かったかくんのホームページ

日々感じたこと、心に残ったこと・・・つづっていきますね。よかったら、立ち寄って下さい。

古都の秋散策

2007年11月25日 | Weblog
 深まりゆく秋。昨日から大阪に来ています。今日は、京都の秋を堪能するために、古都を歩いてみました。

 光明寺・・・父が生前、一度訪れてみたいというお寺でした。そのことを中津の合元寺の方に言うと、光明寺の拝観の券をいただくことが出来ました。ふだんは、拝観料はいりません。しかし、秋の紅葉の季節は、拝観料がかかります。京都でも紅葉がとてもきれいなところです。総門に入ると、紅葉のトンネルとなっています。長岡京にあります。浄土宗西山派の本山です。武将熊谷直実によって開かれています。長岡京は、この光明寺を訪れる人で、駅はいっぱいでした。広い階段、庭園・・・趣があり、すてきな秋の深まりを感じました。

 次に阪急電車に乗り、桂経由で嵐山に。天龍寺に行きました。これは、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために創建をしています。庭園は、世界文化遺産に登録をされています。天龍寺の庭園から嵯峨野に向かう道は、紅葉がとてもきれいでした。また竹林の緑と重なって、風情がありました。

 天龍寺の池のほとりのいすに坐って秋の風を浴びました。曹源池のほとりは、多くの人がいすや本堂の床にすわり紅葉の美しさを見つめていました。

 そして、最後に常寂光寺です。宗学と歌道への造詣があり、狭い境内でしたが、文学の歴史の深さを感じました。境内は紅葉の赤、銀杏の黄色・・・さまざま色で塗られていました。心が洗われるようなそんな雰囲気が漂っていました。

 ふだんは、あわただしい中で生活をしています。しかし、人ごみはあっても歴史深い日本伝統の建物などを見ているだけで、現実の世界を一瞬忘れさせてくれます。ゆとりをもって、今日、いろんな遺産をみることができました。また元気をもらいました。

 秋の美しさを久しぶりに感じることが出来ました。美しいものを美しいとみる心のゆとりを自分自身の中に存在をしているだなって思いました。 

 生活だけに目をやるのではなく、星・自然・雲・空・花・木・・・いろんな季節の創造物にもっともっと美を感じる心を持ちたいものであると思いました。そのときに、人に対しての思いやりや優しさも今以上に持てるのではないかと思います。
 写真は常寂光院の石でできたの手洗い場の水を見たときに、石の中のもみじと水に映るもみじが重なって見分けがつかなくなったものの美しさを撮りました。


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大阪へ・・・大阪進出・・・

2007年11月24日 | Weblog
3連休を利用して、親戚の方のお見舞いで大阪に来ました。姉が大阪にいるので、泊まらせてもらいました。

 いつものように仕事が終わって、そして、家に帰り準備をしました。そして中津駅から大阪へ。

 8時30分に中津駅を出てから、大阪に着くまで、3時間半の旅でした。
 昨日の夜遅く着いたので、今日は、見舞いに行ってから、めったに行くことのない大阪見物をしました。

◇梅田・・・初めていきました。とにかく写真のように人の多さにびっくり。グリコの看板がある戎橋のところは、改築が終わり、昨日から通行が出来るようになっていました。それで上の写真のように通路は、ぎっしりの人ごみでした。

◇なんば花月・・・土曜日の昼に吉本新喜劇がテレビで放映されています。ビデオにとって見るほど、大好きな新喜劇です。インターネットでは、チケットが完売でした。それで、とりあえず行けばチケットがあるのでは・・・ということで姉夫婦と行って見ました。なんとなんと、立見がありました。さっそく入りました。

 小藪さんたちの新喜劇でした。未知やすえさん・MR、オクレさんなどが出て、笑いの連続でした。しかしテレビのままでした。感激。

 念願の吉本新喜劇でした。ついに念願を達成をしました。

 ふだんは、なかなか大阪に行く機会はなかったのですが、堪能をしました。
 姉夫婦にもよくしてもらいました。姉夫婦も子どもたちがそれぞれ独立をして、夫婦でスローに過ごしています。いろいろ世話になっています。世話になりついでに京都に足を伸ばしました。またその報告をします。



