★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ワルター・バリリ&パウル・バドゥラ=スコダのモーツァルト:ヴァイオリンソナタ集

2023-10-12 09:40:49 | 室内楽曲(ヴァイオリン)


モーツァルト:ヴァイオリンソナタKV376
       ヴァイオリンソナタKV402
       ヴァイオリンソナタKV481

ヴァイオリン:ワルター・バリリ

ピアノ:パウル・バドゥラ=スコダ

発売:1976年12月

LP:日本コロムビア OW‐8064‐AW

 ワルター・バリリ(1921年―2022年)は、ウィーン生まれの名ヴァイオリニスト。要するに生粋のウィーン子であり、そのヴァイオリン演奏は、素朴の中にしっとりとしたウィーン情緒を内包している。今ではウィーン情緒というと、毎年正月に来日し、華やかな宮廷音楽を演奏する演奏団体を思い浮かべるが、バリリはそれらとは正反対に、実に朴訥とした味わいに溢れ、今このLPレコードを聴き直しても、これこそが本当のウィーン情緒だとの思いに駆られる。1938年にウィーン・フィルに入団、1940年からはコンサートマスターを務めた。 さらに1945年からは有名なバリリ弦楽四重奏団を結成したが、来日を前に右肘を痛め、以後演奏活動は中止して、教育活動に専念した。このLPレコードでは、モーツァルトの3つのヴァイオリンソナタを録音している。この3曲の演奏とも表面的な華美な装いは一切排除し、曲の内面に向かって、一心に掘り下げるような演奏スタイルに徹している。このため、我々が通常モーツァルトのヴァイオリンソナタに抱いている、華麗さ、軽快さといった側面は殆ど姿を消し、代わりにモーツァルトに音楽のがっちりとした構成美が鮮やかに再現されている。そして、そんなバリリのヴァイオリン演奏を暫く聴き進むと、次第に本当のウィーン情緒は、こういうものかと納得させられるのである。バリリのヴァイオリン演奏が如何に伝統に裏打ちされた正統性を持ったものであるかを、このLPレコードは自然と教えてくれる。ピアノのパウル・バドゥラ=スコダ(1927年―2019年)もオーストラリア出身。2012年3月に来日し、85歳とは思えない演奏で、日本のファンに深い感銘を与えた。若き日のこのLPレコードでは、バリリとの息がピタリとあった名伴奏ぶりを発揮している。モーツァルトはヴァイオリンソナタを全部で35曲作曲した。ヴァイオリンソナタヘ長調KV376は、1781年にウィーンで書かれたと考えられており、優雅な趣を持った作品で3つの楽章からなる。ヴァイオリンソナタイ長調KV402は、1782年の8月から9月に書かれた3つのヴァイオリンソナタの中の1曲であるが、いずれも未完成で、この曲は2楽章しかなく、しかもその2楽章目は第三者が補筆し完成したもの。ヴァイオリンソナタ変ホ長調KV481は、1785年にウィーンで完成した抒情的なヴァイオリンソナタで、3つの楽章からなる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ヘンリック・シェリングのメンデルスゾーン/チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

2023-10-09 09:39:03 | 協奏曲(ヴァイオリン)


メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング

指揮:アンタール・ドラティ

管弦楽:ロンドン交響楽団

発売:1980年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐261(6570 305)

