蒲田耕二の発言

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マスター焼失

2019-06-15 | 音楽
ロスのユニバーサル・スタジオの火事で約50万曲のマスター・テープが焼失し、保管責任を果たしてなかったというので該当ミュージシャンがユニバーサルを告訴する騒ぎになっている。50万曲とは、確かに驚くべき数だ。貴重な文化遺産が失われた点で、バーミヤンの磨崖仏破壊に匹敵する悲劇だ……と言いたいところだが、ちょっと待てよ。

デジタル化してあるから問題ない、とのユニバーサルの言い分を一方的に支持するワケじゃないが、本当に50万曲のすべてが火事で焼失したのだろうか。こんなに膨大な数のテープが、一度の火事で焼けてしまうかね。

デジタル録音が開発される以前、主に1/4インチ幅の磁気テープを録音メディアに使っていたレコード会社は、マスター・テープの保管場所に頭を痛めていた。LP1枚分だけでも直径25cm、リール込みで厚み1cmほどのテープが2巻。それが毎月毎月、何十巻も溜まり続ける。

場所塞ぎだからと社外で保管すれば、莫大な倉庫代が掛かる上に海賊盤を作られる怖れがある。かといって、会社の経営を回すためには毎月新譜を出さざるを得ない。

そこへ70年代後半、音源をデータ化して小さなテープやハードディスクに保管できるデジタル録音が実用化され、レコード各社は救いの神と飛びついた。磁気テープ上の音楽信号が次々デジタル・メディアにトランスファーされ、オリジナル・テープは破棄された。70年代に一世を風靡したピンク・レディーでさえ、現在アナログ・マスターは1巻も残っていないそうだ。

もっとも、これには場所代の節約だけではなく、さらなる音質劣化防止の意味もある。アナログ・テープは酸化鉄の磁性という不安定の代名詞みたいな代物で信号を記録しているから、構造的に経時劣化を避けられない。テープ・マスターは録音した瞬間から音質劣化が始まり、適切な防止措置を講じないと数十年後には超高音やホールトーンなどの微小信号が失われ、ノイズばかりが増えて使い物にならなくなる。

デジタルだと、録音直後のアナログには劣るが、信号がすべて数値化されるので劣化の進行が止められる。

ユニバーサルの「焼失した」50万曲も、多くは火事の前に既にアナログ・テープは失われていたのではなかろうか。アーティストの許諾を取らずにデジタル・メディアにトランスファーし、オリジナルを破棄していたなら問題ではあるが、会社側の処置としては無理からぬ面もあるように思える。

このニュースで最もショッキングだったのは、ビリー・ホリデイのほぼ全録音が焼失したと報じられたことだ。だが考えてみると、ホリデイやルイ・アームストロングの録音はほとんどがワックスに音を記録する78回転だ。焼失したテープも、多くはメタル原盤やSPレコードからダビングで作成されたものだったんじゃないかね。

ギリシャのレンベーティカなどと違って、アメリカの古い録音はオリジナルのSPが現在も結構残っているようだし、火災に遭ったからと言って、そう悲観したものでもあるまいと考えては呑気すぎる?
コメント
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