りて先頭の機関車を撮影、これは昨日とは変わってSS3B形電機が牽引しており、この形は西南地区ではよく見かける機関車です。

貴陽を出発し川黔線に入ると単線区間になり、貴陽の街中を抜けると両側に山並みが見え、この一帯にしてはやや平坦な田園風景の中を走り、その後は谷間を跨ぐなど車窓は色々変化に富んで乗り応えは充分ですが、カーブが多く線形が悪い事もあってか列車の速度はなかなか上がらず、とても遅延回復など出来る状況ではありません。

列車は川黔線に入ってからは、貴陽の街中を抜けた後は遵義まで停車せず、ここまで約3時間ほどかかりますが、この間には小さな集落以外には街らしい街もなく、山間の小さな集落の近くに列車交換も兼ねて小站があるといった感じです。

この間MAKIKYUも一旦寝台へ、何度も言う事ですが、寝台の上段は窓がないので、寝ながら景色を眺める事は出来ず、ちょっと不便な感じです。

12時頃には昼食時という事でカートによる車内販売の弁当販売があり、これは昨日見かけたのと同じ15元ですが、見た所おかずの種類を少々変えてある様で、長旅で何度も車内販売の弁当を購入する乗客を考慮している様な感じでした。

硬臥車で弁当の販売が行われ…という事は、今日も昨日と同じ様に硬座車でも弁当販売を行っていると見たMAKIKYUは、車内視察を兼ねて硬座車へ。

この硬座車は昨日と同様に結構混雑して雑然とした感じで、この車両での長時間乗車は絶対避けたいと言った所ですが、後方の号車に進むまでもなく弁当販売のカーとがすぐに現れたので、やって来た弁当売りの服務員を引き止めて1個購入。

これは昨日見たのと同じ10元で、内容も硬臥車で販売している弁当より少々格落ちですが、価格差を考えるとこちらの方がお得感があり、MAKIKYUは寝台に乗車しても弁当はなるべく硬座の方で購入する様にしていますが、この列車の寝台車に乗車している乗客は、この事をどの程度把握しているのか気になります。
(みんな知っている様なら、弁当購入の為に硬座へ出向く乗客も多数居そうです)

硬座車から食堂車を経て硬臥車へ戻る際は、昨日見かけた覆面の2人組X2は端のテーブルに寄せ集められ、2人の手錠を互いに絡ませて勝手に身動きできないようにさせられており、張り詰めた感じでしたが、食堂車のテーブルで一晩を越したのかと思うと、中国では護送もなかなか厳しそうです。

硬臥車に戻ると、早速購入してきた硬座弁当を頂きますが、この列車は重慶局管轄でその地域で親しまれている味付けになっている事もあってか、おかずはどれも塩味が強く辛いものばかりで味が濃く、これを食べている頃には硬臥車の服務員が何かを話しかけてきて、こちらは中国語が話せず対応に苦慮していると、服務員が呼んできたのか列車長が現れ、MAKIKYUに対して色々漢字の筆談で質問を浴びせられます。

最初は「何処から来たのか?」(答:日本)といった一般的なことから始まり、その後車内販売の弁当についても尋ねられ、これは「味が濃い」「硬座車で10元で購入」と答えると、「何故硬臥車の乗客なのに硬座へ行くのか?」と聞かれる有様で、これには「我鉄路迷」と答えて一見落着、それにしても硬臥に乗車して硬座を覗きに行く事は、中国の方々はあまりされない様です。

弁当を食べ終えてしばらくすると、貴陽を出てから最初の停車站・遵義に約2時間の遅れで到着、列車に乗車しているMAKIKYUはまだ良いですが、この站で列車を待ち続けた乗客の皆様はお気の毒です。

列車はその後も2時間の遅延で走り続け、遵義の次の停車站・桐梓を過ぎてしばらくすると、高低差の激しい地形の中を下っていく区間があり、ここではループ線もあり乗り応えもなかなかで、ループを過ぎた辺りでは九龍場站を通過、しかし他の乗客は乗り慣れているのかそれとも関心がないのか、この車窓を眺めていた人間はMAKIKYUが乗車していた号車では数名といった所でした。

その後はMAKIKYUが利用している寝台の下段は、昼間でも寝ている乗客が居り使用できないので、少々離れたところにある空席に移動すると、ここに居た中国人乗客数名と漢字の筆談、それに多少の英語を交えて色々と応答する事に…

乗車していたグループは重慶の大学生の様で、こちらの旅行に関しても「何の目的で中国へ?」「いつ中国に入国し、出国予定か?」など色々聞かれ、重慶でのホテルに関して聞かれて予約確認書(インターネットで予約)を見せた際は、一泊190元と言う値段の高さに驚いている様子、現地の物価を考えるとかなり贅沢な様で、実際このホテルは部屋の作りなどは驚くほど豪華な所でした。

またこのグループの中の別の人間には「小泉(純一郎前首相)」(この事は中国に限らず、韓国でも尋ねられる事がありました)や「南京大虐殺」についても色々尋ねられ、戦争に関する話が出てくると日本人として複雑な心境にさせられます。

「南京大虐殺」の話が出てきた後は、その人物から「梧南?」と尋ねられ、最初は何の事かと思ったものの、これは日本で今も多くの支持を受けているアニメ「(名探偵)コナン」の事で、丁度今回の旅行序盤に立ち寄り、現在「コナン君に会える町」として知られる鳥取県北栄町(コナンの作者青山剛昌氏の出身地)のコナン探偵社(コナンのグッズを販売している店の名前です)で訪問記念に購入していた、「DAIEI(大栄)」(北栄町の前身で、同町は大栄町と北条町が合併して誕生)ロゴ入りのコナン大橋をモチーフにした限定ポストカードセットを見せると、これを欲しがるので一枚贈呈。

それにしても、こんなものが遠い彼の地で役立つとは思いせず意外でしたが、随分MAKIKYUの旅行も長い(北栄町訪問は約1月前)ものだと改めて感じさせられます。
(余談ですが「コナン君に会える町」に関して関心のある方は、以下の記事もご覧下さい。 http://blog.goo.ne.jp/makikyu/e/f4c7b0bb6bb0045bd053c197b3af3046)

またこの中国人の学生グループは「Can you speak English?」という問いに「Little」と答えていながらも結構英語が得意で、英語の質問に漢字で応答するMAKIKYUに「不好英語?」と聞いてくる状況、これはまさしくその通りで、これがMAKIKYUが東アジアから進出できない一要因(もっと大きな要因もありますが…)だったりします。
(それでも中国は漢字での筆談がある程度通じるのでまだ何とかなりますし、韓国は更に容易ですので、海外に不安を感じている方もこの2カ国は個人でも旅行程度なら比較的容易です)

その後このグループの席を離れる際には、MAKIKYUの年齢も尋ねられていくつか年上なのを知ると随分驚いていましたが、MAKIKYUが年より下に見られる事もあるとはいえ、中国人から見ると日本人は歳より幼く見える様です。(ちなみに聞いてきた人物は20歳です)

こんな事をしている内に、列車は貴陽省から重慶市に入りますが、重慶市に入ってから最初の停車站・水には16時頃・やはり2時間遅れを引きずって到着ですが、ここから重慶まではまだ150km以上あり、世界最大級の市と言われる重慶市のスケールの大きさを感じさせられます。

この辺りでは川沿いに走る区間も多く、これは貴陽省内とはまた違った車窓が楽しめ面白いですが、重慶が近づくと今度は南国を感じさせる植物などが多くなり、濁った長江を渡るとまたループ線、これを過ぎると重慶からの近郊列車(慢車)が発着する小南海站です。

小南海ではしばらく運転停車ですが、ずっと単線区間を走って来た事もあり交換待ちなどで遅延は増幅しており、この時点で既に時計は18時を経過、本来の重慶站到着時刻(1632)を大幅にオーバーで、出発した後はしばらく長江沿いを走ります。

その後重慶の市街地に入り重慶南站を通過した辺りで終点到着のアナウンスがテープで流れ、すると車内では拍手が巻き起こり、大半の乗客は終点到着を待ちわびていた様です。

ただ重慶站周辺は単線で、重慶站自体も頭端式ホームで列車の進出入方向が限られている上に、このK202/3次列車が大幅に遅れている事もあってなかなか重慶站には入れない様で、長江を臨むところでしばらく運転停車です。

この運転停車中に外は暗くなり始め、列車が動き出すと程なく終点重慶站、外が見えなくなり始める頃にようやく到着で、到着時刻は約3時間遅れです。

重慶站で列車を降りると、日が暮れているにも関わらず蒸し暑く、「中国3大かまど」と呼ばれる街だけあると感じさせられます。

改札を出た後は、乗車券売り場へ向かい、28日(明後日)の成都行き快速列車の乗車券購入に行き、その後は予定時刻より大幅に到着が遅れている事もあり急いでホテルへと思ったものの、宿泊するホテルの名前が予約確認書とは違う名前になっており、しばらく迷ってしまい結局ホテル到着は21時30分過ぎに…その代わりホテルはかなり上等な所でした。


広州~重慶間は現在毎日5本の列車が運行され、その内三茂線経由の2本以外が新型空調車による運行となっていますが、陸路で最も早い交通手段は列車、その中でも最も早いこのK202/3次列車でも所定で所要約30時間ですので、中国のスケールの大きさを感じさせられます。

