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「ミスター・ヴァーティゴ」 ポール・オースター

2016-05-07 00:44:25 | 読書
今は絶版になっているようだ。すこし前に察知し、買っておいて良かった。しかしなぜ、絶版なのかが理由がわからない。
主人公は少年だ。読む前の勝手な想像では、純粋な少年が偉大な尊敬すべき師から空飛ぶ術を教わるというメルヘン的なファンタジーかと思ったが、冒頭からいきなり裏切られる。少年と言っても、不良少年だ、かなりやさぐれている。師匠の方も胡散臭い、浮浪者のようである。こういった、ちょっと不良で口の悪い登場人物が主役になるのはこの辺りのオースターの小説の特徴かもしれない。このあとのスモークやティンブクトゥもそんな雰囲気がある。
少年が主人公であるが、68年後に振り返っているという設定だ。その少年は9歳というから現在77歳の「俺」が語っていることになる。
イェフーディ師匠はウォルター(俺、つまり主人公)に容赦ない。身体的、精神的虐待を繰り返す。空を飛ぶ術を身につけるのに必要なのだという。つまり修行の一環なのだ。かなりきつい修行だ。最初は反抗していたウォルターも何時の間にか師匠なしでは生きていけなくなる。まるで父のように感じるようになる。全く縁のない同居人である、インディアンのマザー・スー、黒人のイソップ。それぞれ母であったり、兄のように慕うようになる。
このイソップという、名前からして、話し上手で、それこそイソップ童話のイソップのように描かれている。
ウォルターは様々な困難を耐え、師匠から見放されたと無力感に襲われた時、ついに空を飛ぶ。
師匠がマザー・スーと出会ったのは、まだ2歳だったウォルターを連れている時だ、その歳29歳、それから15年というから、現在師匠は44歳。今の自分と同じ歳ではないか。老練している。
全体としてオースターにありがちな、人間的にも、金銭的にも、どうしようもない人間が、あるきっかけで大成功、精巧というだけではなく、突然遺産が転がり込んできたり、博打に買ったりして、一気に、それこそ想像もつかない富と名誉を手にする。そして次の瞬間には一転して地獄に叩き落とされる。しかし、そこで自暴自棄になるわけでなく、大きな経験を積んで達観を得て、以後の人生は人間的に余裕で暮らすというパターンは共通している。
空を飛べるようになり、地位も名声も獲得する。同時に、師匠への愛も深まり、人間的にも成長していく。ところが、あるとき、非道な叔父に身代金目当てで誘拐されるところから、人生は曲がっていく。それとは別に、自分自身が思春期を迎えると飛べなくなってしまうというジレンマにぶち当たる。もう十分稼いだので、あとは今までの経歴をいかして、ハリウッドを目指し俳優の道を見いだそうとした矢先に、師匠との別れ。それも単純な別れではない。師匠はすでに癌に体を蝕まれていた。そこに、非道は叔父の再登場。叔父の打った銃の流れ弾に当たり瀕死の状態。しかもそこは砂漠の真ん中で、医者にはとてもたどり着けない。師匠は弟子にとどめを刺すよう命令(願う)するが、とてもできない。当然だ。そこで師匠は自ら銃の引き金を引く。しかし主人公ウォルトは、自分が引き金を引かなかったことを逆に後悔し、以後の人生に背負って生きていく。ここで3分の2。
そして伯父への復讐が始まる。なんとか探そうとさまよう。やっと見つけ最高の復讐方法を見つける。毒入り(かもしれない)牛乳を飲むか、飲まないなら即座に銃弾をぶちこむ。そう選択させる。どうせ甥は銃など打てないと見た伯父は牛乳を飲んで逃げる。ところがやはり牛乳には毒が入っており死んでしまう。その伯父のボスであるビンゴ・ウォルシュに目をつけられる。しかしビンゴに気に入られ、その下で働くようになる。
そこでも頭角を表し一気に出世する。いずれ、独立し、自分の店、クラブを持つようになる。
そこに野球選手、不器用な田舎者の無知な選手。が通うようになり親しくなる。その野球選手、ディジーはもう、絶頂期をを過ぎ、衰退期に入っている。ウォルトはそんな落ちぶれた野球選手をみたくない。反対に野球選手、ディジーの方はなんとも思っていない。ウォルトは勝手に自分の過去の経験からの妄想で絶頂期を過ぎた野球選手は死ぬべきだと思い込む。そこで自分が引導を渡してやろうと。かつて師匠に引導をわたせず、師匠自ら自死させたのを悔いたので、今度こそウォルト自身の手によって終わらせようと、それが自分の道だと思った。ところが失敗に終わり、警察に捕まる。和解に割りいってくれたのがかつてのボス、ビンゴだ。そのお陰で和解の選択肢として、軍役につく。しかし、戦争が終わって帰ってきても、自分には何も残っていないのだ。
職を転々としパン工場に就職し、モリーという年下の女性と結婚する。しかし23年後モリーは癌で先にこの世を去る。その後アルコール依存症となり、断酒クリニックで更生する。退院後甥から職を薦められてそこに向かう途中、ちょっと寄り道をし懐かしのウィチトーに寄る。もういないと思っていたが、ミセス・ウィザースプーンが元の家で暮らしていた。その時ウォルトは56歳、ウィザースプーンは75歳。その後一緒に暮らすようになりウィザースプーンは91歳で世を去るまで共に生きた。その空虚感から自伝を書くようになった。それがこのミスター・ヴァーティゴだ。
長い人生の中で、常に失い、再生を繰り返す。失うときはあまりに残酷だが、どん底まで落ち、やがて生命力を取り戻す。
スモークのよう下流層の人間模様。自分のクラブを持ってからは「ロッキー5」のような(アメリカというのがそういう国なのかもしれない)雰囲気だ。
師匠が死んでからの人生はあっという間だ。ハイライトが続くように話が進む。
 
 
20160423読み始め
20160506読了