トッペイのみんなちがってみんないい

透析しながら考えた事、感じた事。内部障害者として、色々な障害者,マイノリティの人とお互いに情報発信したい。

日本霊異記 この時代にも

2008-05-30 02:40:57 | 文学
 おいらは、日本の古典も好きだ。でも、奈良時代末期に成立した日本最古の仏教説話集である「日本霊異記」は、どこかで雷を捕まえた話を読んだ以外に縁が無かった。今回、図書館から借りてきた。説話文学には興味を持っていたし、万葉集の頃の人々の暮らしも反映しているのかな、という気持ちで読もうと思った。日本最古の短編小説集になるわけだが、作者は薬師寺の僧、景戒(きょうかい)。妻子持ちで、馬小屋には馬2頭、自分の持仏堂を所有していた変わった人である。
 
 この中に、この前調べた五日市憲法の発祥地、旧五日市町に関する説話が載っていた。内容も、奈良時代にこんな話があったのかと驚くような事件ものだった。

 「悪逆の子の、妻(め)を愛(めぐ)みて母を殺さんと謀り、現報に悪死を被(かかふ)りし縁」というタイトル。なお、この説話集は仏教に関するものだから、因果応報の話が多い。この話もそうだ。
 吉志火麻呂(きしのひまろ)は、多摩郡鴨の郷(旧五日市町)辺の人だった。火麻呂の母の名は日下部真刀自(くさかべのまとじ)。聖武天皇の御代に、彼は九州の防人に選ばれ任地に赴いて、3年の月日がたとうとしていた。この時に、母親は従者の資格で彼について行き息子の面倒を見ていた。彼には妻がいたが、法の定めで故郷の留守宅を守っていた。しかし、火麻呂はどうしても若妻に会いたくなり、道ならぬ考えを起こしてしまう。自分の母を殺し、喪に服すことによって軍役を逃れて帰り、妻とともに国元で暮らそうと思ってしまう。母親が信心深いことから、
母親に、東の山中で、7日間の法華経講義の集会があるから行って来いと勧める。母は、少しおかしいと感じながらも、お経の話を聞こうと思い立ち、湯で身を洗い清めて、息子と一緒に山中に入っていった。火麻呂は牛のような目つきで母をにらみ、「おい、地面にひざまずけ」と言った。母は、息子の顔を見つめ、「どうしてそのような事をいうのか。魔物にでも取り憑かれたのか」と言った。
 火麻呂は太刀を抜いて母を切り殺そうとした。母は火麻呂の前にひざまずき「人々が木を植えるのは、木の実を採り、それに木陰に憩うがためです。子を養うのは、子の力を借り、さらに子に養ってもらうがためです。頼みとした木から雨が漏るように、何でお前は、思いもつかぬおかしな気を起こしたのです」と言った。
 火麻呂は聞く耳を持たず、困り果てた母は着ていた着物を3か所に置き、彼の前にひざまずいて、遺言し、「わたしの気持ちを思って、この着物を包んでおくれ。一つは長男のお前が取りなさい。一つの着物は2番目の息子に送っておくれ。いま一つの着物は末の息子に渡しておくれ。」と頼んだ。
 極道者の火麻呂が母の前に進み、首を斬ろうとするや、大地がたちまち避けて彼はそこに落ち込んだ。母はとっさに立ちあがり、落ち入る火麻呂の髪をつかみ、天を仰いで泣き叫び、許しを乞うたが、火麻呂は大地の裂け目から深く落ちてしまった。優しい母は息子の髪を持って家に帰り、法事を営んだ。
 母の慈愛は深い。深いがために道ならぬ不孝な子にまで哀れみをかけ、子のために供養を行った。不孝の報いはてきめんに現れる、道ならぬ行いには必ず罪の報いがあることが、本当に分かるというものである。

 なんだか、現代にも起こりそうな事件を取り扱っている。これが、奈良時代に書かれたというのが驚くべきことだ。古事記や万葉集とは違った世界が垣間見られた。古典の楽しみは、こうした発見にもある。


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4 コメント

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ほんとうに (くるみ)
2008-05-30 06:39:27
考えられないような恐ろしいニュースが多くて、どうしてこんな時代になったのかと思うような近年ですが

昔からこういうお話が書かれていたんですねぇ

驚きました
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こんにちは (たけかな)
2008-05-30 09:58:26
私も驚きました。時代はめぐるものか、人そのものがいつの時代になっても変わらない観点をもっているのか不思議な気持ちです。
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古典は宝の山 (芙蓉峰)
2008-05-30 10:46:43
人間の精神的営みは、善も悪もすべて古典の中に既にあるようですね。
親孝行が美徳とされるのも、昔から親不孝者が如何に多かったかという証拠ですね。
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古きを訪ねて (トッペイ)
2008-05-30 11:46:58
 くるみさん、
昔も、こんな事件があったのかもしれません。でも、最近は嫌なニュースが多いですね。気をつけないと、慣れっこになってしまいそうです。

 たけかなさん、
奈良時代の人の考えも、今に通じる所がありますね。変わらないところも、思ったよりもたくさんありそうですね。

 芙蓉峰さん、
先人の残してくれたものは宝ですね。日本人の精神史を直接的に知ることが出来そうです。親の愛の深さも感じ入るものがありました。
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