MAKIKYUが乗車した際は遅延もあって33時間以上乗車する事になり、実質丸2日を列車乗車に費やし車中でも色々ありましたが、快適な新型空調車の寝台(硬臥車)に乗車していた事もあり、さほど疲れは感じず快適で、意外と時間が経つのが早く感じられた気がします。

「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様も、もし中国へ行かれる機会がありましたら、こういった長距離列車に乗車され、中国の広大さを身をもって体感されると面白いかと思いますが、車中で夜を越す乗車に関しては寝台乗車は恐らく必須、硬座での旅行は非常に厳しそうです。


画像は貴陽站停車中のK202/3次列車と26日昼食の車内販売弁当、ループ線からの車窓です。

中国鉄路乗車記:K202/3次(1)

2006-08-25 | 鉄道[中華人民共和国]
 
 

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

8月20日は重慶行き列車乗車希望日の6日前、即ち広東省内を出発する列車の乗車券発売開始日で、この日MAKIKYUは広州站前のホテルに宿泊していた事もあり、日付が変わったばかりの頃に広州站の乗車券売り場へ。

というのも広州~重慶間の列車は一日5本運行されており、これだけ本数が運行されていれば発売当日に買いに行けば自力でも乗車券購入が可能と踏んで、旅行会社などへの手配を依頼していなかったからです。

ところがここでは広州站発の乗車券は4日前からしか発売しない(広州発以外の広東省内発は6日前から発売する様です)と言うことで、売り場の係員が発券しようにもコンピューターが発券を受け付けない状況、結局こんな時間にわざわざ乗車券売り場へ出向いたのも無駄足同然で、さすがにそのまま引き返すのも…という事で、当日午前中に深センへ向かう列車(これは比較的購入も容易です)の乗車券だけ購入して退散する事に。

ちなみにこの広州站前は治安が悪い事で有名な様で、MAKIKYUが広州站前を歩いている際は特にトラブルなどは無かったものの、警察官や警備員の数が異常に多く治安の悪さを象徴している様で、また夜通しで列車を待っているのか、それともホームレスなのかも分からない様な人物も站前に多数居り、異様な感じでしたので、深夜この一帯を歩かれる際は細心の注意と覚悟が必要です。

未明の乗車券購入が失敗に終わり、このままでは…という事で、今度は夜が明けてから7時半過ぎに広州站近くのホテル・流花賓館へ。

ここはMAKIKYUが宿泊している安ホテル(それでも1泊130元なので、高いという方も居られるかもしれませんが…)に比べると少々広州站まで遠い(それでもかなり近いです)とはいえ随分高級なホテルですが、このホテルの中には7時~22時まで営業している列車の乗車券売り場がある事を前日に確認しており、またここでは広州站発車の6日前でも発券が可能な様なので、何とか重慶行き列車の寝台乗車券を入手したいMAKIKYUここで購入に臨む事に。

中国語の話せないMAKIKYUの事なので、当然希望の日時や列車などを記したメモを渡して後は筆談という有様ですが、重慶へ向かう列車は乗車券が買い難いと言われる西南地区という事もあってか、第一希望の8月25日広州発1076/7列車硬臥は発売開始日の朝にも関わらず「没有」(売り切れ)と係員に筆談で伝えられ、同じ25日広州発のK202/3次列車の硬臥上段なら空席があるというので、早速この列車の乗車券を購入。

この列車は第一希望ではないものの、広州~重慶間を運行する5本中3本の空調車で運行される列車で、また最も利用したくないと思っていたK356/7次(この列車は武漢経由で既乗車区間が長く、また興味のある貴陽方面を経由しない)でもないので、これでも確保できただけ上等かもしれません。

またこの乗車券売り場は広州站の乗車券売り場と異なり空いており、発券待ちの間も椅子に座っていられるので乗車券購入も楽ですが、乗車券購入時に乗車券代金391元とは別に発券手数料が5元上乗せされるのが難点で、購入金額は396元と少々高くついてしまい、その上このK202/3次は昼間の運行時間が長く車中泊数が予定より1泊少ないので、手配の変更にも動く状況に。
(これは結局重慶の宿泊日を1泊分前にずらし、その後の成都で宿泊数を増やす事で解決)

無事重慶までの乗車券を確保した後は、これでようやく落ち着いて朝食を摂る気分になったものの、朝から油物の中華は…という事で、流花賓館のすぐ側にあるマクドナルドで朝マックにしましたが、このマクドナルドは店内に鉄道写真や模型が幾つも飾られ、レールファンの方には是非オススメの場所です。

この日はこの後、宿泊していたホテルをチェックアウトし、広州を出発して深センへ向かい、更にそこから香港へ陸路で入境しましたが、広州站を出発する際には隣のホームにK202/3次の列車が…

見た所ありふれたオレンジ色の25G形客車で、これは予想通りでしたが、車両は結構手入れが悪いのか荒れている様な感じで、またどちらの鉄路局所属かも気になっていましたが、車両の所属表記や乗務員のバッジを見て重慶側の管轄である事も発覚、遠距離列車らしく見送りの人間が何人も列車の乗車口付近に集まっている姿が印象的でした。

ちなみにノービザで中国の大陸本土へ入国したMAKIKYUの場合、1回の滞在期限は15日しかありませんが、一旦香港へ出境した場合は再び大陸本土に入境してから15日滞在可能という事もあって、一旦香港へ。

その後24日にはMAKIKYUも再び大陸本土に帰還し、その翌日(25日)にはいよいよ広州1018発の重慶行き快速・K202/3次に乗車へ、ちなみにこの列車の終点重慶到着予定時刻は翌日の16時32分、中国ではこの程度の長距離列車は多数走っていますが、東アジアの某島国とはスケールの違いを感じさせられます。

この日も例の如く広州站前の安ホテルをチェックアウトして広州站へ向かいますが、朝がゆっくりめという事もあり、列車乗車前も朝食と銀行での両替を済ませた程度で、あとは一日列車乗車だけで潰れてしまうという、レールファンなら嬉しい一日です。(レールファンでない方は、少々厳しいかもしれませんが…)

広州站へ向かい、検票(改札)を済ませてホームに向かうとK202/3次は既に20日と同じホームに停車しており、20日と同じ様に見送り客が多数といった風景が繰り返されているのですが、20日には隣のホームに停車してMAKIKYUが乗車した深セン行き特快は別のホームの発着となっており、出発ホームが定まらないのは中国ではごく当たり前の様です。

発車まではまだ暫く時間もあるので、まずは先頭の機関車を撮影へ向かいますが、先頭に立っていた機関車は京広線ではありふれた存在のSS8形電気機関車ですが、途中で他の機関車に交代します。

その後は指定された硬臥の15号車へ向かい、車内に入ると既に乗客は多数居ましたが、子供連れが多い事もあってかなり騒がしく、こちらの寝台にも子供連れがいる状況でした。ちなみに乗車した車両の番号はYW25G 672562です。

列車はほぼ定刻で広州を出発、暫くは広州の市街地を走っていきますが、11時頃には市街地も抜け、この頃に服務員が乗車券と引き換えに換車票を渡しに来ましたが、子供連れの乗客は大人の分だけ乗車券を購入し、子供と二人で一つの寝台を使っている乗客が多く、60cm程度の決して広いとはいえない寝台に2人で寝る中国人は、硬座で夜を過ごすよりはマシとはいえ大したものです。

ただ親子で寝台を利用する場合、小児分の追加料金(広州~重慶で100元を少々超えていましたので、恐らく硬座の小児運賃相当程度と思います)が別途必要な様で、この乗車券は事前購入できないのか、それとも乗客側が購入していないのか分かりませんが、この小児券発券で結構手間取っている感じでした。

ちなみにこの列車の換車票は昔ながらの小さな金属片タイプで、また服務員が使用していた車内補充券発券器はCASIO製でした。

換車票への引き換えが終わると、ホテルをチェックアウトしてすぐ列車に乗り込んだMAKIKYUは全然平気なのですが、もう既に寝台で寝始める者も居る状況でした。

その後12時前には車内の様子を視察に巡回へ、硬座車は始発からまださほど経過していないにも関わらず既に無座の乗客が多数通路を占拠し、また座席もただでさえ狭い3人掛けを4人で使用するなどかなり混雑しており、MAKIKYUが通路を歩くだけでも大変な状況で、これではカートでの車内販売などはかなり大変そうな感じです。

またこの列車の硬座車は、新型空調車にしては随分格下とでもいうのか、車内はあまり綺麗ではなく、試しに座ってみた座席も何だか硬い物が当る様な感触を感じ、また通路には食べかすのゴミ等が散らばるなど、全体的に荒れた感があり印象は良くありません。

硬座車を視察している時には、丁度昼食時という事もあってか車内には弁当販売のカートも巡回し、こちらは硬座車では10元で発売していましたが、内容はご飯とおかずの2容器に分かれ、おかずは重慶局の列車だけあって辛そうなマーボー豆腐など3品、また容器はフタなしのもので悪くはなさそうでしたが、18日に通った際に気になったものの購入できなかった韶関站の弁当を食べたいと思っているMAKIKYUはパスです。

ちなみにこの列車の編成は先頭から順に、19号車が行李(荷物)車、18~13号車が硬臥車(その内18号車は服務員用の宿営車)、12号車が軟臥車、11号車が食堂車、10~4号車が硬座車となっており、その後ろに発電車などが連結されていた様です。

