久々のUO記事。
今までの総集編みたいな。
あまり威張れることじゃないけど、俺はPCゲーというジャンルにおいてなら、
和物も洋物もきっとたいていの廃人ゲーマーよりもよっぽどたくさんのゲームをプレイしてきた。
そんな中にあっても、MMORPGというジャンルを一般的なものにしたUOは、俺にとっても特別なゲームだ。
6年も続いたゲームは他にないから。
MMORPGが一般的になり、毎年たくさんの大作がリリースされる今日でも、UOを超えるMMORPGは未だないと感じてる。
UOがリリースされたのは1997年であり、MMORPGというジャンルが一般的ではなかった時代。
ただその概念ははるか昔からゲーマー達の憧れであり、理想像ではあったはずだ。
インターネットが普及するにつれ夢の想像図が実現可能となった時代に、UOは誕生した。
当初UOは"仮想世界"として構築された。
MMORPGというジャンルが一般的になった今日では、新作はやはり"ゲーム"として設計されている。
UOと他のMMORPGの最大の違いはそこだなと思う。
UOは果てしないポテンシャルを秘めたゲームだった。
裁縫・鍛冶・料理などの多彩な生産スキルがあり、それらはこの世界に住む全ての住民に干渉し得る要素だった。
たいていのMMORPGはレベル上げの為だとか、狩りの為だとかでログインして、それ自体がプレイの目的だ。
でもUOは違う。 UOはある意味"生活ゲー"だった。
仮想世界といわれた所以の一つかもしれない。
数年以上プレイしてる人に多いような気がするが、全く戦闘行為と縁を持たずに過ごしてる人もそれなりにいる。
内職したり商売したり、家のデザインや内装して、流行のファッションを追ったり。
UOは生産すると、自分の銘を刻むことができる。
だからその道を極めると、たいていのサーバーには代表的な生産メーカーがあった。
例えば俺のいたSakuraでは、総合デパートとしてメロンパンナというブランドが有名だったし(個人ではなくグループ運営であった)、
何を買うにもとりあえず人々は「めろぱんとかは?」「めろぱん探してみれば?」みたいな会話があった。
戦闘用の防具特化としては、ちびっつというメーカーが有名であった。
アクエリアスって職人さんも有名だった気がするけど、まぁ俺はあまりこの分野には詳しくない。
生産なんてほとんどやってないUO生活だったから。
ただ、時代により流行ブランドが移り変わっていったのはなんとなくわかった。
UOはその自由度の高さから、スポーツまで生み出された。
バッグボールと呼ばれ、ヨーロッパで生まれたんだったかな?
バスケットボールによく似たルールで、3on3や2on2、または1on1でやるゲーム。
観戦も熱かったし、大会もよく開催されてたし、このユーザー同士が作ったスポーツはしまいには公式にコートまで作られてしまった。
大会に出るようなチームや選手は確かに"プロ"であったし、スポーツマンであった。
ちなみに、俺もこの極めて平和的なスポーツの大会に飛び入りで1on1部門で出場し、なおかつ優勝したことがある。
ただそれはビギナー選手だけが出場する部門であり、その後に"プロ"と試合してみた時は全く歯が立たなかった。
街を歩けば道端で行商人が声高に商品の叩き売りをしていたし、一発芸や曲芸を見せる大道芸人のようなエンターテイナーもいた。
酒場を溜まり場にしてるギルドもあったし、毎日変わらぬ面子とポジションで井戸端会議に花を咲かせる婦人集団もいた。
どこかで死んだまぬけが助けを求めて走り回ってるのも、ケンカしてるやつや詐欺られた~って泣いてるやつも日常茶飯事。
有名人が街にきてファンや見物人に囲まれてたことや、道端で通行人にキリスト教の説法をして宗教活動ということでGMに注意されるやつもいた。
そして、これら以上の要素と自由度がUOにはあった。
まったり生活ゲーいってもいいぐらい、戦闘以外の遊びの懐が広かったし、確かな生活感も存在した。
