かったかくんのホームページ

日々感じたこと、心に残ったこと・・・つづっていきますね。よかったら、立ち寄って下さい。

山陽チームの集まり

2008年11月30日 | Weblog
 まだまだ形だけでも3つの野球のチームに所属をしています。

 その一つに本耶馬溪町のオールドボーイの野球部があります。オールドボーイの試合は、45歳を過ぎてから出場することができます。20代のころから一緒に野球をしてきた仲間たちの野球のチームに入れてもらっているのです。それぞれが若いときからずっと野球をしてきています。何度も地区予選を突破して、大分県民体育大会に地区代表として参加をしました。
 そのメンバーたちも年を重ね、県民体育大会から、オールドボーイの試合へと方向転換をしていきました。先日、大分県オールドボーイ野球大会の中津地区予選会がありました。一年に一度の試合です。予選を突破すれば、大分県のオールドボーイの大会に出場することができます。


 中津市役所、中津工業高校OBチーム・・・などいろんなチームが予選に出てきます。オールドボーイの大会で、地区予選を突破したことはまだありません。今年も残念ながら、一回戦で敗退をしました。今回、仕事の関係で練習に参加をすることができませんでした。本番の試合では、先制点につながる送球エラーをしてしまいました・・・。年か・・・。ちょっと悔いが残ります。

 忘年会は、中学校の近くの焼肉店で行われました。若いときから一緒に野球をしてきた仲間たちで、気心も通じてにぎやかな会でした。忘年会は、勝っても負けても関係ありません。おいしい肉を食べながら、いろんな職業の方が、集まり楽しい話にあっという間に時間が過ぎていきました。ずっとこのチームのお世話をしてくれていた井上鉱一先生がお亡くなりになり、この場にいないことは寂しい限りです。これも言葉にはしませんが、みんなが感じていることです。


 本耶馬溪中学校に勤務していたときのお家の方たちやコーチも何人もいます。大分、別府、行橋、日田・・・いろんな中学校に練習試合に行ってもらいました。7年ぶりに県体出場を果たしました。たくさんの思い出があります。


 忘年会の中で、来年の夏には、当時の生徒やお家の方が集まって試合をすることになりました。その場で生徒にも連絡をとり、世話をするように頼みました。この会は、みんなの野球の殿堂です。

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語った時間

2008年11月27日 | Weblog
 「先生、今から旅行の話をするためにいくからね。」
先日の休みに、かつて小学校で教えた、たかしくんとなっちゃんが家にやってきました。

「ご飯食べた?」

と聞くと、まだだったので、一緒に食べました。

 なっちゃんもパンフレットをたくさん持ってきていました。いろいろ同級生で旅行に行くために、調べてきています。何かにつけてみんなの世話をしてくれます。だから、何年過ぎてもみんなが仲がよくまとまっています。

 行くことのできるおよその人数を電話で確認をしました。予算面で安くするためにいろいろ悩んでいます。一番安く行くことができる方法を考えました。

 生徒たちももうすぐ30歳になります。教えてから20年近くなります。思い出します。生徒たちを教えたときは、ちょうど教師になって10年目でした。入学式の準備をみんなでしたときに、

「先生、これ。」

と言って、10周年と書いたケント紙で作ったペンダントをもらいました。


 校舎改築の年でした。夏からの工事。7月過ぎてから、グランドは使えませんでした。休み時間には、教室でゲームをしたり、またひとみちゃんのお父さんがグランドに隣接をしている田んぼを貸してくれて遊びました。語りつくせない大切な思い出が心の中に存在しています。

 卒業してからもみんな、それぞれ乗り越えなければならない壁があります。そんなとき、本当にいい距離で、みんながみんなを見守っています。そんな様子を見てきました。そんなことも旅行の話をしながら、語りました。素敵な仲間たちです。
 でも電話をしたとき、旅行の日には、忙しい人もいます。

