★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇バックハウスのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番/第2番

2020-12-10 09:37:48 | 協奏曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番/第2番

ピアノ:ウィルヘルム・バックハウス

指揮:ハンス・シュミット・イッセルシュテット

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1973年

LP:キングレコード GLC6020

 ベートーヴェンは、全部で5曲のピアノ協奏曲を書いたが、第3番、第4番、第5番はベートーヴェンらしさが出たピアノ協奏曲の名曲と言われるが、それに対し第1番、第2番の評価はあまり高くない。このLPレコードは、それまでのそのような一般的な評価を一掃した画期的な録音として、後世に長く伝えたいものの一つ。このLPレコードのライナーノートで、宇野功芳氏は「・・・そのような偏見が生ずるのは、ひとえに演奏者の責任ではないだろうか」と書いているが、このLPレコードのバックハウス(1884年―1964年)の演奏を聴き終えた後に、この文章を読むと「全く同感」という気持ちになる。それほど、このLPレコードのバックハウスの演奏は、これら2曲への深い愛着と洞察に富んだものとなっており、優れた演奏内容が光る。人によっては「これら2曲ともモーツァルトの模倣のようなところが見られ、ベートーヴェンらしくない」という見方をする人も、いることはいる。しかし、バックハウスは、そんな批判に一切耳を傾けることはなく、青年期のベートーヴェンの精神を、ものの見事に鍵盤上に再現して見せ、これら2曲が並々ならぬ魅力を湛えた作品であることを証明してみせる。この頃のベートーヴェンは若手ピアニストとして売り出し中の頃であり、自分で弾く曲を自分で作曲する若手ピアニストの一人であった。ひょっとするとベートーヴェンは、耳が悪くならなければ一生ピアニストで終えたかもしれないのだ。ところが耳が聞こえなくなり、止むを得ず作曲家に転向せざるを得なかった。ベートーヴェンの耳が聞こえなくなったらこそ、我々は人類の宝ともいえるベートーヴェンが作曲した数多くの名曲を、今聴くことができるのだ。ピアノ協奏曲第1番と第2番は、その以前の、ベートーヴェンがピアニストとして夢溢れる頃の作品であり、ベートーヴェンの生涯を振り返る時には、欠かせない曲とも言えるのである。この第2番と第3番の第2楽章でのバックハウスの演奏は、第3番、第4番、第5番のピアノ協奏曲で見せる男性的な力強さとは異なり、何と抒情的な優しさに満ちた演奏ぶりをする。それも、こじんまりとまとまった抒情味ではなく、大きな広がりを持ったような抒情味を表現する。この演奏を聴くだけでも、バックハウスは不世出の名ピアニストであったことが分かる。ハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮ウィーン・フィルも、バックハウスの感性にぴたりと合わせた見事な伴奏を聴かせてくれる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇コルトー全盛期のSPレコードからの復刻盤“コルトー愛奏曲集”

2020-12-07 09:40:53 | 器楽曲(ピアノ)

ブラームス(コルトー編曲):子守唄
アルベニス:やしの木陰
ショパン:即興曲 Op.36
     練習曲 OP.-11「木枯らし」
ラヴェル:水の戯れ
メンデルスゾーン:ロンド・カプリチオーソからプレスト
リスト:ハンガリア狂詩曲第2番
ヴェルディ(リスト編曲):リゴレット・パラフレーズ
アルベニス:セギディーリャ
ウェーバー:舞踏へのお誘い
ショパン:即興曲 Op.29
     子守歌
     バラード Op.23から後半
     ポロネーズ「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」OP.22より

