クリスマスをどこで過ごされましたか?
そして、お正月は、どこでどんなふうに過ごす予定でしょうか?
そんなこと訊くなよ~!
そんな質問はしてほしくない!
クリスマスも正月もそんなの関係ねぇ!(ふるッ!)
世の中が華やかに賑やかになればなる程、心は寒くなる人はたくさんいると思います。
自分以外の誰もが、ウキウキ、キラキラした浮かれ気分になって日々をエンジョイしているように感じられるものです。
クリスマスや正月を一緒に楽しんだり祝ったりする相手もいないし、家族と過ごしたって面白おかしくもない。むしろ、みじめになるだけ。
憲法記念日やみどりの日や勤労感謝の日などの祝日は、平常心で過ごせるのに、
年末年始のこの時期は、けっこう、孤独感に打ちのめされキツイのは、なぜ?
寒さのせい?
日の落ちるのが早いせい?
必要以上に豪華なイルミネーションのせい?
そのどれもであり、どれでもないかもしれません。
そして、それぞれが「自分以外の」と思っていますが、
実は、意外なほど多くの人が、同じような孤独感や疎外感を抱いているはずです。
クリスマスや正月に「自分の居場所がない」と感じる人の中には、
ふだんの生活でも、同じような疎外感にさいなまれる人もいるはずです。
「自分の居場所がない」と感じるようになってしまうのは、
親に、「あなたはただいるだけでいい」という存在承認をされてこなかったからかもしれない、と
前回、お伝えしました。
でも、今さら、親を責めても何の解決にもならないし、
親は親なりにあなたを一生懸命育ててきたと思います。
では、どうしたらいいのか?
一つ、提案があります。
せっかくのクリスマスやお正月のイベントの一瞬一瞬を
あなたのやり方で一生懸命楽しんでみてはどうでしょうか?
クリスマスは過ぎてしまったので、来年に期待するとして、
年末年始をしっかり、本来あるべき様に過ごしてみては如何でしょうか?
例えば、
通常以上に掃除に力を入れ、お部屋をきれいにする
正月らしい飾り付けをしてみる
年賀状をできるだけたくさんの友人知人親戚に書く
おせち料理を自分ひとりのためにでも用意する
(できたら、作ってみる)
この一年をどのように過ごすか、紙に書き出す
初日の出を拝む
元日には、真新しい洋服を着て過ごす
初詣に行く
などなど、昔からの風習にのっとって、まさに、お正月らしく過ごしてみるのです。
つまり、一生懸命、お正月を味わってみるのです。
不思議とそこが居場所になります。
正月なんて、面倒でくだらないもの、と、初めから否定しないことです。
どこにいてもそこが「居場所と感じられない」のは、
その場にあなたの心を置こうとしていないからかもしれません。
もしかしたら、あなたは、
いつでも、その場から逃げられるように、片足を外に向けていませんか?
ただ、そこにいる
ということは、そこに心を置くということです。
覚悟を決めて、両足をしっかりそこに入れて、
そこにある人、もの、できごと、やるべきことなどに心を向けることです。
もし、お正月を実家で家族と過ごすのでしたら、
ぜひ、親が作ったおせち料理、家族との会話、家族の笑顔を十分に味わってみてください。
その場で過ごす貴重な一瞬一瞬を大切にしてみてください。
覚悟を決めて、そこに心を置いて、一生懸命過ごすと、
必ず、そこは自分の居場所になると思います。
これって、私の経験です。
かつて、どこにいても居心地の悪さを感じてしまう私は、あるとき、気がついたのです。
最初から、逃げ腰だ、と。
心も体も、いつも、外を向いている、と。
本当の私はもっと違うところに「ある」と思い込んでいる、と。
でも、「本当の私」は、今、ここにいる私以外の何者でもないのだから、
今いる場以外の幻の場所を求めることをやめました。
やがて、自分の居場所が、そこにもあそこにもできたのです。
そして、お正月は、どこでどんなふうに過ごす予定でしょうか?