編成を確認した後は食堂車を通って硬臥車に戻りますが、食堂車では服務員の呼び止めが…MAKIKYUはどう考えても彼らには硬座の乗客にしか見えないらしく、乗車券を改められましたが、換車票を提示したら無事彼らも納得です。

その後硬臥車へ戻ると、こちらでもカートによる弁当の車内販売があり、ここでは弁当のおかずが一品多く(4品)、また少々おかずが高級そうなのと、容器がフタ付きになっているなどの違いはあるものの15元で発売しており、どう考えても5元の価格差程ではなく、寝台の乗客は少々高値で販売しても購入するという計算がある様な感じですので、このK202/3次車内で弁当を購入する際は、少々手間がかかっても硬座車へ出向いて購入した方が良さそうです。

その後12時40分過ぎには最初の停車站・韶関へ、ここでは期待通り陶器入りの弁当がホームで販売されており、売り子が多数ホームに居るので、MAKIKYUも早速1個購入。

ただこの列車の韶関站到着時刻には、既に方便面(カップラーメン)や車内販売の弁当などで昼食を済ませた乗客も多い様で、ホームへ降りた乗客は各車両数名、中国人の間ではあまり知名度が高くないのかもしれません。

ちなみにMAKIKYUが韶関站で購入した弁当の内容は、陶器の容器中にご飯が入っており、その上に鶏肉・サラミ・ゆで卵が乗っかったモノで、更に購入時にほうれん草を盛り付けて箸を刺すものでしたが、列車が出発の際にホームを見ると、他にも種類はある様です。

列車が韶関站を出発した後は、早速購入した弁当を頂きますが、この弁当は温かくご飯にも味がしみており、容器の底についたおこげも楽しめるなかなかの絶品で、18日に目撃して期待していただけの価値は充分あり、陶器でできたこの弁当の容器は取っ手とフタも付いた立派なモノです。
(MAKIKYUも記念に持ち帰ってきました)

また弁当のフタには「韶関車站」の掘り込みもあって持ち帰るといい記念品にもなる一石二鳥の弁当ですので、K202/3次列車に乗車される機会がありましたら、四川風味が好きな方以外は、車内販売の弁当よりも韶関站の弁当を買われた方が良いかと思います。
(他の列車に乗車される場合も、昼間京広線で韶関站に停車する列車に乗車される方には是非オススメです)

弁当を食べ終えて少々経過した頃には、今度は車内で面類のカート販売も登場、弁当の他にもう少し食べても…という所で、またこれは5元という事で一つ購入。

こちらはこんにゃくの様な軟らかい麺に、四川風の辛くて山椒の効いた味の脂っこいタレがかかったモノで、食べれない程ではないものの味がきつく、好みが大きく分かれそうな感じの代物でした。

昼食を終えて14時頃になると、昼寝をしている乗客も多く、また広州出発時には騒がしかったお子様方も飽きてきたのか車内は随分静かになり、また列車は山中の車窓の良い所を走るので、なかなかいい感じです。

そして14時45分頃には2つ目の停車站・郴州に到着、ここでも韶関站と同じ様な陶器の容器入りの弁当が10元で販売されているのを目撃、食事時から外れて時間帯が悪いのか殆ど売れている様子はありませんでしたが、韶関站で弁当を買い逃した場合、ここで弁当を購入するのも悪くないかもしれません。

郴州発車後はMAKIKYUも腹が満たされ、睡魔が襲ってきた事もあり寝台で昼寝に。

上段の寝台からは車窓が望めないのは残念ですが、昼間座席として使用される下段と比べるとどちらが良いのか…個人的には邪魔が入る事もなく、寝台で寝ている状態でも車窓が望める上に、狭いとはいえ寝台への出入りもさほど苦労しない中段が良い気がしますが、上段は運賃が最も安く、また下段は空間が広く階段を上がる事もないので、これは好みが大きく分かれそうです。

そして昼寝から起き出すと18時前、そろそろ株州に到着という頃で、株州に到着すると列車は10分程の停車で駅舎側のホーム到着、ホームでは飲み物や方便面などの販売をはじめ弁当の販売も行っており、MAKIKYUは購入しませんでしたがフタなしの陶器の中に辛そうな感じ(湖南省の料理は辛い物が多い事で有名です)のおかずが盛られているのを目撃しています。

またここでは機関車の交代も行われていた様で、列車は株州を出発すると京広線から分かれて西へ向かう湘黔線へ、この路線に入ってから最初の停車站・湖潭を過ぎて街中を抜け、田園風景の中で日没を迎えます。

外も暗く車窓も楽しめなくなると、再び車内視察に向かい、ついでに寝台車より安い値段で販売されている硬臥車の弁当でも購入しようかと思いましたが、食堂車から硬座車に向かおうとするとストップが…すると硬座車の方から顔を黒い布で覆われ、手錠を掛けられた2人組が乗警の誘導で連れられ、列車で護送を行っている様な感じでした。

食堂車で足止めを食らっている時には、列車員から何かを話しかけられ、中国語が話せないMAKIKYUは外国人である旨を漢字で伝えると、向こうは食堂の伝票を手に持ち何を注文するか聞いてきて、硬座車の方に行けそうな状況でもないので、乗車記念も兼ねてここで食事にしましたが、食堂車の撮影はとても出来る状況ではありませんでした。(それでも記念に注文した品だけは撮影しましたが…)

中国鉄路の列車に連結されている食堂車では、最近はバイキングや定食形式で価格が決まっている方式を採用している列車も多い様ですが、この列車の場合は一般的な街中のレストランなどと同様にメニュー毎に価格が決められ、任意の品を注文する方式でした。

メニューは主菜が微辣・麻辣などの味に別れ、この他スープや飲み物、米飯などがあり主菜は15~25元程度(20元前後が多い)、主菜は中国では一般的な2~3人前の大皿に盛られたもので、一人旅では一品で充分といった感じのものですが、中国人はあまり一人旅はしない様で、専ら数人のグループで複数の品を注文している感じでした。

MAKIKYUは酸菜肉絲湯(15元)を注文、酸菜肉絲湯は名前の通り肉や野菜(酸菜)が入った酸味のあるスープで、唐辛子や生姜も入っているものの、比較的さっぱりとした感じで味もなかなかでした。

またこれだけ注文しようとすると列車員が奇妙な顔(大半の乗客はおかずを複数注文する模様)をしていたので、「米飯?」と尋ねると2元というのでこれも注文しましたが、米飯は日本とは米の種類が違うのか、それとも炊き方が違うのか水分が少なめで、少々パサパサした感じでした。

昼も色々食べてずっと列車に乗り続けているMAKIKYUはこの二品で充分過ぎるほどでしたが、大食漢の中国人から見ると足りない量かもしれません。

食事を終えた後は、護送されている人物も居る様な所には長居する気にもなれないので、再び自分の寝台に戻りますが、21時過ぎには外は雷の稲妻が見える状況、列車もスピードを落として走っている様で、何だか異変を感じます。

そして22時にはMAKIKYUの乗車している硬臥車は一斉消灯(一斉消灯は硬臥車のみです)、あとは床に就くのみです。


乗車日が2日間に跨り乗車記も長くなりますので、翌日(26日)分は (2) として別記事にさせて頂きます。興味のある方は以下の続きもご覧下さい。
中国鉄路乗車記:K202/3次(2)  http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060826


画像は広州站停車中のK202/3次列車とそのサボ、韶関站の弁当と食堂車での夕食です。

今日は香港島を…

2006-08-23 | Weblog
現在香港に居り、例のネットカフェ(http://bookcafe.com.hk/)からアクセスしていますが、店内にはPCが数種類あり、また設定も違うのか日本語入力やCD-R使用が出来たり出来なかったりですが、少なくとも尖沙咀店の08号機は可能ですので、もしこの店に入られる方が居ましたら参考までに…(恐らく居ないと思いますが…)

また今日のMAKIKYUの行動ですが、宿泊場所近くのフェリー乗り場から船で香港島へ渡り、その後は堅尼地城Kenedy Town~跑馬地Happy Vallay~筲箕灣(本線を乗り通す場合は何処かで一度乗り換えになりますので、それを考えると跑馬地へ入るのも悪くないです)と名物の2階建て路面電車を視察、この電車は安く(2HK$均一)て面白いのですが、暑い香港にも関わらず空調なしなので、結構体力を消耗し、電車代よりも飲み物代が高くつきます。

路線の大半は地下鉄と並行し、また並行する路線バスも多数運行されているので、こちらの方が快適で、また結果的には安くつく気もしますが、短距離客を中心にそれなりの乗車があり、空調なしでも安い運賃という事で棲み分けている事がこの電車が走り続けている秘訣かもしれません。

暑い中乗り続ける事は決してラクではありませんが、2階建ての路面電車自体が世界中を探しても幾つか…という状況ですが、香港島では容易に乗れますので、もし「MAKIKYUのページ」をご覧の皆様も香港へ行かれる機会がありましたら、是非一度乗車されると良いかと思います。
(全区間だと大変ですので余程鉄道好きな方以外は厳しいかと思いますが、地下鉄の走っていない堅尼地城辺りへ行かれる場合は特にお勧めです)

