サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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生涯独身!/岩谷時子(作詞家)/97歳

2013年10月28日 | 毎日がメメント・モリ

岩谷時子さん死去=作詞家「愛の讃歌」「君といつまでも」、97歳

時事通信 10月28日(月)13時58分配信

 「君といつまでも」などを作詞し、シャンソン歌手越路吹雪さんの「愛の讃歌(さんか)」を訳詞した作詞家で文化功労者の岩谷時子(いわたに・ときこ、本名トキ子)さんが25日午後、肺炎のため東京都内の病院で死去した。97歳だった。葬儀は親族のみで行い、後日「しのぶ会」を開く。
 韓国ソウル生まれで、兵庫県西宮市で育った。神戸女学院を卒業後、1939年宝塚歌劇団出版部入り。知り合った越路さんが51年に退団すると共に上京し、マネジャーとして支えた。越路さんの歌うシャンソンの大半を訳詞した。
 作詞家としても数々のヒット曲を送り出し、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」、加山雄三さんの「君といつまでも」、郷ひろみさんの「男の子女の子」など代表曲は数多い。

岩谷時子には驚かされることばかりだ。
ソウル生まれの岩谷だが、神戸女学院を卒業後、宝塚出版部に就職し、20代半ばで機関紙「歌劇」の編集長となっている。
そこで出会ったのが、当時15歳の越路吹雪。二人は意気投合し、越路が歌手になりたいということで宝塚を退団する時に、自分も離れて、以降、生涯にわたって越路の付き人(マネージャー)をするのだ。
十歳も下の子に!
周囲の証言に拠れば、越路が亡くなるまでその関係は続いたのだが(30年間)、彼女はマネージャーの報酬をいっさい受け取らなかった!

彼女が作詞家として登場するのは1952年。僕の生まれた頃だ。もちろん越路吹雪のためだがそれが「愛の讃歌」である。

それ以降も、越路の曲の訳詩はすべて岩崎なのだが、訳詩以外に作詞もこなし、ザ・ピーナッツ・加山雄三・ピンキーとキラーズ・郷ひろみ・佐良直美・園まり・西田佐知子・布施明など数え切れない。
僕の小学校や中学校の時のヒットソングはなんと岩谷時子が多かったことか。1300曲を手がけたと言われている。

劇団四季などでのミュージカルの歌詞も岩谷時子が多いが、とくに「ミス・サイゴン」の本田美奈子を愛し、越路吹雪の再来だと評価した。
年齢的には孫といってもよかった。本田は病魔に冒されて不幸な死を遂げたが、岩谷時子は足を負傷し、本田と同じ病院に入院し、最後まで彼女を励まし続けたという。

生涯独身である。
岩谷時子のみんなに愛され記憶に残る歌詞や訳詩は、いったいどこから溢れ出てきたものなのだろう・・・合掌!

 

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