★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇若き日のリヒテルのシューマン:フモレスケ/幻想小曲集

2021-05-13 10:01:38 | 器楽曲(ピアノ)

シューマン:フモレスケop.20
      幻想小曲集op.12より

        第1曲 夕べに
        第2曲 飛翔
        第3曲 なぜ
        第4曲 きまぐれ
        第5曲 夜に
        第6曲 寓話

ピアノ:スビャトスラフ・リヒテル

LP:新世界レコード PX‐5528

 スビャトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)は、1937年モスクワ音楽院に入学し、ゲンリフ・ネイガウスに師事。1945年、30歳で「全ソビエト音楽コンクール」ピアノ部門で第1位を受賞する。しかし、当時は旧ソ連以外には演奏活動は許されず、西洋諸国では“幻のピアニスト”として呼ばれる存在であった。1960年になり、ようやくアメリカでのコンサートが開催され、遂にそのベールを脱ぐことになった。その後、20世紀を代表するピアニストの一人という位置づけを得るようになっていく。日本へは1970年に初来日し、以後しばしば来日し、日本でも多くのファンを獲得することになる。リヒテルの若い時の演奏は、非常に力強く、荒ら削りといった印象すらあったが、晩年になるほどに、情緒豊かな演奏を聴かせるようになって行った。このLPレコードは、リヒテルが若い時の録音だけに、リヒテルの激しいピアノタッチを聴くことができる。このLPレコードのA面にはシューマンのフモレスケが収められている。「フモレスケ」とは、英語の「ユーモレスク」に当たる言葉で、「諧謔曲」といったような意味あいがある。激しい感情の起伏が随所に盛り込まれ、何かオペラを聴いているような感じさえする。それだけドラマチックな曲であり、幻想性を含んだ曲が多いシューマンの作品にあって、一際異彩を放った作品である。ここでのリヒテルの演奏は、若い時の録音だけあって、ピアノタッチは激しく、鍵盤が壊れないかと思うほど。しかし、技巧の冴えは天下一品であり思わず引き付けられてしまう演奏内容だ。ドラマチックに展開する曲に、リヒテルの演奏はぴあたりと合う。あらゆるフモレスケの録音の中でも、このLPレコードは1、2を争うほどの出来栄えだ。この曲は、凡庸なピアニストが弾くと面白みが感じられないが、リヒテルのような名ピアニストにかかると、突然光彩を放つ曲に変身を遂げる。B面のシューマンの幻想小曲集は、1837年に作曲され、全部で8曲からなるピアノ曲集。一つ一つの曲には文学的な標題が付けられており、幻想的な情緒に満ち、如何にもシューマンらしい作品だ。ここでのリヒテルの演奏は、フモレスケの時とはがらりと変わり、繊細な演奏内容であるが、時折、鋭いピアノタッチを聴かせ、若い時の録音であることを思い出させる。リヒテルのレパートリーには、このシューマンのほかにも、ベートーヴェン、ショパン、シューベルト、プロコフィエフなどがあり、非常に幅広いことに驚かされる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ピエール・ブーレーズのシェーンベルク:浄夜/セレナード

2021-05-10 09:41:58 | 室内楽曲

シェーンベルク:浄夜(弦楽六重奏のための)
        セレナード(七重奏とバリトンのための)

指揮:ピエール・ブーレーズ

演奏:浄夜(弦楽六重奏のための)

     ドメーヌ・ミュージカル・アンサンブルのメンバー

       ジャック・パルナン(ヴァイオリン)
       マルセル・シャルパンティエ(ヴァイオリン)
       D.マルトン(ヴィオラ)
       セルジュ・コロ(ヴィオラ)
       ピエール・パナスゥー(チェロ)
       M.トゥルニュ(チェロ)

   セレナード(七重奏とバリトンのための)