あと路面電車を一通り乗り終えた後は、香港島の南側(日本人旅行者で行かれる方は少ないと思います)を路線バスで周遊、こちらは所々で高層のマンションなどもあるものの、山中や海沿いの風光明媚な所が多く、いわゆる香港のイメージと違った感じが面白いです。

その後は香港島からトンネルを抜けるバスに乗車し、最後は地下鉄でホテル近く(尖沙咀)に戻ってきましたが、バスから眺める夜景も結構良いもので、わざわざ高い料金を払って山上まで上がらなくても…という感じでした。

明日は中国本土に戻る予定で、既にKTTと呼ばれる列車の乗車券を購入済みなので、これの乗車に少々期待、また明後日には今までに体験したことがない30時間以上の列車乗車(勿論寝台です)となる予定で、「MAKIKYUのページ」更新も数日間は停止する見込みですのでご了承下さい。


写真は香港島の路面電車(走行中の2階最前部車中から撮影)、なかなか興味深い電車ですので、その内追って再度取り上げたいと思います。

今日は1天乗車証を片手に

2006-08-22 | Weblog
現在香港に居るMAKIKYUですが、今日も例のネットカフェ(http://bookcafe.com.hk/)からのアクセス、全てのPCではないのですがこの様な所があるのは非常に助かります。

昨日はKCR(九広鉄路)を中心に郊外を廻っただけで終わりでしたが、今日は遊客地鉄1天乗車証(Tourist MTR 1-Day Pass:50HK$)と呼ばれる地下鉄の一日(というより24時間)乗車券を利用して地下鉄を全線踏破(この乗車券が利用できず、また何処かの島国を走っている開発を止めた某鉄道をも凌ぐほど高額なAirport Expressは除外)、また夜にはピークトラムと呼ばれるケーブルカーで山上に上がり、夜景も見てきました。

ただ今日は路線バス乗車0、また名物の一つである香港島の2階建て路面電車(現物を初めて見ましたが、意外と小さいです)も乗車できていないので、明日はこの辺りを…と思っています。

あと香港の夜景ですが、MAKIKYUの印象としては期待ほどでは…という感じです。というのも、山頂から街が近すぎる上に香港島内の建物が高すぎ、その先にある九龍などがイマイチ…といった印象で、それに加えてピークトラムの混雑(10分毎で運行されていますが、2~3本待ちは当たり前)や山上の異常な物価、それに何処に来たのか分からなくなる程の外国人(現地人と同じ様に見える中国大陸や韓国、日本人は除外)の多さといった要因も重なっていまして、個人的には一度行ったら充分、といった印象です。

ただ「MAKIKYUのページ」をご覧の方々の中には、どんなものなのか興味ありという方も居られると思いますので、山頂から見た夜景の画像を掲載しておきます。
(感想などありましたら、コメントもどうぞ)

またこの他に香港ディズニーランドの「ゲート前」まで行ってきました(地下鉄のディズニー支線狙い)が、ここは値段も余りに高過ぎる(確か290HK$位)上に、個人的にもこの手の場所は…という事で早々と退散してきました。
(それでもディズニーのバスの写真は撮影したので、これはその内掲載したいと思います)


今日は新界を…

2006-08-21 | Weblog
現在香港のネットカフェ(http://bookcafe.com.hk/)からアクセスしているMAKIKYUです。

今日は新界と呼ばれるベッドタウンの方へ出向いていまして、KCR(九廣鉄路)の一日乗車券(本地内用なので羅湖を除く)を駆使して馬鉄や西鉄(日本の大手私鉄ではありません)、それに新界西部の元朗や屯門を走る軽軌(これが実はメイン)、それにKCR乗り放題という事でバス(他社に委託の接続バスと直営双方)も乗車、他に運賃別払いでKMBという会社のバスにも乗車して来ました。

軽軌は郊外のベッドタウンの中を網の目の様に走り、それも開通してから10数年という異色の鉄道ですが、列車の運転台(それにドアも)が片側にしかない車両が使われており、終点駅ではループで折り返す他、鉄道模型でも思い付かない程複雑な配線が特徴でなかなか面白いものでしたが、路線があまりにも込み入っていて、片方向の列車しか止まらない電停もある有様で、完乗はできていません。(乗車率90%位?)

また今日始めて香港のバスに乗車し、中には名物の2階建てバスにも乗車して来ました。この中にはKMBも含まれるのですが、この会社の案内所に入った際には、様々なグッヅが売られていたのはビックリで、こちらも記念にポストカード(10枚組でHK$15)を2種類購入してきました。

今日はこんな感じで郊外を廻るだけで終わってしまい、香港島や地下鉄はまだという状況ですので、明日はこちらの方を…と思っています。


写真は今日乗車した軽軌、後ほど詳しく取り上げたいと思っていますが、この写真を見て頂くだけでも、配線の複雑さが伺えるかと思います。

昨日までの行程

2006-08-20 | Weblog
何日かネットとは無縁の旅をしていましたので、更新が不可能な状態が続いていましたが、ようやく更新可能となりましたので、ここで過去数日分の状況も簡単に紹介したいと思います。

16日:在北京、鉄道博物館を見学後、地鉄13号線(新型車?にも乗車)や1号線(古城路の分岐線も)に乗車。夜には洛陽行き快速列車で北京を離れる(空調つき硬臥でしたのでなかなか快適でした)

17日:朝鄭州着、その足で乗車券(T501次)を購入して武漢(漢口)へ。T501次は「中原之星」という中国大陸では珍しい電車で運行される列車ですが、残念ながら2階建て客車が代走。
漢口では翌日夕方の広州へ向かう列車の乗車券を買おうとするものの、殆どの列車が硬座ですら「没有」。
夜行の硬座よりはマシ、という事で時間帯が悪いのか硬座が残っているT179次(548発)の乗車券を購入、その後ホテルにチェックイン。
チェックイン後は滞在時間が予定より大幅に短くなったという事で、大急ぎで市内見物、軽軌(始発駅とホテル最寄停留所は川を挟んでバス停一つ)やトロリーバスを視察。

18日:予定より大幅に出発が早まり、路線バスが走らない時間(5時)にはホテルをチェックアウトで朝食も止む無く放棄、駅までも止む無くタクシー利用(7km強で18元)です。
列車は乗車後直ぐに補票(乗車変更:順序などないので早い物勝ち、漢民族を押し退けていました)で硬臥に変更、昼寝利用ですが寝台は使えるので、ここで寝不足を解消していました。
列車は90分ほど遅れての広州到着でしたが、硬臥でしたので快適でした。(広州泊=予定外の追加です)

19日:広州市内を視察、専ら地下鉄各線の乗車です。また予定外の列車に乗車し、昨日両替できなかった上に、翌日資金が必要だったのですが、土曜日で市内の銀行はUS$以外両替できないと言うので、バス乗車も兼ねて午前中は白雲空港へ出向いていました。(ここには両替商があり現金なら日本円でもOK、ただし外貨→RMB:中国元への交換のみです。)


写真は武漢の軽軌:その内追って再度取り上げたいと思います。
それにしてもこの街、何だか後ろ髪を引かれる思いで足早に去る事になりましたので、機会があればその内ゆっくりと一日位廻りたいものです。

遂に香港まで

2006-08-20 | Weblog

もうすぐ出発してから一ヶ月になろうとしているMAKIKYUの長旅ですが、今日は広州Guanzhouを出発、深センShenzhenを経て、遂に香港まで来ました。(注:香港へ飛んだ訳ではありません!)

今まで海路でしか国境超えを体験したことがなかったMAKIKYUですが、今日はじめて陸路による国境超え(まあ同じ国の中なのですが、きちんとパスポートに中国出国印と香港入国印が押されますし、通貨も別です)を体験、香港に行きたかったという理由の他に、中国(大陸本土)のノービザ滞在期間を延ばす(国土が広大にも関わらず、滞在可能日数は15日しかありません!)という事情もあります。

香港に入ると通勤電車が次々と走り、駅の雰囲気も何となく似ており、近代的な街並みと左側通行の車(大陸本土は右側通行)、見慣れた漢字(大陸は簡略化した字体ですが、こちらは旧字体)、しかも先程街中を歩いていた所では日本語の表記が沢山ある上に、街中にはHMV(CDショップ)も!