「ごめんね。わたしがいないと、臨時休業になってしまう。」

とか、

「土日、一番お客さんが来るから、なかなか休めないよお。」


 しかし、心はしっかり通じています。
 次の日は仕事でしたが、遅くまで楽しく話したり、企画をしたりしました。


 月日が過ぎても、みんなといつまでも楽しく過ごせるっていうこと・・・かったかくんは、そう接してくれるみんなにみんなに感謝をしています。そして、幸せを感じます。

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2008年11月26日 | Weblog
 父が亡くなってもうすぐ七回忌を迎えます。時間がたつ早さを感じます。七回忌の法事があるので、あとから葉書を出すのですが、とりあえず時間があるときに電話で知らせています。

 1月の雪が降る日に父は他界しました。

 法事は、正月を過ぎてからすぐに行おうと思っています。法要のあとは、父も一緒に楽しめるようにしていきたいと考えています。

「かったかくん、家族みんなで行くから。」

とおじさん。「お姉ちゃん(かったかくんの母のこと)も元気にしているかい。お姉ちゃんに会うために今、リハビリをしているよ。」おじさんも先日まで膝の手術のために入院をしていました。


 先日の日曜日に、久しぶりに母のところを行きました。このところ、土日に仕事が入っていました。また振替休みには、出張があり、なかなか母のところに行くことができませんでした。

 久しぶりに会う母は、思った以上に元気にしていました。姉たちが寒くないように、また栄養をつけるようにいろんなものを送ってくれていたので、持っていきました。

「正月は、法事があるから、家に帰ろうかね。」

と言うと、

「そうしようかね。」

という返事。母もせいいっぱい父の看護をしてきました。そして、父がなくなってからすぐに病気になりました。家で建材店を営んでいましたが、だれも継がなかったので、店をたたみました。やめてしばらくしてから、父が病気になり、それから晩成は父の看護のために時を過ごしました。


 そして、七回忌。母は、父がいなくなった寂しさが病気をうんだのでしょう。父との楽しい思い出を共有しているのは、もちろん母です。

 しかし、もう、楽しい思い出話を母の口から聞くことがありません。ベッドで寝ている母は、夢の中で、きっと父と過ごしていることなのでしょう。そんなことを感じながら部屋を出ました。

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スクールミュージアム

2008年11月25日 | Weblog
大分県立芸術会館や県教育委員会主催で勤務する学校では「スクールミュージアム」を開催しました。

 スクールミュージアムって何? この言葉をかったかくんも初めて聞きました。芸術会館が所蔵している作品を学校で巡回展示するものです。そして、学校の生徒、地域の方々に作品を鑑賞してもらう試みです。

 スクールミュージアムでは、すごい作品が学校に来ました。高山辰雄、福田平八郎、田能村竹田・・・安藤広重、ピカソ、ロダンなどの作品が学校で公開をされたのです。(敬称を略してすみません)

 子どもたちにとっても、教職員、地域の方にとっても、ふだんは、なかなかお目にかかれない作品です。こんな作品が来るので、警備も大変みたいでした。前の日に、展示したので、一晩中、警備会社から警備員が来ていました。


 企画段階では、いろいろと渉外を担当して芸術会館の方と話し合いを持ちました。当日は、沖縄にいたので、作品に触れることができなくて残念でした。
 平日にもかかわらず、地域の方、小学生など50名以上が来校しました。


 生徒たちの心を温めていくためにいろんな角度からアプローチしていくことは大切なことではないでしょうか。
 また学校と地域とのつながりも深めていくことも重要なことであると考えます。

 2学期の大きな行事は、これで終わりました。学習に学校生活に五馬の子どもたちは充実しています。


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沖縄に行って

2008年11月23日 | Weblog
 先日、沖縄に行く機会がありました。観光はあまりする機会はありませんでしたが、 夜は、懇親会がありました。琉球おどりなどをするレストランに行きました。そのあと、チャクラに行きライブを聴きました。喜納昌吉さんはいませんでしたが、チャンブルーズの歌を聴きました。


 沖縄は、明と暗が同居をしているところだと改めて感じました。一緒に行った方から話を聞きました。


 喜納昌吉さんが幼いときに、夜、近くの家から悲鳴が聞こえたそうです。みんなが駆けつけると、幼い子どもの足が布団から見えたそうです。急いで、布団をはぐると、そこには頭がない死体が。頭は、熱湯が入っている鍋の中に。そんな震撼とさせられる事件がおこりました。父親が呆然とそこに立っていたそうです。その事件をおこしたのは、母親だったそうです。その事件が起こるのには、沖縄の歴史的な背景があったのです。母親は、天皇という神の前に自決をする人を多く見てきました。壕の中で、自決をするために親が子を殺したり、崖から海に身投げをする残虐な光景を見てきました。米軍との戦いを目の当たりにしました。沖縄は、アメリカ軍と日本軍との唯一の戦場になりました。


 奇跡的に生き残った母親は、今でいうPSTD(心的外傷後ストレス障害)だったのです。想像を絶する、人が人を殺していく現状が彼女の心をずたずたにしてしまったのです。


 もっと過去を振り返らずに前向きに生きていこうというメッセージを喜納昌吉さんは歌に残してきました。「ハイサイおじさん」は、この事件の父親のことを歌っているものだそうです。辛い現実を見るのではなく、もっと明るく生きていくんだというせめてもの励ましの言葉だったのかもしれません。一つひとつの歌の中には、いろんな過去の歴史が盛り込まれています。チャクラの人たちは、「武器を楽器に」というTシャツを着て演奏を行っていました。


 
 そしてこの歌詞の意味はインターネットではこのように伝えられています。


「島唄にもいろんな思いがあります。
「でいごの花が咲き風を呼び 嵐が来た」
から唄は始まります。
「1945年4月1日 春が訪れ 沖縄本島に米軍が上陸した」
という意味です。
島唄は日本軍と米軍が戦った沖縄本土決戦のことを唄っていて、多数の民間人を含む犠牲者が生まれたその戦争のことを伝えようとしているのです。 作り話ではない本当の物語が語られている島唄は世界各国でも人気を集めています。戦争のことを全く知らない世代の方も、今から60年前に本当に起きた事実を是非、音楽として感じてもらいたい。 そしてこの素晴らしい歌詞をのせるメロディも素晴らしい出来です。」と。




 でいごの花が咲き 風を呼び嵐がきた
 でいごが咲き乱れ 風を呼び嵐がきた
 繰り返す悲しみは 島渡る波の様
 ウージの森で あなたと出逢い    (※ウージはさとうきび)
 ウージの下で 千代(チヨ)にさよなら
 島唄よ風に乗り 鳥とともに海を渡れ
 島唄よ風に乗り 届けておくれ
 私の涙

 でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ
 ささやかな幸せは うたかたの波の花
 ウージの森で 歌った友よ
 ウージの下で 八千代(ヤチヨ)の別れ
 島唄よ風に乗り 鳥とともに海を渡れ
 島唄よ風に乗り 届けておくれ
 私の愛を

 
武器を使わなくて済む社会を創っていきたいものです。悲惨な歴史を繰り返してはいけないのです。
 
 沖縄の青い空、青い海。南国情緒豊かな場所です。その明るさと戦争の歴史が交錯をしている沖縄。帰りの飛行機から見るきれいな青い海と空は、多くの戦いが繰り広げられ多くの命が散っていった悲しい海と空であったのです。学童疎開をしていて沈没をさせられ、多くの子どもたちを飲み込んだ対馬丸事件もこの海のどこかでおきたものなのでしょう。


 でもそれを乗り越え、沖縄は存在をしています。

 観光はほとんどできませんでした。しかし、研修の後の首里城と金城の石畳のところになんとか行くことができました。沖縄の歴史と文化の香りを感じることができました。写真はチャクラの様子です。

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自然からの贈り物

2008年11月19日 | Weblog
 今年の冬は、少し寒いのかもしれません。昨年に比べると寒い日が続きます。学校では、ストーブも入っています。学校の教室には、ペレットストーブが入っています。小さなチップを燃やします。

1. 実際の炎を見ながら生活ができる
2. 遠赤外線の為、体の芯まで暖まる
3. 化石燃料と違い、目・鼻・皮膚に刺激が少ない
4. インテリア性に優れているので個性ある空間が演出できる

上のような特徴があるそうです。また

① 実際の炎を見ながら生活ができる
② 遠赤外線の為、体の芯まで暖まる
③ 化石燃料と違い、目・鼻・皮膚に刺激が少ない
④ インテリア性に優れているので個性ある空間が演出できる
というメリットも。


 ペレットストーブを紹介しましたが、確実に冬がやってきています。

 今日の夜の気温は低く、九重の方では雪が降っているとか。今年初めての寒波がやってきています。先生たちの中には、スタッドレスタイヤにはめかえた先生が何人かいます。朝、学校に着いたとき、外気が0度になっている日もあります。また2、3日前には、霜がおりていました。

 夕方戸締りをしているとき、多目的ホールの向こうに夕日と一番星を見ました。なんてきれいなんだろうと思いながら、多目的ホールから外を眺めていました。戸締りをするこの季節の時間帯に今はこの景色を見ることができます。


 紺色の空の端には、オレンジ色の夕焼けが見えます。またグランドの木の上には、一番星が輝いています。

 季節的に澄み切った空。葉が落ちて、木々の枝から夕日が透き通って見えます。この季節しか見ることができない空のキャンバスです。四季折々ですばらしい自然の絵を描くことができる五馬の台地です。


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学校のテラスから

2008年11月16日 | Weblog
今の学校に赴任してきてから、初めて気づくことがあります。先日のブログにも載せましたが、学校から見える四季折々の景色の見事さを感じます。

 旧校舎の時は、校舎の周りに杉の木が立っていて、学校から遠くの景色を見ることができませんでした。プレハブ校舎は、グランドに旧校舎より下の方に設置したので、ここからの景色も工事をしているところくらいしか見ることができませんでした。しかし、新校舎のまわりの杉の木を切ってから、塚田や近原方面がよく見えて、この間のような霧の景色を見ることができます。

 最近、通勤路から天瀬温泉の方を見ると、玖珠の方面の方に川に沿って、朝霧が立ちこめています。きれいな風景です。今日、学校に着いて、温度も2度だったので、生徒たちが登校してきたとき寒いだろうと思い、生徒たちが来る前に、ストーブのスイッチを入れに行きました。2年生の教室に入ったとき、まだ生徒が来ていない暗い部屋かの窓から見える景色のすばらしさに驚きを覚えました。

 通勤路からの朝霧と雰囲気は違いますが、朝霧が立ちこめている風景がのどかで、心を潤わしてくれているような気がしました。霧、そこからうっすらと見える田や畑。遠くに見える山々。五馬の四季の美しさに心が奪われます。今までこれほど自然のすばらしさを感じたことがありません。またまた急いで、カメラを取りに職員室まで降りていきました。テラス(まさに別荘みたいな校舎です)からその景色をカメラにおさめました。

 特に、理科室、図書室、2年生の教室から見える四季の景色は、光沢紙に現像されている写真のようです。

 しばらくして、登校してきた生徒たちのにぎやかな声がしはじめました。こんな恵まれた環境の中にいることのすばらしさを今はわからなくても大人になったときにきっと気づくことでしょう。

 今日の夕方の景色もきれいでした。それは、明日伝えますね。

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落成式まであとわずか

2008年11月15日 | Weblog
落成式まであとわずかとなっています。今まで文化祭で頑張っていただけに、今度は、落成式。今日は、職員会議でも落成式の話をしました。そして、役割分担などをしました。主催は、日田市ですが、現実活動をしていくのは、学校です。文化祭と落成式をわずか一週間の中でこなしていくのは、大変なことです。

 そんなことで、昨日も学校で残って仕事をしました。ご飯を食べて、テレビを見ていたらいつのまにか寝ていました。途中起きたので、ちょっとブログの更新をしてから再び寝ました。朝、家族からの電話で起きました。「お父さん、もう学校?」えっ?
 あわてて時計を見ると、なんといつもは、学校に着く時間。おーーっ。これは、いかん。そこから大変。寝過ごすのは、初めてです。服を急いで着て、整髪をして・・・GO!おっとっと。バナナ、バナナ。急いでもダイエットは欠かせません。車の中で、食べました。


