サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 07235「こわれゆく世界の中で」★★★★★☆☆☆☆☆

2007年06月01日 | 座布団シネマ:か行
再開発が進むロンドンのキングス・クロス。ウィルとサンディが経営する会社のオフィスに窃盗団が侵入し、コンピューターなどが盗まれてしまった。数日後にも再び盗難に見舞われたウィルは、サンディと共に夜のオフィスを見張ることに... 続き

西欧型の愛は、はてしなく隘路に入らざるを得ないのかもしれない。

アンソニー・ミンゲラはイタリアの両親の血を引くが、1954年英国で生まれている。
現在、ミンゲラは英国映画協会の会長でもある。
もともと脚本家であり、ときに自ら監督をしたり、製作に回ったりしながら、96年アカデミー賞9部門を獲得した「イングリッシュ・ペイメント」、99年パトリシア・ハイスミスの原作に忠実に描かれた「リプリー(太陽がいっぱい)」、03年南北戦争期のアメリカで、ニコール・キッドマンとジュード・ロウに純愛を演じさせた「コールドマウンテン」を発表し、また製作総指揮として01年にアルツハイマーで苦しんだ女性作家アイリス・マードックの実話「アイリス」を、02年にはベトナム植民地時代の終焉の老ジャーナリストと愛人のベトナム女性をサスペンスタッチで描いた「愛の落日」を送り出している。



どの作品も、人間の内面を執拗に描いている。
もしかしたら、その執拗さ(繊細さと言い換えてもいいが)は、彼が同性愛者であることからきているのかもしれない。
作品そのものは、同性愛がテーマではない。
しかし、主人公たちの愛はいつもなにかに脅かされたり、傷ついたり、逡巡したりしている。
微細な駆け引きのなかで、解体していく愛が、かろうじて再生していくような作品群のように感じられる。



「こわれゆく世界の中で」もそうだ。
ランドスケープの専門家であるウィル(ジュード・ロウ)がロンドンの再開発地域であるキングス・クロスに友人サンディと共同経営するグリーンエフェクト社を構えるが、泥棒団に侵入され、備品を持ち出される。
犯人を捕まえようと徹夜で見張るウィルだが、不審な青年ミロを追跡するなかで、貧しい共同住宅で仕立て屋を営むミロの母親アミラ(ジュリエット・ビノシュ)と出会い、惹かれていくことになる。
一方で、ウィルの恋人リブ(ロビン・ライト・ペン)はスウェーデン系の映像作家であるが、別れた夫との間の幼い娘の心身症的な病に疲れ果てている・・・。



結局、ウィルはリブ母子と生活しながら、どこかで距離を縮めることができない。
観客からみれば、幼い娘の心身症は、リブが持つ罪悪感の裏返しであると、すぐに気づくことになる。
リブは知的で美しい女性だが、いつもヒステリーに苛まれているようにみえる。娘に愛情を注いでいるようにみえながら、どこかで心は空虚である。
ウィルはなぜ自分が最後で拒絶されるのか、よくわかっていない。自然と野生を排除していくなかで、巨大再開発地域の景観を構想していくウィルは、本当は人間が持つ「闇」の部分から目をそらそうとする近代主義者なのかもしれない。



冒頭の窃盗団は、まるで「ヤマカシ」のように、ビルを己の肉体で持って、駆け上がり、飛び越え、軽やかに侵入する。青年ミロは叔父たちに操られている存在だが、ミロの父(つまりアミラの夫)はボスニアの英雄であり、未亡人となったアミラは他の多くの人々と一緒に、ロンドンの下層地域に難民として来ている。
ウィルの経営するランドスケープ思想から言えば、当然、排除されるべき対象である。けれども、ウィルはアミラに惹かれていくことになる。そして不倫へと。
一見すると、ミロの犯罪の口封じのために(弱みを握って)、関係を強要したようにも映るが、そうではない。
ウィル自身も困惑するようなかたちで、嘘を塗り重ねていくことになる。
警察に追われるミロに対して、ウィルは証言をしなければならない。アミラは、ウィルに弄ばれたのではないかと疑念を持つ。リブにも、不倫を打ち明けることが出来ない。
どこにも逃げる場所はなく、八方塞のなかで、のぞんだ愛は解体していく。



