kosukeのきまぐれWORLD

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アイドル雑記帳 我妻佳代「プライベートはデンジャラス」

2007-06-21 21:59:35 | おニャン子クラブ

我妻佳代「プライベートはデンジャラス」(1987)

最近、ごぶさただったんで、今日はバリバリのアイドルネタ行きます。

アガツマ(というのが、おニャン子ファンの呼び名でした)は、記念すべき、おニャン子オーディション最後の合格者です。もはや夕ニャン終了=おニャン子解散が秒読み段階に入りつつあった、1987年1月、彗星のごとく現れ、もう合格者は出ないんじゃないか、というこニャン子(=おニャン子のファンクラブは「こニャン子クラブ」だったことから、ファンのことをこう呼ぶこともある)の期待を裏切って、会員番号48番として合格したのがアガツマなのです。
ちなみに、我妻って珍しい苗字ですが、法律の勉強した方(私も大学は法学部でした)にはおなじみですよね。民法の我妻栄(この人はワガツマと読みます)先生は大家ですからね。

夕ニャンの中では、はっきり言って、周りの先輩おニャン子に遊ばれてましたが、天然ぼけ系なところもあり、キャラクターとしてはアイドル性抜群で、人気も上昇していたと思います。
ただ、アガツマにとって不運だったのは、すでにおニャン子解散へのステップが進んでいた段階での合格だったことから、ソロデビュー等も含め、おニャン子としての活動期間は極めて限られていたということでしょう。実際、ここで紹介したデビュー曲「プライベートはデンジャラス」のリリースは1987年11月。夕ニャン終了から2ヶ月以上経ってました。当時から、私は、もったいないことだと思ってました。
でも、流石におニャン子パワーはすごかった。デビュー曲はかなりヒットしましたし、テレビ等にもよく出ていました。志村けんのコント番組にも出てましたね。
しかしながら、やはり夕ニャンパワーの後押しがないということは、厳しいことでした。
2曲目以降は、いまひとつ話題にもならず、結局シングル4枚、アルバム2枚を出したところで、デビューから2年経った1999年、結婚→引退ということになってしまいました。おそらく、アイドルとしての活動が順調であれば、こんなに早く引退ということはなかったであろうと、今でも私は信じています。
ちなみに、アガツマは姉がやはりアイドルだった芹沢直美ちゃんです。まあ、アイドルとしての素質は断然アガツマの方が上だったと思いますが。

で、このデビュー曲ですが、なんと言っても、元気ハツラツな曲です。
作詞:谷穂ちろる、作曲:井上ヨシマサ、編曲:武部聡司です。
谷穂さんは、正体不明な作詞家で、おニャン子関連では、河合その子ちゃんの後期の楽曲の詞を担当してますね。それ以外にも、アイドルには幅広く詞を提供しています。
井上さんは、地味ではありますが、やはりアイドルポップスの作曲家ですね。

アガツマは、なんと言っても、声がかわいい!この声は歴代アイドルの中でも上位だと思います。曲が、細切れ系で、声を伸ばす部分がほとんどなく、詞を切って歌うような曲なので、地声のまま歌っている感じなんですが、その地声がかわいいんです。しかも、お世辞にもうまいとは言えないんですが、さすがに昔のアイドル(ごめんなさい、例に挙げっせてもらいますと、大場久美子さんや伊藤つかさちゃんなど)とは違って、リズム感はいい。だから、プッツンプッツンと切れる曲なんだ、と思えば、歌の拙さをあまり感じずに聴けるんですね。
とにかく、かわいさとキャピキャピさ(これって死後ですかね?)を前面に押し出した曲で、アイドル好きには、納得の1曲でした。

如何せん、悔やまれるのは、この曲を夕ニャンで披露した上でリリースしていれば、超ヒットしただろうに、ということと、おニャン子クラブがあと1年続いていれば、アガツマも十分ひとり立ちしてやっていけるアイドル(たとえば、渡辺満里奈級)になれたんじゃないかなあ、ということですね。

それはともかく、おニャン子解散の憂き目を最も受けた形のアガツマよ。最後のおニャン子として、君のことは、みんな忘れないよ。終焉に向かっていた夕ニャンを、最後まで楽しく盛り上げてくれた君に、感謝してるよ。
おニャン子クラブ会員番号48番は、永久に不滅さ。



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1 コメント

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ブログ始めました (あふ太郎)
2007-06-23 19:13:13
オレもブログ始めた!
遊びに来てくれよなw
http://xillist.net/fn/214
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