サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 09385「BOY A」★★★★★★☆☆☆☆

2009年09月05日 | 座布団シネマ:は行

重く暗い過去を背負う青年が、新たな人生を歩み始めるヒューマン・ストーリー。イギリスの若手作家ジョナサン・トリゲルの同名小説を、『ダブリン上等!』で高い評価を受けたジョン・クローリーが映画化。『大いなる陰謀』の新星アンドリュー・ガーフィールドが、秘密を抱えたナイーブな青年を好演している。共演は『マイ・ネーム・イズ・ジョー』のピーター・ミュラン。人間の過去と罪、さらには先入観を問う深遠なテーマを感じ取りたい。[もっと詳しく]

僕はここにいてもいいの?と少年は問いかける。

民間陪審員制度が日本でも取り入れられてまだ間もないことがあり、マスコミでもその審議過程を詳しく報じている。ここではその是非は問わない。
また、少年事件の多発で、少年法とのからみのなかで、未成年の保護の在り方、被害者家族にも更正のため事件少年のプライバシーが守られることに対して、多くの異論も出ている。ここでは、その是非も問わない。
『BOY A』という作品は、ケン・ローチなどを生み出した、イギリスらしい社会派のインディーズ映画である。
10歳の時に少女の命を奪ってしまい、「悪魔の少年」と呼ばれていた「少年A」が、14年間の更正生活を経て、名前も変え、新しい人生を歩むため社会に出るのだが、自分の正体がばれるのではないかと恐れ、最後は「僕はここにいてもいいの?」との痛切な思いの中で、結局、自殺することになるという暗くハードな主題を扱っている。



最近、刊行された本だが『戦前の少年犯罪』(管賀江留郎)を読んだ。
少年犯罪が兇悪化しているというのはマスコミの常套句であるが、本当にそうか?
著者は、少年犯罪のデータベースを構築する中で、むしろ、少年の兇悪犯罪・猟奇犯罪は、戦前のほうが圧倒的に多く、昔は良かった式の知識人やジャーナリストの常套句に対して、批判を投げかけている。
「道徳崩壊」の時代であったからこそ、修身や教育勅語が必要であったという論点に関してはうんざりさせられるが、動機の問題には現在との差異はあるだろうが、一見に値する著作ではある。
日本の場合、諸外国と比べ、殺人にまで至る未成年犯罪は、数的には決して多いとはいえない。
もちろん、銃所持がかなり野放しにされているアメリカの未成年殺人件数はダントツであり、アメリカでは未成年であろうが、凶悪犯罪はプライバシーを明らかにし、百年近い刑を宣告するケースもある。
ただ、件数がどうのというよりは、未成年の凶悪犯罪には大きくふたつの傾向があるように思われる。
ひとつは、未成年であることに甘え、たかをくくり、あるいは集団意識にひっぱられ、どこからこんな残虐なことができるのかと唖然とするような「悪」の化身に染まり挙げられた未成年の存在である。
もうひとつは、ほとんどが精神鑑定の領域に預けられるのだが、ある日突然、キレたような状態になって、平然とあるいは衝動的に一線を越えてしまう、という未成年の存在である。
ここではもしかしたら、未成年の自殺の裏返しのように、他者を殺めるという行為が、せり出してくるのかもしれない。



いじめられっこで家庭も恵まれていない少年が、孤独に日々を過ごしているが、ある日、同じ年頃の少年とかかわることになり、初めての親友となる。その少年は、兄に身体を求められ、その屈辱に耐えながら、世間を敵にしている。
ある日、少女に不潔なものを見るように嘲られた少年は、興奮して少女を傷つけることになる。いじめられっこの少年も、同志意識からか、ナイフを手にしてしまう。
14年もの収監を経て24歳になり、少年はジャック(アンドリュー・ガーフィールド)という新しい名前と過去を手に入れ、保釈され、新しい未来に踏み出すことになる。
見守るのはソーシャルワーカーのテリー(ピーター・ミシュラン)。
「過去の君は死んだ」と勇気づける。
運送業の職を得たジャックは、夢ではうなされるものの、職場ではクリスという親友が出来たり、ミシェルという女性と交際したり、仕事中に事故にあった少女を救出し、ちょっとしたヒーローになったり、なんとか次の人生を踏み出せそうであったのだが・・・。



当時の主犯の少年は自殺ということにされているが、ジャックはリンチにより殺されたのだと思っている。
恋人や同僚に対しても、過去のことは嘘をつくしかなく、明るくは振舞っていても不安でいたたまれない時がある。
なにより、悪夢からは、決して解放されることはない。
一方で、優しく見守ってくれるテリーだが、自分の息子に対しては、うまく関係を取り結ぶことが出来ない。
そして、「優等生」のジャックを嫉妬するように、あるいは親であるテリーへの意趣返しのように、テリーの息子はインターネットを通じて、ジャックの過去を暴いてしまう。
解雇を宣告する雇い主、絶交を口にする親友クリス、ショックで失踪する恋人ミシェル、詰め掛ける報道陣、街中に張られたジャックの記事・・・もう、ジャックはどこにも居場所はない。



主人公のジャックを演じたアンドリュー・ガーファンクルは期待の新人である。
ロバート・レッドフォードが監督・出演した『大いなる陰謀』(07年)でレッドフォード演じる大学教授の生徒役で起用され、みずみずしい演技を見せてくれた。
監督・脚本はジョン・クローリーとマーク・オロウの『ダブリン上等』(03年)のコンビだ。この作品も、コリン・ファレル主演のブラックコメディともいえる群像劇であったが、なかなか風刺に満ちた映画であった。
『BOY A』は「赦しと正義」を巡る物語なのだが、後味は、とても苦い。



僕たちは、孤独で繊細なふたりの殺人を犯してしまった少年に、心を寄せたくもなるが、犯した罪はそれだけで「悪魔の少年」というレッテルを貼られてしまうことになる。
それは、やむをえない事かもしれない。
では、更正とは何か、過去を隠した未来とはありえるのか、このことにすっきりと応えることは僕にはできない。
「赦しと正義」という主題では、『息子のまなざし』(02年)というダルデンヌ兄弟の作品が出色であった。
ここでは、犯罪を犯した少年は製材所の職業訓練学校に通うのだが、その担当教師は実は子供を事件で亡くしており、その憎むべき犯人がその少年であったという、究極の葛藤を描いている。
『BOY A』を見ながら、無神論者の僕であっても、どこかで「信」という構造に身を任せてしまいたいという気持ちが擡げてくることを、避けることができなかった。



kimion20002000の関連レヴュー
大いなる陰謀

最新の画像もっと見る

16 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
そうなんですか・・・ (latifa)
2009-09-10 08:32:13
kimionさん、こんにちは。
この映画って見た直後よりも、見てしばらく経ってからの方が私は評価が高くなってるというか、、とても心に残っている作品です。

>少年の兇悪犯罪・猟奇犯罪は、戦前のほうが圧倒的に多く 
 そうだったんですね。興味深いお話を聞けて良かったです。その本読んでみたくなりました。

私は最近「天使のナイフ」って本を読みました。少年犯罪のお話なんですが、ちょっと最後のオチというかしめくくりは微妙な処はあるものの、なかなか良かったです。
返信する
ありがとうございました♪ (メル)
2009-09-10 09:36:03
kimionさん、こんにちは☆

コメント、どうもありがとうございました♪

信仰に頼れば、彼も少しは救われたのかもしれませんね。
でも、周りの人たちは(私も含め)、どうすれば良いのか、感情をどうコントロールして接すればいいのか、難しい問題だなぁとつくづく思いました。
↑にlatifaさんが書いてらっしゃるように、
観た直後よりも、今になっても、そしてずっと
心に残る映画となりました。

戦前の少年犯罪、私も読んでみたくなりました。
返信する
latifaさん (kimion20002000)
2009-09-10 10:49:00
こんにちは。

「天使のナイフ」は乱歩賞の薬丸さんですね。
加害と被害が、複雑にもつれあって、憎悪や赦しが無限連鎖していく・・・書評で読んだだけですが、ちゃんと読んでみたくなる本だと思いました。
返信する
メルさん (kimion20002000)
2009-09-10 10:54:14
こんにちは。
「戦前の少年犯罪」は見出しのつけ方とかが、わりとあざといんですけどね。でも、データベースから見えてくるものという観点からは、はっとさせられました。
あとは、精神鑑定の問題ですね。
戦前には、犯罪と精神病理の考え方が、いまとはだいぶん異なっていました。
結局のところ、極端に言えば、乳幼児期の母親との問題なんだ、という観点が、いちばん信頼できます。
ここで、絶対的な愛を感覚していれば、まず人を殺すことにはいきつかないと思います。
返信する
う~ん。 (あん)
2009-09-10 13:15:14
主人公のジャックを演じたアンドリュー・ガーファンクル、繊細な青年を演じていて良かったです。

このジャックの場合は、はっきり事件の全貌を見せてないし、あの状況は......と考えると、その心情に心を寄せてしまうけれども...。
所謂、少年犯罪の数々は...... う~ん、私には受け入れ難いですね...。
難しい命題です。私には解けません。
観客をも葛藤の渦に巻き込んでしまう......暗くハードな主題でしたね。
返信する
kimion20002000 (kimion20002000)
2009-09-11 00:35:05
こんにちは。
おじさんの僕も解けませんよ(笑)

生来の悪人なんてありうるはずがありません。
ちょっとした関係の不幸なんですね。
でも、その紙一重のところは、僕には幼少期の親との関係としか思えません。
それ以降の、道徳とか、モラルとか、ヒューマニズムとかは、ほんとうは、全部、極端に言えば、役に立たないんじゃないか、なんて思ったりしています。
返信する
過去の君。 (BC)
2009-09-11 20:19:46
kimion20002000さん、こんばんは。
コメントありがとうございました。(*^-^*

「過去の君は死んだ」と励まされても、
世間は“過去の君”に恐怖心を抱く・・・。
本人と世間の折り合い方が難しいところではありますね。
返信する
BCさん (kimion20002000)
2009-09-11 23:40:05
こんにちは。

結局、人間は、脳によって、「悪魔の少年」というイリュージョンをつくり、そこから抜け出ることはできないわけですからね。
返信する
こんばんわ! (maru♪)
2009-09-12 02:41:51
TBありがとうございました。

とっても難しいテーマで今でも明確な答えは出せません。
彼が「悪魔の少年」ではなかったことは確かですが、「悪魔の少年」になった一瞬がなかったわけではない。
その一瞬のために運命を狂わせたのは彼と被害者だけじゃないんですよね。

彼だけ見ていれば助けてあげたいと思いますが、彼がしてしまったことを考えれば・・・ 難しいです。

こんな重いテーマを映画にしたのはスゴイことだと思いました。
返信する
maru♪さん (kimion20002000)
2009-09-12 03:55:30
こんにちは。

たしかに重いテーマですよね。
でも、誰もが、ちょっとした運命的なこと、あるいは偶然のように、少年A、少年Bになりうるってことかなあ、とも思いました。

返信する

コメントを投稿