才蔵は見知らぬ老婆の問いかけに、「えっ、何か」と聞き返した。
老婆は最前、才蔵の存在に明らかに驚いていた。
何が老婆を驚かせたのだろう。
何が何やら。それほど驚くことなのだろうか。
老婆は表情を消した。
「知り人に、あまりに似ていたもので驚いた」
「ほう・・・。婆さんはどこの村の者だい」
才蔵の問いを無視して、逆に尋ねてきた。
「貴方の名は」
才蔵は、「中山才蔵」と答えながら、
前にもこういう遣り取りがあったのを思い出した。
あの時は場所は鞍馬で、相手は白拍子だった。
「どこの生れなの」
「この先の高麗」
「高麗の中山家ね」
「いかにも」
老婆は満足そうに頷くと、これ以上は無用とばかりにソッポを向いた。
才蔵は梯子を外された思いにとらわれた。
今の会話に何の意味があるのだろう。
あの白拍子といい、この老婆といい、何を考えているのだろう。
新たな騎馬が接近していた。
一騎だ。
勢いよく駆け上がってきた。
こちらが視界に入ったらしい。
警戒して手前で馬を止め、様子を窺う。
佐助が相手を見て、「小太郎殿」と声を上げた。
知り合いらしい。
先方も佐助を見て安心したのか、警戒を解いて馬を寄せてきた。
佐助が才蔵と小太郎を引き合わせるより先に、老婆が割り込んできた。
「小太郎ではないか」
声の主を見て小太郎が目を丸くした。
「これは於福殿、ようくご無事で」
「あれくらいで殺されはせん」
小太郎が老婆と他の者達を見回した。
「お仲間で」
「まさか。偶然ここで一息入れてるだけだ。お主は」
「一揆勢と聞いて駆け付けて来ました」
於福と呼ばれた老婆の目が光った。
「すると、あやつ等も居るのか」
「御代官の世話になっているので、見知らぬ振りは出来ぬでしょう」
その時だった。
いきなり黒犬の黒太郎が天高く雄叫びを上げた。
黒太郎は四肢を踏ん張り、喉も張り裂けんばかりに雄叫びを上げた。
獰猛な雄叫びが、一瞬だが狐狸達のポンポコリンを切り裂いた。
それは夜空に長く糸を引くように響き渡り、山々に木霊した。
以前であれば率いていた群れの犬達が呼応した。
しかし今、黒太郎はただの一匹でしかない。
率いていた群れは、縄張りに侵入してきた魔物達と戦い、壊滅した。
生き残ったのは深傷を負った黒太郎のみ。
狐狸達の雄叫びに誘われ、後先を考えずに駆けて来た。
来てみれば、眼下から微かにだが異な気配が漂ってきた。
あの夜の魔物達に似た気配だ。
生きているのか、死んでいるのか、判然とせぬ気配。あれに違いない。
予想せぬ遭遇に全身が総毛立ち、怒りがいきなり頂点に達した。
背中の赤ん坊が耳元に口寄せ、囁いた。
「行こうよ」
依存はない。
一緒にいる老婆は好かぬが、この赤ん坊は気にいっていた。
今や一心同体。まるで兄弟のような感じがした。
黒太郎は跳ねるように駆け出した。
手足の力が弱く、跨がるのも無理な筈の赤ん坊だが、
振り落とされるような事はない。
余裕を持って背中でなりゆきを楽しんでいた。
小太郎は、黒い犬の後を追おうとする於福を呼び止めた。
「どうするつもりですか」
「それは犬に聞いとくれ」
それだけ答えると於福は黒犬を追って駆け出した。
敵だが何故か憎めない老婆だ。
孔雀の頼みで鎌倉から老婆を追跡して来たのが悔やまれる。
出会いが違っていたら仲間になれただろう。
於福を追うように、「我等も行くぞ」と才蔵。
家中の者達、騎馬十騎と徒十五人を引き連れ、峠道を駆け下った。
小太郎も佐助と後を追う。
佐助に馬を並べ、ぴょん吉に尋ねた。
「今の老婆と赤ん坊をどう思う」
「普通、死んだ瞬間に魂は身体から切り離される。
だけど不思議な事に、あれ達は己の死んだ身体に居座っている。
承知の上なのか、単なる偶然なのか、それとも、・・・天の配剤なのか。
まあ、敵には回したくはないな」
「犬は」
「あれは魔物じゃない。しかし、強さは魔物と互角だろう」
ヤマト達は砦の向かいの、道を挟んだ森に身を隠した。
一揆勢の鉄砲隊、弓隊の矢弾から慶次郎達を守るためだ。
慶次郎の他には十五人。
真田親子、新免無二斎、吉岡藤次、孔雀、神子上典膳、善鬼等がいた。
