サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 11521「春との旅」★★★★★★★☆☆☆

2011年03月29日 | 座布団シネマ:は行

足が不自由な元漁師の祖父と仕事を失った18歳の孫娘が、疎遠だった親族を訪ね歩く旅に出る姿を描いたヒューマンドラマ。『愛の予感』などで国際的にも高い評価を受ける小林政広監督の8年越しの企画となる作品で、高齢者問題を切り口に生きることの意味を問いかける。主演は数々の巨匠たちの作品に出演してきた名優・仲代達矢、彼の孫・春役には『アキレスと亀』の徳永えり。そのほか大滝秀治、菅井きん、小林薫ら実力派が脇を固める。[もっと詳しく]

ロケ地の災害前の気仙沼が、フィルムに焼きついている。

東北震災の直前に、宮城県気仙沼に講演で出向いていた知人に、自らのスナップで撮った町の写真や、地元のNPOが丁寧で素朴に制作した「気仙沼紹介映像」を見せていただいた。
静かな港の風景と、レトロで昭和の郷愁にひたれそうな町並み。
僕が震災の日に、帰宅難民の列から離れて、スマホの充電のために入ったDOCOMOショップの待合室におかれた大型テレビで、はじめてまともに震災の映像を見ることになった。
充電している1時間ほど、僕は食い入るように画面を見続けた。
ちょうど映し出されていたのが、津波に襲われた上に、打ち上げられた漁船の重油に引火したのだろうか、町のかなりな部分が業火に包まれている映像だった。
それは気仙沼だった。



『春との旅』で気仙沼は重要なロケ地のひとつとなっている。
北海道石狩市のとある侘しい漁村を飛び出た忠男(仲代達也)と心配してくっついてくる孫娘の春(徳永えり)。
忠男は身体不自由でいつまでも孫を拘束するわけには行かないと、親戚をあてにして自分の面倒をみてもらえないかと、プライドを捨てて頼みに行くつもりだ。
最初に来たのが、兄である重男夫婦(大滝秀治・菅井きん)のそれなりに立派な一軒家。気仙沼にあった。
「それが人にものを恃むときの口の利き方か!」と不仲の兄から毒づかれいたたまれず飛び出る忠男であったが、その兄夫婦にしてもこどもに家を渡し、自分たちは施設に入らなければならないという事情を抱えていたのだ。
忠男は年賀状だけは欠かさなかった気のあう弟の住所を尋ねるが、探し当てたのは内縁の妻愛子(田中裕子)であり、服役中の弟を待っているのだという。
忠男と春が入るおいしそうなラーメン屋や愛子が勤める食堂は、気仙沼の魚市場の近くがロケに使われた。



ロケは続く。
羽振りが良さそうに見える不動産業を営む弟の道男夫婦(柄本明・美保純)も実のところ借金で首が回らなくなっていたのだが、ここは市内にまで震災の被害をこうむった仙台市である。
有名な鳴子温泉では、姉茂子(淡島千景)が、旅館を仕切っていた。
茂子は孫の春を気に入り預かりたいと言うが、春は茂男との同行にこだわる。
この鳴子温泉は比較的震災被害が少なかったらしく、避難民の千人規模の温泉宿舎への受け入れをいち早く表明している。
小林政弘監督はこれまでも気仙沼をはじめ東北の三陸海外沿いをロケ地として、何度も使ったことのある監督であった。
監督のモンキータウンプロダクション含め、関係者のショックは想像に余りある。



この作品でも仲代達也の執念のような演技は高く評価されているが、僕は春を演じた徳永えりがこの作品で小林政弘の厳しい演技指導によって、また一皮剥けたように思えた。
もともと大ヒット作『フラガール』で蒼井優扮する主人公の同級で、夕張に転向せざるを得ない薄倖の少女を演じて以来、注目はしていた。
本作では、赤いジャージと白いスカートに運動靴、黒いソックスというまことにださい恰好で登場し、必死で茂男に寄り添おうとする。
演出だろうが、ひどい「がにまた歩き」で、この徹底した長まわしを本領とする監督の注文に、必死でこたえようとしている女優魂のようなものが観客によく伝わってくる。
特に、自分を捨てたかたちになった父(香川照之)に思いのたけをぶつけるシーンや、落ち着き先が見つからない武男と蕎麦を食べながら、「あたしはずっとじいちゃんと一緒にいる」と言ってのけるシーンは印象深い。



