首相施政方針
際立つ理想と現実の落差
………………………………………………………………
西日本新聞( 社説)
………………………………………………………………
当たり前のことだが、政治が追い求める理想を見失っては、おしまいである。同時に、きっちり現実を直視しなければ、そもそも政治は始まらない-とも言えるのではないか。
鳩山由紀夫首相が就任後初の施政方針演説を行った。官僚が用意した作文を寄せ集めるのではなく、自らの思いを包み隠さず国民に伝えるという意味で、確かに型破りではあった。
首相は、インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンジーの言葉を引用しながら、政治の理想を高らかに説いた。それは演説の冒頭と結びに用いた「いのちを守りたい」という表現に集約されている。
首相によれば、守るべき「いのち」は多義的である。
働くいのちを守りたいとして「雇用の確保」を喫緊の課題に位置付けたかと思えば、「世界のいのち」や「地球のいのち」に広げ、「核の脅威」「飢餓や感染症」「生態系の破壊」など人類が立ち向かうべき危機や脅威にも目を向けた。
首相が掲げる「友愛政治」に通じる理念なのだろう。理想を語る首相は多弁であった。
では、そんな理想を実現させるため、具体的に何をどうするのか。
厳しい現実と折り合いを付けねばならない政治や政策の課題になると、目新しさは影を潜め、国民が共感するような説得力を欠いた。図らずも、理想と現実の落差を浮き彫りにしてしまった。
例えば「いのちを守る予算」と首相が命名した新年度予算案である。公共事業費を2割近く減らし、社会保障費は約1割増やした。首相は「大きくメリハリをつけた」と自画自賛した。
しかし、歳出規模が過去最高に膨らみ、国債の大量発行で急場をしのぐありさまなのに、「国民が選択した政権交代の成果」だと胸を張って言えるのか。
マニフェスト(政権公約)で「廃止」を明言したガソリン税などの暫定税率は実質維持された。公約の撤回や修正、優先順位の見直しは今後もあるのか。もっと踏み込んで首相は語るべきだった。
危機感が足りないのは、政権中枢を直撃している「政治とカネ」の問題だ。
首相は自身の政治資金問題について「国民に多大な迷惑と心配をかけた」とわびたが、通り一遍の釈明だった。
また、検察の事情聴取を受けた小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体をめぐる問題に一切触れなかったのは、どういうわけか。不自然な印象は否めない。
政権交代の躍動感や高揚感は、すでに過去のものとなりつつある。「あの夏の熱狂」をいつまでも懐かしがっている場合ではあるまい。多くの国民は冷静に鳩山政権を見詰めようとしている。
気高い理想を語るのも結構だが、もっと現実に立脚した問題解決の決意と指針を明快に示してほしい-。
そんな国民の声を首相は率直に受け止め、政権運営の糧としてもらいたい。
2010/01/30付
「西日本新聞朝刊」より転載
際立つ理想と現実の落差
………………………………………………………………
西日本新聞( 社説)
………………………………………………………………
当たり前のことだが、政治が追い求める理想を見失っては、おしまいである。同時に、きっちり現実を直視しなければ、そもそも政治は始まらない-とも言えるのではないか。
鳩山由紀夫首相が就任後初の施政方針演説を行った。官僚が用意した作文を寄せ集めるのではなく、自らの思いを包み隠さず国民に伝えるという意味で、確かに型破りではあった。
首相は、インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンジーの言葉を引用しながら、政治の理想を高らかに説いた。それは演説の冒頭と結びに用いた「いのちを守りたい」という表現に集約されている。
首相によれば、守るべき「いのち」は多義的である。
働くいのちを守りたいとして「雇用の確保」を喫緊の課題に位置付けたかと思えば、「世界のいのち」や「地球のいのち」に広げ、「核の脅威」「飢餓や感染症」「生態系の破壊」など人類が立ち向かうべき危機や脅威にも目を向けた。
首相が掲げる「友愛政治」に通じる理念なのだろう。理想を語る首相は多弁であった。
では、そんな理想を実現させるため、具体的に何をどうするのか。
厳しい現実と折り合いを付けねばならない政治や政策の課題になると、目新しさは影を潜め、国民が共感するような説得力を欠いた。図らずも、理想と現実の落差を浮き彫りにしてしまった。
例えば「いのちを守る予算」と首相が命名した新年度予算案である。公共事業費を2割近く減らし、社会保障費は約1割増やした。首相は「大きくメリハリをつけた」と自画自賛した。
しかし、歳出規模が過去最高に膨らみ、国債の大量発行で急場をしのぐありさまなのに、「国民が選択した政権交代の成果」だと胸を張って言えるのか。
マニフェスト(政権公約)で「廃止」を明言したガソリン税などの暫定税率は実質維持された。公約の撤回や修正、優先順位の見直しは今後もあるのか。もっと踏み込んで首相は語るべきだった。
危機感が足りないのは、政権中枢を直撃している「政治とカネ」の問題だ。
首相は自身の政治資金問題について「国民に多大な迷惑と心配をかけた」とわびたが、通り一遍の釈明だった。
また、検察の事情聴取を受けた小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体をめぐる問題に一切触れなかったのは、どういうわけか。不自然な印象は否めない。
政権交代の躍動感や高揚感は、すでに過去のものとなりつつある。「あの夏の熱狂」をいつまでも懐かしがっている場合ではあるまい。多くの国民は冷静に鳩山政権を見詰めようとしている。
気高い理想を語るのも結構だが、もっと現実に立脚した問題解決の決意と指針を明快に示してほしい-。
そんな国民の声を首相は率直に受け止め、政権運営の糧としてもらいたい。
2010/01/30付
「西日本新聞朝刊」より転載
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます