担当授業のこととか,なんかそういった話題。

主に自分の身の回りのことと担当講義に関する話題。時々,寒いギャグ。

ローマ数字の小数表示。

2024-04-01 16:32:02 | mathematics
大学の学部 1 年生に微分積分学を教えるといっても,そもそも理工系の学部・学科であるため,高校の「数学 III」を履修している学生がほとんどである。

にもかかわらず,例えば 50 人のクラスであったとして,そのうちの 1 人か 2 人は「数学 III」をまともに履修していない状態のまま入学する。

そのような学生に対して,入学前に「数学 III」相当の内容を自習するよう,大学側から何らかの指示が出ているという噂は聞いたような気もするが,私のような非常勤講師に公式にそこら辺の事情が伝達されることはない。

私が担当するのは非数学系といおうか,ともかく,いわゆる「数学科」のような数学ガチ勢とは全く異なる工学系のクラスなので,そもそも微分積分学のどういった話題を講義内容として提供し,そのコースを受講する中で身に付けてもらうべきなのか,正直さっぱり分からない。

とりあえず避けるべきは数列や関数の極限の ε-δ 論法的な取り扱いであろう。ε-δ 論法というのは安定的な動作が求められる工業製品づくりには欠かせない哲学というか思想を含んでいるように感じるのだが,その議論の型だけを特訓する科目ならばいざ知らず,メインコンテンツは具体的な関数の微分や積分の計算にあるとするならば,下手に受講生を悩ませ,不安に陥れたり,中途半端な扱いゆえまったく未消化のまま,貴重な講義時間をいたずらに消費しただけで終わってしまうことが目に見えている ε-δ には一切触れずに切り抜けるのが賢い在り方であろうか。

ところがそうすると,題材が 1 変数関数の微分積分に留まる限り,高校の「数学 III」との差別化を図ることが極めて困難になる。

私が長年担当してきた微分積分学の講義においては,高校の「数学 III」に次のように数本毛が生えた程度の話題を提供するにとどまっている。

・有界な単調数列が何らかの極限に収束する(有界単調列は収束列である)ことを実数列が持つ基本性質として認めることにする。

・逆三角関数を明示的に定義し,その導関数を覚えてもらう。

・2 つの関数の積の高次導関数に関する微分公式(いわゆる Leibniz's rule)の紹介。

・べき関数,指数関数,対数関数,三角関数の第 n 次導関数を取り扱う。

・不定形の極限を求める際に便利な de l'Hôpital の規則の紹介。

・関数の Taylor 多項式および MacLaurin 多項式を導入し,関数のべき級数展開について触れる。

・今後,1/√(1-x^2) の不定積分は arcsin(x),1/(1+x^2) の不定積分は arctan(x) と書いていいからね,という許可を出す。

・いわゆる広義積分の入門的な取り扱い。

こうしてリストアップすると結構毛がふさふさになってきた印象であるが,教わる側も,教える側も,これらの知識が学生にとって将来どう必要になるのか何のビジョンも持たぬまま,既存の薄いテキストの内容をさらに味がまったくわからなくなるまで薄めて提供するだけで 14 週の授業を終える。

ただし,教えている側も,教わる側も,その 14 週はジェットコースターのような目まぐるしい日々を駆け抜けることとなる。

学科ごとの特性に合わせて,例えば情報系ならアルゴリズムの計算量を解析的に見積もるなんていうモチベーションでオーダー記法と呼ばれるものを特訓するとか,学生が学科の専門科目ですぐに要求されるであろう数理的な知識や技能の下準備として微分積分学の必要そうな部分に特化して 14 週を過ごすのが合理的とは思うのだが,さまざまな事情でなかなかそういうわけにもいかないのが現状である。

それで何を言いたかったのかというと,かつて月刊誌『数学セミナー』で前原昭二さんが 1971 年 7 月号から 1972 年 8 月号までの 14 回にわたって「基礎講座 数 IV 方式 微分積分」というタイトルで連載されていた。私はそれで「数 IV 方式」なる言葉を知ったのだが,第 1 回の「はじめに」で

数 IV 方式とは不精者の数学である.

という,著者自身がどこかで聞いた言葉として紹介されている。その意味は不精者にも分かるような(やさしい)数学という意味ではなく,高校の「数学 III」で習った知識を前提として,つまり,教える側がそれらの知識の再確認をさぼって,その先に続く内容を大学初年級の学生に教えるという意味で,不精者なのは教師の方だという解釈が付されている。

ところが,当時から「数 IV 方式」なる言葉が世に存在したにも関わらず,本気でそのような路線を推し進めた大学初年級対象の微分積分学の教科書を著者は見たことがなく,そのため,試みにこんな内容であろうかという試論を連載で展開してみる,といった話である。

なお,その記念すべき初回の内容は,部分積分を繰り返して関数のテイラー級数展開を得るもので,部分積分にはそんな使い方があるんだと学生の興味を引き立てるだけでなく,それから「超高校級」であるテイラー展開という大学微分積分学の花形ともいえる重要な内容にすぐ手が届くところがミソであるように思う。

その後の展開はというと,テイラー展開ときたら複素関数論でしょ,といわんばかりで,結局は 1 変数の複素関数論への入門コースといった内容になっている。

とはいえ,途中で定積分の台形公式やシンプソンの公式の誤差評価を試みたり,テイラー展開を通じて Euler の公式 e=cosθ+isinθ を導き,それを単振動の微分方程式と絡め,複素平面上での質点の運動を論じ,中心力場での 2 体問題を解き,平面曲線の曲率について触れている。そして最後に再び Euler の公式に戻って逆三角関数と対数関数の話に戻り,Riemann 面の話まであと一歩,というところで連載を終えている。

思い返してみると私の高校時代は「数学 II/数学 III」ではなくて「基礎解析/微分・積分」だった時代なのだが,ともかくまだ微分方程式の初歩,特に変数分離形の解法と,「水の問題」に代表されるような文章題から自分で微分方程式を立てて解くことは正規の課程の一つであったし,「微分・積分」の教科書には台形公式がコラムで紹介され,教科書傍用の問題集にはシンプソンの公式までもが参考として記載されていた。ただし,複素(数)平面の扱いはなく,それは私の数年後の代から,確か「数学 B」の一分野として復活した。

前原昭二さんの「数 IV 方式 微分積分」は,ご本人曰く,最終回の記事の末尾に,「いつの間にか <複素数&rt; の宣伝文書みたいになってしま」ったとか,「とりとめのない話」と自己批判というか反省の弁を述べられているが,「数学 III」で学んだであろう微分方程式や複素平面とのつながりを大学初年級の学生に披露することは,彼らがその後,さらなる(解法中心の)微分方程式論や複素関数論(の初歩)を学ぶであることを考えると,新入生向けのオリエンテーション的な科目という位置付けならばうってつけの話題の選び方であろう。

ある意味,高校の「数学 III」ではそこまで持っていきたいけれども,さすがにそれは無理かと断念せざるを得なかった,目の前にあるのに手の届かない話題のオンパレードであって,高校と大学の橋渡し的な講義はあるべき健全な姿であるようにも思うのである。

似たような試みは前原先生以前からも,またその後も今日に至るまで多くの大学教師が模索してきたであろうが,寡聞にしてこれといった決定打に出会ったことはないような気がする。

今回,日本評論社の公式サイトで提供されている検索サービスで前原先生の記事を調べようとしたが,「数 IV 方式」というキーワードではうまく引っかからなかった。
仕方がないので著者名で検索してようやくたどり着いたのだが,日本評論社のデータベースではタイトルが「数4方式 微分積分」のようにローマ数字の IV ではなくてアラビア数字(のいわゆる全角であろう)4に変更されている。それが検索がうまくいかなかった原因のようである。

