藤次は血相を変えた慶次郎の手を拒めなかった。
あっさりと鬼斬りを手放した。
慶次郎は毟り取るように奪った鬼斬りを睨み付けた。
両手で持って膝に打ち当て、へし折ろうとした。
しかし、その程度で折れるわけがない。
どうしようかと考えている時に戦況が動いた。
隊列を組み直した魔物の軍勢ではなく、その後方からだった。
麓の一揆勢から法螺貝が吹き鳴らされた。
新たな布陣でゆっくり前進して来た。
彼等も大花火を警戒してか、間隔を広く取っていた。
先頭は鉄砲隊と弓隊。ヤマト等を矢弾で撃退するつもりらしい。
力勝負であればヤマト等にも戦いようがある。
しかし、遠間から矢弾を放たれては打つ手がない。
ことに身体の大きい慶次郎等、人間は的になり易い。
狐狸達には防御の「気の盾」があるが、盾を張れる時間には限りがある。
気の質量にもよるが、そんなに長時間は使えない。
どうやら大軍との戦いには向かないようだ。
ヤマトは秀家に、「豪姫を砦に運び介抱しろ」と指示した。
秀家は言葉の意味を理解したのか、ムッとした顔。
ここで砦に退いては武家の面目が失われると思っているらしい。
慶次郎が言い添えた。
「豪姫が目を覚ませば再びここに戻ろうとするだろう。
それを止められるのはお主だけだ」
秀家は渋々と応じた。
豪姫を抱きかかえて立ち上がった。
無念そうに、みんなに一礼してから砦へと足を向けた。
鬼斬りを藤次から毟り取った慶次郎だが、戦況の推移に、
再び鬼斬りを藤次に「預けて置く」と戻した。
そして足下の槍を拾い上げ、敵勢を見据えた。
長巻き「鬼斬り」よりも槍の方が性に合うのだろう。
藤次はというと、嬉しそうに鬼斬りを振り回し始めた。
遣い心地を試しているらしい。
流石は京の兵法家「吉岡流」の息子。
鬼斬りは柄が長いが僅かの間に掌中のものとした。
ヤマトは他の者達を見回した。
「怪我してる者は砦に戻り、守りを固めろ。
命の惜しくない者は俺に続け」
坂東に乗って峠道を駆け上る佐助の耳に、聞き慣れた音が届いた。
銃声の音が途絶え、代わって「ポンポコリン」の腹鼓。
聞き間違えようがない。赤狐・哲也と緑狸・ポン太の仲間達だ。
狸達の腹鼓に合せて、狐達が木切れを打ち鳴らしていた。
後ろに相乗りしている伏見の狐・ひょん吉が得意そうに言う。
「当たりだったな」
峠道を上りきった。
峠道を上りきると道幅の広い場所に出た。
崖の上になっていて視界を遮る樹木がない。
八王子方向がよく見渡せた。
遠くに見える町灯りが八王子に違いない。
八王子の右手の山奥、甲斐との国境の灯りは、おそらく篝火。
あの辺りの湯治場に主人・真田幸村と一行が居る筈だ。
ただ、篝火が焚かれる理由が分からない。
何があったのだろう。
そして下を見れば砦のある辺りに篝火が焚かれていた。
その手前には無数の松明。それが波のように砦方向に動いていた。
どうやら一揆勢は砦の攻略に手間取っているらしい。
戦火は湯治場まで広がっていないと知り、とりあえず一安心した。
中山才蔵は率いて来た者達を休ませた。
霧隠れの里の実家を発つときに父が、「念のため八王子まで同行させる」と、
強引に十騎と十五人を貸してくれた。
いずれも中山家の手練れ者ばかり。
一休みさせて発とうとした時だった。
後方から怪しげな気配が近付いて来た。
坂道を駆け上がって来たのは大きな黒犬。
それも背中に赤ん坊を乗せていた。
奇妙な組み合わせに、みんなは目を見張るばかり。
才蔵も同様だった。
驚かされたのはそれだけではない。
後を追いかけるように老婆が現れた。
普通の老婆に坂道を駆け上がれるわけがない。
「あやかし」なのだろうか。
漂わせている気配からして怪しい。
黒犬と老婆は人目が気にならぬらしい。
崖の縁に立って才蔵達と肩を並べた。
黒犬と老婆は荒い呼吸を整えながら、下の様子に目を凝らした。
無邪気なのは赤ん坊。欠伸を連発しながら才蔵達をチラチラと見た。
さらに騎馬が駆け上がって来た。
星明かりに照らし出されたのは猿飛佐助。
後ろに狐を相乗りさせていた。
意外なところで一人と一匹に出くわしたものだ。
ヤマトの話しでは、佐助と伏見の狐は江戸見物に向かったとか。
一揆と聞いて引き返して来たのだろうが、戻って来る道筋が違う。
江戸ではなく、川越方向から戻って来たとしか思えない。
何やら隠し事が有るようだ。
佐助とは幾度か話した事があった。
元服してるとはいえ才蔵より三つか四つ年下で、まだまだ子供。
人の言葉の裏を勘繰る事をしない。
ただし忍びとしては大人顔負けの働きをするので侮れない。
ことに体術は見事の一言に尽きる。