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出会い

2007年11月23日 | Weblog
 父方の親戚の高校野球の監督。現在は、この秋、大分県大会、そして九州地区大会に優勝して、ほぼ春の甲子園大会出場を手にしました。正式決定は、まもなくですが、朗報でした。

 先生とは、いろんなところで話す機会を持たせてもらっています。この秋、先生の今までの球史を綴った
「野球林」
を出版しました。そして、うれしいことにいただくことができました。この本を読むと、野球の神髄を知ることができます。

 生きていくために必要なこと、野球をしていくのに、大切なこと、そして、身につけたい技術・・・何度も読み返しました。
 中学校に勤務して、会うたびにいろんなことを教えていただきました。
 ピッチャーのあり方、打撃。戦術を教わりました。先生の話と共に、いろんな方と出あわせていただきました。

 残念ながら亡くなられましたが、「8時半の男」と言われた、元巨人の投手の宮田選手、ダイエーフォークス時代の岡本投手、近鉄時代の捕手の山下選手などからも指導を受けることができました。

 自分自身も勉強になりましたが、生徒もプロの選手から、教えていただいて、技術を身につけたり、また夢を持つことができました。先生から、野球を通して、大きな宝をいただきました。また先生を通じて、中学校の練成会に参加をさせていただきました。ほとんどの生徒が中学校から野球を始めるのですが、それでもレベルの高い野球を体感して、強くなろうと一丸となって苦しい練習も乗り越えることができました。

 またいろんな中学校と接していく中で、礼儀なども学びました。人とあいさつをするときは、立ち止まってあいさつをする、声をしっかり出す、道具を大切に扱う・・・部の中にしっかりと取り入れることができました。

 だから、技術は二流だったかも知れませんが、マナーは、どこの学校にも負けないものがありました。また野球部員を通じて、あいさつなど中学校の生活の中に大きな影響を与えていきました。それは、生徒たちも自負するものがあったと思います。部活と学校生活を切り離すことがない実践を生徒たちは、積みました。それも先生の大きな存在があったからです。

 生徒たちが、高校に行ってもそのことを実践する中で、高校での雰囲気を創るリーダーとなって頑張っています。



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退院おめでとう☆

2007年11月20日 | Weblog
 先月から、先輩の先生が、北九州に入院をされていました。入院をする前と、手術をしたあとにお見舞いに行きました。

 かったかくんくらいの年齢になると、一緒に頑張ってきた人が亡くなったり、病気になったりすることが多いです。そのたびに悲しい気持ちになります。

 一昨日の夜、携帯電話に、

「かったかちゃん、今度の火曜日に退院することが決まったよ。」

という電話。とてもうれしい電話でした。

 自分以上に、ご家族の方は、どれくらい喜んだことでしょう。手術のときは、家族みんなが駆けつけたそうです。また奥さんは、毎日、北九州まで看病に行きました。かったかくんがお見舞いに行ったときも、そばについていました。

 ふと、自分が10数年前にけがで入院そして二度にわたる手術をしたときのことを思い出します。当時からすれば、かなりの大手術でした。父、母、まだ幼かった子ども、連れ合いが毎日のように、お見舞いに来てくれました。

 頭部の手術でした。父、母からすれば、わが子が何時間もかかる手術をすると思えばどんな思いをしていたのでしょうか。

 父の立場に自分を置き換えて考えるときに、きっと悲しい思いをさせたに違いありません。その思いを聞くことはなく、自分が入院をしていた病院で数年前に父は他界していきました。

「大丈夫だから無理してこんでいいよ。」

というのだけれど、30キロ離れた病院に子どもを連れて、毎日通って来てくれましたました。母も父の他界あとまもなく、認知症をわずらってしまいました。

 連れ合いも同様です。仕事が終わったあとには、疲れているのだろうけれど、必ず、来て励ましてくれました。家族のすばらしさをこのときほど感じたことはありませんでした。

 先輩の昨日の電話はとても弾んでいました。お見舞いに行ったときもかったかくんたちの前では、笑顔で応対をしてくれました。見えないところでは、先輩も含めて、家族のみんなが、この一ヶ月不安な生活を送ったことだと想像がつきます。