 往年の名ヴァイオリニストのヘンリック・シェリング(1918年―1988年)が、名指揮者アンタールドラティ(1908年―1988年)指揮ロンドン交響楽団の伴奏を得て、ヴァイオリン協奏曲の二大名曲であるメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を収録したのが、このLPレコードである。中庸を得た演奏、そして実に美しいヘンリック・シェリングのヴァイオリンの音色が聴くことができ、聴き応えがのある演奏がたっぷりと収録された録音だ。アンタールドラティ指揮ロンドン交響楽団の伴奏は、奥深く、堂々とした演奏であり、この二大名曲を聴くのに誠に相応しいものに仕上がっている。ヘンリック・シェリングは、ポーランド出身であるが、後にメキシコに帰化し、音楽教育にも力を注いだヴァイオリニスト。ベルリンに留学し、カール・フレッシュにヴァイオリンを師事。ブラームスの協奏曲を演奏して、1933年にソリストとしてデビューを果たす。第二次世界大戦後は、メキシコの大学で音楽教育に携わり、1946年には市民権を取得。その後、米国での演奏活動が切っ掛けで、世界的ヴァイオリニストとして注目を浴びることとなる。その演奏スタイルは、あくまで知的で中庸を得たもので、その上、ヴァイオリンの音色が美しいという特徴を持ち、たちまちのうちに世界中のリスナーの心を奪った。このLPレコードのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の演奏においては、これらのヘンリック・シェリングの演奏の特徴が如何なく発揮され、流麗とでも言ったらいいほどの美しさに溢れた、最高のコンチェルト演奏をたっぷりと聴かせてくれる。一方、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、リスナーによっては「もう少し土臭さがあったら」と思う人もいよう。しかし、このLPレコードでのヘンリック・シェリングの演奏は、敢えて妙な演出はせずに、純粋な音楽として、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に真摯に向き合った結果だと言える演奏内容となっている。ここでも伴奏のアンタール・ドラティの指揮の素晴らしさが一際光る。アンタル・ドラティは、ハンガリー出身。フランツ・リスト音楽院で作曲とピアノを学ぶ。1924年ハンガリー国立歌劇場で指揮者としてデビューを果たす。アメリカでのオーケストラ指揮者としてのデビューは1937年。その後、1940年にアメリカに移住し、1947年には帰化。BBC交響楽団首席指揮者、ミネソタ管弦楽団首席指揮者、ロイヤル・フィル首席指揮者、デトロイト交響楽団音楽監督などを歴任した。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇リヒテルのベートーヴェン:ピアノソナタ第11番/第19番/第20番

2023-10-05 10:02:28 | 器楽曲(ピアノ)

 

ベートーヴェン:ピアノソナタ第11番/第19番/第20番

ピアノ:スヴァトスラフ・リヒテル

発売:1975年

LP:日本フォノグラフ(フィリップスレコード) PC-1575(835 202 AV)

 20世紀最大のピアニストと言われるスヴァトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)は、ウクライナで生まれ、主に旧ソ連邦において活躍した。1937年、22歳でモスクワ音楽院に入学する。プロコフィエフとの親交が厚く、プロコフィエフのピアノソナタ第7番の初演を行った。1945年、全ソビエト音楽コンクールのピアノ部門で第1位を獲得。1950年に「スターリン賞」第1等を受賞し、初めて国外での演奏を行ったが、旧ソ連政府が国外での演奏活動を制限したため、西側諸国から“幻のピアニスト”と呼ばれた。その後、リヒテルの録音が西側諸国でも聴かれるようになり、ますますその名声は高まって行った。1960年代に入り、ようやくリヒテルは西側諸国で演奏会活動を本格化させ、“幻のピアニスト”のヴェールが剥がされることになる。日本には1970年の日本万国博覧会の際に訪れ、それ以降は度々来日し、日本の音楽ファンにもなじみ深い存在となった。そんなリヒテルがベートーヴェンのピアノソナタ3曲を録音したのが今回のLPレコードである。この3曲はベートーヴェンのピアノソナタの中でも、馴染みやすい比較的小規模のソナタであるが、リヒテルの手にかかると、何とも奥行きのある雄大なピアノソナタに聴こえてくるから不思議なことではある。これは、リヒテルのピアノ演奏が表面的なものでなく、曲の核心を探り当て、それを噛み砕いて表現してリスナーに聴かせるためであろうと思う。完璧な演奏技術に加え、鋼鉄のような強い意志が、その演奏からは聴き取ることができる。全体の流れは、実に軽やかであり、けっして重々しい感じがしないのがリヒテルの持ち味だ。第11番は、1800年に書かれたベートーヴェン初期の最後のピアノソナタ。4つの楽章からなり、かなり華々しい技巧を要する内容が充実した作品。ベートーヴェンもこの曲にはかなり自信があったらしく、出版社のホフマイスターに「特に優れた作品」と書き送っているほど。第19番と第20番は、共に2楽章からなるソナチネで、簡易な書法から弟子の教育のためにつくられたと考えられている。しかし、そこはベートーヴェンのこと、ベートーヴェンならではの手法も随所に見られる。中でも第20番の第2楽章は、七重奏曲にも使われたお馴染みのメロディーが何とも楽しい。これら3曲を、小品だからといって、少しの手抜きもなく、真摯に曲と向き合うリヒテルの姿勢にうたれる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇リパッティのシューマン:ピアノ協奏曲/ハスキルのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