才蔵は佐助に声をかけた。
「佐助、こっちだ」
驚いた顔で佐助が馬を寄せて来た。
「才蔵殿、どうしたのですか」
「実家に戻っていたのだが、一揆と聞いてな」
「連れの方々は」
「うちの者達だ」
「それは心強い」
才蔵は佐助に鎌をかけた。
「川越はどうだった」
佐助は不審に思わないようで、「見つけられませんでした」と答えた。
やはり隠し事をしていた。
それも何かを探しているらしい。
しかし、それ以上は問わない。
今は眼下の一揆勢。
佐助と狐が崖の縁から下の様子を窺う。
砦へ波のように押し寄せる松明の列を見ても動じない。
一人と一匹は想定していたのだろう。
佐助が狐を振り返り、「間に合った」と安堵の声を漏らした。
才蔵は狐に、「聞える腹鼓はお前の仲間達だな」と確かめた。
それ以外に考えられないが、確証が欲しかった。
当然だとばかりに狐が頷いた。
「そうだ。仲間達は下で戦っている」
老婆が、その遣り取りに興味を抱いたらしい。
首だけを動かし、こちらを窺う。
狐を値踏みするかのような視線。続けて佐助。そして、才蔵。
才蔵を見て老婆の表情が強張った。
目が大きく見開かれ、口は半開き。
幽霊でも見たかのようだ。
それでも驚愕から立ち直るのは早い。
身体の向きを変えて才蔵に正対した。
柔らかい視線で、顔のみならず全身を舐め回した。
何やら一人頷くと、納得したように才蔵の顔に視線を戻し口を開く。
優しい声色で、「貴方は」と問うてきた。
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寒い。とっても・・・。
ことに現実はもっと寒い。
例えば、ハイチの地震。
政府に統治能力がないところに、この大地震が起きた。
混乱していた国を、さらに混乱させる大地震。
誰が陣頭指揮に立つのだろう。
米国か、国連か・・・。
手を束ねるている間に死者が増えてゆく。
そして、救援物資や援助金が闇に消えてゆく。
ひるがえって日本。
小沢VS検察の戦いの余波で、ハイチへの本格的な救援が遅れている。
救援物資や援助金よりも大救助隊の派遣が先なのではなかろうか。
阪神大震災の教訓で、最初の一歩が大切なのは身に染みている筈。
ガレキに埋もれている人々の生存が限界が来る前に派遣しなきゃ。
それとも、・・・もう手遅れなのか。
あっさりと鬼斬りを手放した。
慶次郎は毟り取るように奪った鬼斬りを睨み付けた。
両手で持って膝に打ち当て、へし折ろうとした。
しかし、その程度で折れるわけがない。
どうしようかと考えている時に戦況が動いた。
隊列を組み直した魔物の軍勢ではなく、その後方からだった。
麓の一揆勢から法螺貝が吹き鳴らされた。
新たな布陣でゆっくり前進して来た。
彼等も大花火を警戒してか、間隔を広く取っていた。
先頭は鉄砲隊と弓隊。ヤマト等を矢弾で撃退するつもりらしい。
力勝負であればヤマト等にも戦いようがある。
しかし、遠間から矢弾を放たれては打つ手がない。
ことに身体の大きい慶次郎等、人間は的になり易い。
狐狸達には防御の「気の盾」があるが、盾を張れる時間には限りがある。
気の質量にもよるが、そんなに長時間は使えない。
どうやら大軍との戦いには向かないようだ。
ヤマトは秀家に、「豪姫を砦に運び介抱しろ」と指示した。
秀家は言葉の意味を理解したのか、ムッとした顔。
ここで砦に退いては武家の面目が失われると思っているらしい。
慶次郎が言い添えた。
「豪姫が目を覚ませば再びここに戻ろうとするだろう。
それを止められるのはお主だけだ」
秀家は渋々と応じた。
豪姫を抱きかかえて立ち上がった。
無念そうに、みんなに一礼してから砦へと足を向けた。
鬼斬りを藤次から毟り取った慶次郎だが、戦況の推移に、
再び鬼斬りを藤次に「預けて置く」と戻した。
そして足下の槍を拾い上げ、敵勢を見据えた。
長巻き「鬼斬り」よりも槍の方が性に合うのだろう。
藤次はというと、嬉しそうに鬼斬りを振り回し始めた。
遣い心地を試しているらしい。
流石は京の兵法家「吉岡流」の息子。
鬼斬りは柄が長いが僅かの間に掌中のものとした。
ヤマトは他の者達を見回した。
「怪我してる者は砦に戻り、守りを固めろ。
命の惜しくない者は俺に続け」
坂東に乗って峠道を駆け上る佐助の耳に、聞き慣れた音が届いた。
銃声の音が途絶え、代わって「ポンポコリン」の腹鼓。
聞き間違えようがない。赤狐・哲也と緑狸・ポン太の仲間達だ。
狸達の腹鼓に合せて、狐達が木切れを打ち鳴らしていた。
後ろに相乗りしている伏見の狐・ひょん吉が得意そうに言う。
「当たりだったな」
峠道を上りきった。