 ほっ、よかった。まだ、生徒は、来ていませんでした。

 この日は、職員会議のレジメ作り。落成式のしおり作り。その合間には、いろんな仕事が入ってきます。また教育委員会の方も落成式の下見に来ました。一緒に受付から体育館まで説明をしながら、校舎や体育館を見ました。

 明日、再度、来るけれども、さらに詳しい資料がいるというので、今日も夜遅くまで資料作りをしていきました。そのあとは、学校日誌の記入や明日、あさっての日程を黒板とレジメに書いていきました。


 仕事の後は、ご飯を作る気力、エネルギーがなかったので、レストランへ。この時間、あいているのは、ジョイフルです。バナナダイエットはしているけれど、「今日だけは、一番おいしいものを食べてやる・・・」ストレスがたまったときは、これをしたらいいという著名人の言葉。都合のいいときには、都合のいい言葉が思い浮かびます。平日の夜、11時くらいだったけれど、客の多いこと。メニューにカロリーが書いていますが、見ないようにして注文。またちょっとパワーが復活をしたような感じがしました。 

 家族には、「明日の朝、よろしく。」というお願いをしました。これも初めてですがちょっと、さすが自信がなくなりました。はい。

 落成式がいい形で、いろんな方と力を合わせながら、思い出に残るものにしたいですね。

 

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修学旅行へ???

2008年11月12日 | Weblog
文化祭明けの学校。とにかく寒い朝でした。学校の温度計を見ると、4度でした。これからどんどん寒くなっていくのでしょう。帰りは、3度となっていました。秋から冬へと向かっています。


 そんな中で、今日は、文化祭の整理や今度の落成式の準備や話し合いなどがありあわただしい一日でした。文化祭の整理は、お礼状を書いて配布したり、トラックを市役所に借りて展示パネルの返却に他の学校に行きました。

落成式は、教育委員会などとの打ち合わせ、文書の作成、PTAの方たちに電話で係の依頼をしたりしました。
そんな中で、失敗も。先生から、
「あさっての映画「ゼロからの風」は会議で提案していたんだっけ。」」
あっ!!手帳には、確かに「ゼロからの風」と書いています。どこかで映画会があるんだろうけど、行かなくていいやと思っていましたが、とんでもない勘違い。学校で映画会があるんだ。いけない・・・勘違い。県警の本部が来て、学校であるんだ。
 主催者に電話を。そして、急いで先生たちにも連絡を。その計画を作成しました。先生が言ってくれなかったら・・・と思うと、どきっ。そんな一日でしたが、やっぱりホッとすることがあるから、頑張れます。

 まずうれしかったのは、PTAの役員されている方たちに、夜、係の依頼をしたときに、どの方も快く引き受けてくれました。
「あっ、いいですよ。」
とても温かく協力してくれることが頑張れる支えになります。

 夕方、かつて、小学校で教えた生徒から電話がかかってきました。落ち着いた優しい声で、
「先生、ぼく、2月に結婚するからね。」
「おめでとう。」とお祝いの言葉とともに、「お母さんがいたら、どんなに喜んだだろうね。」「でもこれだけは、先生、仕方ないね。」しっかりしています。悲しみを乗り越えての結婚だけに、うんと幸せになって欲しいです。2月の晴れの姿が楽しみです。

 夜学校に残って仕事をしていると、
「先生、修学旅行に行くからね。一度先生のところに何人かで話に行くよ。」
という電話。教えた生徒が集まってバスで旅行に行くというのです。みんなそれぞれが社会人として頑張っています。そんな中で同級会で修学旅行をする計画を立てています。これは、今までにない初めての経験です。そんなことができる生徒たちのまとまりがすごい。この間同級会をしたときに、その話が出てきました。普通は、酒の飲み会の席での話は、たいがいいつしか立ち消えになってしまいます。それを実現させてしまうのです。話に来る日がうまく、日程がかみ合いませんでした。しかし、かみ合うまで電話がかかってきました。