     ドメーヌ・ミュージカル・アンサンブル
     バリトン:ルイ=ジャック・ロンドゥロウ

発売:1975年1月

LP:日本コロムビア OW-7572-EV

 フランスにおいてドビュッシーが活躍し始めた頃、ウィーンにおいてはシェーンベルクが個性的で新しい音楽の様式を模索し始め、調性を否定した12音音楽へとたどり着くことことになる。しかし、今でこそ現代音楽の旗手のシェーンベルクであっても初期の頃は、後期ロマン主義の音楽に基づいて作曲しており、その代表作と目されるのが、今回のLPレコードのA面に収められた「浄夜」である。一方、12音音楽に基づいて作曲された作品の一つである「セレナード」がB面に収録されている。「浄夜」は、同時代のドイツの詩人リヒャルト・デーメルが1899年に出版した詩集「女と世界」に基づき、シェーンベルクが作曲した曲で、元は弦楽六重奏のための曲であったが、1917年に自ら弦楽合奏用に編曲し、さらに1943年には、その改訂版も書いている。この「浄夜」は、シェーンベルクがワーグナーやブラームスから影響を受けた頃の作品だけに、弦の微妙で多様な色彩の変化が限りなく美しい作品。要するに後期ロマン派風の作品に仕上がっているわけであるが、その後、シェーンベルクが行き着いた12音音楽の片鱗も垣間見える。デーメルの詩集「女と世界」の内容は、寒い月夜に二人の若い男女が暗い森の中で交わす会話からなっている。女は他人の子を身ごもっていることを告白するが、男はこの清らかな夜のように、二人の愛情で、その子が浄められて、自分の子のようになったと言って許すのがそのストーリー。このLPレコードには、ピエール・ブーレーズの指揮とドメーヌ・ミュージカル・アンサンブルの6人のメンバー達の演奏が収められている。このLPレコーではブーレーズは、非常にゆっくりとしたテンポで曲をスタートさせる。曲が進むうちに徐々に森の奥の雰囲気が辺りを覆う様子が表現されるが、過度にロマンチックな要素は敢えて排除しているかのようである。この録音は、曲の骨格をくっきりと浮かび上がらせ、筋肉質の演奏に徹している。この作品後、シェーンベルクは、自分の作風と音楽語法に疑問を感じ、ほぼ10年間の沈黙の時期に入る。そして、この10年の間に、12音技法という全く新しい作曲技法を編み出したのである。そして、その沈黙を破って初めて書かれたのが、このLPレコードのB面に収められている、七重奏とバリトンのための「セレナード」という作品だ。全体は、「行進曲」「メヌエット」「変奏曲」「ソネット」「舞踏の情景」「(言葉なき)歌」「フィナーレ」の7つの楽章からなる。この曲は、“12音音楽創始者シェーンベルク”の面目躍如たる作品。演奏は精緻を極める。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ヘンリック・シェリング&アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団のブラームス:ヴァイオリン協奏曲

2021-05-06 09:42:47 | 協奏曲(ヴァイオリン)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング

指揮:アンタル・ドラティ

管弦楽:ロンドン交響楽団

発売:1975年

LP:日本フォノグラム フィリップスレコード

 このLPレコードでヴァイオリン演奏をしているのは、ポーランド出身のヘンリック・シェリング(1918年―1988年)である。7歳の時に同郷の大ヴァイオリニストのフーベルマンに見いだされ、その紹介でカール・フレッシュの下で学び、パリに出てティボーとブーランジェに師事した。同時にソルボンヌ大学で人類学を専攻している。第二次世界大戦後、メキシコ市立大学に音楽部が創設されることになり、シェリングは招かれ、教師としての道を歩み始める。1946年には、メキシコの市民権を獲得し、同地に永住することになると同時に、以後、世界的な名ヴァイオリニストとして、世界各国での演奏会活動を展開することになる。1964年には、初来日も果たしている。シェリングは、ブラームスのヴァイオリン協奏曲について3つの録音を遺している。1958年にモントゥーと、1962年にドラティーと、1973年にハイティンクと共演したのがそれらである。このLPレコードは、1962年にドラティーと共演した2番目の録音に当たる。ブラームス:ヴァイオリン協奏曲は、ブラームスが、あたかも交響曲のようなヴァイオリン協奏曲を目指して作曲した作品で、このため最初は4楽章形式で構想され、最終的には協奏曲のスタンダードである3楽章に修正されたという経緯がある。このため、この曲では、スケールを大きく取ったヴァイオリン演奏が求められる。第1楽章は、シェリングはあまり力まず、悠然としたテンポで弾き進む。音色も優美な香りを漂わせ、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の美的要素を最大限に追い求めているようでもある。しかもその姿勢は、繊細な美しさというより、骨太な美しさを、極限まで追求するかのようである。第2楽章に入ると、この傾向は、ますます強まる。テンポは非常にゆっくりと取り、アンタル・ドラティ(1906年―1988年)の伴奏も自然の流れの中に身を漂わす風情がある。何か、武骨なブラームスの世界というより、幻想的なシューマンの世界に近いのではとさえ思わせるほど。この辺は、リスナーの好みで、その評価は分かれよう。第3楽章は、歯切れの良いヴァイオリンの響きがリスナーに伝わり、心地よい。しかし、シェリングの、この曲から美しいヴァイオリンの響きを発信させようようという姿勢は一貫して変わらない。そして、シェリングの真摯なヴァイオリン演奏のスタイルが、このブラームス:ヴァイオリン協奏曲のLPレコードにおいても、シェリングの特徴が如何なく発揮されているのである。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カラヤン&ベルリン・フィルのベートーヴェン:交響曲第4番/第8番