「まだ、手術をしたところは、痛むけれど、家に早く帰りたいよな。」

としみじみと電話で語ってくれました。先輩も北九州という遠く離れたところから、家族一人ひとりのことをベッドの中から、思いはせたことでしょう。先輩の子どもたちも、父の存在の大きさを改めて感じたことでしょう。病気から、家族の絆が更にふかまったことでしょう。

 闘病生活お疲れ様でした。そして、ご家族の皆様、心からお喜び申し上げます。
 

     家族いて 病(やまい)克服 早くなり
         心の絆 更に深まる



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寒い朝・・・

2007年11月19日 | Weblog
 寒い。昨日から、寒波がやってきています。特に、今朝の寒さは、今まで暖かかっただけに身にしみるものでした。

 今日は、耶馬溪の自宅から、五馬中学校に行きました。車に搭載されている温度計を見ながら、運転をしました。

 家を出るときは、0度でした。山国に入ったところで、マイナス2度でした。次に、大石トンネルの中は、プラス1度。トンネルを抜けると、マイナス3度になりました。そして、五馬の郵便局のところで、マイナス4度。中学校は、マイナス3度でした。こんな気温の変化でした。

 特に、学校に入るとプレハブ教室は、気温が低いです。たぶん、マイナスの世界であったと思います。生徒の外からの出入り口の戸は、ガラスが凍っていました。ちょうど、金曜日にストーブを設置したので、今日から、ストーブを入れることができるようにしていたのでよかった・・・ホッ!

「先生、ストーブ入れて良いですか。」

と一年生がやってきました。

 一緒に教室に行って、ストーブに火をいれました。
学校に来るときは、雪が降ったように田や畑、山が真っ白でした。また外に止めてある車は、氷がはっていました。

 学校に来るまで来た先生は、
「天領大橋が凍っていたよ。ゆっくり30キロで通った。」

 凍結をしている道路もあったそうです。特に橋の上は、凍っていました。
 昨日、樋田小学校の時の教えたあっこちゃんの家に行って、(自動車屋をしています)車のスタッドレスを頼みました。休みだったのに、いろいろ見てもらって、以前、家にあったタイヤとあったので、組み替えだけですむようになりました。よかった。(利益にならなくてごめんね。)

 いろんなところで冬支度をしなければなりません。朝、来たときに先生たちがあったまるように職員室にもストーブを入れました。

 今、ちょうど、山々の紅葉もとってもきれいです。秋が深まってきました。五馬に赴任をして、春、夏、秋の3つの季節の景色を堪能することができました。もうすぐ、まっきーではありませんが、冬がはじまります。

 凍結によるスリップ事故に気をつけながら、かったかくんも五馬中学校でがんばっていきたいと思います。



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木の葉を集めて焼き芋を

2007年11月18日 | Weblog
五馬中学校の秋も深まっています。木々の葉も赤く色づいているのが多いです。五馬中学校は、自然に恵まれています。様々な木々が校庭に植えられています。
すごくいい環境の中で、生徒たちは、生活をしています。

 12月近くになり、落ち葉が校庭を埋め尽くしています。校庭は、生徒や、いろんな先生たちが掃除をしています。しかし、グランドの斜面は、なかなか掃除ができません。その斜面の葉が道路にあふれてしまうので、昨日は、校長先生と斜面の落ち葉を集めました。

 袋に入れると、何十袋となるくらいの量です。最初は、一輪車で運んでいました。しかし、たくさん入れすぎると、運んでいるうちに葉がこぼれます。こぼれない量となると、わずかになります。何度も運ぶのも、疲れてきました。やはり、大きなゴミ袋に入れて運ぶのが一番量をこなします。そのうちに、時間があいた先生たちもどんどん手伝ってくれました。

テニスコートも見事にラインが分からないほど、うめつくされていました。木には、まだ葉が残っています。この葉が全部おちていきます。まだまだグランドや道路、斜面には、たくさんの葉が落ちていきます。3時間くらいの作業でした。昼休み、生徒たちが、

「先生・・・。」

「ありがとうございます。」

うむ?なんのことかな・・・?