 毎日がドラマの日々ですが、今まで周りに人に支えられてきている自分を改めて感じます。そのことを忘れない自分の生き方をしていきたいです。

 16日の落成式が終わるとひと段落します。

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古き時代を懐かしみながら・・・

2008年11月10日 | Weblog
 このところ、アパートで可能な限り、自分で洗濯をします。今までの不精な自分としては考えられないことです。ちょっとはマメに?なっているのかな。でも洗濯と言っても洗濯機があるわけではありません。風呂場の浴槽か洗面台での手洗いです。職員室で、洗濯物を持って帰っている・・・と言ったら、日田の生協などで手作りの洗濯石鹸を買えば・・・と言うので試して見ました。結構汚れが落ちます。

 そんなことで、手洗いをしています。脱水は手でしぼる最新の?手動式です。洗濯機を使いたいところですが、部屋が狭くて置く場所がないのです。最近は、寒くなってきたので、乾きが悪いです。軒が浅いので朝は露に濡れているので取り込むことができません。学校から帰ったら、暗くなっていてここでも露に濡れています。それが最近の悩みです。部屋は釘やフックをかけるところがありません。まったく困った部屋です☆

 手洗いをしながら、幼い頃を思い出します。小学校に上がる前の頃のことです。家にはまだ洗濯機がありませんでした。それで、洗濯をするために母は、よく川に行っていました。川原の石をわたりながら、流れの速いところまで行きます。そこで、洗濯板で洗濯物をこすります。川で洗濯をする人たちがあちらこちらにいました。そんな時代でした。母が洗濯をしている間に川でハエの稚魚を捕ったりするのが楽しみでした。洗濯するあぶくを追いかけたりもしました。まさに映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の昭和を地でいくものでした。

 そのうちに、洗濯機を購入。もの珍しい洗濯機が回っているのを眺めていました。手で洗濯機についているローラーをまわして脱水するのが、人気機種でした。写真のようなものです。

 洗濯の歴史は、洗濯板を使っての手洗いから、手回しの洗濯機が登場し、昭和30年代からは電気洗濯機が普及したそうです。

 大学時代は、アパートに共同の洗濯機がありました。しかし、二層式だったので、不便でした。洗い終わった頃にもう一度移し変えないといけないのです。また前の人が脱水機の中に洗濯物をしていたら、待たないといけないことと、脱水機の中に洗濯物を残してどこかに行っていたりすることもあり、自分の都合で洗濯ができなかったです。

 今では、コインランドリーなどがあるので、生活も一変しています。人と人との関わりはなくなりましたが、便利なシステムです。でもコインランドリーまでも遠いので、よだきいことと、節約、節約。

 ということで今日は、古き時代を振り返ってみました。

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充実した文化祭が行われました

2008年11月09日 | Weblog
 11月9日・・・学校の文化祭でした。たくさんのお家の方、地域の方が見えられました。また招待をした小学校6年生をはじめとするたくさんの小学生も来ました。来られた方は138人でした。にぎやかな中で文化祭が行われました。母親部会の役員の方々をはじめたくさんのお母さん方が朝早くから昨日作ったカレーを温めてくれました。まさに家庭・学校が一体となっての手づくりの文化祭です。

 校舎が新しくなって、初めての大きな行事。イベントが行われている体育館への行き方が分からない人もいました。来週行われる校舎落成式に向けてのいろんな確認もすることができました。

 日田は、学校ごとの文化祭が活発に行われます。高校の文化祭ではないかと思うくらいいろんなイベントがあります。短期間に、いろんな取り組みをしてきました。

◇クラス劇    ◇全校合唱
◇英語スピーチ  ◇総合学習の発表
◇選択授業(音楽・体育)の発表会
  【琴・ギターの演奏 ダンス発表など】
◇有志発表
  【ゴスペ・歌(邦楽・洋楽)】
◇ 全校合唱
と体育館の中は、盛りだくさんです。ステージはにぎわいました。
 一方、校舎や体育館の中は、
◇ 平和人権展     ◇クラス展示
◇ 理科展       ◇書写展
◇ 図画展       ◇技術・家庭科作品展
◇ 保護者作品展    ◇俳句展