2021-05-03 09:48:50 | 交響曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェン:交響曲第4番/第8番

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1962年1月23日(第8番)、3月14日(第4番)、11月9日(第4番)、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール SE 7812(ドイツグラモフォン MG4003)

 ベートーヴェン:交響曲第4番は、1806年に短時間でつくられた交響曲だ。第1番や第2番に近い性格の曲で、シューマンは、「二人の北国の巨人(第3番と第5番)に挟まれたギリシャ娘のよう」と言ったと伝えられている。古典的な形式を持ちながら、豊かな情緒も併せ持ったロマンチックな優美さが特徴の曲だ。一方、第8番は、1812年5月から書き始め、リンツに滞在中の10月に完成させた。ベートーヴェン自身、「第7番を大交響曲と呼び、第8番を小交響曲」と呼んでいたということでも分かる通り、コンパクトで幸福感の漲った作品だ。演奏は、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルである。この録音がなされたとき、カラヤン(1908年―1989年)はどのような状況にあったのであろうか。1954年、ドイツ音楽界に君臨していたフルトヴェングラーが急逝し、カラヤンは、翌1955年にベルリン・フィルの終身首席指揮者兼芸術総監督の地位に就任している。さらに1956年にはウィーン国立歌劇場の芸術監督に就任したことからカラヤンは“帝王”と呼ばれるようになって行った。そして1965年には前人未踏のクラシック音楽の映像化事業にも着手している。つまり、このLPレコードの録音が行われた頃カラヤンは、その絶頂期にあったわけである。まず、ベートーヴェン:交響曲第4番。ここでのカラヤンの指揮ぶりは、カラヤンの特徴である絢爛豪華で歯切れの良く、テンポを早めに取った、鉄骨を思わせるような、お得意のスタイルを披露し、万人が納得する音づくりを徹底する。そこにはディレッタント(趣味人)的な要素を少しも差し挟まない。このような姿勢は、どこから来るのか。私は最近、このようなカラヤンの演奏スタイルは、クラシック音楽の行きずまりを何とか解決したいというカラヤンの意識がそうさせたのではないかと思えてならない。20世紀に至るまではクラシック音楽は、音楽の王者として君臨することができた。ところが20世紀に入り、ジャズをはじめ、ポピュラー音楽が大衆の人気を博し、クラシック音楽の相対的な凋落が見え始めてきた。カラヤンは、そのことをいち早く嗅ぎ取り、クラシック音楽からディレッタント的要素の排除に向かったのではないのか。一般的に第4番は情緒たっぷりに演奏されるが、カラヤンはそんなことは一切お構いなしに、第4番という曲の骨格を客観的に表現する。一方、ベートーヴェン:交響曲第8番の演奏は、そんなカラヤンの音づくりの傾向と曲自体とがぴたりと合い、万人を納得させる演奏内容となっている。第8番の躍動感溢れるベートーヴェンの楽想が、カラヤンの指揮で生き生きと蘇る。やはりカラヤンは“永遠のスター”なのだ。(LPC) 

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