「テニスコートがきれいになりました。」

あっ、テニス部の生徒だ。うれしい言葉でした。

でもそれでもまだ半分くらいの掃除です。。量が半端でないので、燃やしました。ついでに芋も入れようということになりました。アルミホイルで包んで灰の中に入れました。焼きいもの経過です・・・。

1時間ではまだ硬かったです。2時間~2時間30分くらいでちょうどいいくらいのやわらかさになりました。今度は、生徒と一緒に掃除をしながら、焼いもをします。いいように解釈をすれば、今日は、そのための下準備ということでしょうか・・・?!

 26日は、健康講演会があります。メタボリック症候群がテーマです。学校から一名参加なので代表して?!行ってきます。先日、生徒から、
「ないぞう しぼう夫くんですか。」
なにい~~。
 しかし、今日は、十分に運動をしました。でもちょっと、芋を食べ過ぎたかな。



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こうちゃんとの再会

2007年11月17日 | Weblog
前述のけんちゃんの結婚式。本当に楽しく過ごしました。その時に、けんちゃんと同級生のこうちゃんも招待を受けて、結婚披露宴に来ていました。席が隣りでした。懐かしい再会でした。

 こうちゃんは、本当に優しい性格で、笑顔をとっても似合う生徒でした。でも体育はちょっと苦手だったかな。幼いときは、ぜんそくもあって、きついときがありました。

 しかし、小学校の高学年になるにつれて、体力もでき、いろんなことに頑張っていきました。そんなこうちゃん。中学校では野球部に入部しました。内野手としてトレーニングしていきました。

 日曜日には、かったかくんの家にも勉強するために来たり、楽しく時間を過ごしました。

 そんなこうちゃんも進路で悩みました。出した答えは、中津工業への進学。努力をして見事合格をしました。そして、なんと練習の厳しい中津工業高校での野球部への入部。驚きました。

 暑い夏の日。寒い日もこうちゃんは、練習を休むことはありませんでした。そして、風邪をひいたときも、先生には、言わずに練習に参加をしていたそうです。そんな話を風の便りに聞いていました。

 ぜんそくがきついときから、こうちゃんを見てきました。そんなこうちゃんが中津工業で、3年間野球をやりとおしました。それは、もちろん、お家の方の大きな支えがあってのものだと思います。こうちゃんのたくましくなった心と体。こうちゃんの野球で頑張ってきた姿が、目に浮かぶようです。ちょうど、こうちゃんが高校野球で頑張っているときに、かったかくんは、本耶馬溪中学校で野球の指導をしていました。ときどき来て、ノックを手伝ってくれたりしました。

 プレーでは派手なものはありませんし、レギュラーにはなることは、なかったけれども、レギュラーになる以上の大きなエネルギーをこうちゃんは、得ることができたと思います。努力で3年間やりぬいたこうちゃんは、すばらしいです。

 そんなこうちゃんも、今は、大学を出て社会人。また昨年、パパになりました。きっと奥様と一緒になって育児をしているのでしょう。
「先生、仕事の中で、いろいろと人間関係も大変ですね。」
でもきっとこうちゃんも持ち前の、明るさと誠実さで、乗り越えていくことでしょう。結婚式であえてうれしかったです。



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けいいちせんせい、ありがとうございました

2007年11月15日 | Weblog
仕事を学校でしているときに、電話がかかってきました。

「かったかちゃん、けいいち先生がなくなった。」

 突然の訃報の電話でした。容体がよくないということは聞いていましたが、亡くなるということなどは、考えたことはありませんでした。

 中津の豊田小学校に新採用で赴任をしたときの先輩でした。いろいろと青年部活動を通して、指導をしていただきました。たくさんありすぎて思い出はつきません。

 ソフトボール・・・豊田小学校で一緒にチームを組んで、互助会のソフトボール大会に出たり、中津の教職員の大会に出たりしました。中津の大会で勝ったときは、居酒屋でビールかけなどもして盛り上がりました。楽しい雰囲気をいっぱいつくってくれました。