また現在MAKIKYUは街中でネットカフェを見つけ、その中に居ますが、ここでは日本語の入力もできますし、日本に帰ってきたのでは…と錯覚してしまいます。(物価も日本程ではありませんが、大陸本土より随分高いですし…)

ちなみにMAKIKYUはネットカフェの会員になりましたが、そうすると1時間15HK$(一定額を積めば入会金免除です)で、CD-Rも使えますので、値段は高めですがネット大国韓国のPC房(専らゲーム機?:日本のすぐ近くで値段も安いですが、日本語入力不可でCD-Rも使えません)より優秀、また日本のネットカフェを真似たのかドリンクサービスや雑誌などもあります。

興味のある方は、以下をご覧下さい(香港へ旅行予定の方などは注目です)↓
http://bookcafe.com.hk/

(今日宿泊するゲストハウスにも有料PCがありますが、30分で20HK$もしますし、日本語はどうなのか…)


ちなみに今日の旅程は以下の通り、昨日までの分は別記事にしたいと思います。
(-が鉄道、=がバス、…が徒歩です)
広州-(広州地鉄)-三元里=(7)=広州-(中国鉄路特快:T853次)-深セン(羅湖)-(深セン地鉄)-世界之薗=(101)=羅湖…(徒歩で国境超え)…羅湖-大学(途中下車)-尖東…尖沙咀


またMAKIKYUは今日、広州を出発する前に第一希望ではないのですが、25日の「K202/3次」という列車の乗車券(硬臥上段)を購入しました。
(という事で、その前日=24日には大陸本土に戻ります)

朝0時に広州駅へ買いに行った所、ここでは4日前からしか買えない(売れ残りしかないので、残っているのは硬座のみの可能性大)との事で、朝7時半過ぎに駅近くの流花賓館(高級ホテル)内にある乗車券売り場(ここでは6日前で購入できますが、営業は7時~22時と限られ、また5元の手数料を取られます)で購入しました。

明日は何処へ行こうか・・・香港は色々面白い乗り物があるので迷いますが、九鉄かMTRの一日券でも使って、香港内を回ろうかと思っています。

写真は今日乗車した九鉄(東鉄)の電車、途中下車した大学駅にて
デザインは物凄いですがこの車両、実は近畿車輛(日本製)です。
(もう一つのタイプ=釣り掛け式にも乗りました)


中国鉄路乗車記:T179次

2006-08-18 | 鉄道[中華人民共和国]

 

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

8月17日、MAKIKYUはT501次(鄭州→漢口)で「中国3大かまど」の一つとして知られる湖北省の省都・武漢に入り、翌日(18日)夕方に列車で広州へ向かう予定を立てていました。

そこでT501次で漢口站に到着した後すぐに乗車券売り場へ向かい、広州への乗車券を購入しようかと思っていましたが、乗車券売場内にある空席案内の電光表示を見ると、大連などの遠方で列車本数も限られる所でも翌日の硬臥に空席がある状況にも関わらず、比較的本数の多い武漢市内(漢口or武昌)~広州の夜行列車は、寝台はおろか座席(硬座)すら翌々日辺りまで「無」の文字のオンパレード!

中には翌日でも硬座に空席のある列車もありましたが、これで混雑する車内で一晩となるとさすがに厳しいと感じ、電光表示の前で何とかならないものかと思っていたら、翌日朝早くに出発するT179次の硬臥と硬座に「有」の表示が…他にも別の夜行特快で一本だけ軟座に「有」も出ていましたが、本当に連結されているのかどうかも怪しい感じでした。

とりあえず硬座で夜行だけは避けたいと思っているMAKIKYU(贅沢な奴です)は、窓口で「有」表示の出ている硬臥と軟座の購入希望(メモに漢字で記す)を申し出ますが、窓口の係員は機械の操作もせずに「没有(ない)」という有様。

日程が一日位遅れる分には何とかなるのですが、このまま広州へ向かえないとなると、ノービザで入国しているMAKIKYUは香港へ入る前に滞在日数をオーバーする事にもなり兼ねないという事で、とりあえずT179次の硬座を購入する事に(140元)。このT179次が売れ残っていたのは、時間帯が余りに悪すぎるからかもしれません。

これでとりあえずは武漢出発の日程は確定したのですが、この列車は朝の出発が異様に早く(漢口548)、武漢に滞在できるのは実質半日…という状況になってしまったので、乗車券購入後はまずホテルへ向かい(これも途中で迷い、中国で初めてタクシーの世話に…)、その後路線バスで軽軌(漢口区内の川沿いを走っている、最近開通した都市鉄道です)站へ、これに乗車した後はトロリーバスを少々…といった感じで慌しく、もう少しゆっくりと街中を回りたい感じでしたが、後ろ髪を引かれる思いで武漢を出る事になってしまいました。

18日、この日はT179次で広州へ移動ですが、T179次列車の漢口出発は異様に早い548という事で4時半前には起床、少々ハードでしたが5時にはホテルをチェックアウト、宿泊していたホテルは朝食付でしたが、朝の早過ぎる列車に乗車する為には、これも放棄せざるを得ません。

そしてホテルから漢口站へ向かう際も、路線バスの運行は朝6時頃からという事で、個人的には余り好きではないのですがタクシーを利用、ホテルを出ると待ち構えていた様にタクシーが現れて目の前に、漢口站までと伝えたら最初の1台には乗車拒否されましたが程なく2台目が現れてこれに乗車、この速さはさすが中国といった所です。

宿泊していたホテルは漢陽区にあり、漢口站までは約7km強あるので、日本でこれだけの距離をタクシーといったら相当な話ですが、物価の安い中国では何とかなる値段、ちなみにタクシー代は18元でした。
(路線バスなら空調付で2元ですので、完全に現地の物価感覚を逸脱しています)

漢口站にはまだ空も暗い5時半前に到着、タクシーを降りたらすぐに站構内へ向かいますが、構内には既にT179次や、その後の長沙行きに乗車する乗客が多数居り、彼らは市内交通が稼動していないこの時間に、どうやって漢口站まで来たのかも気になる所です。

候車室(待合室)では本来、列車の入線10分前位には検票(改札)も始まるのですが、T179次は遅れている様で検票開始は6時10分前、隣列の長沙行き検票が先に始まる有様でした。

そしてホームに向かうと約30分遅れでT179次列車が入線、ちなみにこのT179次は済南~広州を結ぶ特快で、前日夜に山東省の省都・済南を出発し、丸一日掛けて広州まで走る長距離列車ですが、管轄は済南鉄路局となっており、山東省方面は過去に一度夜行列車(Z49次)で通過しただけのMAKIKYUは済南局の列車乗車は初めてで、この局の列車に乗車するとは思ってもいませんでした。

先頭はディーゼル機関車のDF4D、そして16号車に発電車が連結され、MAKIKYUが乗車する硬座車は15~13号車の3両のみで、漢口から乗車する乗客は殆どこの位置で列車を待っていました。

列車に乗車すると、硬座車は3両しかないため大混雑、MAKIKYUは硬座とはいえまだ指定座席があるだけマシなのですが、無座で乗り込んで夜を越した人間も多いのか、疲れきって魂の抜けた様な感じで床に倒れているモノも見られ、こういった乗客が隣の食堂車(12号車)通路にまで溢れて凄惨な状況でした。

MAKIKYUもこれで12時間はさすがに厳しい(それでも空調付の特快で、昼行なので夜行の普快などよりずっと程度は良いですが…)と思いましたが、入口を入ってすぐの所で服務員が補票(所持している乗車券を上級の車両に変更・ここでは硬臥)を行っており、ここは漢民族(中国人)が押し合い凄まじい状況でした。

MAKIKYUもこの漢民族のドサクサに紛れ、彼らを強引に突破し服務員に接触、漢口で多数の空席が発生した硬臥への変更に成功、これでようやく快適な鉄路旅行を楽しめます。

ちなみに補票の要領ですが、これは原券(所持している乗車券)と、上級車両運賃との差額(今回は手数料5元を含め122元)を同時に服務員に差し出すだけでOK(この列車の場合・他の列車では漢字の筆談が必要な場合もあるかもしれません)ですが、漢民族の方々は順序よく一列に並ぶといった事は有り得ないので早い者勝ちです。

こちらも彼らを見習い強引に突破する位でないと、補票の乗車券が売り切れとなってしまい、硬座で長時間を過ごすとなると相当厳しいモノがあると思いますので、こういった時は遠慮なく腕で彼らを遮る位の覚悟は必要です。
(漢民族の方々は基本的にタフなので、硬座に乗り続ける位は平気な方々も多い様です)

こんな事をしている間に列車は漢口・漢陽区を抜け、武漢長江大橋を渡っていましたが、武漢での長江はそれなりに大きいものの、以前南京で列車から眺めた時に比べると随分小さく感じます。(南京の方がすっと下流なので当たり前ですが)

武昌站を通過する頃に硬臥への補票が済み、車内を後方の硬臥車へ移動しますが、結局通路まで人で溢れている硬座車では、指定された座席を確認する事も無い状況でした。

ちなみにMAKIKYUが新たに指定された車両は加1号車、12号車の食堂車と11号車の軟臥車を通り抜け、その後10~3号車の硬臥車の先に増結されている車両で、この後ろの客車は2号車のみですので、編成を殆ど端まで移動する様なものです。

ちなみに乗車した加1号車はYW25K 672239、昼間利用で寝台とは随分贅沢な話ですが、硬座車の混雑と狭さを嫌ってこちらへ移る乗客もいる他、済南などからずっと長距離を乗り続ける乗客も居り、乗客はそれなりに乗っていました。

早速硬臥に乗車した後は服務員に乗車券を預けて換車票(色々なタイプがありますが、この列車では昔ながらの小さな金属片)を受け取り(中国の寝台車では乗車中は服務員が乗車券を預かり、代わりに引換証を受け取ります)、また隣の2号車も気になるので少々覗いて見ましたが、こちらは客用の寝台が前3ボックス程度で後はカーテンが引かれていたので、どうやら乗務している服務員の休憩用控車となっていた様です。

硬臥に落ち着いた後は、ようやく朝食(朝が早過ぎるので、ホテルでは食べずに出てきました)としますが、回りを見渡すと朝から脂っこいカップラーメンを食すモノが多数居り、これはMAKIKYUには真似できません。

