古里小泊のブログ

古里周防大島町小泊から発信。写真付きで日記や趣味を書く 写真はクリックで大きく表示gooブログ

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早いものです

2014-10-19 11:54:08 | 母の介護

 今日10月19日は母の3七日でした。早いものですね。微笑みを浮かべた遺影を見ながら仏壇に手を合わせると今にも語りかけてきそうです。69年(昭和20年2月)ぶりの父との再会がかなったか気がかりです。井村家の過去帳を見ると私が見送ったのは4人(順に父嘉一,祖父庄次郎,祖母ナツ,母達也『男の名前ですが次回男児の出産を願っての事と聞きました:願はかなったのですが』)

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母の2七日です

2014-10-12 10:09:55 | 母の介護

 母が亡くなって早2週間、今朝8:30から若院による読経で2七日を済ませました。
 読経後の説法で、略して話しますと亡くなる直前では目は駄目でも話は聞こえるとの事(一昨日の永代経法要の講師が中国で血圧30迄下がった時に経験したとの事)、母に語りかけなかった事が残念でなりません。

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寂しさが。

2014-10-07 20:03:19 | 母の介護

 母が逝去して1週間が経過しました。今日女房が大阪に帰り(膠原[こうげん)]病で治療の為:近辺に専門医がいません)今日から一人住まいです。食後の跡始末をして母の遺影写真を眺めていると生前の面影を思いだし涙こそでませんが今にも声をかけてきそうな気がします。逝去時の暖かいほっぺの感触,出棺時の額の感触,最後のお別れ時の眠るが如き素顔が目に浮びます。肉親の最後の別れってせつないですね。
 話は変わりますが、相続の手続きで困惑しています。

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やっと落ち着きました

2014-10-06 08:58:29 | 母の介護

 9月29日入院中の母が享年95歳(数え年)で浄土に行きました。葬儀に続いて昨日初七日を済ませました。その間気の休まる事もなく、体調もすぐれず(毎日毎日が朝の血圧が175前後で絶不調)過ごしましたが、今朝は以前の体調に戻り爽やかな朝を迎える事が出来ました。10月8日ぐらいからホームページの更新を始めたいと考えています。今後小泊と大阪の妻との二重生活を解消する事を考えなければならず、目途が立っていません。今は母の三回忌までは小泊の生活を続けるつもりでいます。

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珍しい写真を見つけました

2014-09-10 10:53:52 | 母の介護

 母の入院で身辺整理をしている時に懐かしい写真を見つけました。因みに私はもっていません。
Photoこれは、私の結婚式前日くらいに撮られたものです。女の子が従妹(埼玉県在住),男の子が双従弟(香川県在住)です。場所は、我が家の東隣石垣は当時の河原(幅2m弱?:子供の頃飛び超えられるか否か争った記憶があります)で今は暗渠になっています。 河原の向こうにイリコ釜(東原の鰯網)が見えます。今は2人とも当時の面影もありませんので生写真です。右のオッチャン(逝去した和泉進さんのおやじさん)も既にいません。オッチャンの前は石橋です。左の納屋の前(右)は砂浜でしたが、台風にも流される事はありませんでした。今の民宿こどまりは納屋当たりと思います。右の建屋は今はありませんが、多分網等の手入れや置き場として使用(一度も入った事がありません)されていたのかもしれません。

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3台目のLED照明

2013-03-26 07:32:01 | 母の介護

 お袋の部屋お照明器具は30年来の蛍光灯で、腰の曲がったお袋はプルスイッチに長い紐を結びON-OFFしていました。そろそろ蛍光灯も変え時と思っていましたが、この際LED照明と思い3台目のLED照明器具を購入し昨日取り替えました。リモコン操作で長い紐も不要の上明るいと昨夜は、点けたり消したりして喜んでいました。これで良く利用する台所,私の部屋,お袋の部屋と3台がLED照明になりました。

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老母の楽しみ

2006-05-29 19:56:24 | 母の介護

 3月に買ってきた釣鐘草がやっと咲きました。母の楽しみの一つです。花を愛でる気持ちの他に仏壇に飾る花が欲しいようです。見習いたいとは思いますが、仏壇に手を合わせる前に瓶(中身は内緒)に手が出ます。

060526

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眼科通院

2006-05-22 20:52:51 | 母の介護

 昔『トラコーマ』という目の病気があった様で、母は50年来の目の疾病を抱えています。過疎地の常で、内科,外科,整形等の診療は総合病院で診察できますが、歯科,眼科,皮膚科等は延々車で片道1時間の通院になります。毎月の通院ですが、病院が柳井市にあり都会の息吹に接する機会になります。本屋,電気店,ホームセンター,酒のディスカウント等の利用も同様です。吉幾三の歌にこんな生活が歌われていたっけ。

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介護保険制度の御かげです。

2006-05-15 09:00:18 | 母の介護

昨年7月から母(86歳)が介護保険の受給認定が認められました。高槻在住の頃、当時の母と比較してこの人が受給??と審査を疑ったものですが、こうして母が認可されと、介護を兼ねた帰郷とは言え男では出来ない事もあり改めてありがたさが判ります。現在1回/週の入浴ディサービス(9~16時),1回/週の自宅入浴介護(15~16時),1回/週の母の衣類に限っての洗濯&母居住域の掃除(9~10時)です。この介護を見て今年から一人仲間が増えました。母が受給申し込みをしたきっかけは、5ヶ月の入院を経て退院まじかに、病院側のアドバイスがあってのことですが、当初は嫌がっていました。ディサービスに行く毎に友達も増え、また自宅介護のヘルパーさんが気心の知れた人を指名できた事で、安心したようです。人のお世話になるのを恥と思う昔かたぎな本人では、ななかなか出来ないものです。やはり家族が気を利かすべきでしょう。一人住まいで車がない人にたいしては、買い物代行(1回/週)等も認められています。

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老母の仕事

2006-05-10 19:33:57 | 母の介護

 86歳の母の介護の為に帰郷とは言え、食事作り,野菜の植え付け,自身の衣類洗濯,風呂焚きは母の責任です。食事素材購入,野菜の植え付け床の耕しと収穫,蜜柑栽培は小生がやります。頭を使う仕事,家の中で出来る仕事,手を使う仕事は,私がやってやれない事はないのですが、母のボケ防止もあって取り上げない様にしています。繁忙期には、蜜柑の選別もやってもらいますが目の衰えだけは、如何ともしがたい様です。

3年前に帰郷しましたが、帰郷当時は入退院の繰り返しでした。一人住まいの食の細さがあったと思います。最近は食も進みすっかり元気になりました。やはり家族と一緒に住む事が大切、さりとて都会では家族以外の話相手がいなく、老けが早いとも聞きます。

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