峠道を上りきると道幅の広い場所に出た。
崖の上になっていて視界を遮る樹木がない。
八王子方向がよく見渡せた。
遠くに見える町灯りが八王子に違いない。
八王子の右手の山奥、甲斐との国境の灯りは、おそらく篝火。
あの辺りの湯治場に主人・真田幸村と一行が居る筈だ。
ただ、篝火が焚かれる理由が分からない。
何があったのだろう。
そして下を見れば砦のある辺りに篝火が焚かれていた。
その手前には無数の松明。それが波のように砦方向に動いていた。
どうやら一揆勢は砦の攻略に手間取っているらしい。
戦火は湯治場まで広がっていないと知り、とりあえず一安心した。
中山才蔵は率いて来た者達を休ませた。
霧隠れの里の実家を発つときに父が、「念のため八王子まで同行させる」と、
強引に十騎と十五人を貸してくれた。
いずれも中山家の手練れ者ばかり。
一休みさせて発とうとした時だった。
後方から怪しげな気配が近付いて来た。
坂道を駆け上がって来たのは大きな黒犬。
それも背中に赤ん坊を乗せていた。
奇妙な組み合わせに、みんなは目を見張るばかり。
才蔵も同様だった。
驚かされたのはそれだけではない。
後を追いかけるように老婆が現れた。
普通の老婆に坂道を駆け上がれるわけがない。
「あやかし」なのだろうか。
漂わせている気配からして怪しい。
黒犬と老婆は人目が気にならぬらしい。
崖の縁に立って才蔵達と肩を並べた。
黒犬と老婆は荒い呼吸を整えながら、下の様子に目を凝らした。
無邪気なのは赤ん坊。欠伸を連発しながら才蔵達をチラチラと見た。
さらに騎馬が駆け上がって来た。
星明かりに照らし出されたのは猿飛佐助。
後ろに狐を相乗りさせていた。
意外なところで一人と一匹に出くわしたものだ。
ヤマトの話しでは、佐助と伏見の狐は江戸見物に向かったとか。
一揆と聞いて引き返して来たのだろうが、戻って来る道筋が違う。
江戸ではなく、川越方向から戻って来たとしか思えない。
何やら隠し事が有るようだ。
佐助とは幾度か話した事があった。
元服してるとはいえ才蔵より三つか四つ年下で、まだまだ子供。
人の言葉の裏を勘繰る事をしない。
ただし忍びとしては大人顔負けの働きをするので侮れない。
ことに体術は見事の一言に尽きる。
才蔵は佐助に声をかけた。
「佐助、こっちだ」
驚いた顔で佐助が馬を寄せて来た。
「才蔵殿、どうしたのですか」
「実家に戻っていたのだが、一揆と聞いてな」
「連れの方々は」
「うちの者達だ」
「それは心強い」
才蔵は佐助に鎌をかけた。
「川越はどうだった」
佐助は不審に思わないようで、「見つけられませんでした」と答えた。
やはり隠し事をしていた。
それも何かを探しているらしい。
しかし、それ以上は問わない。
今は眼下の一揆勢。
佐助と狐が崖の縁から下の様子を窺う。
砦へ波のように押し寄せる松明の列を見ても動じない。
一人と一匹は想定していたのだろう。
佐助が狐を振り返り、「間に合った」と安堵の声を漏らした。
才蔵は狐に、「聞える腹鼓はお前の仲間達だな」と確かめた。
それ以外に考えられないが、確証が欲しかった。
当然だとばかりに狐が頷いた。
「そうだ。仲間達は下で戦っている」
老婆が、その遣り取りに興味を抱いたらしい。
首だけを動かし、こちらを窺う。
狐を値踏みするかのような視線。続けて佐助。そして、才蔵。
才蔵を見て老婆の表情が強張った。
目が大きく見開かれ、口は半開き。
幽霊でも見たかのようだ。
それでも驚愕から立ち直るのは早い。
身体の向きを変えて才蔵に正対した。
柔らかい視線で、顔のみならず全身を舐め回した。
何やら一人頷くと、納得したように才蔵の顔に視線を戻し口を開く。
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例えば、ハイチの地震。
政府に統治能力がないところに、この大地震が起きた。
混乱していた国を、さらに混乱させる大地震。
誰が陣頭指揮に立つのだろう。
米国か、国連か・・・。
手を束ねるている間に死者が増えてゆく。
そして、救援物資や援助金が闇に消えてゆく。
ひるがえって日本。
小沢VS検察の戦いの余波で、ハイチへの本格的な救援が遅れている。
救援物資や援助金よりも大救助隊の派遣が先なのではなかろうか。
阪神大震災の教訓で、最初の一歩が大切なのは身に染みている筈。
ガレキに埋もれている人々の生存が限界が来る前に派遣しなきゃ。
それとも、・・・もう手遅れなのか。
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