などの展示会が行われています。学校全体が文化の香りが漂いました。また南棟の一階すべてが昼食時には、レストラン街へと変身します。

 こうして、感動のフィナーレとなりました。3年生にとっても最後の文化祭でした。素晴らしい思い出ができたことでしょう。余韻に浸りながら、生徒たちは、帰途につきました。

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進路決定の時期が来ました

2008年11月08日 | Weblog
朝学校に着くと、

「先生、今日子どもの大学の受験です。」

というかつて教えた生徒のお家の方からの電話。

 推薦入試の時期となっています。

「将来は、保育士になりたいと言っています。」

そうか。保育士か。野球部の生徒でした。苦しい練習にも耐え抜きました。その生徒にとって、天職であるような進路決定だなあと思っています。お家の方にもそのことを伝えました。本当に優しい性格をもった男子の生徒です。野球の試合の応援に来た小学生と試合と試合の合間に一緒に遊んであげたり、話しかけたりしていた姿を見てきました。保育士になって、子どもたちと一緒に接している姿をイメージすることができます。大学に行ってさらにすばらしい先生になることができるようにしっかりと勉強をして欲しいと願っています。きっと合格をすることでしょう。吉報を待っています。


 11月になり、このところいろんな生徒から、就職や試験のことの連絡があります。中には、「結婚しま~す。3月結婚式に来てね。」という人も。


 夢や目標がしっかり子どもたちの中にあって、それに向かって頑張っている姿を見たり、話を聞いたりするのはとても幸せに感じます。またまだまだ先のことが見えなくて、迷っている人もいます。それは、それで、いっぱい悩み抜いたらいいと思います。そのことも伝えます。気持ちを前向きに自分の壁を打ち破ってもらいたいです。応援できるところは、していきたいです。

 学校も明日、文化祭です。それが終われば、生徒は受験が待っています。昨日、生徒が、

「ぼく、通らんよね。」

と自信なさげ。文化祭で盛り上がっている一方では、心の中は進路のこともすごく気になっているんですね。ふだんは元気がいい生徒なのでぽつりと言った言葉が心に残りました。一緒に試験についての話をしました。中学生にとっては、初めての入試の試練です。

 写真は、前任校、最後の勤務の年のサイクリング遠足の様子です。

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あさって文化祭

2008年11月07日 | Weblog
いよいよあさって、学校の文化祭が行われます。子どもたちは、最後の追い込みで休み時間も返上して準備をしたり、練習をしたりしています。秋も深まっている中、文化の香りも漂っています。昨日に続き、文化祭のことです。

 しかし、かったかくんは、今日も落成式と文化祭のいろんな裏方役をしています。だからなかなか練習を見ることができません。

今日の一日の一部です。

 朝・・・新たな招待者に案内をつくりました。
それからそれから、今度は、落成式のしおり作りです。パソコンとにらめっこでA44枚のしおり作りです。式次第、全校合唱の歌詞。いろんなものを盛り込んでいます。内容は校長先生。それを写真、構成などを考えレイアウトしていきます。連携プレーです。

 時間がかかったけれど、そのまま出来上がりというわけではありません。落成式の主催は市なので、しおりは、一度市に見てもらいます。修正がすぐに来るわけではないので、待ちの状態となります。市もいろんな角度から配慮することがあって、多分何箇所かの手直しをするところが出てくることでしょう。


 下の写真は歌詞のページです。なかなかいい感じでしょう?コスモスの歌を初めてみました。これがちょっとちょっとです。
 
 最初、コスモスは、秋桜かと思い、イラストに花のコスモスを使っていました。みんなが出来上がったしおりを見ながら、

「先生、コスモスって宇宙のことですよ。」

「えっ。」(初めて知った・・・いわなかったけド)

 内容を見れば、確かに。外野からいろんな注文や指摘がとんできます。

 昼食が終わって、次は文化祭のこと。

「文化祭の展示パネルを。」

ということで、近隣の小中学校に、好意で環境の整備の方も一緒に借りに行ってくれました。トラックまで出してもらいました。ほかの先生方も一生懸命です。いろんな役割の中で、2週間続くビッグ行事が生徒たちにとって充実して、いつまでも忘れることのない思い出になってほしいと願います。

