かったかくんのホームページ

日々感じたこと、心に残ったこと・・・つづっていきますね。よかったら、立ち寄って下さい。

夏の日の終わりに

2011年08月29日 | Weblog
 いよいよあと2日で生徒たちの夏休みも終わります。長いようで、短い、短いようで長い夏休みでした。県総体もずっと前にあったようですが、この夏休みのこと。ちょっと静かだった学校も間もなく生徒たちの声が響きます

 そんな中で、この一週間、ほとんど公私にわたって、時間がないというのか、充実しているというのか時を過ごしました。ブログのほうも書きたいと思いながら、帰ったらご飯食べて寝る・・・ということで、書くことができませんでした。


 そんな一週間。ちょっと、ふりかえり。


 先週の木曜日、金曜日は、長崎に出張でした。他の学校の先生といざ長崎に研修へ。ブリックホールという会場での研修会。すごい人でしたが、会場もまたでかい。2000人は収容できる会場でした。来年度から、中学校の教育課程が大きく変わります。その研修などが大きなテーマです。2日間の日程で行われました。


 全体会、分科会と来年度からのカリキュラムの研修として、各県から取り組みの報告などがありました。最後に講演会。これは、新学習指導要領とは直接に関係ないのですが、興味深く聴きました。NHK大河ドラマ「龍馬伝」のチーフプロデューサーの方の話でした。


 講演会用にメイキングビデオを作成して、視聴させてもらいながらの話でした。ドラマの収録のエピソードを中心に話が進められました。




 チーフプロデューサというのは、時には、視聴者からのクレイムの対応もしなければならない役割ももっているということです。例えば、ドラマの岩崎弥太郎の振る舞いが、あんなにオーバーではない、三菱の創始者に対して失礼ではないかというような内容もあったそうです。


 考えると、幕末の話です。講師の方も言われていましたが、長い歴史から見ると、幕末などまだ近い過去です。たどっていけば、登場人物のはっきりとした子孫の方が今、存在しているのです。悪役的に放映されれば、ショッキングなことでしょう。そういった視点からのクレイム処理も幕末ならあったのではないでしょうか。


 この龍馬伝においては、今までの撮影法なども従来とは違ったものにしたといいます。話の一部です。


「大河ドラマでは初めて従来のカメラをすべてプログレッシブカメラに入れ替えしました。これにより、より"深みのある映像"の撮影が可能になり、幕末の登場人物や風景、小道具の質感をよりリアルに再現できるようになりました。




 撮影手法として通常のドラマは、「カット割り」といって絵コンテを決めて芝居を止めながら撮影する手法をとります。しかし私たちはカット割りをしないて、複数のカメラを同時に回して長時間芝居を撮影します。
 たとえば1つのシーンをずっと4台のカメラで撮るというやり方です。正面から撮るだけでなく、横から上からなどカメラの配置や台数もシーンによって変えます。

 

 この方法で何が変わってくるのかというと、芝居をコマ切れされないので、役者さんが楽にお芝居できるようになり、集中していきます。
カメラマンの側からしても、どうやって画(え)を撮ったらいいか監督が細かく指示しなくても各々が考えるようになります。しかし、芝居に入ると役者さんはカメラマンの予想しないところに動いたりするともあるので、それを追うカメラマンにも瞬発力が必要になってくる。それが相乗して、よりリアリティのある画がとれたりするんです・・・・(略)」



 今までの形にとらわれないで、常に見る側に立っての収録を行っていった、またチームワークの重要性を話していき、話の内容、メイキングビデオと合わせて、あっという間の2時間でした。


 ともすると、登場した福山雅治さんなどに目が行きがちになるのですが、一つドラマを創り出すそれぞれのポジションの方の役割の大きさを実感できました。



 2日間は長かったのですが、いろんな角度から、学習できました。会場まで路面電車に乗りながらの研修参加。ちょっと風情も味わいました。



 


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がっくり・・・!☆

2011年08月24日 | Weblog
この夏は、そんなに暑さを感じませんでした。しかし、雨がよく降る。毎日のように地面を湿らせます。時には、スコールのような雨が突き刺さります。でも、頭の中は時として、夏ぼけもあるのかなあ・・・



今日は、なんどか
「がくっ」
ときたことが。この夏の暑さはそんなでもないのですが、確実に夏ぼけもあります?!




【その1 鍵がない】
 午後からの出張。でも学校に帰らなければ仕事も少したまっている。明日もあさっても出張。「明日にのばすべからず」と、仕事の整理に学校へ。
 文書の整理、いろんな調査をメールで返信・・・などしながら、残って仕事をしていました。「さあ、帰ろう。」と思い、帰り支度を終わらせました。


車の鍵は・・・といつも置いてある机の上を見ると、ない。あらら、どうしたことか。さっき、車で来たときに、鍵を車の中においたのかと車を探しました。「ない。」かばんの中か?でもいくら探しても「ない。」もう一度、車の中を、そして、またまたかばんの中を。まさか、トイレに忘れた?



「ない。」あれやこれやと考えて探すも30分。「思い出した。」で、どこに?そうだった、


冷蔵庫だった。



なぜ、車の鍵が冷蔵庫?ずっと冷蔵庫の生協の食料品を持って帰っていなかったので、「今日こそは。」と思い、そこでアイデア。生協の袋の中に鍵を入れておけば、必ず、忘れない・・・。



で、確かに、無事今日は、生協の食料品は持って帰ることができましたが、しばし忘れたのは、車の鍵の在りかでした。30分、帰るのが遅れました。外は暗くなって、消防団の訓練が始まっていました。エンジンをかけるために、鍵に触れたときの冷たさは、何とも言えなかった・・・。





【その2 走りは無駄?】
 朝は、駅伝の練習の見学をしています。で、このところ、体もなまっているので、マイペースで走ったり、生徒と体操をしています。今日の練習が終わってからのキャプテンの言葉。


「先生、体操しているときに見たけれど、腹が出ているなあ。」



体操をしているときに、どこを見ているんだ。さっそく、反論。「そうかなあ。痩せようとしているんだけどね。」
「無理無理、走ってもその分食べるから、痩せるはずがない。」
「運動した分、太るよ。」
がくっ、運動して太るか。運動のかいがない。
 確かに、しっかり食べる。そう言えば、先日検診に。腹囲を測っているときに、勇気をもって聞きました。「数値は、メタボにかかりましたか。」師曰く、「ぎりぎりセーフですよ。」検診は野球?。アウトにならないように、気をつけよう・・・☆

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2学期の準備

2011年08月23日 | Weblog
生徒たちの夏休みもあと一週間となりました。学校では、今日、1.2年生の学年登校日でした。夏休みの課題のチェックなどを行っていました。ちょっと遅れている生徒は、一生懸命に学校で頑張っていました。つくつくほうしも鳴き始め、夏も終わりに近づいています


 長かった生徒たちの夏休みも終わりに近づいています。今日は、学年登校日でした。教室をのぞいてみると、担任や学年の先生から、学習課題のチェックを受けていました。毎日こつこつと頑張った生徒は、余裕の表情。でもちょっと・・・の生徒は、一生懸命に机に向かっています。



 自分で計画的に学習をするというのは、難しいですよね。でもよく思うことがあります。




 今までにいろんな生活体験の中で、「計画的」にっていうことは、「逆算」しながらの生活ができることだと思います。それは、生きる力につながっていくと思うのです。



 例えば、部活では、いついつに大きな大会がある・・・だから、この時期は、これをしなければならない・・・と指導者として、しておかなければならないことを考えます。



 取り組みの終了から考えて、逆算の思考で物事の取り組みを考えていくことは大切な力だと思うのです。




 受験でも同じです。3月の中旬に公立高校の受験があります。これを第一志望にしている場合には、ここに照準をあてて学習をしていきます。一方私立専願の場合は、1月の中旬に入試があります。つまり、私立専願の生徒は、公立希望の生徒より、逆算して2ヶ月早く仕上げていかなければならないのです。




 今日、課題を提出しようと思うなら、どのペースでいつ、どの課題に取り組まなければならないと考えた取り組みをしなければなりません。


 このことができない生徒は、中学生にもなると、きっと生活の中でもルーズなところがあるのかもしれません。社会に出ると、仕事における書類もたくさんあります。締め切りを考えて処理しなければ、こなすことができません。



 社会の中では、逆算の行為がまだまだたくさんあります。農業においても同様です。収穫を考えて、苗つけなどを行っていきます。




 今日は、昼から、2年生の修学旅行の校内の話し合いが3時間くらいかかりました。先生たちも真剣に話し合いをしました。11月1日からの修学旅行を安全に充実させていこうと思うなら、もうすでに取り組みをしなければ、間に合いません。




 また先日は、12月に行われる「校内合唱祭」の第一回目の会議も音楽担当の先生が提案して終わりました。




 最終の締め切りを考えて、ちょっと学習が遅れ気味な君・・・頑張って下さいね。次回は、逆算しながら、取り組みをしてみて下さいね。

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姉の来訪

2011年08月22日 | Weblog
この土日に四国に住んでいる姉がやってきました。病院にいる家族のところ、施設に入っている母、叔母のところなどのお見舞いに連れて行きました。久しぶりに叔母などのところを訪れてゆっくり話す時間を持つことができました


 土曜日、日曜日を利用して、お盆に来ることができなかった姉がやってきました。いろんな用事もはいっていましたが、久しぶりにゆっくりと話すことができました。



 まずは、病院にいる自分の家族のところに行きました。リハビリにも頑張っていて、順調に回復をしてきています。手術、ベッドでのリハビリ、両方の松葉づえを利用しての歩行・・・と少しずつですが、元の状態よりも少しでもよくなるようにと、懸命です。もうそんなに入院も長くはないと思いますが、少しでも楽に生活ができるようになって欲しいと願っています。




 三人で面会する場所や休みでがらんとしている外来の待合室で話をしました。




 叔母のいる老人施設へ。90歳を越えています。父の姉になるだけに、父になんとなく似ています。


「よく、来てくれたね。」


と歓迎をしてくれました。いとこが叔母のアルバムを持ってきて置いています。アルバムには、父の幼い頃の写真、結婚式の時の写真などもはられています。初めて見る父の幼い頃の写真に胸が熱くなりました。



 一番近くに住んでいる弟である父を見送り、次いで最愛のご主人を亡くされました。


「長生きしすぎたのかね。」


「死ぬよりも生きていた方がいいと思わないとね。」



という叔母の言葉の中に、「生きる」という言葉がよく出てきました。時代を一緒に生き抜いてきた周りの人たちに先立たれ、残された叔母の寂しい思いを感じました。




 でもベッドにいても、母や叔母がいるだけで存在感は十分にあります。まだまだです。いつまでも長生きをして欲しいと願っています。




 母がいるところへ。なかなか目を開けてくれませんが、ちょっとした言葉に反応して、うっすら目を開けます。時々ですが、名前を呼んでくれるのが、何ともいえないほど嬉しく思います。



 姉は、こちらにいる二泊のうち一泊は、母の施設に泊まってくれました。ふだんは、母は一人で寝ているのですが、姉が横にいてくれることで、そのうれしさを表現はありませんが、心の奥底では喜んでいることだでしょう。姉に感謝をしています。




 姉の来訪で、いろんな大切な人との時間をゆっくり持つことができました。


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コスモスの種まき

2011年08月19日 | Weblog
土の上で、活動をする、植物を育てる・・・。そんな体験って大切なことだと思います。機会があって、今日、三光コスモス園のコスモスの種まきを部活生を中心にさせていただきました


 今年も「三光コスモス園」が10月9日に開園します。



 今、地域の方々がコスモスの種まきを行っています。



 三光支所の方々が、生徒たちに種まきの機会を作って下さいました。生徒たちが行うのは、コスモスの花びらで創る絵文字です。


 
 事前に生徒会役員が支所の方のアドバイスをいただきながら絵文字の原画をづくりにとりかかりました。いろいろ思案の末、

『WE ❤ 三光』


を作ることになりました。で、生徒会役員が、田んぼに支所の方と、型どりのラインをひきました。



 そして、今日、種まきの日がやってきました。3年生は、高校の体験入学があるので参加することができません。1.2年生の部活生を中心に朝8時からコスモス園になる田んぼに行き、種まきをしました。



 コスモスの花の種を色別に袋に入れてくれています。原画の色と同じ花が咲く種をまいていきます。生徒たちを見ていて感じたのは、土の上の活動で、植物を育てるということで、みんないい表情をしていました。学校から現地までは1キロくらいあるけれど、生徒たちは、汗を流しながらも楽しそうに自転車や歩いて行きました。こんな活動は、人を優しくさせるような気がしました。




 咲いたとき、花で絵文字がはっきりとわかるように、色が混ざらないように種まきも慎重に進められました。絵文字ができるところは、素敵なロケーションです。絵文字の向こうには、八面山と三光中学校が遠くに見えます。



 生徒たちも活動していくことが地域を盛り上げるための一因となるでしょう。また花がきれいに咲き、多くの観光客の人たちが感動を覚えるとき、生徒たちもきっと達成感があるでしょう。


 そのために、まいてあとは、だれかが・・・というのではなく、草取り、園周辺のクリーン活動、開園式の吹奏楽部の演奏など線としてつながるような取り組みができたらなあと考えています。ふるさと「三光」を愛し、潤った心を持つ生徒たちに育ってほしいと願っています。

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夏の日の部活

2011年08月18日 | Weblog
例年の夏の暑さほどではありませんが、それでも外に出ると暑い。今、学校では、1.2年生を中心に9月30日から2日間にわたってある市の新人戦に向けてどの部も頑張っています。外の部活の生徒や先生たちは、真黒に日焼けをしています


夏の暑さの中で、9月30日(金曜日)、10月1日(土曜日)にある市の新人戦に向けて、どの部も頑張っています。県の総体が終わり、部も3年生が引退して1.2年生のチームになっています。新チームができて、その強化が夏の暑さを乗り越えながら、行われています。


 今日は、いろんな部で練習試合が行われました。サッカー部は、築上郡の方へ、そして野球部は他の中学校を迎えての試合です。



 朝、学校に行く途中で、野球のユニフォームを着て、自転車をこいでくる他校の中学生がいました。どの学校も力をつけるために、また実践に慣れるために頑張っています。



「主審をしてくれますか。」



と頼まれたので、野球の試合が行われるグランドに行きました。グランドの上は暑い。でも雲が多い天気だったので動きやすく感じました。
 

 野球をする生徒たちを間近で見ると、この夏休みにひと回り体も大きくなっています。朝の8時近くから毎日練習をしているので、それぞれに上達をしています。」


 ピッチャーの生徒も夏休みの最初の頃は、コントロールも定まらなかったのですが、今日、審判をしていて、制球もまとまって伸びのある球をサウスポーから繰り出してきます。



 クロスする球は相手にとって打ちづらく感じることでしょう。1失点で完投して、勝利に貢献をしました。1年生も力をつけていました。一日一日の積み重ねが確かな実力を養っていくことを実感できていることでしょう。全力疾走、声をお互いに出す、カバーリングをするなどの基本枠がもっと確立できればさらに力もUPされていくでしょう。



 サッカー部も自転車で遠征に行っていました。生徒も先生たちも 
♪力やしなう時は今・・・♪
ばかりに真剣です。



 柔道部・バスケットボール部・ソフトテニス部・卓球部・吹奏楽部も見学に行くと、いい雰囲気で部活動に張り切っています。夏の日の部活動も新チームが軌道にのってきました。




 職員室に戻ってみると、先生たちでカレーを作っていました。およばれをしました。クーラーの冷たさとピリッとしたカレーのうまさでさらに気合いが入りました。ホワイトカレーを食べたのは初めてでした。熱い暑い夏です。写真は昨年の新人戦の様子です。

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ノスタルジーを感じた瞬間

2011年08月17日 | Weblog
先日の豊田小学校の同級会。会が終わっての帰り道のこと・・・ ふとした情景がなんとなくほのぼのと懐かしさと教えたあの頃にタイムスリップしたように感じたことがありました


 今、いろんな生徒たちが帰省をしています。


 だんだんと自分の活動している場所へと戻っていきますが、再会できる喜びも感じます。今日の午後、中津の先生方が集まっての研修会が行われていました。会議の場所から職員室に戻ったときに、机の上に手紙が置かれていました。



 かつての生徒が遊びに来てくれていました。残念ながら会うことはできませんでしたが、手紙の内容から頑張っている様子をうかがうことができました。また先日、男子軍団がキャンプ帰りということで家に寄ってきました。佐賀にいる仲間を迎えにいってから、みんなで宿泊をしたそうです。仲がいいことがうれしいですね。




 先日、豊田小学校の同級会がありました。そのことは、すでに書きましたが、帰り道の中で、淡いノスタルジーを感じることがありました。会が終わり、解散しました。


 迎えに来てくれている人もいました。



 「先生は、どうするん?」


 子どもが車で迎えに向かってくれているところでした。途中まで一緒に歩きました。数人が同じ方向でした。



 生徒たちの家は、街から歩いてもわずかな距離です。迎えに来るなら、コンビニがわかりやすいと思い、店の前で、みんなと別れました。



「また会おうね。」「おやすみなさい。」などと言葉を交わしながら別れました。



 みんなが懐かしい通学路を仲良くにぎやかに会話を弾ませて帰っています。その暗闇の中でうっすらと見える姿が、ランドセルこそ背負っていませんが、本当にあの4年生の頃の小学生に戻った、タイムスリップしたんではないかと思うような錯覚に陥りました。



 みんなの姿は暗闇の中に消えていきましたが、楽しそうな声だけは響いていました。出会えたこと、そして、何年たってもみんながつながりあえていることが大切な大切なみんなのたからものだと感じます。


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盆が過ぎました

2011年08月16日 | Weblog
虫の鳴き声は聞こえないけれど、夜の窓から入ってくる風は、なんとなく秋の気配を感じさせてくれます。お盆が終わり、また今日から勤務に入りました。いつもの生活に戻っていきました


 お盆が終わりました。今日からまたいつもの生活に戻りました。お盆明けの一日のスタートです。



 今日も朝の5時30分に眠いながらも起床。今は、家族も病院での生活を頑張って送っている分、朝ご飯をつくって、洗濯物を干して・・・というのが日課です。


 7時過ぎに学校に着きました。すでに駅伝の練習が始まっていました。練習の中での、生徒たちのがんばりにすごさを覚えます。指導者の生徒に接する姿が勉強になります。朝から生徒の走りを応援してくれているお家の方もいました。