また車内では食堂車で調整した朝食のワゴン販売もあり、こちらはお粥と饅頭、それに数品のおかずとゆで卵といった感じの典型的な中華式朝食でしたが、値段は15元と割高で、求める乗客は少々…といった所でした。

ちなみにMAKIKYUの朝食はと言いますと、朝が早い事を見越して前日夜にホテル近くの家楽福(カルフール・中国には多数有ります)で購入した3個3.8元の菓子パン(椰子の入ったデニッシュで、少々脂っこい)とオレンジジュース(鮮の毎日C)、中国では朝食でパンを欲しいと思ってもなかなか良い物がなく買える場所が限られるのですが、こういった食事をする中国人は余りいないようで、彼らは余り困らない様です。

朝食を終えた後は、朝が早過ぎて寝不足気味という事もあり、寝台でゴロゴロ…といっても、指定された下段は座席として使用されているので、空いている中段を使用していました。

こういった状況ですのでずっと車窓を眺めていた訳では有りませんが、停車中の様子は覚えており、9時20分頃には岳陽に到着、ここには40分以上の遅れで到着し、列車の遅延が回復されないどころか更に遅れる有様、また編成を見るといつの間にか牽引している機関車はSS8(電気機関車)に変わっていました。(武昌を過ぎて少々運転停車した際に機関車を取り替えた様で、以後広州までこの機関車でした)

また岳陽では乗車しているT179次が特快にも関わらず列車の退避もあり、これは遅延の影響もあるのかもしれませんが、ここでT61次と思われる特快に追い越されました。

その後は長沙到着の辺りまであまり記憶がないのですが、この辺りは曲線も結構多く、車窓も結構変化に富んでいる感じで、平坦で荒涼とした風景の中を走る京広線の北部に比べると随分乗り応えがある感じでした。

長沙到着時はよく覚えており、この時点では遅延約60分、長沙は湖南省の省都で北京との直達特快も発着する站にしては意外と小さな感じでした。

長沙を過ぎ株州に到着する手前では列車もノロノロと減速運行になり、株州到着時には遅延約80分、遅延は拡大する一方です。

ここでは杭州東~南寧の臨時列車が停車しており、各方面へのジャンクションになっている事を実感させられますが、この臨時列車は空調車とはいえ殆どが旧型の22型(見た所軟臥と硬臥、硬座の各1両以外)で、いかにも寄せ集めの臨時列車という感じでした。

株州を過ぎた辺りで昼食の弁当販売もあり、これは朝食同様に食堂車で調整したモノをワゴン販売していましたが、15元と高めの価格設定で、見た所四角い容器1つで、ご飯とおかずは容器内で分離されているような感じでした。

この後湖南省~広東省の境界辺りになるとなだらかな山越えといった感じで、左右へカーブを繰り返し、トンネルも幾つかという感じですが、赤い土や白っぽい岩、レンガ造りの家などが独特な感じで、植生も南国を感じるものが多く、なかなか乗り応えがあり、この区間は是非昼間の明るい時間に乗車したいものです。

広東省に入ると最初の停車站は韶関で16時40分過ぎに到着、列車は相変わらず80分程の遅延です。

またホームを覗くと、陶器の容器に入った美味しそうな弁当を販売しているのを発見しましたが、停車時間が短く、また発車直前にこれを見つけたので、残念ながら購入できませんでした。(これは後日リベンジを果たし購入:一個10元でなかなか美味しかったです)

韶関を過ぎても車窓は変化に富んでおり、随所で放牧されている牛が尻尾を振っている様子が見えたり、18時過ぎに英徳を過ぎた辺りでは車窓右手に川が寄り添うなど、見ていて飽きる事はありません。

この頃になると服務員が、広州での折り返しに備えてリネン類の交換などに回っていましたが、これは本来乗客が下車した後に行うべき事で、文化の違いを感じさせられます。

18時30分過ぎに軍田を通過する頃から家屋などが目立ち、大都市・広州が近づいてきた事を感じさせられます。

19時過ぎには信号停車、これは列車が遅延した影響で広州站の入線に手間取っているのも影響している様な感じでしたが、列車が動き出すとほぼ同時に音楽と共に終着の案内放送が流れはじめ、いよいよ広州まで来たという実感が沸いて来ますが、近くに携帯電話で大音量を出して騒ぐものが居り、よく見たら若い服務員の集まりだったのには呆れました。

そして結局約2時間の遅れでT179次は広州站に到着、列車を降りた途端に蒸し暑く、南国(広州は北回帰線より少々南に位置します)に来た事を感じさせられましたが、到着する頃には空も暗くなっており、この列車の先頭を撮影する事は叶いませんでした。

こうしてT179次の旅は終わり、広州站を出た後はすぐに站前のホテルへ向かいましたが、この一泊は本来夜行列車で過ごす予定を変更したもので、列車移動が昼間に変更となっても、こちらも寝台利用でしたので、一泊分の房費(宿泊代)は予定外の支出となりました。(房費=1天130元)

ただ昼間移動とはいえ武漢~広州となると距離は1000kmを超え、丸一日列車の社中で過ごす事になりますので、多少余計な出費(122元)が出ても、3両しか連結されておらず混雑している硬座から、漢口で朝を迎えて下車客が多数発生した硬臥に補票できたのは幸いでした。

武漢→広州を移動される際、乗車予定日の夜行列車の寝台が全滅…という際には夜行列車の硬座で過ごすよりも、このT179次に硬座で乗車して、補票を狙うのも良いかもしれません。
(武漢→広州間を昼間運行する列車はこの他に武昌始発の普快もあり、これを利用する方法もありますが、こちらは非空調車での運行ですので、お好み次第といった所です)


写真はT179次のサボと、湖南省~広東省の境界付近の車窓です。
乗車時に硬座乗車ということもあり、列車の写真はありませんのでご了承下さい。


中国鉄路乗車記:T501次

2006-08-17 | 鉄道[中華人民共和国]

  

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

17日朝、K269次列車で鄭州站に到着したMAKIKYUは、列車を降りて改札を出た後すぐに乗車券売り場へ向かい、T501次の乗車券購入へ。

このT501次列車は、比較的最近まで武昌行きとして運行されていた列車ですが、現在は鄭州→漢口(武漢市)を結んでおり、中国では珍しい「中原之星」と呼ばれる動力分散方式の電車(EMU)を使用している事でも知られています。

「中原之星」は14両編成で、両端の車両が軟座車、中間に入る車両は硬座車となっている様で、両端の軟座車と硬座車の何両かが電動車(床下の台車にモーターを装備した車両)となっており、軟座だと確実に電動車に乗車できる事もあって、乗車券購入の際は軟座購入希望の旨を記したメモを服務員に渡すと、乗車券は無事第一希望で発券。

乗車1時間前でも購入できる位の列車という事で、乗車券の購入はかなり容易な様ですが、乗車券を見るとビックリ!

軟座にも関わらず10号車上047号と出ており、軟座で10号車という事自体が異様な上に、「上」という表記はどう考えても2階建て車両、という事は全車平屋の「中原之星」ではない事が確定した訳で、せっかく鄭州まで来てT501次に乗車できるのに…という無念感と共にどんな編成の列車なのか興味も、という状況でした。

乗車券を購入した後は発車まで少々時間があるので、駅前で発着している路線バスの撮影や朝食調達で時間を潰し、7時半頃には站構内へ。

検票(改札)を過ぎてホームに入ると、停車していたT501次は先頭に電気機関車のSS7Eが連結され、その後の1号車が発電車、2~7号車が硬座車、そして8号車以降はMAKIKYUが乗車する10号車を含めて3両が軟座車となっており、列車のサボは漢口止めに短縮されたにも関わらず「鄭州‐武昌」の表記のままで、発着站の修正すら行われていないのは中国のおおらかさと言った所です。

ちなみにこのT501次の乗客が乗車する2~10号車の客車は全て2階建ての客車となっており、2階建て車両で収容力がある事もあってか本来運行されている「中原之星」に比べて短い編成でしたが、軟座車が2階建て車両にも関わらず3両も連結されているのは意外で、これがあっさりと軟座車が確保できた要因かもしれません。

また2階建て客車の後ろには行李(荷物)車が連結されていましたが、その後ろに平屋の硬座車(YZ25K)が連結されている姿は少々違和感を感じるものでしたが、この硬座車は服務員の控車になっている様でした。

編成を一通り確認してから所定の10号車・SRZ25K 110864に乗車すると、車内の設備は日本の普通列車と同程度といった感じのボックス席が上下双方の階に並んでおり、乗車口を入ってから上層へ。

指定された座席に向かうと、座席はMAKIKYUが好まない進行方向とは逆向きの座席で、進行方向の座席に座っている乗客に交換を申し出ても、あまり気乗りしない返事が英語で返ってくる有様…硬座に比べて神経質な乗客が多い様な感じで、車内も静かで張り詰めた様な空気が漂っており、客層を見ると日本のグリーン車に居る様でどうも違和感があり居心地は今一つです。

硬座車も多少座席が狭いとはいえこの列車は特快という事で当然新型空調車、まして「中原之星」でないならばこちらの方が運賃も安いので良かったかな…と感じる状況でした。

列車が発車してしばらく走り、鄭州の市内を抜けると街中以外は単調な景色をひたすら南へ走っていく区間が続き、途中の漯河ではボックス席の乗客の内2名が下車。

これで進行方向の座席がようやく確保でき、それも右窓側という絶好のポジションでしたが、漯河で乗車してくる乗客も居り、こちらのボックスにも漯河を出てから少しした所で補票の乗客がやって来ましたが、車内は鄭州から離れるほどに空いて来る感じでした。