 学習指導案・・・指導案の書き方もよくわからない自分に、研究授業の時に、青年部を集めて、指導案審議をしてくれました。理論派でもありました。

 中津教職員組合野球チーム・・・一緒に所属をしていました。試合よりも飲み会でのけいいち先生と過ごす時間が楽しかったです。一緒にカラオケなどに盛り上がりました。

 広島への旅・・・けいいち先生の奥さんたちと一緒に広島の原爆ドームに行きました。楽しい旅行でした。

 労働講座・・・県の組合の労働講座に一緒に参加をしました。別府に何度も一緒に行きました。講座が終わった夜の街にけいいち先生が誘ってくれてみんなでいつも楽しみました。

 何年たってもけいいち先生との思い出を忘れることができません。豊田小学校時代は、本当に頼れるよき兄貴でした。そういう風に感じている方がきっと多いと思います。

 教頭先生から、昨年、校長先生になったばかりです。まだまだけいいち先生から、いろんなことを学んでいきたかったです。でも、逝ってしまいました。

 若くしてなくなられて、さぞ、ご家族の方も悲しみにくれていることでしょう。
 幼なじみで、一緒に豊田小学校に勤務をしていたこうちゃんと電話で、
「さみしくなったね。」
と夜電話で話をしました。
 今日、お葬式が終わりました。

 本当にけいいち先生、ありがとうございました。心から感謝します。そして、ゆっくりお休み下さい。先生と出会えて本当に幸せでした。



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健ちゃんの結婚式

2007年11月12日 | Weblog
 昨日、中津市のホテルで、樋田小学校の時に教えた健ちゃんの結婚式と披露宴がありました。

 健ちゃんの家とは、本当に縁があります。健ちゃんは、樋田小学校の6年生のときに担任をしました。そのとき、妹のみゆきちゃんは、小学校の低学年でした。それから、みゆきちゃんが中学校に入学してから、中学校1年生の時に、クラス担任、そして、2年生の時は、学年長として関わりを持つことができました。そして、3年生。再び、クラス担任。
 健ちゃん、みゆきちゃんのお父さんやお母さんには、いろいろお世話になりました。

 あれから、10年以上がたちました。健ちゃんも中津の企業でがんばっています。

 健ちゃんが結婚ということになりました。

 友だちの紹介で素敵なかわいらしいお嫁さんと出会いました。健ちゃんの思い出は、いろんなものが浮かんできます。

 健ちゃんが6年生の時の、「樋田っ子まつり」の時です。劇をしました。「ごんぎつね」を「ごんだぬき」にかえて、取り組みをしました。健ちゃんは、兵十の役です。率先して役を引き受けてくれました。

 ごんだぬきの行為を悪と誤解して、最後は、ごんだぬきを鉄砲でうってしまいます。兵十は悲しみます。涙を流しながら後悔をします。迫真の演技。観客を引き付けます。会場では、涙を流す人がたくさん出ました。

 百人一首・水泳・・・苦手なものも健ちゃんの努力で、マスターをしていきました。いろんな思い出が脳裏に浮かびます。

 恩師(恩があるかわからないけれど・・・)の言葉の中で、そんな思い出を語らせてもらいました。健ちゃんの日記や写真を載せた小学校時代の思い出の新聞を作って会場の方に少しでも健ちゃんの様子を知ってもらうために、配らせてもらいました。

 健ちゃんのおばちゃんが三光中学校時代の教えた生徒のおばあちゃんということも10年以上がたっても、こうやって付き合いができることの喜びを感じます。

 披露宴が終わってから、披露宴の時に撮った写真を、カメラ店で現像をしてアルバムに入れて健ちゃんに渡しました。またかったかくんのパソコンの中にも保存をしました。健ちゃんの一生の中でも素敵な結婚式の思い出をかったかくんも大切にしたいです



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さつまいもほり

2007年11月08日 | Weblog
 昨日は、2年生で、今日は、1年生と3年生で、さつまいもの収穫をしました。

 春にみんなでつるを植えました。その後何回か、草取りなどもしました。また、校長先生が水をやってくれました。また、学校環境の梶原さんは、畝などを作ってくれました。いろんな人の力もかりながら、さつまいもの収穫の時期までたどりつきました。