2023-10-02 09:53:20 | 協奏曲(ピアノ)


①シューマン:ピアノ協奏曲

  ピアノ:ディヌ・リパッティ

  指揮:エルネスト・アンセルメ

  管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団

  録音:1950年2月22日、ジュネーブ、ビクトリア・ホール

②ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

  ピアノ:クララ・ハスキル

  指揮:カルロ・ゼッキ

  管弦楽:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

  録音:1947年6月、英国

発売:1980年

LP:キングレコード K15C‐5044

 このLPレコードは、ルーマニアが生んだ二人の天才ピアニストが弾いた、シューマンとベートーヴェンの協奏曲が1枚に収められた貴重な遺産である。二人のピアニストの名は、ディヌ・リパッティ(1917年―1950年)とクララ・ハスキル(1895年―1960年)である。ディヌ・リパッティのピアノ演奏は、純粋で透明感あるピアノの音色に特徴を持ち、その技巧は洗練され、都会的センスに溢れ、特にショパンやモーツァルトの曲を得意としていた。ディヌ・リパッティがこの録音を行ったのは、スイス・ロマンド管弦楽団の定期演奏会であり、死の9ヶ月ほど前のことであった。前日まで40度の高熱を出して病床に伏していたリパッティであったが、医師の制止を振り切り、強力な解熱剤の注射により、ようやく立ち上がることができるような状態で、よろめくようにステージに姿を現し、やっとのことでピアノのところまで辿りつくことができたという。しかし、この録音聴く限り、そんな身体の状況などは微塵も感じさせず、集中力の高いピアノ演奏には驚かされるばかりである。これほど、ロマンの香りが高いシューマン:ピアノ協奏曲は滅多に聴けるものではない。何か、リパッティがシューマンに乗り移って、幻想的な森の奥深く分け入って、平穏な一時に身を委ねているかのようでもある。夢幻的な名演とでも言ったらよいのであろう。一方、クララ・ハスキルは、古典派とロマン派を得意とし、とりわけモーツァルトの演奏では他の追随を許さぬものがあり、当時最も秀でたモーツァルト弾きとして知られていた。このほかにベートーヴェンやシューマンにも卓抜した演奏を披露。室内楽奏者としてはアルテュール・グリュミオーの共演者として名高い。クララ・ハスキルのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番は、1947年6月に第2次世界大戦後初めて英国を訪れて録音したもの。ハスキルもリパッティと同様病弱で、脊椎カリエスを病んでいた。しかも第2次世界大戦中には脳腫瘍の手術を受けた。その後、健康を回復し、幸いにも演奏活動を再開することができたのだが、この時、ちょうど元気を取り戻した頃の録音である。それだけに、実に伸び伸びとしてベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番を演奏している様が捉えられている。こんなに詩的で麗しいベートーヴェンのピアノ演奏は、彼女以外のピアニストでは到底不可能とも思えるほどで、その緻密な演奏内容、とりわけ気品の高さが光り輝く名演となっている。

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