 今日の夜、豆田の近くを通りました。ろうそくの明かりがとてもきれいでした。明日でも見に行ってみようっと

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文化祭・落成式

2008年11月06日 | Weblog
 勤務校は、11月9日(日曜日)が文化祭、そして次の週の16日(日曜日)が新校舎落成式と続いています。今、文化祭の取り組み、そして、落成式の取り組みと二本立てで行っています。頭の中に2つのことが見事に?入り混じっています。文化祭のこと、落成式のことを迷いながら行っています。

 今日は、文化祭の作品展示の展示板を市内の中学校まで市役所の軽トラックを借りて取りに行きました。また天瀬町の遊花祭に出品をした習字や絵画も文化祭で体育館に展示をするために天瀬公民館まで取りに行きました。一方では、落成式に来られた方々に配る記念品作りを行いました。

 落成式の式典の案内を今配布し終わりました。その出欠が地域の方や来賓の方から連絡が入ります。そのようなケースはノープロブレムです。中には、「案内が来ていない。」という方も。どきっとします。先日は、休みでしたが、すぐにその方の家まで持って行きました。次の日、電話があり、「近くの子どもが持ってきてくれました。」ほっ。事務局をしていると、思いもかけない展開が数多くあります。一つひとつ丁寧に対応をしていっているつもりですが・・・。

 文化祭、落成式のことをしていると、校内研修会やさまざまな別の用事や突発的な出来事が入ってきます。臨機応変的な対応をしていくことと休みには、きちっと気持ちをリセットしていくことが大切ですね。

 是非、公開をしていますので、観光がてらに学校の文化祭を見に来ませんか。近くには、フラワーパーク(学校から15分)や杖立温泉(学校から20分)・天瀬温泉(学校から15分)などもあります。市内では天領祭りが行われています。豆田町もにぎわっていますよ。

 写真は、昨年の文化祭からです。

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絵を飾りました

2008年11月03日 | Weblog
 ある店に買い物に行ったときに、何となく気になる絵がありました。ずっと見ていました。

 夕方、川辺に座って夕日を見ている子どもを描いています。それがとてもきれいに描かれています。でも作者のこともわかりません。「いい絵ですね。」とお店の方に言うと、「ここで、絵の教室も開いてくれているんですよ。」ということでした。ふだんは、そんなことはないのですが、その絵が気になり、次の日に迷った末にがらにもなく、その絵を購入しました。絵を購入したのは、二回目です。一回目は、八面山を描いた絵です。キャンバス代だけで譲ってもらいました。そして、今回です。


 インターネットで作者を検索しました。

「ぷっくりと熟したビワの実に「あなたは あなたの ままがいい」という書があります。二つ割りにした青いピーマンの絵には「夫婦はどんな時も二人で一人前なのです どちらかが頑張りすぎても上手くいかないものなのです」という詩……。結婚後3カ月で病に倒れ、妻の収入に頼る日々。今度はその妻が倒れて、書の指導で生計を立てました。そんな苦しい頃に出会った温かい風景や人びと、それらを糧にしてようやく手にした幸せ──。伝えたいメッセージを明るいパステルカラーの絵やほのぼのとした書で表現した、作者の温かい人柄が表れた書画集もあります。」


こんな感じの方です。さらにインターネットを見ていると、自分が買った絵を作者が描いている写真がありました。驚くとともにうれしくなりました。左の写真がこれです。この絵には、詩が書かれています。絵と字がキャンバスに調和されて、いろんなことを訴えているような気がします。

「人と人の 関わりの中で 生まれる 今日という日
 この一日の 時の中で  出会いがあり 別れがあり
 そしてまた出会う
人として 生きている 私たちの  かけがえのない 今日を
どうか 大切な 一日にして下さい」
見ていると心がなごむ作品です。

部屋の雰囲気ががらりと変わりました。大切な宝物となっています。

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