 今日は、出張があるので、汗をかくとあとが大変なので、見学をしました。時々は、生徒に邪魔にならない程度に体を動かしています。




 9時30分から市内の公民館で一日、研修会です。午前中は、協議、グループ討議、発表。午後からは、講演会でした。そして、学校に戻りました。弁当の世話などもしながら、お盆明けの一日を過ごしました。家に帰ってどっと疲労感。



 ひと眠りをしてご飯を作りました。いつもの生活となりました。




 お盆は、家族のみんなも揃いました。子どもたちが墓をお参りしてくれたり、いろんな仕事を分担してくれたので、本当に助かりました。感謝をしています。




 盆が過ぎ、家族は、仕事、病院に戻ったりしていきました。また帰省をしている子どもも、親戚に行ってくれています。家は、また閑散としてさみしく感じます。お盆や正月などの行事は、本当によく作られていると思います。家族や人を集めてくれます。一番大切なつながり、絆を深めてくれのかなと感じます。




 自分にとって、家族ともゆっくりできました。また同級会もありました。もらったエネルギーで、過ぎゆく夏の生活が乗り切れるかなあと思います。



 さあ、明日も駅伝練習、午前中会議、午後研修です。ぼちぼちついていこうかな。

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初めての赴任先の同級会

2011年08月15日 | Weblog
お盆も今日で終わり。それぞれにまた仕事などに戻っていきます。昨日の夜は、豊田小学校2年目、4年1組の同級会でした。懐かしく楽しい中での時間を過ごしました



 はじめての赴任先の豊田小学校の4年1組の懐かしい同級会が昨日行われました。



 ちょうど、豊田小学校が沖代小学校と分離して、初めての学年でした。分離したと言っても4年生だけで、5クラスありました。各クラスとも40人いて教室が子どもたちでいっぱいでした。学校は子どもたちの賑やかな声であふれていました。




 4年1組の子どもたち、あれから30年近く経ってもずっと繋がっています。



 昨日は、同級会が行われました。幹事役になってくれているIさんは、細やかにいつもお世話をしてくれます。事前に何度も「先生、場所は覚えていますか。」「日にちは?時間は?場所は?」「一番忘れそうなんだから。」とチェックを入れてきます。はい、はいIさんは、まさに今は、みんなの先生です。
 



 初盆参りの関係で少し遅れていきましたが、懐かしい顔が会場にありました。みんなそれぞれ社会人として、中核となって地元、東京、名古屋、四国、九州各地・・・いろんな場所で活躍をしています。くじで進行係になった人が紹介させていきます。



 寂しく感じたのは、この仲間たちの中で、Nちゃんが病気で今年なくなり彼女の笑顔がなかったことです。多くのクラスメートが葬儀や初盆に駆けつけました。そんな想いを感じながらの同級会です。



 みんな優しく、温かな仲間たちです。だからいつまでもつながりを持つことができるのでしょう。それが何より嬉しく思います。



 4年1組の頃に戻ったかのように、賑やかな夜となりました。



 次の日、仕事がある人もいましたが、一次会、二次会とみんなで楽しみました。



 四国からこの会のために、家族の病気も回復し、サプライズ的にわざわざ帰ってきて、次の日には戻って行ったKちゃん。


 小学校時代からゲームが好きで今では、全国でゲーム機のメンテナンスを仕事にしているKちゃん。趣味と実益かなあ。でもとてもエネルギッシュです。


 毎日、佐賀から、博多に勤務している努力家のZちゃん。法にもとづきながら、社会を守ってくれています。もう盆ながら、今日から仕事です。

 小学校時代から音楽が大好きで授業でオルガンを弾いてくれたEちゃん。音楽だけでなくいろんな分野に頑張っています。

 同じく音楽の道を歩くために高校から北九州で学んだNちゃん。かつては、Nさんのライブを見に行ったことがもあります。素敵な演奏でした。

 東京で大手の学習教材などを扱っているIくん。東日本の子どもたちを中心に学力をつけるために活躍をしています。

 同級生で結婚、寿司職人になっているYちゃん、Kちゃん。二人とも学校で講演などをしていただきました。感謝しています。



 お母さんとしてまたショッピングセンターで化粧品を扱っているMちゃん。細やかな心配りで接客をしている姿を見ています。

 昨年結婚、幸せいっぱいの中で、老人福祉施設で頑張っているMくん。きっと優しく高齢者に接しているんだろうと想像できます。

 東京から戻ってきて違った職種に挑戦しているIくん。東京でも一緒に楽しく食事をしたことが懐かしい思い出です。自動車の通勤、遠いので気を付けてくださいね。


 病院に勤務していて、母もお世話になったAちゃん。偶然にも本耶馬渓時代教えたHくんと結婚しています。ちゃんと、会の終わりには迎えてきてくれていました。

 現在もバスケットボール現役選手として活躍しているNちゃん。Nちゃん親子で関わりを持つことができていることがうれしいです。

 そして、おとうさんの初盆ながら、幹事をしてくれたIちゃん。今回も笑顔で楽しくお世話をしてくれました。ありがとう☆


 みんな、楽しい時間をありがとう☆また会える時を楽しみにしています。撮った写真あったら、メールで送ってくださいね。電子アルバムにして、配信しますね。

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乙武洋匡さんの講演会

2011年08月12日 | Weblog
昨日は、大分市へ出張に行ってきました。「夏季教育講座」が大分文化会館で行われました。講演が2つありました。佐賀県の酒造会社の方ともう一つは、乙武洋匡さんの話でした。体験・経験を通しての話は、説得力を感じることができました




 昨日は、大分市で夏季教育講座が開催されました。


 講演会などが行われ、たくさんのことを学ぶことができました。最初は、佐賀県の古伊万里酒造の前田くみ子さんが、「ぬるま湯からの脱皮・脱出~人に伝えて夢を追う~」という講演がありました。伊万里に生まれ、伊万里に育ち、大学を出てから、再び伊万里に戻り父親が営んでいた酒造会社を継ぎます。



 いろんな商品を手がけながら、酒造りの伝統を守りながらも新しいものも開発している様子を話してくれました。




 引き続き、著書「五体不満足」で有名な乙武洋匡さんの講演でした。



「人は、障がい者として逃げ道としての言い訳はいくらでもできる。まして障害者ならなおさらです。しかし逃げる生き方をしたくない」という強い意志を持っている乙武さんです。



 「私とチャレンジ精神」というテーマで話をしていただきました。


 「五体不満足」の本を著わしたのは、22歳の大学生のときです。あれから月日を重ねて乙武さんも35歳、2児の父親となっています。



 スポーツライターとして活躍もされていました。すごいのは、平成19年から21年までの3年間、小学校の先生として勤務しています。



 うち、2年間はクラス担任をされていたそうです。



 小学校に勤務したきっかけは、2003年の長崎市の中学生が4歳の幼児を殺害した事件、2004年、佐世保市の小学校でおきた同級生によるカッターナイフを使用した殺人事件。生まれてきたときは、まっさらな子どもが、いつしか苦しい境遇においやられてしまっていることに心を痛めたところにあります。



 前向きに子どもたちと関わりを持ちたいと29歳で教員の免許を取得しているのです。すごい行動力です。



 障がいを持っているのですが、受け身の人生を送りたくない、また今までの周りの人たちの支えに対して恩返し、恩送りをしたいという強い気持ちを持っています。



 特に先生として心がけたのは、「結果に結びつかなったけれど、課程でのがんばりを積極的に評価することが大切」というのです。



 結果だけで賞賛したり、批判したりすると、子どもたちは、「いやだ、無理だ、できない」と最初から弱音の部分で逃げ道を作ってしまいます。学校でも家庭でも「チャレンジしようとした姿勢を評価する」と「頑張ってみよう」「もう一回頑張ってみよう」という気持ちにつながると言います。



 結果にはつながらなかったけれど、頑張ったことは、保護者にしっかりと伝えていったそうです。乙武さん自身が子どもの前でチャレンジしていく姿で多くの子どもたちがどれくらい勇気づけられたでしょう。




 講演の中でたくさんのエネルギーをもらうことができました。

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お墓まいり

2011年08月10日 | Weblog
久しぶりに合元寺とお寺の中にあるお墓のお参りに行きました。なんとなく夏の風情を感じることができました。今までは、父母がしてくれていたことが、今度は自分の番となっていることに気づくとともに感謝をしています


 かつて、幼い頃から8月9日にある、寺町のお寺の施餓鬼会の法要に父や母に連れられて行っていました。すでに父は他界し、母は行くこともできないので、法要に出るのは、自分の番となっています。



 
 宗教に無頓着だったので、この法要がどんな意味があるのか分かりませんでした。ちょっとインターネットで調べてみました。



「施餓鬼会の期日は定められていませんが、お寺の年中行事のひとつとして、お盆の頃におこなわれることが多く、施餓鬼棚に「三界万霊牌」や初盆の戒名を記した位牌を置き、浄水や食物を供え、五如来の「施餓鬼幡」を立てて法要を営むのが習わしです。



 施餓鬼会は、新亡の霊や先祖代々の諸霊を供養するとともに、無縁仏や餓鬼に施しをする法要でありますが、さらに日頃の自分自身に巣くう「餓鬼」の心を反省し、自他ともに生かされている身をしっかり受け止め、救われる功徳をお互いに積んでいくことが大切なことであります。今日ではお盆の前後に行われることが多く、先祖追福のために、また一切の生物の霊を慰め、あわせて自分自身の福徳延寿を願う法要です。」



