千鳥足こと博多のおいしゃんの独り言

風土記から「龍宮寺」

本日、土曜日は朝から蒸し暑いです。

そろそろ本格的な梅雨がやってきそうな気配です。

今日は来週からのヒヨカタ作業のお弁当のおかずの作りだめです。

きんぴらレンコンにミートボール(アラビアータ味)豚バラの巻カツ

ちりめん山椒、そして今日の晩のあては冷凍しとったチキンカツば揚げます(^^♪

自分で言うともなんですがこのちりめん山椒が

なかなか良いご飯のおかずになりますと

カツは豚バラ肉ばくるくる撒いてパン粉つけて揚げました。

弁当のおかずにちょうど良いサイズになりますよ。

この話題はここまで。

本日のお話は「冷泉山龍宮寺」のお話です。

龍宮寺は奥の堂の東長寺の向かいにあり、おいしゃんの同級生の家でもあります。

この龍宮寺は大昔は入海の中にある名もない浮御堂やったげな。

ある日、この博多津の海辺に人魚が漂着したと朝廷に知らせが入ったげな。

安倍の大富て言う占い師(陰陽師みたいなとでしょうね)が国家長久の瑞兆であるやら

申し上げるもんで冷泉院とかいう公卿が勅使にたてられ

筑前に下向してきたゲナ。

漂着したとは上西町にあった楊ヶ池のほとりやったて言います。

楊ヶ池は入海が数百年の間に埋まって一部が取り残された池でした。

昔は楊ヶ池神社て言うお堂があったらしいばってんがのちに

若八幡に合祀されて池も無くなりました。

今でも呉服町から明治通りば西さぃ少し歩いたとこに碑があります。

以来、浮御堂は「龍宮寺」て名づけられ勅使冷泉院ばとって

冷泉山ていう山号にしたゲナです。

そしてこのあたりの地名も「冷泉津」て呼ばれるごとなったゲナです。

現在の冷泉町はたまたま近くにあるばってんがこれは昭和41年の

町名町界改正で万行寺前町・櫛田前町・馬場新町・社家町・上祇園町

下祇園町・大乗寺前町・上厨子町・下厨子町・竹若町・上赤間町

上小山町・中奥堂町の一部が一緒になってあたらしゅうでけた町です。

それまでは築港本町の一部ば「冷泉町」てしとりました。

福岡市の町名のつけ方はわけわからんもん。

この風土記の中でも小田部さんが指摘されとります。

有名な連歌師「飯尾宗祇」が九州ば旅行し太宰府やらに行った

「筑紫道行」は有名ばってんが宗祇は博多では龍宮寺ば宿にしたらしいです。

昔は境内で荒神様の祭が行われ参詣者に「人魚の骨の水」ば飲ませよったて言います。

さてこの人魚は結構大きな骨で、実はマンモスの骨ゲナですバイ(^^♪

チャンチャン


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