ただ、どちらかというと少数派な存在ではあるが、UOを対人・戦争ゲームとして楽しむやつらもいた。
一口に対人戦といっても、これにもまたジャンルがある。
PITとよばれる闘技場で行われる1on1は、あらゆる対人戦の基礎である共に非常にスポーツマンライクな人も多かったし、
このPITでのDuelを専門的に行う人をDuelistと呼んだ。 戦争とはまた違う、精密な読み合いやテクニックなどが必要であった。
Duel大会もよく開催されたが、一流のDuelistがPITの外での実戦でも一流かどうかは一つの疑問ではあった。
しかし、何もやってない人に比べればやはり段違いに強いし、また、戦争やPKで名が売れた人であっても、
PITでのDuelで専門家のDuelistに勝てるかどうかも疑問であった。
求められるテクニックが違うかったし、この関係は現実の格闘スポーツなどとよく似ている。
UOは対人戦が主流なゲームではないので、対人戦テクニックというのは一つの特殊技能だった。
熟練したPvPerなら、装備がいいだけの素人相手になら1on10でも負けないだろう。
また、スポーツ的に"実戦"を楽しむために、"仮想戦争"なるものも流行った。
ある決められた舞台で、決められた参加ギルドが、決められたルール内で行うものである。
Duelよりも実戦的ではあるが、これもスポーツマンライクな人が多かったし、またやはり実戦とは違うテクニックを要した。
"実戦"のことを、一口に"圏外戦"と呼んだ。 街周辺のガード保護圏の外で行われるからである。
仮想戦争やPITでのDuelは、公平にバランスのとれた対人戦を楽しむ為にルールと禁じ手・制約がある。
負けても相手に持ち物を奪われたりもしない。
しかし、圏外ではルールなんてない。 何でもありだ。
死んだら当然持ち物は全て奪われるし、勝てば奪える。
大抵の圏外戦はPKに襲われることか、もしくは逆にPKを討伐するという形で始まる。
紛れもなく圏外戦がUO対人戦における、"実戦"なのである。
それと、もう一つの"実戦"はギルド間抗争だ。
これは面白いもので、他の戦争系MMOと違うのは、UOの場合は各勢力が完全にプレイヤーコミュニティーである点だ。
つまり、他のギルドに同盟を要請したり、相手ギルドに味方となるギルドがつかないように工作したり、
ギルド同士の同盟関係がからみあうと、同盟が同盟を呼び、大きな戦争となってしまうこともある。
そして俺は、圏外戦とギルド間抗争、つまりいわゆる"実戦"の専門家だったのだ。
相手ギルドと工作し合い、自軍の味方を増やし敵の味方を減らす為に嘘宣伝もしたしされたし、騙し合った。
相手ギルドと開戦寸前の緊張状態にあるときに、参謀のVirginia君と宣戦布告か奇襲か講和かを相談した。
絶対に、この開戦前夜の緊張感と工作合戦は他の戦争系といわれるMMORPGでは味わえないものである。
このように、UOは人によっては職人さん、デパート経営、または冒険者、トレジャーハント、そしてスポーツマンとなりえたが、
また人によっては兵士・戦闘員、PKやPKK、またはDuelistなどになりえた。
しかしどれでも言えるのは、どんなプレイスタイルの人でも本腰を入れるものがあったはずで、
その本腰を入れたものが生産でも商売でも芸人でもモンスター狩りでもバッグボールでもDuelでも戦争でも、
それぞれがそれぞれの"実戦"であったはずなので、それが故に人によってはUOは全く別のゲームとなった。
家のカスタマイズや内装のプロの飾り付けは芸術的といえるぐらいだし、コインアート職人の作品もずっと残しておきたくなる。
PvPerってだけでちやほやされる時もあったし、俺にとっては生産系なんていまだに未知の領域。
様々なジャンルのエキスパートが一つの世界を共有したゲームだったのである。
長い前置きだった。
不定期連載で、UO回想シリーズとしていくつか俺のUO生活の軌跡を書いていってみようと思います。
