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映画監督・吉田喜重が語る日本国憲法に込められた思想
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/29/82c1b0948e98690a0e72698223594da3.jpg)
そこで、参院選では、自民、公明両党に明確な審判をくだすだけでなく、改憲勢力は一人も当選させないという決意が国民に求められているともいえる。この意味では、与党である自民、公明を大きく後退させるだけではすまない。改憲を主張している、あるいはこれまで主張してきた議員、候補者は一切当選させない覚悟がいるように思う。つまり、参院選は自民・公明を野党の議席が上回るだけでは不十分で、改憲勢力を護憲勢力が上回らなければならない。
そのためにも、私は九条の会が大きく発展することを望むし、思想、政治的信条のちがいを超えた憲法改悪反対の一点で一致するさまざまなレベルでの国民の共同が前進しなければならないと強く思うようになった。
吉田喜重が憲法について発言している(憲法メディアフォーラムのサイトから、新聞労連機関紙;3・1)。少し前の発言だが、なかなか含蓄があって面白い。
新聞は「社会の公器」か 2・26事件は私が3歳のときのことですが、当時は軍国主義により、言論、新聞は圧迫されていた時代です。それが民主主義の時代に、なぜメディアを法律で規制しようとするのか。一つはインターネットを含めて、メディアが多様化しているからでしょう。新聞やテレビと異なり、インターネットの世界では容易にプライバシーが侵されていく危険がある。そうした危機意識があるからだろうが、それをもって規制しようとする気配を感じないでもない。 いま一つは、かつての自由民権運動の時代、権力側が言論を弾圧し、それと闘うという明白な対立構造があった。それが軍国主義により、一挙に権力側が言論をすべて掌握してしまった。戦後はその反動として、言論は正しくて、権力はそれを圧迫するという、自由民権運動の時代の構図に再び戻っただけであり、現在に見合った言論の自由を、メディア側が提示しきれていないのではないか。 もちろん新聞、テレビの言論が正しいと考えるのは危険です。新聞は「社会の公器だ」という言い方がありますが、新聞社で働いている人たちは、新聞そのものも資本の論理で動いていることを知っている。つまり、メディアのコマーシャルベースで生きており、一人の人間としての正義の判断で文章を書いているわけではない。日本の新聞の歴史も、まだ150年に満たない。新聞が社会的公器だと、思い込むのは危険です。 メディアの持つあいまいさへの自覚を 書かれている限り、解釈の余地があるのが憲法 |
この吉田の発言にはいろいろな意見があるだろう。だが、「メディアのもつあいまいさ」という指摘、そして解釈される可能性があるのが憲法という吉田の指摘から一度、メディアの役割と日本国憲法の価値を考えてみることも必要なようだ。
私は、別のエントリーでいまは「満を持す」時期といったが、たとえばこの吉田のような視点からも国民が今の状況をじっくり考えぬくことが不可欠だと思う。吉田の言葉を借りていえば「仮にあの憲法に不備があっても、それを守ることによって、平和を維持できるかどうか、それが問題」なのだから。
吉田喜重(よしだ よししげ);福井県福井市生まれ。福井中学から都立城南中学を経て、東京大学文学部仏文科卒業。1955年松竹大船撮影所に入社。木下恵介等の助監督を経て1960年に『ろくでなし』で監督デビュー。大島渚、篠田正浩らと共に松竹ヌーヴェルヴァーグで活躍する。1964年に女優の岡田茉莉子と結婚。その新婚旅行中に、監督6作目の『日本脱出』('64)のラストシーンを松竹に無断でカットされたことで退社。1966年に独立プロ現代映画社を設立する。1973年の『戒厳令』の後映画界を離れ、テレビドキュメンタリーを数多く制作する。1986年に13年ぶりに劇映画『人間の約束』を監督。最新作は『鏡の女たち』(2002年)。2003年にフランス政府より芸術文芸勲章オフィシエ賞を贈られる。(ウィキペディアから)
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張本勲のみた「地獄絵」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/ae/9c3380225aca5561866603abc4f8f71a.jpg)
私がテレビで発言したのを聞いて、「初めて知った」「驚いた」と、反響はすごかったですね。励ましの言葉の多かったですよ。 本当は被爆体験は話したくない。思い出したくもないんです。忘れられるくらいなら、忘れたいくらいです。悲惨な経験でしたからね。(新婦人しんぶん、11・30) |
通算7度の首位打者になったような元プロ野球選手だから、この張本が平和を語ったとしたら、たしかに反響はすごいだろう。その張本はこうして語りはじめたきっかけを明らかにしている。
何年か前、テレビで話したとき、若い人が「戦争なんて関係ない」「そんな歴史を知ったからってどうってことない」と発言したのを聞いて、ハッと我にかえりました。いまの日本は、あの戦争による大勢の人たちの犠牲の上にある。言葉は悪いけれど「人柱」になった犠牲者たちを踏み台にして、この国があるんだということを知ってほしい。もう核兵器というもので、子々孫々まで悲惨な思いをさせたくないと、ポツリポツリ語りだしたんです。 被爆体験をしっかり元気で語り継ぐのは、私の世代が最後じゃないでしょうか。私たちが語り継ぐことによって、核の使用や核戦争を食い止めることができれば、心強いですね。 被爆のことは学校でもきちんと教えるべきですよ。 |
広島に原爆が落とされたとき張本は5歳だったというから、おそらく本人ものべているようにすべてを覚えてはいないだろう。だが、幼い張本の心には平和だった頃の思い出の断片と、一方の極にある被爆時の経験が重なりあい、または離れて、刻みこまれていたのだろう。義務あるいは使命感のようなものを感じながら、その後、高校生のとき弁論大会で話し優勝したという。そのときのテーマは「ケロイド乙女」。以来、話すことは封印したと張本は語っている。
平和だった頃の記憶の対極にあるであろう被爆時の経験とは、張本にとっては地獄絵のようなものかもしれない。「8月6日の平和式典も、われわれのような被爆者こそが出かけていって、核兵器廃絶を訴えなければならないと思っています」と張本は語っている。
この封印された張本の記憶を張本自身に再び蘇らせ、しかも他者に語り継ごうという衝動に張本を駆り立てたのは、先の高校生の発言に端的にみられる、日本における「被爆体験の風化」ともいえるだろう。張本はそのことを、被爆体験者としての他にかえがたい臭覚でもって嗅ぎ取ったのだった。「被爆体験の風化」は、たとえばつぎのような形でも現れている。中川昭一や麻生太郎の核保有発言である。これを契機に核の保有を語るべきではない、これは言論封殺だという議論があった。しかし、考えてみると、核の保有の前提は、まさに兵器としてのそれである。ならば、核保有論とは、被爆国として核兵器廃絶という国際的一致点をつくりあげてきた歴史そのものを否定することにほかならない。いいかえると、被爆の経験もへて、戦後の出発点ともなった二度と戦争はしないという「誓い」をこそ封印するものだといえるだろう。おそらく張本の視界は、これらの政治家の発言をふくめて戦争体験の風化をとらえ、さらにもっと遠くの、彼自身が本来封印すべきだと考えている61年前の8月までを収めているだろう。張本ならば、核保有論議によってまさに地獄絵をふたたび描くことになるのが容易に推測されるからである。
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