ピアノ:アルフレッド・コルトー

発売:1979年

LP:RVC(RCA RECORD)RVC-1575 GOLDS

 このLPレコードで演奏しているアルフレッド・コルトー(1877年―1962年)は、20世紀を代表するピアニストの一人。コルトーの録音は、いろいろと遺されているが、このLPレコードが貴重なのは、42歳から50歳までの、ピアニストとして油の乗り切った頃のSPレコードへの録音を、LPレコードに復刻したところにある。SPレコードというと鑑賞に支障が出るのではないかという危惧を持たれがちだが、実はSPレコードの録音は、意外と良い音質を有しているのである。繊細で、しかも輪郭のはっきりした、きちっとした音質なのである。勿論、現在の録音レベルとは比較にはならないが、では原音に忠実な現在の録音がいい録音なのかというと、私には必ずしもそうとも思えない。コルトーは、フランス人の父とスイス人の母の間にスイスで生まれた。パリ音楽院で学び、1896年にショパンのバラード第4番で1位となる。しかし、ピアニストとして楽壇にデビューした当時は、意外にもワーグナーの作品に傾倒し、1896年から1897年までバイロイト音楽祭の助手を務めたほどであった。また、1902年頃からは指揮者としても活動、ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」のフランス初演を行ったという。我々日本人にとっては、コルトーの名を聴くとショパンのピアノ演奏のスペシャリストとしか考えられないので、不思議な気がする。1905年にはヴァイオリニストのジャック・ティボー、チェリストのパブロ・カザルスとともにカザルス三重奏団を結成し、1920年代後半まで高い評価を受けた。このLPレコードで聴くコルトーの全盛時代の演奏は、いずれも洒落た味わいのあるもので、フランス音楽の粋を踏襲したような雰囲気の演奏を聴かせる。しかし、よく聴くと、その一方で強靭な打鍵も感じられ、ただ単にフランス音楽風と断じられないところがコルトーの魅力なのかもしれない。この辺は若い頃ワグナーに傾倒したことが、後年になって時折顔を覗かせるのかもしれない。それにしてもこのLPレコードのラヴェルの「水の戯れ」の演奏が何と瑞々しいことであろうか。SPレコードの古い録音から、水のしぶきが鍵盤からほとばしっている様が伝わってくるようでもある。いやむしろ、SPレコードであるからこそ、このような瑞々しさが再現できるのだ。現在の原音に忠実な録音では、逆に再現不可能なことなのかもしれない。音楽を聴くということは、所詮想像力を働かせることなのだから。一方、リストの「ハンガリア狂詩曲」などでは、限りなく歯切れが良く、力強いピアノタッチを聴くことができ、その変幻自在ぶりには脱帽するしかない。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ヘンリック・シェリングのメンデルスゾーン&シューマン:ヴァイオリン協奏曲

2020-12-03 09:37:12 | 協奏曲(ヴァイオリン)

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲

ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング

指揮:アンタール・ドラティ

管弦楽:ロンドン交響楽団

発売:1975年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) PL‐1325

 このLPレコードは、名ヴァイオリニストのヘンリク・シェリング(1918年―1988年)がメンデルスゾーンとシューマンのヴァイオリン協奏曲を、アンタール・ドラティ指揮ロンドン交響楽団の伴奏で録音したもの。ヘンリク・シェリングは、ポーランド出身で、後にメキシコに帰化した。ベルリンに留学してカール・フレッシュにヴァイオリンを師事。その後、パリ音楽院に入学、ジャック・ティボーに師事する。このことで、ヘンリク・シェリングは、ドイツ=ハンガリー楽派の奏法とフランコ=ベルギー楽派の双方の奏法を習得することができたのだ。このことが、すなわちヘンリク・シェリングの後の大成の礎となったのである。第二次世界大戦中、メキシコシティにおける慰問演奏を行い、それがきっかけで同地のメキシコ市立大学に職を得て、1946年にはメキシコ市民権を得ることになる。その後は教育活動に専念していたが、1954年、メキシコを訪れたアルトゥール・ルービンシュタインにその実力を認められ、これが契機となりニューヨーク市でデビュー。これが高い評価を得て、以後、各国で演奏会活動を展開し、世界的なヴァイオリニストとしての地位を不動のものとした。このように、ヘンリク・シェリングは、努力のヴァイオリニストであり、大器晩成型のヴァイオリニストであった。このLPレコードのA面に収められているメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲の演奏は、如何にもヘンリック・シェリングらしく真正面から曲を捉え、少しの誇張もない。あくまで正攻法で臨む。もう、耳にタコができるほど聴いてきたこの曲が、ヘンリック・シェリングの手にかかるとたちどころに、生き生きとした躍動感溢れる曲に、変身を遂げてしまう。この謎への回答は、ヘンリク・シェリングが、ドイツ=ハンガリー楽派の奏法とフランコ=ベルギー楽派の双方の奏法を身に着けていることと考えられる。いろいろな要素が何重にも重なって、それらが何とも言えないような香りとなってリスナーに届けられる。同様なことは、B面のシューマン:ヴァイオリン協奏曲の演奏により顕著に現れる。このヴァイオリン協奏曲は、シューマンの曲の中でもロマンの香りが強く漂う曲である。複雑な要素が絡み合い、葛藤しながら曲が進行する。表面的な演奏しかできないヴァイオリニストがこの曲を弾くと、ただ混乱だけしか生み出さないが、ヘンリク・シェリングの演奏は、まずきちっとした曲の解釈が土台にあり、その上にシューマン独特のロマンの世界が花開く。ここには、名人しか成しえない、隠された至高の技がある(LPC)

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