 昨日は、2年生の収穫。2畝収穫をしていきました。とにかく大きいさつまいもができていました。歓声をあげながら、さつまいもを掘っていきました。
 掘ったあとは、家庭科室に行って、一人が一個、蒸していきました。蒸す間は、みんなでゲームを楽しみました。

 欲?!を出しすぎて、大きいいもを蒸した生徒は、なかなか蒸しあがることができず、出来上がりが待ち遠しかったようです。

 今日は、1年生が1、2時間目に2時間の技術の時間があり、同じことをしました。みんなで楽しく掘りました。

「先生、でっけえ。」

 本当に大きいいもなんです。天気もよく、気持ちのいい秋風を浴びながら、いもを掘っていきました。笑顔もいっぱいでした。にぎやかだったので、いろいろ気を配ってくれる担任の先生が、

「迷惑をかけたのでは、ないでしょうか。」

と声をかけてくれました。

「そんなことは、ないです。楽しかったですよ。」

と答えました。
 生徒たちも、土いじりを満喫したようです。

 4時間目は、3年生の時間。1時間だけだったので、掘るだけでした。
 受験ということも感じる季節になったので、この時間は、ちょっと、心が解放されたようです。また写真をたくさん撮りました。これは、卒業アルバムの中に入れるそうです。友だちといろいろ話を弾ませながら、いもを掘っていきました。

 それぞれの学年で一週間に1、2度程度ですが、生徒と作業をしながら、接していくのがとても楽しみです。

 また生徒たちが成長したときにこのことを少しでも思い出として残してくれていたらいいなあって感じます。植物を育てる優しさも生まれてほしいです。また、生徒がお父さんやお母さんになったときに、また自分の子どもといろんな作物を作る楽しみを感じたり、一緒に育てる中で、親子の心がふれ合えるような関係を是非作って欲しいですね。
 そんな願いを込めながら、時間を過ごしていきました。


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だいちゃんとの会話

2007年11月07日 | Weblog
五馬地区は、ADSLなど、高速のインターネットはできません。だから、まだまだインターネットの普及率は低いです。でもその中でも、昨日の朝、2年生の大ちゃんが職員室にやってきました。

「先生、見たよ。」

うん?どこか街でも会ったのかなあ・・・??

「何をみたの?」

「先生のホームページを見たよ。先生、感激をしたよ。」

「見てくれたん。大ちゃんの家は、インターネットを接続できるの。」

「できるよ。昨日、休みで暇だったから先生のホームページを見たよ。いろんなことをかいているね。」

「ありがとう。」

わずか、そんな時間でしたが、大ちゃんとまた違う角度から話ができてとてもうれしかったです。日頃は、大ちゃんは、バスケットにがんばっています。また日田市の選抜にも選ばれています。

 昨日は、文化祭の振り替え休業日で休みでした。だから、大ちゃんもパソコンを見る時間があったのでしょう。
 掃除が終わってから、またやってきました。

「先生、お父さんのポマードもっているん。」

読んでいる・・・。たぶん、かったかくんの父のコーナーだと思うんです。父は、病気の時もポマードをつけていました。だから、父が亡くなった後も、父が寝ていた布団や枕には、父のポマードの香りがします。何かあるときは、ときどき父のポマードをつけてみます。
 そのときは、父の香りがします。そのことをホームページに父が亡くなった後に、記していました。ちょうど、車のかばんにいれていたので、

「今、車の中や。」

「へーっ、持ってるんだ。」

ホームページを通じて、五馬に来てから、生徒と話ができたのは、ほんの何回かでした。生徒とゆっくり接する時間が減ってきた中で、いろんな形でコミュニケーションがとれることがうれしいですね。

 今まで、教えた生徒もホームページを見てくれています。出会いを大切にしながら、これからも、生徒一人ひとりを大切にする生き方を忘れないでいきたいと思います。



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五馬中学校文化祭

2007年11月05日 | Weblog
 五馬中学校文化祭が開かれました。ちょっと、寒い体育館でしたが、生徒、先生たち、お家の方たちが一体となって文化祭を開くことができました。
その様子をホームページからご覧下さいね。久しぶりに更新をしました

 HP http://ww6.tiki.ne.jp/~hisatune/kattakakun2007/bunkasai.htm

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