サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10462「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」★★★★★★☆☆☆☆

2010年06月15日 | 座布団シネマ:さ行

アメリカで1,100万人以上の不法滞在者がいるとされる現実を背景に、現代アメリカの抱える移民問題をリアルに描いた社会派ヒューマンドラマ。職務と正義の間で苦悩する移民局の捜査官をハリソン・フォードが熱演するほか、『BUG/バグ』のアシュレイ・ジャッド、『ダウト』のレイ・リオッタなど実力派が脇を固める。監督は、『ワイルド・バレット』で注目を集めたウェイン・クラマー。国境をめぐる人々の思惑が複雑に絡み合う重厚なストーリーが胸に迫る。[もっと詳しく]

70歳になろうとするハリソン・フォードに、どういう心変わりがあったのか。


この作品のハリソン・フォードには、『スター・ウォーズ』シリーズのハン・ソロ役での茶目っ気たっぷりな宇宙活劇のヒーロー像も、インディ・ジョーンズの鞭を操ってのハラハラドキドキのヒーロー像も、『パトリオット・ゲーム』や『今、そこにある危機』のジャック・ライアン役でみせたサスペンスに対処する冷静なヒーロー像のかけらもない。
どちらかというと、『刑事ジョン・ブック目撃者』(85年)のアーミッシュの母子を守ろうとしながら文化の差異にとまどうハリソン・フォードの姿が思い出される。
大好きな映画だったが、もう四半世紀が経過している。この作品では40歳過ぎであったハリソン・フォードももう70歳手前になろうとしている。
ハリソン・フォードは出演料が一作で2500万ドルと言われている。
「俺は大作にしか出ないよ!」と公言してもいる。
けれども『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』はどうみたって低予算の映画だ。
移民問題を扱った社会派作品だが、それほどの観客動員数は期待できるはずもない。
ハリソン・フォードが初めて出演したインディーズ作品であるとも言われる。
なにか心境の変化でもあったのだろうか?



脚本・監督のウェイン・クラマーに対しては、僕には予備知識はない。
南アフリカ出身の移民一世ということだ。
膨大なリサーチの中から、20近いサブ・ストーリーが入り乱れるこの作品を紡ぎ上げた。
ハリウッド作品で移民を扱った作品は少なくはない。
アメリカそのものが移民の国であり、多国籍の出身者が形成するのがアメリカという国の一番の特質だ。
特にメキシコとの国境線にまつわる映画は、ミステリー、サスペンス、ノワール物含めて数多い。
しかし『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』は国境線上の不法移民をめぐるだけの物語ではない。
アメリカには現在、不法移民者が1100万人存在する。恐るべき数字だ。
グリーンカード(永住権)や市民権の取得にまつわる問題、不法滞在と貧富問題、強制退去問題、孤児や里親問題、こうした問題はずっとアメリカの中で大きな問題となっていた。
しかしこの問題に、2001年の9.11から更に「テロ」という問題が深く覆いかぶさることになる。
マックス(ハリソン・フォード)は移民・関税執行局に所属しているが、このセクションはそれまでのお役人仕事にうんざりさせられるといったイメージの「移民局」の機能やミッションから大きく変わっている。
「テロ対策優先」ということで、ある意味でFBIや警察にまさる捜査権が拡大されたのである。



このあたりの不寛容さが前面に出た「移民」問題を取り上げた作品で忘れがたいのは『扉をたたく人』(07年)。
四角四面の大学教授がひょんなことから知り合った不法滞在者が本国に強制退去される。
温厚な教授が思わず役人に怒鳴りつけるシーンがある。
ロスアンゼルスを舞台にして、複雑にサブストーリーの関係線が錯綜しながらケースバイケースの当事者たちのそれぞれの苦悩を浮き彫りにするという意味ではポール・ハギス監督・脚本の『クラッシュ』(04年)を思い起こすことも出来る。
『クラッシュ』の場合は、人種差別問題であり、もちろん脚本構成としてはベテランなだけにより洗練されているが、しかし一見無関係な登場人物たちを不思議な縁で繋いでいき、それほど無理を生じさせないという意味合いでは、『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』もなかなかのものだ。



この作品では、メキシコ、イラン、オーストラリア、韓国、バングラディシュ、南アフリカ、ナイジェリアの移民者、あるいは移民予備軍や不法滞在者が登場する。
「グリーンカード」を取得した時の喜びは、僕の知人も経験者ではあるがそれはとても嬉しいものだと言う。
またこの作品で知ったことだが、「帰化」つまりアメリカ国民となるためには複雑な条件があるようなのだが、その式典にはさまざまな人種の老若男女が集い、星条旗が掲げられ、国歌が歌われ、合衆国の一員であることが認められる。
会場に詰め掛ける人の数だけ、それぞれの物語があり、この日を迎えたのである。
どんな人にも自由とチャンスがある。
けれども現在では、そんなアメリカの懐の大きさのようなものを、文字通りに受止めている人はそんなに多くはないはずだ。
それでも一縷の希望を持って、寛容と不寛容の間の狭い幸運を巡って、多くの人たちが今日もアメリカに留まっている。
たぶん、今よりは、もしかしたらマシな人生が待っているかもしれない・・・。