この作品では、すべてを打ち明けられたリブが偽証をするかたちで、アミラ親子を救い、ウィルにも帰ってくる場所を作るという希望のラストとなっている。この事件の後で、リブも心身症の娘との関係を再構築できそうな気配となっている。

ミンゲラ監督が提示したかったものは、けれど、映画ほどはハッピーエンドではないように感じられる。相当な屈折を経なければ、あるいは関係の解体を確認したところでなければ、本当の愛が発見できないようなところまで追い詰められているという西欧型の隘路こそが、問題なのかもしれない。
ミンゲラの同性愛は、どこから来ているのかは不明だ。
けれど僕たちは、東洋型あるいは日本型の「相手に対して中庸ないし中性的に距離をとっていく」という感性が、もしかしたらその隘路に陥らないひとつの方法ではないか、と思いたくもなる。
そんなものも、とうになくなった幻想なのかもしれないのだが・・・。



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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんばんは! (kira)
2007-10-30 22:55:07
いつも、TBお世話になっています。

世界的にも離婚する夫婦が増大しているんですから
当然ウィルのような、初婚でいきなり父になるケースも多いでしょうね。
夫婦間のコミュニケーションも、ですが、
男の側の「父性」も、実子で無い場合は特に気になりました^^
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kiraさん (kimion20002000)
2007-10-31 00:53:39
TBありがとう。
離婚者が、過半数を超える都市も、いくつか出てきていますね。
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アンソニー・ミンゲラ (真紅)
2007-11-19 12:25:19
こんにちは。TBさせていただきました。
監督が同性愛者だというのは知りませんでした。
彼が監督したり、プロデュースする作品は、安心して観られる気がします。保証付き、という感じで。
ではでは。
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真紅さん (kimion20002000)
2007-11-19 16:48:39
こんにちは。
ミンゲラ監督は、独特のスタイルがあって、とても映画というものを、よく考えられている人だと思っています。
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あぁ~ (miyu)
2007-12-04 22:47:07
そうなのですか。
監督さんは同性愛者なんですか。
だからと言って、どうと言うワケでもないんだけど、
やっぱり繊細な作品でしたよね。
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miyuさん (kimion20002000)
2007-12-04 23:10:10
こんにちは。
とても骨太な思考回路をもつ、監督さんだと思います。でも、大声で主張する人ではないんですね、とても繊細でマイノリティに対する温かい視線があります。それが、同性愛からきているのかどうかは、わかりませんけど。
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いつもどうもです (ひらりん)
2008-03-27 03:15:45
主人公以外の配役も、少しづつ心の変化が読み取れて・・・
なかなか深い内容だったと思いました。
ひらりん的には、
娼婦から貰ったCDを娘が車内で聴いて・・・
ちょっと喜び、主人公との距離がちょっと縮まったシーンが、印象的でしたっ。
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ひらりんさん (kimion20002000)
2008-03-27 08:48:53
こんにちは。
あの、娼婦役の人は、魅力ありましたね。
この主人公は、基本的に娼婦が駄目なんですね。
近代主義者だから(笑)

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コメントありがとうございました。 (小米花)
2008-04-04 22:41:14
結末は一応解決の形はとっていましたが、重たかったですね。

監督さん、同性愛者だったんですか。。。
そうか~。
でも、作品にはそんなカケラが見えなかったように思います。
そう言われてみればですが、男女の当てにならない信頼が、微妙に演出されていたでしょうかね~。

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小米花さん (kimion20002000)
2008-04-04 23:38:47
こんにちは。
マイノリティに対する視線ですね。
そこがミンゲラ監督らしいと思いました。
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