終わってしまいましたね・・・・・。
ああ、寂し・・・・。
寂しかったので、昨晩は自分の書いた過去の「真田丸」の感想などを読んでいました。と言っても、今年はと言うか今年もあまり書かなかったのですが、読み返すとそれなりに懐かしかったです。
EDで過去の映像が走馬灯のように流れましたが、本当にこの一年、真田の父と兄弟、その縁した人たちが駆け抜けてきた一つの時代が胸に迫って来て、すこぶる感慨深かったです。
第11回「祝言」の感想の中で
>信繁は梅に身分の問題で側室にはなってしまうけれど、他には妻は取らない。だから唯一の妻としてちゃんと祝言をあげると言った。すかさずこの時に、信繁には正妻を含めて四人の妻がとナレが入る。
と、書いてありました。
その時は漠然と、いつかその4人の中にきりちゃんは入るのだろうと考えていました。
だけどそんな単純なものではなかったですね。
茶々に二人の関係を聞かれて、
「とても一言では語れませんね。」というきり。
本当よね、と私も心の中で思いました。それを語るには50回の「真田丸」全話、見なくちゃねと。
「強いてあげるなら『腐れ縁』でしょうね。」と言って笑い合い、いくさ前の緊迫した空気を和ませます。
きりは侍女のスキルを活かし、あっちこっちの歴史的重要な場面に遭遇したり関わりを持ったりして、主人公の信繁と共にこの時代の案内人を務めました。そして最後の信繁からの命を果たすべく、千姫を徳川方に送り届けるその途中で、草原を風のように走り抜けていく信繁を見つけるのでした。
時代の目撃者きりがひとつの時代の終焉の最後に見たものは、生涯慕い共に生きてきた自分の片割れの姿だったのでしょう。
「源次郎さま・・・・。」その姿を目に焼き付けるかのような瞳のきり。
その先の信繁の姿をきりが見る事はなかったのですが、その彼が向かっていたのは家康の所でした。
馬上筒による家康との一騎打ち。
信繁に向かう兵を、
「手を出すな。」と武士らしい事を言いました。
馬上筒からのそのシーンは、要するに真昼の決闘ですよね。
でも二発目のその時、撃たれたのは信繁でした。
「父上~、助けに参りました。」と秀忠の軍勢にやられたのです。
家康はすごく嬉しそうな顔を一瞬だけして、そして
「遅いわぃ !!」と言います。
一騎打ちのシーンはモヤモヤと崩れてしまいました。
家康との対峙のシーンで
「わしを殺しても何も変わらない。」と家康は言いました。
既に徳川の時代は礎を築き、豊臣の時代は終わりです。
だけど信繁は
「分かっている !!
それでもあなたを討たねばならない。愛する者の為。先に逝ってしまった者たちの為に。」
グッときました。
佐助の助けを借りて・・・・あれっ、サスケのタスケ・・・いや、なんでもないです。なんか語呂がイイナって思っただけ。
で、サスケノタスケを借りて秀忠軍に囲まれた窮地から脱出し、信繁最後の地になってしまう安井神社に向かいました。
定説では松前松平家鉄砲組頭の西尾宗次に討たれたと言う事になっていますが、このドラマでは違いましたね。光の中に消えて行く信繁。
介錯したのは既に55歳になった佐助。体のあちらこちらが痛いそうです。佐助は信繁の亡骸をどうしたのだろうか。
いやー。
死ななかったのかも・・・ !?