漯河を出てしばらく走っている時までは列車もほぼ定時で運行していましたが、信陽へ向かう途中の明港(T501次は通過)の手前にある信号所でしばらく運転停車に。

ここでは隣に2234/1次(太原→漢口)が停車しており、この列車は本来なら終点漢口までT501次の前を走っている筈なので、こちらは1時間以上遅れている様な感じでした。

この辺りから車窓には変化が出始め、畑に変わって田園が車窓のメインとなり、緩やかな丘陵地をカーブやアップダウンを繰り返して行きますが、荒涼とした平野をひたすら真っ直ぐ駆けていくよりも乗り応えある気がします。

ただこの辺りで列車はノロノロ運行になり信陽に到着した際は約40分遅れ、ここでは多数の乗客が下車し車内も随分空いてきましたが、発車前には隣のホーム(同じ站台)に先程の2234/1次が入線する姿も…本来は前方を走っている列車とはいえ、さすがに随分格下に当たる普快なので、この列車に進路を譲ることはなくこちらが先発です。

信陽を出発した後は車内も空席が随分目立つようになり、車窓は所々で茶畑が散見される丘陵地帯の中を走り、所々で上下線が少々離れる区間も…

またこの列車には食堂車はないものの、信陽で積み込んだのか弁当の販売も巡回し、当初は漢口到着後に昼食でも…と考えていたMAKIKYUも、列車の到着が随分と遅れそうな事もあり、これを1個購入して昼食に。

ちなみに弁当の値段は1個10元、中国で車内販売される弁当はカート販売で購入時に容器に盛り付けという事が多いですが、カート販売が困難な2階建て列車で、それも既に調製済(食堂車を連結している列車はここで調製します)という事もあって、おかずとご飯の容器それぞれに盛り付け済となった弁当でした。

ちなみに肝心の味ですが、おかずはラー油で味付けされているのかやや辛めでしたが、なかなかご飯が進む感じでボリュームも充分、決して悪くない買い物だった気がします。

弁当を食べ終えてしばらくすると車窓は丘陵地帯から田園風景に変わり、前方に列車が支えているのか、それとも線路の工事でもしているのかまたも減速運行に。

考感近くになると放牧された牛の姿が目に付くようになり、また線路脇には「厳禁耕牛上鉄路」といった掲示も線路脇に見える状況でしたが、こんな掲示が出ると言う事は、線路上に耕牛を歩かせる者が居るという事の現われで、国情の違いを感じさせられます。

考感を過ぎると昼食を済ませた後という事もあって睡魔に…目が覚めた頃には既に車窓は既に街並みが並ぶ状況で、視界に線路が多数見えてくると程なく終点漢口で約50分の遅れで到着、昼下がりという事もあってか站構内は閑散とした感じでしたが、站の改札を一歩出ると客引きなどが…というのは中国では典型的な事です。

改札を出た後は翌日の乗車券を購入するため乗車券売り場へ、これは予想外の結果が待ち受けていて大変でした。(興味のある方は、T179次乗車記をご覧下さい)
T179次乗車記 http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060818

今回のT501次乗車では、2階建て客車に代走されて「中原之星」に乗車できなかったのは残念でしたが、この車両が現在どの様な状況に置かれているのか気になります。
(「中華之星」をはじめ、他の動車組はなかなかうまくいっていないモノが多いようですし、ただの検査代走等なら良いのですが・・・)

今回乗車した2階建て客車での運行が常態化しているのか、それとも検査等での代走なのかも気になりますが、もし今度またT501次(あるいは復路のT502次)に乗車する機会があるならば是非「中原之星」に、と思っていますが、どうなることやら…


写真はT501次列車と車内販売の弁当、列車のサボ(行先表示が以前のまま)です。


中国鉄路乗車記:K269次

2006-08-16 | 鉄道[中華人民共和国]
 

(この記事は乗車日にあわせた過去ログ投稿です)

8月13日、MAKIKYUは瀋陽北からの列車(T12次)で北京に到着し、北京到着後はすぐに乗車券売り場へ向かい、16日夜北京西発の京広線の乗車券購入へ。

目的地は武漢ですが、そのままZ列車(直達特快)で向かうのは面白みがなく、また鄭州~武漢(漢口)の間には、「中原之星」と呼ばれる中国鉄路では珍しい電車(EMU)が走っているので、これにも乗車できれば…という事で、鄭州へ向かう列車の乗車券購入に臨み、第一希望の16日発K269次硬臥を鄭州までと記したメモを係員に渡すと、乗車日まで間がある事と、発売開始直後に売り切れる程の列車でもないのか無事購入でき、特に場所(寝台の上中下:料金も多少異なる)は指定しなかったのですが中段で発券(169元)されていました。

ちなみにK269次列車は、車次(列車番号)の筆頭に「K」が付く快速(複数の鉄路局に跨って運行)ですが、北京西站を1951に出発し、MAKIKYUが下車する鄭州には617到着、終点の洛陽には822に到着する夜行列車で、運行距離813kmは中国では決して長距離列車の部類には入りません。
(国の大きさというか、スケールの違いを感じさせられます)

また北京站の乗車券売り場で並んでいる際、前方に並んでいた方々の購入した切符を見ていると…
(売り場窓口にはモニターがあり、発券した乗車券の内容はすぐ分かります)
北京→蘇州 硬座(L次の臨時列車・空調なし)
北京→杭州 硬座(特快・新型空調車)
北京→青島 硬座(特快・新型空調車)

といった感じで、どれもMAKIKYUが購入した鄭州よりも遠距離で、これらは全て夜行にも関わらず皆硬座で、しかも特快の乗車券を購入した2人は見た所20歳位の女性だったので「これは凄いな~」と感じましたが、これはたかだか鄭州でも運賃の高い新型空調車の寝台でないとハードで…と感じるMAKIKYUの様な贅沢で貧弱な人間の発想で、中国の方々から見れば夜行列車の硬座乗車は当たり前の様です。

無事K269次の乗車券を確保した後は、北京市内に3泊し、市内や天津などを3日間廻り、この列車の乗車日・16日は昼間に鉄道博物館へ行き、その後地鉄乗車といった感じでしたが、夕方に地鉄13号線の新型車両や、1号線末端の入庫区間(古城路から分岐して古城車両段へ向かう路線)の乗車に随分と時間を費やし、K269次列車の出発1時間前にまだ蘋果園(地鉄1号線の始発站)に居る有様でした。

これでは急がないと…という事で、地鉄1号線の列車で一路市内へ向かう列車に飛び乗り、車内で市内地図を見て北京西站に近い地鉄站を探し出す有様でしたが、軍事博物館站から徒歩でも15分程度で行けそうな感じで、路線バスもあれば…という事で、ここで下車する事に。

軍事博物館站で地鉄を下車して地上に上がると、目の前がバス停で北京西站の表示を出したバスも走っていたので、やって来たバスにすぐ乗車。
大した距離でもないのに…と思われる方も居られるかと思いますが、MAKIKYUはバス好きで機会があれば利用したいのと、荷物も大きく時間も余りないので1元奮発です。

ただこれでも北京西站に到着したのは1930前、この站を初めて利用するにも関わらずMAKIKYUは随分無謀ですが、これでは非常に慌しくまた北京西站は非常に大きい站で、検票(改札)の場所を探すだけでも苦労しますので、旅慣れた方はともかく、中国旅行初心者はこの様な行動は絶対避けた方が良いと思います。

検票を済ませてホームに入ると、始発站で発車時刻も近い事もあって列車は当然入線しており、まずは先頭に出向き機関車を撮影、連結されている機関車は京広線では主力の電気機関車・SS8形で、既に日が暮れている事もあって写真撮影もやっと…といった感じでした。

その後ろにはオレンジ色の客車・25G形が連なっていますが、編成は1号車が発電車、2~6号車が硬座車、7号車が食堂車、8・9号車は軟臥車で、そしてMAKIKYUが乗車する10号車以降が硬臥車となっています。

MAKIKYUが硬臥車に乗車すると既に先客は多数居り、通路にある折り畳みイスは全て使われている様な状況で、服務員に乗車券を預けて換車票を受け取り寝台の下段に着席すると列車は程なく出発、列車が発車するとほぼ同時に車内には音楽が流れ出し、なかなかいいムードを演出して居ました。

ちなみにこの列車は洛陽車両段の担当で乗車した車両はYW25G 675042、カード式の換車票にも「洛陽車両段」の表記がありましたが、MAKIKYUとしては換車票は昔ながらの金属片よりもこのカード式の方が好みで、それは扱いやすい(金属片は小さいので他の物に紛れる)のと、乗車券が綺麗に保管される(金属片の場合は、乗車券を何回か折られた状態で保管される)メリットがありますが、金属片の方が…という方も居られる様で、好みは色々の様です。

また寝台は指定された寝台(中段)の下段が進行方向とは反対側で、とりあえずここに着席しましたが、進行方向でないとどうも落ち着かないMAKIKYUは相席の中国人に頼んで進行方向の座席と交換、ちなみこの相席の乗客には荷物の収納を手伝ってもらい、その後漢字の筆談で色々質問がやって来たりします。