 
 朝学校に行ってから用事を済ませたあと、休みをとってお寺に行きました。お堂にはたくさんの方が来られていました。




 法要が終わり、家の供養の板碑をいただいて、お寺の中にあるお墓に板碑を持っていきました。お盆前なので、掃除もしました。久しぶりにお墓にお参りをすることができました。




 8月9日の寺町は、施餓鬼会だけでなく、夜、寺町とうろう祭りがあります。少しだけ寺町の通りを歩きました。いつもは閑散としている通りもこの日は、すごい人出です。



 ろうそくの淡い光が醸し出す叙情が心を和ませてくれます。いろんなとうろうがあります。とうろう祭りの雰囲気がお盆がきたような感じにさせてくれました。




 七つのお寺では「七観音参り」も行われました。七つ回りませんでしたが、父の墓があるお寺といくつかのお寺を回って丸ボーロなどをもらいました。夏の夜を少しだけ楽しみました。


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野球の練習

2011年08月09日 | Weblog
県民体育大会が9月に行われます。一般軟式野球で出場します。かつて、下毛郡が中津市と合併する前は、市町村対抗で優勝した町村が下毛郡の代表となって出場していました。その時は、10数回出ています。しかし、中津市となってからは、まだ代表で出たことはなく、今回久しぶりの県体となります





県民体育大会の軟式野球は、年齢の制限があります。




 20代は2人、30代、40代は3人ずつ、50代1人の計9人でメンバーを構成しなければなりません。20代から出ていますが、いつしか最後の年齢のところまで来てしまっています。




 下毛郡の時は、耶馬溪町と本耶馬溪町から10数回数出場しましたが、中津市になってからは、初めての参加となります。
 



先々週から練習が始まっています。一回目は、吹奏楽コンクールの応援に行っていたので、出ることはできませんでしたが、二回目の練習に参加しました。




 練習はといえば、ふだんはまったく運動をしていないので、この夏の暑さはなんとともいえません。太陽が照りつける中で、ちょっと動いただけで、玉のような汗がでます。これだけで疲れます。


 練習では、ほとんどの人たちが現役ばりばりの選手です。甲子園に出た人など高校野球で活躍をしていた人がたくさんいます。自分が入っている草野球チームは、練習もなく即野球の試合です。練習となると、懐かしく感じられるほど遠い昔の話です。


 県体のチームは上手な方がたくさんいますので、技術を見ているだけで勉強になります。レベルが高いので、ちょっと緊張感のある練習です。邪魔をしない程度に頑張っています。



 名前は知っていても一緒に野球をさせてもらうのは、初めての方ばかりです。野球を通して、いろんな方との出会いも大切にしていきたいです。



 話は変わりますが、昨日、のびのびになっていた定期検診に行きました。腹囲測定で、測ってくれている人に、
「どうでしたか。」
と聞くと、
「ぎりぎりセーフですね。前回より増えていますよ。」
と言われました。ぎくっ。
 野球もそうだけど、無理しない程度にこれからも運動をしていこうと今は・・・思っています。



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平和を願う

2011年08月07日 | Weblog
8月6日・・・学校では平和を願う集会などが開催されました。三光中学校では、地域の方が学校に来てくださって、紙芝居やふるさとでも戦争の爪痕があることを伝えて下さいました。その中で、平和な世の中を創っていく大切さを学ぶことができました



8月6日は、学校では「平和を願う集会」などが開催されました。
 1945年(昭和20年)の今日、広島で原子爆弾が投下されました。その悲劇を風化させてはいけません。集会の中で次のような話をしました。






「8月6日に私たちが平和について学習できることは、すばらしいことです。1945年のこの日に広島に原子爆弾が落とされ多くの人たちを死に追いやり、いまだに放射能を浴びた人たちの中には、苦しんでいる人もいます。




 今日本では、福島原発の事故により、目に見えない放射能と葛藤している人たちも多くいます。



 こういったときに、私たちは平和の大切さや命の尊さを学習することは大切です。また平和についての考えを持つことは、人としての生き方を一回り大きくさせるでしょう。



 ふるさと三光でも戦争の影響を受けています。故郷のシンボル八面山上空で、アメリカと日本の戦闘機による戦いの中で悲劇も生まれています。八面山が悲劇の山でなく、平和のシンボルとしての故郷の山であり続けてほしいと願います。