ああ、それはないか。
だけど私のように考える人は、その遠き昔にもいたわけで、だからいろいろな伝説が生まれたのですよね。
それはまだ年若き秀頼にも言えた事で、その伝説は信繁が秀頼を守って城を脱出し鹿児島に逃れ天寿を全うしたと言うもの。
既に過ぎてしまった過去でありながら、歴史には多くの可能性があり、それらのすべてを「馬鹿な。」とは言い切れないものがあると思うのです。
大阪城でもドラマの定説である爆死シーンはナシ。
炎上する天守を見つめながらも、希望を捨てていない茶々と秀頼は静かな時間を迎えていました。
だけどそれは本当は信繁が最後に見た夢なのかも知れません。
本当は修羅場だったかも。。。
だけど最終回に悲劇チックな描写はナシで、それでもいろいろな場面で泣けました。
旅の途中で本多正信の領地を訪れる信之。その風景はまるでかつての上田の里のようだと私は思いました。
自慢げに自分の領地を紹介しながら歩く本多の元に、火急の知らせが入ります
その時、兄の茶巾の中のコインが音を立てるのです。
チャリンー。
そこから六文銭を取り出す信之。
そしてそれをじっと見る兄。その時彼は何を思ったのでしょう。
すべてを悟りそして受け入れたように、彼は張りのある声で
「さっ、参るぞ。」と歩み始めるのでした・・・・。
本当に泣けました。この兄弟に。
泣けたと言う事で、最初にううっと来たシーンの事を言いますと、それは戦場で信繁と会いまみえてしまった三十郎のシーンです。
この人は本当はずっとずっと信繁について行きたかったのです。だけれど信繁の命で、今そこに居る事になってしまった人。
過ぎてしまった時代が、一族の絆を理解できない者を生み出しても仕方がない事かもしれませんが、信之の息子の信正は、このドラマでは大蔵卿の次に痛い人に感じてしまいます。
考えもなく信繁に向かっていってしまった信正を守るために苦渋の選択をしなければならなかった三十郎。
だけど信繁はちゃんと分かっていました。三十郎の槍を軽くかわし
「小者を相手にするな。先を急げ。」と他の兵に声をかけ、彼らを守るのでした。
大地に倒れている三十郎に素早く駆け寄って助け起こそうとしたのは信繁に従っている堀田作兵衛でした。(ここ、間違えていたらごめんなさい。後で確認しておきます。)
去って行く信繁の後ろ姿に向かって
「源次郎さま~ !!!」と呼びかける三十郎。
この一族の絆は半端ないのです。
歴史の教科書などの関ヶ原の事を求めるならば、状況説明のほかにこんな言葉が書き加えられているかもしれません。
「親子兄弟が分かれて戦った。」とか。
だけれどその向こう側のドラマは、教科書では学べないのですね。
堀田作兵衛の最後ー。
まるで弁慶の最後のような感じでした。でも彼は結構シブトクて、大阪城に戻って来て、荒らされた城の中の作物の上で死ぬのです。これは作兵衛にとって畳の上で死ぬのと一緒だったなと思いました。
高梨内記の最後ー。
きり、父は老体に鞭打って頑張ったよ・・・・。
って、もう最終回でもやっぱりお話はぎゅうぎゅうと詰まっていて書ききれません。
家康と秀忠の「逃げるは恥だが役に立つ」実践編とかね。
だけど最後にやっぱり書いておきたかった事は、あの厨房のおじさんの事です。
スパイはあの人、はい終わりだと思っていたエピソード。更に奥があったのでした。
彼が間者になった理由は、家康側に着いたからではなかったのでした。かつて娘は秀吉に犯されて母と共に自害をしていたのです。彼が大阪城に残っていたのは、その目で豊臣が滅亡するのを見届ける為だったのです。
たったひとりの私怨とは言い難いものがありました。
だけど大きかった豊臣の家を想うと、やはりそれはちっぽけなひとりの想い。しかしその大きな豊臣はそのちっぽけなひとりの恨みの想いで風穴があいていったのでした。
たった1匹のネズミでも船底に小さな穴をあける事が出来るならば、その船は沈むのです。
豊臣が圧倒的に勝っていたと言うのに、その流れを変えてしまったのは瓢箪の旗印を移動させてしまったから。
小さなミスが取り返しのつかない結果を招いてしまったのでした。
この二つのエピソードに、何かを感じた人はきっと多かったのではないでしょうか。
あと過度に守ろうとすることが、けっきょくは滅ぼす結果になるとかもー。
まあ、大蔵卿を演じた峯村リエさんは大蔵卿のお墓に謝りに行きたいと言っていたので、それが良いのではないかと私も思いますよ。
と最後がそんな一言で終わるのも嫌なので、堺さんのインタビュー記事を貼っておきます。
→「「九度山篇でも上杉での人質生活篇でもいいので、今すぐスピンオフをやりたいぐらいです」堺雅人(真田幸村)4 【真田丸インタビュー】
ー スピンオフと言うのなら、私はちょっとだけきりちゃんのその後の物語が見たいです。
楽しい一年でした。
三谷さん、お疲れ様です。
そして素晴らしい時間をくれたスタッフの皆様と俳優様たちに感謝します。