ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番/第4番
ピアノ:ハンス・リヒター=ハーザー
指揮:カルロ・マリア・ジュリーニ(第3番)
イシュトヴァン・ケルティス(第4番)
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
LP:東芝EMI EAC-30064
このLPレコードでピアノ演奏をしているのは、旧東ドイツ出身のハンス・リヒター=ハーザー(1912年―1980年)である。ドレスデンで生まれ、地元のドレスデン高等音楽学校で学んだ。 第二次世界大戦後は、デトモルト市立管弦楽団指揮者およびデトモルト音楽院ピアノ科教授に就任。しかし、その後、ハンス・リヒター=ハーザーは、ピアニストとしての道を歩むことを決意し、10年のブランクを置いてオランダでピアニストとしての再デビューを図った。聴衆は、突如円熟したピアニストの登場に驚き、その名声はたちまちの内にヨーロッパ中に広まった。1959年にはアメリカ、そして1963年には日本にも訪れ、ベートーヴェンの見事な演奏を披露した。ハンス・リヒター=ハーザーは、ドイツ的な深い感情表現を基本としており、正統的でスケールが大きい演奏が特徴だ。このため、得意としていたのはベートーヴェンやブラームスなどの曲であり、特にベートーヴェンは、当時その右に出る者なしと言われるほどの腕であった。ハンス・リヒター=ハーザーが来日した折、このLPレコードに収められたベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番を「自分の一番気に入った演奏」と言っていたそうである。いわば、このLPレコードは、ハンス・リヒター=ハーザーの自薦盤ともいえる録音である。早速ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番を聴いてみよう。ここでハンス・リヒター=ハーザーは、ベートーヴェンに真正面から取り組んでいるのではあるが、そこには少しの気負いもなく、優雅さが溢れるような流麗なベートーヴェン像が現れることに驚かされる。もっとごつごつとしたベートーヴェンが描かれるのでは、と思いきや、そこにあるのは優美な面持ちのベートーヴェンなのである。これは、ベートーヴェンに挑むというよりは、ベートーヴェンを導き入れるような包容力を持った演奏内容なのである。しかし、ベートーヴェンらしい威厳が少しも失われていないのは、これが名人の演奏なのかと感心させられる。これに対して、第4番の演奏は、充分に男性的でスケールの大きいベートーヴェン像が描かれている。懐の深い演奏とでも言ったいいのであろうか。一つ一つのピアノの音の粒が揃い、音色も限りなく美しいのが驚異的でさえある。これら2曲の演奏に共通して言えるのは、表面的な凡庸なベートーヴェン演奏とは、全く無縁の演奏あるということ。ハンス・リヒター=ハーザーの演奏を聴いていると、ベートーヴェンの心の中に入り込み、あたかもベートヴェン自身がピアノを弾いているような新鮮さが滲み出ている。(LPC)