

二人で迎える幸せの春


いろんな形で人は縁がつながります。たくさんの糸でつながっていきます。小学校6年生で担任して、縁あって、また中学校1年生の時に担任をしたYさん。
そして、自分自身、最後の担任となった3年生の時の生徒でもありました。
バレーボールを小学校の時から続けていました。しかし、高校では、バレーボール部がありません。

進路を決めるときに、
「何かスポーツをしたい。」
ということで、ご家族の方と一緒に大分の高校のフェンシング部の活動を見学に行きました。
それから、見事、その学校に進学決定。進学が決まったものの、環境が大きく変わること、親から離れていくことなどいろんな思いが脳裏を駆け巡ったのでしょう。
決定してから、しばらく表情がさえませんでした。時に涙を流すことも。その時、今、わたしと同じ学校で勤務している先生も、
「おまえしか、できない挑戦だ。」
ということを伝えるなかで、一大決心をして、郷里を離れていきました。
身体能力を生かして、インターハイなどで優勝をしました。何度か試合も見たことがあります。頼もしい姿でした。その後、体育大学に進学。活躍をしていきました。
卒業後、臨時講師で日田市の中学校の体育の教員に。わたし自身も偶然に、その時、日田市で2年間、勤務していました。
市役所などへの出張などで、グランドの横を通るときに、一生懸命に体育の授業をしている彼女の姿を見ました。
「頑張って生徒と関わっているよ。」
と彼女が勤務している学校の先生から、そんな言葉を聞くと、自分のことのようにうれしく感じました。

臨時講師を続けるかどうかの時に、他県の高校からオファーを受けて、任用されました。
土曜日、家に帰ると、一通の封筒が届いていました。結婚するという報告でした。高校時代のフェンシングの仲間です。目標に向かって、辛苦を共にし、頑張ってきた仲間です。
お互いの気持ちを理解しながら、きっとあたたかな家庭を築いていくのでしょう。