列車が出発してしばらく走ると街明かりも少なくなり、この頃車内視察に行きますが、まずは出発前に視察できなかった後方の硬臥車へ。

硬臥車は18号車までの8両が連結されており、MAKIKYUが乗車した10号車から16号車までの車両は四方製、この車両は通路と寝台の間に仕切りがあり、荷棚も通路から見えなくなっているなど見栄えが良いだけでなく、各寝台に読書灯が装備されているなど他の車両より少々上等な感じで、MAKIKYUが今年の中国旅行で乗車した中国鉄路の車両では最上等ともいえる車両でした。

ちなみに17・18号車は長春製で設備的には大差ないとはいえ、こちらはやや劣る感じ、また18号車の後側は「旅客止歩」と書かれたカーテンで仕切られており、服務員の控室になっている様でした。

後方の車両を視察した後は前方へ、軟臥車は乗車前は1両だけかと思っていましたが、この列車は快速にも関わらず8・9号車の2両連結されており、硬臥よりややゆったりとした感じの2段ベッドですが、こちらはMAKIKYUが見た際はどう見ても中国人や日本人には見えない様な欧米系の乗客グループが過半数、恐らくツアーかなと言った感じで、これでは何処の国の鉄道に乗車しているのか?と思う程でした。

図体の大きな欧米人は硬臥ではきつそうですが、英語もロクに話せないMAKIKYUとしては、ここに乗車していたらかえって居心地悪いだろうな…と感じる程で、大混雑の硬座は論外ですが、この列車では中国人に紛れて硬臥に乗車した方が気楽で違和感なく乗車できるのでは…と感じます。
(余談ですがMAKIKYUは欧米人相手に英語で対応するよりは、中国人と漢字で筆談の方が気楽に感じます)

軟臥を通り抜けた後は食堂車へ、ここでの乗客向けメニューはセットメニュー1品のみの様で、銀色のトレー1つに米飯と3~4種類程度のおかずが盛り付けられて25元、見た目は学校給食の様な感じで余り美味しそうには見えず、値段も高いので利用は控えましたが、服務員には別メニューがある様で、彼らが食べている炒飯とスープの方が美味しそうな感じでした。(その後覗いた時には、面類を食べている服務員を目撃しています)

食堂車の先には硬座車がありますが、硬座車は両数が少ない事もあって座席だけでなく通路やデッキにまで人が溢れ寝台車とは雲泥の差、あまりに混雑し過ぎて動きが取れない程でしたので巡回断念です。

車内巡回を終えて自席に戻った後は、相席の中国人と漢字で筆談となり、まず最初に「何処の国から?」といった事から始まり、「どんな目的で中国へ来たのか?」「年齢はいくつ?」といった一般的な事がいくつか、あと「何故中国語が話せないのに漢字が理解できるのか?」といった事も聞かれたのは意外でした。

また「何処へ行くのか?」と聞かれた際に鄭州で下車し、武漢へ行く列車に乗車すると伝えると相手は残念そうにしており、「洛陽人?(洛陽の方ですか?)」と尋ねるとその通りで、「歴史のある良い所と」勧められる状況。(中国人は自分の郷里が一番という発想を持っている方が多い様です)

ただ中国の大陸本土は広大にも関わらず、日本人がノービザで旅行できるのは15日以内と限られており、それも陸路で…となると随分慌しく、色々取捨選択をしなければならないのでその旨を説明、ノービザでの滞在期間ももう少し長くなれば…と感じます。

またこの相手は同年代か少し年下位かと思っていましたが、年齢を尋ねるとまだ16歳との事で、兄弟と2人で北京からの勉強帰りで乗車していた様でしたが、この乗客に限らず中国人は日本人よりも大人びて見える気がします。(日本人が幼く見えるだけかもしれませんが…)

こんな事をしている間に列車は最初の停車站・高稗店へ、この站を出た後直ぐに高稗店からの硬臥乗車券を持った乗客が通路を歩いているのを見かけましたが、あまり大きくないこの站に寝台の割り当てがあるのか、それとも列車長から補票で購入したのか気になる所です。

高稗店を過ぎてしばらく経った頃夕食にしますが、この列車は食堂車が連結されているにも関わらず弁当販売がなく、食堂車もあまり…という事で持参の方便面(カップ面)と鮮の毎日C(ジュース)で夕食に、中国鉄路では熱湯は殆どの列車で各車両に用意されているので心配無用です。

ちなみにカップ面は中国製ばかりだと飽きてしまい…という事もあって食べ慣れた農心・辛拉面、ただ中国で売られているモノはフォーク(プラスチック製)入りになっているのも特徴です。

列車内の車内販売で方便面程度ならあり食料調達は可能ですが、値段は市価より高くまた種類も限られますので、いつでも食べれる様なモノを多少余計に持っているのがベストです。

21時半頃には2つ目の停車站・保定に到着し、北京を出発してから始めてようやく街らしい所に辿り着いた感じですが、ここでは数本の直達特快をはじめとする列車の退避で1時間程停車です。

こうでもしないとK269次の様な運行距離の短い列車(これでも800km強ありますが…)は目的地に早く着き過ぎてしまうので、時間調整は夜行列車ではある意味有り難いサービスですが、列車のトイレは垂れ流し式(最近一部で異なるモノもある様です)という事もあり、この間はずっと施錠されてしまうので要注意です。

保定站停車中にはホームに数名の売り子が居り、ジュースや方便面などを販売して買い求めている乗客も散見といった感じでしたが、ここでも弁当の販売は見かけず…他の列車だと駅売りと車内売りでどちらにしようか迷う事もありますが、このK269次は食事情に関しては少々貧相な感じです。

また保定站停車中に消灯時間(硬臥は22時に一斉消灯となります)を迎え、車内は暗く…MAKIKYUが乗車した車両には各寝台に読書灯があるのが幸いですが、少々不便です。

保定発車後は一度トイレに向かうので寝台を離れた位ですが、途中停車した信号所の様な所で緑色の客車(最近運行が開始されたラサ行き特快)に抜かれたのを覚えている程度で、あとは外も真っ暗なので寝台で寝るのみです。

そして翌日目が覚めると5時30分過ぎ、霧が出ている田園風景の中を一路南へ真っ直ぐ進んでいる様な感じで、程なく40分頃には服務員が換車票と引き換えに切符を返却、MAKIKYUが見ている限りでは洛陽まで行かずに鄭州で下車する乗客も結構いる様でした。

50分頃には黄河を渡り、過ぎた先にはその名もズバリ!といった感じの「黄河南岸」站を通過、ここを過ぎてから少々走ると街並みが見えてきて鄭州に到着です。

列車はほぼ定刻・6時20分前には鄭州に到着、昨日筆談を交えた相席の中国人に「再見!」と伝えてMAKIKYUは下車ですが、朝が早いので少々慌しく、また随分とあっけない感じでした。

この列車を降りて鄭州站の改札を出たら、今度は直ぐに乗車券売り場へ出向きT501次の乗車券購入へ。

この続きはT501次の乗車記に記していますので、興味のある方は以下へ
http://blog.goo.ne.jp/makikyu/d/20060817

Sakujitsuha Tianjin he

2006-08-16 | Weblog
Beijing taizaichuno MAKIKYU desuga sakujitsuha higaeride Tianjing he iki chikatetsu(Subway) ni joushashite kimashita.

Tianjing madeno oufukuha train wo riyoushi ikiha Local train(fukai) wo riyou. Toittemo nanza(tokubetsusharyou:21yuan) deshitanode jikanha kakarimasuga nakanaka kaitekideshita.

Tianjing deha North station ni touchakusurunode kokokara chikatestu madeno access ga yaya nan-ari de kekkyoku ekimaede utteita chizu de bus-route wo kakuninshi 903ro no bus de Xibeiciao ekihe ikukotoni.

Kokokara chikatetsuni joushashite mazu kitagawano shutenhe sonogoha minamigawano shutenwo mezashi saigoha Nishieki(West Stn) kara 24ro bus de Tianjing ekihe.

Kaeriha Tokkai no kouzawo riyou. Yutouressha dakeatte kouzademo ikino nanzayori unchinha takaidesu(25yuan)ga jikanha yakuhanbundesu.

2kaidate sharyouno 2F deshitaga kokodeha CHINESE ni kakomare kanjide hitsudan no shitsumonzemeni.

CHINA deha yokuaru kotodesuga koremo warukuha arimasen. Tada hanbun kuraiha rikaidekiru monono fudan tsukawanai kanjimo kekkou arinode rikai dekinaikotomo tataarimasu.(Soredemo oubeijin aiteni English yoriha rakudesuga...) 

Mata sakujitsuha taichouga omowashiku nakattanode Beijing touchakugoha tebayaku shokujiwo sumasete hayabayato hotel ni hikkomimashitaga yushokude haitta washoku(Japanese food)ten deha CHINESE ga misoshiru wo rengede sukutte nonde itanoha iyouna kanjideshita.(Kono PAGE wo goranno minasamaha sonoyouna kotoha naito omoimasuga...)

Kyouha osomeno shuppatsu korekara Beijing shinaiwo koudou shimasuga kyono yoruniha Beijing wo hanare yakou resshade minamino houhe idouyoteidesu.


写真は天津の地下鉄・その内追って取り上げたいと思います。