これに若菜と狐狸七匹。
赤狐と緑狸を先頭に、獣道を奥へ奥へと移動した。
不意に、狐狸達のポンポコリンを切り裂き、夜空に雄叫びが響き渡った。
怒りと悲壮感が入り混じった犬の遠吠えだ。
ヤマトは哲也に、「この遠吠えに聞き覚えは」と尋ねた。
「この辺りには群れを率いる山犬がいるそうだ。もしかすると、それかもな」
哲也の言葉にポン太が頷いた。
「聞いた事がある。かなりの暴れ者らしい」
「そいつが動くのかな」
ヤマトの疑問に哲也が、「そうなったら、どうする」と逆に聞き返した。
若菜が割って入った。
「敵に回れば叩き潰すだけよ」
傍に孔雀がいるせいかどうかは知らないが、やけに攻撃的だ。
日頃の若菜からは考えられない。
天狗の娘と、尼僧の方術師では相性が悪いのだろうか。
慶次郎達は森の奥に埋伏した。
一揆勢を誘い込んで戦うつもりでいた。
しかし、一揆勢は森の中にまで追ってはこない。
慎重に森の手前に陣を敷き、奇襲を警戒して篝火を焚いた。
そして鉄砲隊と弓隊が、いつでも矢弾を放てるように隊列を組んだ。
魔物の部隊は離れた所で静観。
状況次第で駆け付けられる場所を選んで陣を敷いていた。
慶次郎が、「追っては来ないな」と落胆の声。
深い森に誘い込み、同士討ちさせようと目論んだか不発に終わってしまった。
だからといって、こちらからは攻められない。
森から飛び出せば、矢弾の的だ。
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これで199回。200も目前。
ここまで長くなるとは、我ながら呆れています。
文章作法も知らずに、ここまで来ました。
(まあ、知らない者の強みかな)
とにかく、物語進行より文章の組み立てが気になります。
でも、あまり拘ると先へ進めません。
水曜と日曜を締め切りと決めて、毎回見切り発車です。
(読みづらい箇所があったら御免なさい)
それではラストまで、よろしくお付き合いください。
老婆は最前、才蔵の存在に明らかに驚いていた。
何が老婆を驚かせたのだろう。
何が何やら。それほど驚くことなのだろうか。
老婆は表情を消した。
「知り人に、あまりに似ていたもので驚いた」
「ほう・・・。婆さんはどこの村の者だい」
才蔵の問いを無視して、逆に尋ねてきた。
「貴方の名は」
才蔵は、「中山才蔵」と答えながら、
前にもこういう遣り取りがあったのを思い出した。
あの時は場所は鞍馬で、相手は白拍子だった。
「どこの生れなの」
「この先の高麗」
「高麗の中山家ね」
「いかにも」
老婆は満足そうに頷くと、これ以上は無用とばかりにソッポを向いた。
才蔵は梯子を外された思いにとらわれた。
今の会話に何の意味があるのだろう。
あの白拍子といい、この老婆といい、何を考えているのだろう。
新たな騎馬が接近していた。
一騎だ。
勢いよく駆け上がってきた。
こちらが視界に入ったらしい。
警戒して手前で馬を止め、様子を窺う。
佐助が相手を見て、「小太郎殿」と声を上げた。
知り合いらしい。
先方も佐助を見て安心したのか、警戒を解いて馬を寄せてきた。
佐助が才蔵と小太郎を引き合わせるより先に、老婆が割り込んできた。
「小太郎ではないか」
声の主を見て小太郎が目を丸くした。
「これは於福殿、ようくご無事で」
「あれくらいで殺されはせん」
小太郎が老婆と他の者達を見回した。
「お仲間で」
「まさか。偶然ここで一息入れてるだけだ。お主は」
「一揆勢と聞いて駆け付けて来ました」
於福と呼ばれた老婆の目が光った。
「すると、あやつ等も居るのか」
「御代官の世話になっているので、見知らぬ振りは出来ぬでしょう」
その時だった。
いきなり黒犬の黒太郎が天高く雄叫びを上げた。
黒太郎は四肢を踏ん張り、喉も張り裂けんばかりに雄叫びを上げた。
獰猛な雄叫びが、一瞬だが狐狸達のポンポコリンを切り裂いた。
それは夜空に長く糸を引くように響き渡り、山々に木霊した。
以前であれば率いていた群れの犬達が呼応した。
しかし今、黒太郎はただの一匹でしかない。
