四国遍路の旅記録(平成17年)第2回 その3

9月24日     そえみみず遍路道

天候:晴れ
6:50 宿を発つ。
今日は、是非通りたいと思っていた、そえみみず遍路道を歩く。Tさん、Yさんは大坂遍路道を行くという。
そえみみず遍路道は、永らく高速道工事のため、通行止めとなっていた。通行再開となったばかりだ。
国道56号から分岐するところがわかり難い。別の道を1k以上も進んで、軽トラで追いかけてきた人から注意いただく。「この道、へんろさん歩かない道だから気になって・・」。
コンビニとコインランドリーのところ右折が正解。

そえみみず遍路道の始まり(右の坂を登る)


そえみみず遍路道



そえみみず遍路道より国道56号を望む


七子峠より(久礼の双名島あたりか)

 七子峠近く、マンジュシャゲのお迎え

遍路道に入る。入ったすぐに、草刈り奉仕団に参加された人の名前を書いたボードがいくつも並んでいる。へんろ道保存協力会の宮崎さんの名前も見える。ありがたいことだ。
道は、よく整備されていて歩き難いところはない。ただ、だらだらとした登りが3kも続く。予想したより、眺望はなく、林間が多い。
11:10 七子峠の茶屋に到着。Tさん達は、少し前に着いたようだ。1、2k先を歩いていると電話連絡。
森影の気持ちのよい遍路道から国道56号に入ったところの休憩所で、Tさんが休んでいる。自転車遍路の人もいる。Tさんは、すぐ先の椿食堂で昼飯を食い、鉄道で窪川まで行くと言っている。
私は先行し、影野駅から鉄道の時刻をTさんに連絡、もう少し先まで歩く。
一度タブーを犯すと、二度目は罪の意識も相当薄れる。仁井田駅からTさんの乗っている電車に乗り、窪川まで行く。(この間約5k)
14:50 駅前の宿に着く。リュックを置き、37番に向かう。
15:15 37番岩本寺着。

岩本寺

岩本寺本堂天井の絵

ここのお寺の本堂の天井の絵は有名。子供の絵から人気のマリリンモンローまである。
何だかお寺には不釣り合いにも思える現代絵なのである。
眺めていると楽しい。これもまた良しか。
Yさんが来る。我々を見て「早すぎる」と不審な顔をしている。「実は・・・」と言いかけたが、Tさんが目配せするのでやめといた。Yさんは「ここでは、ご真言、五つ唱えにゃならんのですよ・・」と言っている。
私は、ずっとご真言は略させてもらい、般若心経とご宝号三辺でお許しいただいている。
Yさんはここで打ち止め、夕方の電車で帰京するという。
ここから北西3.5kにある元の37番札所、高岡神社(仁井田五社)にもお参りしたかったが、やめにした。
Tさんは、明日からは、バスと鉄道をフルに使ってまわるという。お別れに梨を二つ買い、一つをご接待とした。
二日後電話があった。「いまどこですかー」「まだ足摺の前ですよ」「ぼくは42番先の歯長峠ですよー」「早いなー、がんばって・・」

16:30 宿に戻る。宿:民宿村の家。
同宿は、遍路ひとり居られたようだが、夕食時間も異なり顔を会わせない。

本日の歩行:31990歩     地図上の概算距離:25k(電車区間5kを含む)

本日お参りした札所

第三十七番 藤井山   五智院      岩本寺
本尊:不動明王(一の宮)、観音菩薩(二の宮)、阿弥陀如来 (中の宮)、 薬師如来(四の宮)、地蔵菩薩(森の宮)
宗派:真言宗智山派
開山:行基
昔は、北東3kにある高岡神社(仁井田五社)が、37番札所であった。 江戸時代、寂本の「四国遍礼霊場記」には、37番仁井田五社とある。 岩本寺での読経ではご本尊真言を五つ唱える。


9月25日     白浜海岸でアイスクリン

天候:晴れ。この日から気温が下がる。時折涼しい風も吹き歩き易くなる。

朝の陽光

6:10 宿を発つ。今日からはひとり歩きである。
国道56号に沿って歩き、四国電力資材置場の横から遍路道に入る。窪川町環境美化センター(ごみ焼却場)のフェンスを開けて入る。「お遍路さんへ、右のトビラを開けてお通りください」の看板。

窪川町環境美化センターの遍路道

その先、片坂遍路道、市野瀬遍路橋に至る。遍路橋というから、吊橋でもあるのかしらんと思ったけれど、実は谷をぐるっとまわる道をショートカットして、谷に降り登る道をいうらしい。(確かに、谷の一番底、川を渡る小さな鉄橋がある。)とり残されたような、荒れた道であった。
ひたすら国道56号を辿る。国道沿いには、レストラン、食堂、喫茶店など結構ある。しかし、その多くは、休業、閉店。借主募集の張り紙も多く見る。これは、今回の旅を通じて目に付いたことである。都市部を除いて、店を維持することは大変なんだろうなと思ったりした。
伊与喜の先から短区間ではあるが、田舎の道に入る。その途中に熊井トンネルがある。
このトンネル、明治38年、建設されたもので、「長さ90m。トンネルというものは入り口は大きいが出口は小さいものじゃのうと言った人があるという。昭和14年まで県道として利用された」などと案内板にある。当時はメイン道路であったのであろう。今は通る人も稀で、忘れられたように寂しい。

与喜の熊井トンネル

再び国道を歩く。鹿島が浦、白浜など美しい海岸に沿った道となる。
やっと見つけた喫茶店で、アイスクリンとカキ氷を食う。このところづっと昼食はアイスクリンか氷。まともな食事は体が受け付けない。「なに かけるの」とマスター。「おまかせ」と言うと、黒密がタップリ。この辺では、カキ氷には黒蜜が常識なのだそうだ。
海岸に面した休憩所で、10代と思われる若い遍路と話をする。野宿主体でまわっている。寝不足なのであろう。次に見かけた時は、ベンチの上で寝ていた。この若い遍路とは、じつに12日後、10月7日、45番への道ですれ違い、ことばを交わすことになる。

鹿島が浦


土佐白浜付近の海岸


国道歩きに相当ウンザリしてきたが、ガマン、ガマン。じつは、こういうときは何も考えていないのだ。頭はカラッポ。
「鯨の見える町」大方に入る。
17:15 宿に着く。

宿:ネストウエストガーデン。遍路の泊まりは私ひとり。

本日の歩行:49841歩     地図上の概算距離:34k

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