武男は、ニシン漁全盛期の夢が忘れられず、家族・兄弟とも疎遠に生きている孤独で、しかしどこか甘えん坊のようなところがある資質を持っている。
春の父の離婚も母の不倫が原因であり、その母は自殺している。
武男は、静かに春に寄り添い見守ってきた。
春は漁師町で小学校の給食係で勤めていたが、その小学校も統廃合で無くなってしまった。
しかし今度は、春が武男に寄り添おうとしている。
その姿が、いじらしく涙を誘う。



今回の東北震災は、多くの家族の一員を喪失させ、思い出の痕跡を洗い流し、身近なもの同士を分離させ、そしてそのことはまだ当分続くことになる。
血のつながりがどうのというよりも、もっと黙っていても通い合うものを、無意識に人々は求めている。
五百年、千年に一回の大災害だとしても、現にいまいる人々にとってみれば、不可避の運命的な災害経験である。
『パッシング』(05年)や『愛の予感』(07年)をはじめ海外では高く評価されている小林政弘の作品。
どこかでこの『春との旅』は、このインディペンダントな異色な監督の総決算のような感じもしてしまったりしたが、きっと小林政弘は今回の東北災害をテーマに組み入れながら、彼なりの視座からレクイエムを奏でることになるかもしれない。



武男と春の旅は、結局自分たちが世の中で生存していくことの、「気持ちの在り処」を確認しようとする旅であったかもしれない。
そして多くの災害を受けた関係者たちが、「なにもかも喪った」ところから、もう一度それぞれの関係回復の旅に踏み出すことになる。
たとえば気仙沼の美しい風景が、復興の中でどういうかたちになるのか今はわからない。
けれどもそこに住む人たちのなかに、在りし日の気仙沼はしっかりと脳裏に焼きついているはずだ。
何年もかかるかもしれないが、大きなことも小さなことも、復興劇の主人公には、当然のことだが、その記憶を持っている人たちが中心にならなければならない。
誰かと誰かが、新しい「寄り添い」をも懸命に、模索していきながら・・・。

kimion20002000の関連レヴュー

『パッシング
愛の予感


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (リバー)
2011-03-31 18:30:52
TB ありがとうございます

ロケ地は気仙沼でしたか・・・
驚きです

映画は 俳優陣の演技が素晴らしくて
家族というものについて 考えさせられました
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リバーさん (kimion20002000)
2011-03-31 22:10:57
こんにちは。
小林政弘さんは、好きな映画とちょっと独りよがりの映画だなというのが交互にあります(笑)
この映画はとても心を打つものがありました。
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そういや (sakurai)
2011-04-01 13:47:04
北海道、東北、太平洋岸が舞台の映画でしたね。今の惨状は夢にも思わなかった。
世の無情を痛烈に感じます。
独りよがりでない映画よりは、気骨があっていいとも思うかもです。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2011-04-01 22:24:04
こんにちは。
この監督は気骨はありますよ。
春が気仙沼の親族と共に、復興を生きていくと言う続編をつくってくれたらいいのになと思います。
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-07-01 19:51:03
この監督の作品を観るのは初めてですが、じっくりと作っていますね。
特に、主人公が長男夫婦の現状を知った後も何も言わずに去る場面にぐっときました。

>血のつながりがどうのというよりも、もっと黙っていても通い合うものを、無意識に人々は求めている
この映画からも僕はそれを感じましたねえ。血を否定するのではなく、血縁者であろうとかなかろうと、互いの思いが大切なんだなあ、としみじみとしましたね。
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オカピーさん (kimion20002000)
2011-07-03 12:57:22
こんにちは。
昔々、この監督はフォーク歌手だったんですよ。僕はその頃、唄を聞いたことがあるんです。
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