ちなみに,同社から 2016 年に出版されている三町勝久氏の『微分積分講義 [改訂版]』という書籍の内容紹介に「数 IV 方式」という言葉が含まれていたため,それが検索でヒットしたのだが,そちらは「高校の数 III で 1 変数関数の微分積分は十分学んだでしょ」ということで,多変数関数の微分積分に進むという方向性のものであるようだ。

私が学部 4 年生のときに所属した研究室の先輩にも同様の方針を実践している方がいたのを思い出す。理工系の大学 1 年生相手に 1 変数関数の微分積分を繰り返しても教わる側にとっては新鮮味が欠けていてモチベーションが上がらないでしょ,といったような理由で,いきなり偏微分の話からかましていくスタイルで,三町氏のテキストの出だしと同じである。

道草ついでにいうと,偏微分の計算は 1 変数関数の微分そのものだから,そこはスムーズに接続できるとしても,全微分という,1 変数関数の微分概念の多変数関数版の正統後継者と考えられる「線形写像による 1 次近似」へと話を進めるのはどうやるのであろうか。実はそもそも 1 変数関数のグラフの接線が何故接線と呼ばれる代物であるのかといったことは高校の「数学 III」でもスルーされるような,観念的なお話であるので,その辺の話をゴチャゴチャやって,しかも多変数の線形(もしくは比例)関数とはなんぞや,といった話も一席ぶつとなると,途端に内容の難易度が跳ね上がる。そのため,全微分なるものをバッサリ大学初年級の微分積分の課程から放逐するのも一つの手なのかもしれない。さすがに私はそこまで思い切った簡略化を推し進める勇気は今のところないが,今後の可能性の一つとして真剣に検討すべき選択肢の一つであるような気がしてならない。

とにもかくにも,4 月になってしまったので間もなく新学期が始まる。

20 年教え続けてきたが,今年度も私が教える内容は「数 IV」には手が届かず,その半歩手前の「数 IIIS」に留まる予定である。

III と IV の中間,つまり 3.5 に相当する数字をローマ数字で表せるのか気になってググってみたら,ローマ数字に関する Wikipedia の日本語版でまず小数表示が存在することを知り,より詳しい内容については英語版 (Roman_numerals#Fractions) を参照した。それによるとローマ数字の流儀では分数はなぜか 12 進法になるそうだが,1/2,つまり 6/12 は half を意味する semis の頭文字を取って S と表すそうだ。

そういえば,私の専門は非線型偏微分方程式論ということになっているが,非線形性があまり強くない場合は古くは semi-linear,現在では semilinear と英語で綴られ,「半線型」という訳語が充てられている。また,発展方程式と呼ばれるタイプの場合,半群的な取り扱いというものが用いられることがあるが,「半群」は semigroup である。代数方面では「半単純」 semisimple という用語を見かけたこともある。解析学では「半連続」 semicontinuous というのがあったのも思い出した。

球面を赤道で切った半分も仲間かなと思ったのだが,それは hemisphere という。訳語は「半球面」であるが,semi ではなくて hemi である。

hemi の方はギリシャ語由来で,それがラテン語版になると semi に変化するそうで,両者は無関係なわけではないらしい。

気になったのでもうちょい調べたら,demi というのも出てきた。ギリシャ神話でおなじみの半神は英語だと demigod になる。ファンタジー系のマンガなどで亜人なるものが出てくることがあるが,それをデミヒューマン (demihuman,半人) なんて呼んだりしているな。

それはともかく,semi- という接頭辞が「半分」を意味しているらしいことは私にとってはかなりなじみ深かったはずなのだが,今の今まですっかり忘れていた。そうかー,semis が語源なのねー。



ということで,数 III と数 IV の間に位置する,極めて中途半端な内容の「微分積分学」の講義は「数 IIIS 方式」と称することを提案したい。これが本記事の主旨である。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« CASL II/COMET II メモリアル。 | トップ | 「する」モノと「される」モノ。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

mathematics」カテゴリの最新記事