率いていた群れは、縄張りに侵入してきた魔物達と戦い、壊滅した。
生き残ったのは深傷を負った黒太郎のみ。
狐狸達の雄叫びに誘われ、後先を考えずに駆けて来た。
来てみれば、眼下から微かにだが異な気配が漂ってきた。
あの夜の魔物達に似た気配だ。
生きているのか、死んでいるのか、判然とせぬ気配。あれに違いない。
予想せぬ遭遇に全身が総毛立ち、怒りがいきなり頂点に達した。
背中の赤ん坊が耳元に口寄せ、囁いた。
「行こうよ」
依存はない。
一緒にいる老婆は好かぬが、この赤ん坊は気にいっていた。
今や一心同体。まるで兄弟のような感じがした。
黒太郎は跳ねるように駆け出した。
手足の力が弱く、跨がるのも無理な筈の赤ん坊だが、
振り落とされるような事はない。
余裕を持って背中でなりゆきを楽しんでいた。
小太郎は、黒い犬の後を追おうとする於福を呼び止めた。
「どうするつもりですか」
「それは犬に聞いとくれ」
それだけ答えると於福は黒犬を追って駆け出した。
敵だが何故か憎めない老婆だ。
孔雀の頼みで鎌倉から老婆を追跡して来たのが悔やまれる。
出会いが違っていたら仲間になれただろう。
於福を追うように、「我等も行くぞ」と才蔵。
家中の者達、騎馬十騎と徒十五人を引き連れ、峠道を駆け下った。
小太郎も佐助と後を追う。
佐助に馬を並べ、ぴょん吉に尋ねた。
「今の老婆と赤ん坊をどう思う」
「普通、死んだ瞬間に魂は身体から切り離される。
だけど不思議な事に、あれ達は己の死んだ身体に居座っている。
承知の上なのか、単なる偶然なのか、それとも、・・・天の配剤なのか。
まあ、敵には回したくはないな」
「犬は」
「あれは魔物じゃない。しかし、強さは魔物と互角だろう」
ヤマト達は砦の向かいの、道を挟んだ森に身を隠した。
一揆勢の鉄砲隊、弓隊の矢弾から慶次郎達を守るためだ。
慶次郎の他には十五人。
真田親子、新免無二斎、吉岡藤次、孔雀、神子上典膳、善鬼等がいた。
これに若菜と狐狸七匹。
赤狐と緑狸を先頭に、獣道を奥へ奥へと移動した。
不意に、狐狸達のポンポコリンを切り裂き、夜空に雄叫びが響き渡った。
怒りと悲壮感が入り混じった犬の遠吠えだ。
ヤマトは哲也に、「この遠吠えに聞き覚えは」と尋ねた。
「この辺りには群れを率いる山犬がいるそうだ。もしかすると、それかもな」
哲也の言葉にポン太が頷いた。
「聞いた事がある。かなりの暴れ者らしい」
「そいつが動くのかな」
ヤマトの疑問に哲也が、「そうなったら、どうする」と逆に聞き返した。
若菜が割って入った。
「敵に回れば叩き潰すだけよ」
傍に孔雀がいるせいかどうかは知らないが、やけに攻撃的だ。
日頃の若菜からは考えられない。
天狗の娘と、尼僧の方術師では相性が悪いのだろうか。
慶次郎達は森の奥に埋伏した。
一揆勢を誘い込んで戦うつもりでいた。
しかし、一揆勢は森の中にまで追ってはこない。
慎重に森の手前に陣を敷き、奇襲を警戒して篝火を焚いた。
そして鉄砲隊と弓隊が、いつでも矢弾を放てるように隊列を組んだ。
魔物の部隊は離れた所で静観。
状況次第で駆け付けられる場所を選んで陣を敷いていた。
慶次郎が、「追っては来ないな」と落胆の声。
深い森に誘い込み、同士討ちさせようと目論んだか不発に終わってしまった。
だからといって、こちらからは攻められない。
森から飛び出せば、矢弾の的だ。
★
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ここまで長くなるとは、我ながら呆れています。
文章作法も知らずに、ここまで来ました。
(まあ、知らない者の強みかな)
とにかく、物語進行より文章の組み立てが気になります。
でも、あまり拘ると先へ進めません。
水曜と日曜を締め切りと決めて、毎回見切り発車です。
(読みづらい箇所があったら御免なさい)
それではラストまで、よろしくお付き合いください。
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