ベートーヴェン:ピアノソナタ第11番/第19番/第20番
ピアノ:スヴァトスラフ・リヒテル
発売:1975年
LP:日本フォノグラフ(フィリップスレコード) PC-1575(835 202 AV)
20世紀最大のピアニストと言われるスヴァトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)は、ウクライナで生まれ、主に旧ソ連邦において活躍した。1937年、22歳でモスクワ音楽院に入学する。プロコフィエフとの親交が厚く、プロコフィエフのピアノソナタ第7番の初演を行った。1945年、全ソビエト音楽コンクールのピアノ部門で第1位を獲得。1950年に「スターリン賞」第1等を受賞し、初めて国外での演奏を行ったが、旧ソ連政府が国外での演奏活動を制限したため、西側諸国から“幻のピアニスト”と呼ばれた。その後、リヒテルの録音が西側諸国でも聴かれるようになり、ますますその名声は高まって行った。1960年代に入り、ようやくリヒテルは西側諸国で演奏会活動を本格化させ、“幻のピアニスト”のヴェールが剥がされることになる。日本には1970年の日本万国博覧会の際に訪れ、それ以降は度々来日し、日本の音楽ファンにもなじみ深い存在となった。そんなリヒテルがベートーヴェンのピアノソナタ3曲を録音したのが今回のLPレコードである。この3曲はベートーヴェンのピアノソナタの中でも、馴染みやすい比較的小規模のソナタであるが、リヒテルの手にかかると、何とも奥行きのある雄大なピアノソナタに聴こえてくるから不思議なことではある。これは、リヒテルのピアノ演奏が表面的なものでなく、曲の核心を探り当て、それを噛み砕いて表現してリスナーに聴かせるためであろうと思う。完璧な演奏技術に加え、鋼鉄のような強い意志が、その演奏からは聴き取ることができる。全体の流れは、実に軽やかであり、けっして重々しい感じがしないのがリヒテルの持ち味だ。第11番は、1800年に書かれたベートーヴェン初期の最後のピアノソナタ。4つの楽章からなり、かなり華々しい技巧を要する内容が充実した作品。ベートーヴェンもこの曲にはかなり自信があったらしく、出版社のホフマイスターに「特に優れた作品」と書き送っているほど。第19番と第20番は、共に2楽章からなるソナチネで、簡易な書法から弟子の教育のためにつくられたと考えられている。しかし、そこはベートーヴェンのこと、ベートーヴェンならではの手法も随所に見られる。中でも第20番の第2楽章は、七重奏曲にも使われたお馴染みのメロディーが何とも楽しい。これら3曲を、小品だからといって、少しの手抜きもなく、真摯に曲と向き合うリヒテルの姿勢にうたれる。(LPC)