 今日は、地域の方が、八面山上空での戦闘を通しながら、平和の尊さを伝えてくれます。みんなで学習していきましょう。」




というような話をしました。
 




 地域の観光ボランティアの3人の方が、自分たちでつくった八面山の戦いをあらわしたオリジナルな紙芝居を見せてくれました。




 そのあと、元小学校の先生が、その状況を詳しく話してくれました。先生は、歴史に詳しく、生徒にわかりやすく話をして下さいました。



 敵機のB29にぶつかっていき、非業の死を遂げた村田勉さんの直筆の遺書を見せてくれました。話が終わった後、先生のところに行き、一文字一文字を丁寧に書いてある遺書を間近で見ました。家族に対しての思いも書かれています。きっと優しい方だったのだろうと想像できます。「国を守る」「家族を守る」という強い思いと死を覚悟している寂しさが交錯していることを文面から感じました。




 悲惨な戦争がおこったことを反省し、二度と戦争を繰り返してはいけないという強い願いをみんなで共有しなければならないと感じます。

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お食事会・・・ありがとうございました

2011年08月05日 | Weblog
ある配布物をした際に、お礼の電話がかかってきました。話をするうちに、食事をすることになりました。2家族の方が待っていてくれました。おいしい食事と楽しく会話を弾ませながら、時間を過ごすことができました

いろいろお世話になっているお家に配り物を持って行きました。御留守だったので、あとからお礼の電話がかかってきました。電話の話の中で食事をすることになりました。お呼ばれです。


 またまたお世話になっている親戚の家族の方も来られての食事会です。



 行く前に、何か持っていかないと・・・でも、時間がない・・・と思い、お店やに。困った時は、にぎやかに世話をしてくれるアイスクリーム店が一番。教えた生徒たちが働いています。
「大きなパックに詰めて。」
と言うと、
「先生、それよりも一人分ずつ分けて、詰めるアイスクリームが喜ばれるよ。」
 メニューの写真がありました。はこの中で、きれいに区分けをして詰めてくれます。

 相変わらず、賑やかな店です。近況の報告も聴いているうちに、約束の時間が過ぎている・・・。
 急いで、直行しました。




「遅い。」申し訳ありません。みんなもう揃っていました。すごい献立でした。




 子育てがほぼ、終わっている家族です。懐かしい話に花を咲かせながら時間を過ごしていきました。あとから、家を離れている子どもも戻ってきました。双方の子どもたちは若いだけに、半端じゃなくよく食べる・・・。




 話をしている中でも2家族の家族の温かさを感じました。いつまでも家と家のおつきあい、交流させてもらえていることにうれしさを感じます。



 またこういったお付き合いも大切にしていきたいですね。帰りには、子どもたちに車で送ってもらいました。



 子どもたちの話の中でも、大人としての雰囲気を感じさせ、うんと成長していることが頼もしく感じました。ありがとうございました。

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夏の日の忘れもの?

2011年08月04日 | Weblog
今日はバースディ。誕生日はいいけれど、年をとらない誕生日ってないんだろうね。ってことで、老化現象?先日、忘れ物をしました。あらら、忘れたらいけないと思いつつ、気をつけていたのにやっぱり忘れた



ある一定の年齢を過ぎると、誕生日は歓迎。しかし、年は取りたくないっていうのが、気持ちかなあ。



 う~~ん、そんな中で老いを感じる?!ことが。



 先日、先生方と吹奏楽コンクールに行きました。いいポジションの位置の席に座りました。なんと隣の席が空いている・・・。

「おっ、携帯をマナーモードにしなければ・・・。」
そしてバッグと携帯電話を隣の席に置きました。
ここまでは、まずまず。



 でも、今考えると、マナーにしたあとに、携帯電話をバッグに入れておかなかったことが、トラブルに。



 全てが終わり、帰りに一緒に行った先生の家にみんなでコーヒーを飲みに行きました。
「あらら、携帯電話がない。」



 ポケットに手を入れても、バッグを見ても携帯電話が見あたりません。車も探しました。それでもない。ちょっと動揺。



 ほかの先生が、携帯に電話をかけてくれました。しばらく鳴らしてくれているうちに、なんと誰かが出た。




 隣の席に置いたバッグだけを持って、携帯を置いてきてしまったのです。気づいてくれた方が、グランシアタの事務所に持って行ってくれていました。




「ありがとうございます。」
とお礼を言いました。で、それからどうする・・・。




 事務所の方が、会場の受付に持って行ってくれました。
 まだ、コンクールの出場した学校の先生たちが、コンクール結果の発表のために、大分に残っていたので、電話をして受付に取りに行ってもらいました。




 三光中学校の同級会には持って行くことはできませんでしたが、携帯電話をバトン代りにリレーをしてもらいながら、次の日の朝には、携帯が学校の机の上に戻っていました。いろいろな方に感謝です。





 夏の日の忘れもの?夏の日の老いの忘れものかなあ。
 気をつけなくっちゃ。


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