大学生の時に出会った「狭山事件」は、明治公園での支援集会における警察・機動隊によるものものしい警備だけが印象に残っています。
そしてその集会で地べたにあぐらをかいて仲間のろう学生に手話通訳をしている学生を見かけた事も決して忘れません。
最初は、背中のリュックを機動隊員につかまれて「持ち物検査」された警備の厳しさが「狭山事件は何か恐ろしいモノ」と思わせたけど、狭山事件に関する勉強を重ねるごとに「狭山事件は何か大きな権力が不当に押さえつけているモノ、権力にとって都合の悪い事件」ということが僕にもわかってきました。田舎の高校を出たばかりで「差別」なんて言葉も全然知らなかった僕を少しずつ育ててくれた裁判でもあったと思います。
一方でそんな集会に参加しているろう学生とその仲間の学生を「羨ましく」感じたように思います。”僕もいつかあんな風に友人のろう者に社会問題を扱った集会で手話通訳できるようになりたい。””思想・信条でも共感できるようなろうの友人を持ちたい”と思ったものです。
さて、私の尊敬する鎌田慧さんの書かれた「狭山事件の真実」は帯にこんな風に書かれています。
再審開始は実現するか
事件の謎を解く労作-典型的な冤罪はいかにしてつくられたか
石川さんはなぜ偽りの自白をしたのか
折しも7月30日『
布川事件』の再審第2回公判が行われた事を新聞が報道していました。
鎌田さんの書かれる文章には「安易な批判」や「感情的な判断」がありません。作中に登場する人物に寄り添い「事実」だけを一つ一つ丁寧に描き積み上げていくことによって、「事実」がどれほど「裁判結果」と隔たっているかを我々に強く教えてくれるのです。
だから前半「第6章 私は殺していない!」が始まる前までは、石川さんがむしろ自分から進んで警察の誘導に乗っかって自白する様子に歯がゆい思いをしたくらいです。
後半は
「第7章 見送った死刑囚と文字の獲得」
「第8章 不思議な『証拠物件』」
「第9章 東京高裁・寺尾判決」
「第10章 自分で書いた上告趣意書」
「終章 『見えない手錠』をはずすまで」
「エピローグ」
石川さんが獄中において文字を獲得する経過に始まり、上告趣意書を書くまでが描かれていますが、あまりにも不可思議な「証拠」ばかりで、もし狭山事件が裁判員裁判で扱われることとなったら検察及び裁判官は世間の笑いものになるのではと思います。