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雪沼は優しい。
時代遅れで、静かで、品がいい。
この町には住む者を脅かすものが少なく、人は現代的な新製品や開発やブームやキャンペーンや資本の
攻勢から一歩離れたところで暮らしている。今もってスーパーマーケットではなく個人商店の町。
それでは退屈ではないかと都会の者は思うかもしれないが、しかし実はここでの暮らしにはドラマッチック
な起伏もあるし、豊かな感情にも満ちている。派手な激情ではなく、もう少し穏やかで、しみじみとしたもの。
なぜならば人とはもともとそういうものだから。これをノスタルジアと呼ぶべきではない。人の本来の姿への
回帰なのだ。
池澤 夏樹 「解説 しばらく雪沼で暮らす」より 堀江 敏幸 『雪沼とその周辺』所収 新潮文庫
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小説を読んで、その解説を抜粋するなんて、ちょっと礼儀違反のような気がしないでもないが、ああ、これだと思ってしまったのだから、ここは正直に。
徳さんは文学音痴なので、堀江敏幸という小説家の存在を知らなかった。
まして彼が芥川賞、川端賞、谷崎賞の受賞者なんて知るはずもなかった。
たまたま、カイロの出張先で、そこの団体が主催するバザーの出品物が山積みされていて、ちょっと空いた時間に、古本の詰まったダンボール箱を掻き回しててこの本に出会った。
あれ、知らない人だな。薄い文庫本だし、短編集だし、通勤時に良いかなと思って手にしたわけだ。
ぱらぱらとページをめくって、数行を読むと生活の描写が読みやすそうだ。金数十円を払ってゲット。
家に帰って寝しなに読むと、これが良いのだ。
今まで多くの小説からは味わえない雰囲気が醸し出される。
印象を言えば、淡々、じっくり、しっとり、じわじわ、しみじみ、、、、。
徳さんは、七つの作品の中では「送り火」という奴に特にやられてしまった。