そんなこと訊くなよ~!
そんな質問はしてほしくない!
クリスマスも正月もそんなの関係ねぇ!(ふるッ!)
世の中が華やかに賑やかになればなる程、心は寒くなる人はたくさんいると思います。
自分以外の誰もが、ウキウキ、キラキラした浮かれ気分になって日々をエンジョイしているように感じられるものです。
クリスマスや正月を一緒に楽しんだり祝ったりする相手もいないし、家族と過ごしたって面白おかしくもない。むしろ、みじめになるだけ。
憲法記念日やみどりの日や勤労感謝の日などの祝日は、平常心で過ごせるのに、
年末年始のこの時期は、けっこう、孤独感に打ちのめされキツイのは、なぜ?
寒さのせい?
日の落ちるのが早いせい?
必要以上に豪華なイルミネーションのせい?
そのどれもであり、どれでもないかもしれません。
そして、それぞれが「自分以外の」と思っていますが、
実は、意外なほど多くの人が、同じような孤独感や疎外感を抱いているはずです。
クリスマスや正月に「自分の居場所がない」と感じる人の中には、
ふだんの生活でも、同じような疎外感にさいなまれる人もいるはずです。
「自分の居場所がない」と感じるようになってしまうのは、
親に、「あなたはただいるだけでいい」という存在承認をされてこなかったからかもしれない、と
前回、お伝えしました。
でも、今さら、親を責めても何の解決にもならないし、
親は親なりにあなたを一生懸命育ててきたと思います。
では、どうしたらいいのか?
一つ、提案があります。
せっかくのクリスマスやお正月のイベントの一瞬一瞬を
あなたのやり方で一生懸命楽しんでみてはどうでしょうか?
クリスマスは過ぎてしまったので、来年に期待するとして、
年末年始をしっかり、本来あるべき様に過ごしてみては如何でしょうか?
例えば、
通常以上に掃除に力を入れ、お部屋をきれいにする
正月らしい飾り付けをしてみる
年賀状をできるだけたくさんの友人知人親戚に書く
おせち料理を自分ひとりのためにでも用意する
(できたら、作ってみる)
この一年をどのように過ごすか、紙に書き出す
初日の出を拝む
元日には、真新しい洋服を着て過ごす
初詣に行く
などなど、昔からの風習にのっとって、まさに、お正月らしく過ごしてみるのです。
つまり、一生懸命、お正月を味わってみるのです。
不思議とそこが居場所になります。
正月なんて、面倒でくだらないもの、と、初めから否定しないことです。
どこにいてもそこが「居場所と感じられない」のは、
その場にあなたの心を置こうとしていないからかもしれません。
もしかしたら、あなたは、
いつでも、その場から逃げられるように、片足を外に向けていませんか?
ただ、そこにいる
ということは、そこに心を置くということです。
覚悟を決めて、両足をしっかりそこに入れて、
そこにある人、もの、できごと、やるべきことなどに心を向けることです。
もし、お正月を実家で家族と過ごすのでしたら、
ぜひ、親が作ったおせち料理、家族との会話、家族の笑顔を十分に味わってみてください。
その場で過ごす貴重な一瞬一瞬を大切にしてみてください。
覚悟を決めて、そこに心を置いて、一生懸命過ごすと、
必ず、そこは自分の居場所になると思います。
これって、私の経験です。
かつて、どこにいても居心地の悪さを感じてしまう私は、あるとき、気がついたのです。
最初から、逃げ腰だ、と。
心も体も、いつも、外を向いている、と。
本当の私はもっと違うところに「ある」と思い込んでいる、と。
でも、「本当の私」は、今、ここにいる私以外の何者でもないのだから、
今いる場以外の幻の場所を求めることをやめました。
やがて、自分の居場所が、そこにもあそこにもできたのです。