こんな歌がTVで流れていた。これを作詞した人は魚を売り歩いてる様子を見て作詞したと解説していた。作詞した加藤省吾は大正3年(1914年)7月30日生まれ。
何となくもっと昔の話だと思ってたけどこの人は明治でもなく大正生まれ。しかも歌が発表されたのは昭和12年10月だそうだ。まだ昭和の時代に天秤棒を担いで魚を売り歩いてたわけだ。
そう言われてみると自分が子供の頃にも似たような光景はあった。豆腐は豆腐屋さんがラッパを鳴らしながら自転車でやって来る。そうすると鍋を持ったおばさん達がぞろぞろと出てきたもんだ。他にもそんなのは幾つかあった。
その頃の年寄りの話、といっても今の自分より少し上くらいなのかもしれないが、その人の母親だか婆さんが飛行機が飛ぶのを見て自分が生きてるうちにこんなものを見れるとはと言って驚いたそうだ。自分もあとウン10年したらどんな物を見れるんだろうね。でも物はもういいよ、って感じだな。それよりも無理だと思ってた事が色々と解決してまさかこんな良い世の中になるとは、なんて言いたいねぇ。
何となくもっと昔の話だと思ってたけどこの人は明治でもなく大正生まれ。しかも歌が発表されたのは昭和12年10月だそうだ。まだ昭和の時代に天秤棒を担いで魚を売り歩いてたわけだ。
そう言われてみると自分が子供の頃にも似たような光景はあった。豆腐は豆腐屋さんがラッパを鳴らしながら自転車でやって来る。そうすると鍋を持ったおばさん達がぞろぞろと出てきたもんだ。他にもそんなのは幾つかあった。
その頃の年寄りの話、といっても今の自分より少し上くらいなのかもしれないが、その人の母親だか婆さんが飛行機が飛ぶのを見て自分が生きてるうちにこんなものを見れるとはと言って驚いたそうだ。自分もあとウン10年したらどんな物を見れるんだろうね。でも物はもういいよ、って感じだな。それよりも無理だと思ってた事が色々と解決してまさかこんな良い世の中になるとは、なんて言いたいねぇ。
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