時系列順に書くかどうかは不明だけど、とりあえず思いついた事象ごとに書いていくだろう。
俺も、あの頃はだいぶUO中心の生活送っていたぜ。
寝るときは必ずPCの前で浅い眠りに就いて、IRCで「@襲撃!」とか「ヘルプ@@@」とかで呼び出されたらすぐに起きて駆けつけたもんだ。
よくアジトが襲撃されるギルドだったのだ。
>>サンコンのいた頃~のUnknown
もちろん触れるだろうね。
KDK時代の最初の戦闘員はサンコンだから。
KDKの戦闘部隊は当初、Dancho-、Snake、Sankon、yuznの4人だったのさ。
>>ゆずん
よろすく頼む。
君も最初の戦闘員の一人だったね。
ゆずの黄金時代を描写してやるぜ。
>>pes
KDK以前の話にはまぁちょっとは触れるだろうけど、
面白いもんじゃないと思うぜ。
KDK以前はAsukaにいたけど、Sakuraと違って一般的な普通のありふれた生活を送っていたから。
KDK時代が俺の全盛期でもあるし、今回のメインになるだろうね。
KDK解散後の活動はこのブログでリアルタイムに記事として書いてるしね。
>>CoHのUnknown
そうそう、俺らもお互いに潰す気でやってた。
あの頃は何をするにも本気だったなぁ。
だからこそあんなにのめりこんだし、本気で悔しがったし、そして今思い出すと面白いんだろうね。
UOでは戦争だの対人だのを求めたけど、だからといって他の戦争系MMOに魅力を感じるわけじゃない。
やはりそういう設計のゲームは戦争が前提であるわけで、最初から決まってる戦争なんだよな。やらされてる感じだ。
UOの戦争はユーザー同士の対立から引き起こるから面白いし、完全に非日常的なのも魅力だ。
様々なジャンルのエキスパート~ってのは上記の部分も含めて、色々な意味を込めて書いた。
>>(^w^)
特にMMOだと社会性があるしね。
人間関係で泥沼にはまっていくのも魅力の一つ。
当時としては精神的にきつかったけど、今となっちゃね。
このへんも色々書くかもしれない。
>>まってました。
全て読むとは、なんか嬉しい。
俺はUOでは数年間KDKというギルドを率いていて、その時が最盛期だったと思うんだけど、
このブログ自体KDKを解散してからさびしさを紛らわす為に作ったものなんで、
これからはブログができる以前のKDK時代のことを主に書いていこうと思います。
>>一番下のUnknown
桜は盛り上がってたな。
間違いなく、日本シャードで一番盛り上がっていただろうって時期もあった。
懐かしいが、あの時代が戻ってこないからこそ振り返ろうって気になるんだろうね。
あの頃は桜も盛り上がってたよな
Sakuraシャードの他の人のblog見てかなり知識ついたわ。
楽しめるのがいいよね(オンラインゲーはだいたいだけど^^;
でもこういうゲームは結構その人と交流を深めたりいろんなことができるもんなぁ
まさに別の世界?があるというのだろうかw
こういうゲームはこういうゲームであってほしいと感じた。
UO初期~6年間Playしてたのだけど、
初期の戦争ではどのギルドも本気で相手を潰すつもりで楽しかったよ。
その分罵詈雑言も飛び交うドロドロした世界だったけどね。
口にするとアレだけど、ゲームに人生賭けてるっていうか違う人生を生きてる、みたいな?w
とまぁPvPメインでやってた俺も
『様々なジャンルのエキスパートが一つの世界を共有したゲームだったのである。』
これだから最高に楽しかったんだなと思う。
UOほど遊び要素満載なゲームはないやね。
今のMMOプレイヤーにUOって言っても通じなさそうだな
個人的にはKDK時代とそれ以前に期待。
やりたくなってきた・・・(´・ω・`)
KDK初期の頃のことは俺結構覚えてたりするんで、曖昧なとこは聞くといいよ
時間のあった時なら間違いなくはまっていたな。
でも元々はUOブログだったんだぜ。
>>桃タン
よお。
一度やってみたかった・・・・反省してます