トッペイのみんなちがってみんないい

透析しながら考えた事、感じた事。内部障害者として、色々な障害者,マイノリティの人とお互いに情報発信したい。

五説教(水上勉訳・横山光子脚色)

2008-11-23 19:01:31 | 文学
 先日、第6回八王子車人形と民族芸能の公演に行った時、休憩中にロビーでは、伝統芸能の継承団体のワークショップが行われていた。説教節の会では、説教浄瑠璃の床本も売られていた。、買い求めたかったが予算の都合で断念した。その傍らに置いてあったのが、「五説教」(水上勉訳・横山光子脚色・若州一滴文庫)であった。訳というのは東洋文庫版の「説教節」の訳である。

 中世、ほとんどの人間が文盲であった。筵(むしろ)に座り、ささらを摺りながら説教節は語られた。人々は、水上氏が言うように説教節を聴くことにより「路傍で道徳を拾ったのである」。仏教の思想が根底にある語り物には、日本人の精神に影響を与えた人間ドラマがあった。もちろん、勧善懲悪にしろ、人としての生き方などは当時の人々の考え方を反映したものだったが、後の日本文化にも影響を与えた。昔の人だったら、小栗判官と照手姫、石童丸、信徳丸という名前を聞けば、脳裏に一つの物語を思い浮かべることが出来たのだろう。現在の日本人には、一部の人にしか、そうした名前からイメージを浮かべる人がいない。

 安寿と厨子王丸の話は、少し前の子供なら知っていただろう。東映動画でも「安寿と厨子王丸」が1961年に製作されている。(内容はかなり改編されているが)。森鴎外は小説「山椒大夫」を執筆した。しかし、その内容は、元の話にあった残酷さなどを切り捨てた合理的なものであった。おいらが観た、ふじだあさや作の「さんしょう大夫」は印象的な劇であった。前進座で上演された。客席を通って僧侶の一団が登場する。説教僧を思い起こす。舞台で笠と衣を脱ぐと、それぞれの役の衣装を付けた役者が現れる。説教の世界というイメージで劇が進行する。山椒大夫には金焼地蔵の霊験や、山椒大夫の首引きといった残酷なかたき討ちの場面が出てくる。こうした現代のリアリズムに合わない当時の人々の思いを伝えるための優れた演出方法に思えた。この劇を観て、自然と涙が出たことを思い出した。やはり、説教節の世界は、今の人間の精神の根底に流れているのかも知れない。

 小栗判官については、市川猿之助の歌舞伎や、横浜ボートシアターの上演作品でその名前は知っていた。信徳丸については、文楽・歌舞伎の「摂州合邦辻」に影響を与えている。また、寺山修司の「信毒丸」もその流れでとらえてもいいのかもしれない。「信太妻」も文楽・歌舞伎に素材を提供している。「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森の恨み葛の葉」の歌は有名であろう。最近、ブームとなった陰陽師「安倍清明」の両親に関する物語だと言った方が分かりやすい人がいるかも知れない。夢枕獏氏の作品にも、清明は狐の子供だという噂があったとの記述があったと記憶している。

 説教節の世界は、後の日本文化にも多くの影響を及ぼしたのと同時に、日本人の精神の源流の一つとなっていると言っていいのかも知れない。

 子供の教育問題が叫ばれてから久しい。水上勉氏は説教節を現代語に訳して、母から子に語って欲しいと願っていた。そうした道徳教育があってもいいと思っていた。現代に説教節を残すことを切望していた。一方、「語り」を続けられていた横山光子さんは、説教節の「語り」を大人のために上演したいと思っていた。この2人の思いが合わさった時に出来たのが本書である。※東洋文庫版の編者の思いも、説教節を現代人に残すことだった。


 本書では、東洋文庫版と違い、五説教に、愛護若の代わりに付録の信太妻が入れられている。なお、訳は原文の一部が省略されている。語りの台本として理解できる。東洋文庫で原文を読む他に、本書を声を出して読むこともいい試みかも知れない。内容を、機会があったらブログで紹介したいと思う。

 説教節は、八王子の車人形や佐渡の説教人形と共に地方の芸能として残った。
佐渡の文弥人形は、明治時代に説教人形を改良した人形劇である。説教節の代わりに古浄瑠璃としての文弥節が用いられている。説教節の流れを汲むものとして参考にすることができるあろう。演目の山椒大夫はかなり筋が変わっている。
 


佐渡の文弥人形「山椒大夫」




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