登場人物で言えば、ブラジル出身の薄幸の母親であるミレヤを演じたアリシー・ブロガに惹かれた。たしか、ウィル・スミスと『アイ・アム・レジェンド』(07年)で共演していたはずだ。
あと移民支援のボランティア弁護士デニスを演じているアシュレイ・ジャッドの優しい眼差しに、知的白人の女性のひとつの良心が感じられた。
移民判定官のコールを演じるレイ・リオッタも善と悪の境界の複雑な役どころをうまく演じているし、9.11のテロリストを擁護するような発言をしてしまい、FBIから強制送還されることになる少女タズリヤを演じたサマー・ビジルもなかなかいい。
その他さまざまな国籍の登場人物の中で、ハリソン・フォードはでしゃばることもなく、淡々と不器用なヒューマニストを演じている。
別にこの作品で言えば、特別捜査官マックス役はハリソン・フォードである必然性は何もなかった。
けれども、彼が出演したおかげで、低予算映画とはいえ、世界的な配給網が準備されたはずである。
ロバート・レッドフォードやケヴィン・コスナーならいざ知らず、ハリソン・フォードには似合わない「善行」である。
70歳を前にして心境が変わったのか、それともアカデミー賞とは縁遠い(『刑事ジョンブック目撃者』でたった1回ノミネートされただけ)ハリソン・フォードが、密かに人気取りを考え始めたというのは邪推かもしれないが(笑)。

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扉をたたく人
クラッシュ









 


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8 コメント

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自分たちも (sakurai)
2010-06-17 07:51:56
元をただせば、移民だったわけですが、ほんとに特異な国であるということをまざまざと思わされました。
「ギャング・オブ・ニューヨーク」を見たとき、どんどんと入国して、アメリカ市民になったとたん、すぐ脇に入隊審査があって、南北戦争に送られて行く様子が忘れられません。
私はハリソンのことは、あまり書かなかったのですが、やはり地味だったようで、興行的にはいまいちだったのでは。
若い人にとっては、あの人誰?の部類なようです。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2010-06-17 10:56:40
こんにちは。

>あの人誰?の部類なようです。

ははは。そうだろうね。
インディ・ジョーンズぐらいは知ってるだろうけどね。
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ジョン・ブック^^ (latifa)
2010-06-20 15:34:46
kimionさん、こんにちは。
>『刑事ジョン・ブック目撃者』
この映画好きでした~。
そのころ、私はアーミッシュって存在も知らなかったんです。
あのお母さんとのラブシーンが、たまらんとです♪

あの当時、既に40歳過ぎだったんですね・・・。お若い・・・。
今もどうやら現役の様でいらっしゃるようで^^
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latifaさん (kimion20002000)
2010-06-21 00:02:39
こんにちは。
そうですねぇ、20数年前の映画とは思えないですね。僕はちょうどアーミッシュの存在を本で読み始めたときであったので、とても興味深く観たのを覚えています。
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今晩は~ (小米花)
2010-08-22 23:52:57
このハリソン・フォード、良かったと思いました!
今までとは違うハリソンだったのですね。
私は茶目っ気の役以外のハリソンに
ずっと重ねて見ていました。

確かに『刑事ジョン・ブック目撃者』が一番重なるかもしれないです。

ケヴン・コスナー!!
彼だったら良かったのに~。(ケヴィンのファンです・・・。)
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小米花さん (kimion20002000)
2010-08-23 02:02:59
こんにちは。
たしかハリソン・フォードはまた最近、再婚したんじゃなかったかな。
70歳になってお見事。
なんか心境の変化があったように思われます。
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ハリソン・フォード (オカピー)
2010-12-24 00:25:13
>世界的な配給網が準備されたはずである
不純な動機でも、アメリカの現状を示すこういう真面目ななかなか上出来な作品が広く見られることに繋がれば非常に良いことですね。

邦題からまた例によってサスペンス・アクションかと思いましたが、「扉をたたく人」の「クラッシュ」版みたいでした。
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オカピーさん (kimion20002000)
2010-12-24 01:01:45
こんにちは。
人間、年をとってくると、金銭以外のなにかを求めるようになるのかもしれません。
なんの確証もないのですが、僕は勝手にハリソン・フォードの「老い」の物語を想像したくなっただけですけどね。
まったく違うかもしれない(笑)
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