カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ボクトウ キタン 2

2019-03-06 | ナガイ カフウ
 4

   ショウセツ 「シッソウ」 の イッセツ
 アズマバシ の マンナカ-ゴロ と おぼしい ランカン に ミ を よせ、 タネダ ジュンペイ は マツヤ の トケイ を ながめて は きかかる ヒトカゲ に キ を つけて いる。 ジョキュウ の スミコ が ミセ を しまって から わざわざ マワリミチ を して くる の を まちあわして いる の で ある。
 ハシ の ウエ には エンタク の ホカ デンシャ も バス も もう とおって いなかった が、 2~3 ニチ マエ から にわか の アツサ に、 シャツ 1 マイ で すずんで いる モノ も あり、 ツツミ を かかえて カエリ を いそぐ ジョキュウ らしい オンナ の ユキキ も まだ とだえず に いる。 タネダ は コンヤ スミコ の とまって いる アパート に ゆき、 それから ゆっくり ユクスエ の メアテ を さだめる つもり なので、 いった サキ で、 オンナ が どう なる もの やら、 そんな こと は さらに かんがえ も せず、 また かんがえる ヨユウ も ない。 ただ コンニチ まで 20 ネン の アイダ カゾク の ため に イッショウ を ギセイ に して しまった こと が、 いかにも にがにがしく、 ハラ が たって ならない の で あった。
「おまちどおさま」 おもった より はやく スミコ は コバシリ に かけて きた。 「いつでも、 コマガタバシ を わたって いく ん です よ。 だけれど、 カネコ さん と イッショ だ から。 あの コ、 クチ が うるさい から ね」
「もう デンシャ は なくなった よう だぜ」
「あるいたって、 テイリュウジョウ ミッツ ぐらい だわ。 その ヘン から エンタク に のりましょう」
「あいた ヘヤ が あれば いい が」
「なかったら コンヤ ヒトバン ぐらい、 ワタシ の とこ へ おとまんなさい」
「いい の か、 だいじょうぶ か」
「ナニ が さ」
「いつか シンブン に でて いた じゃ ない か。 アパート で つかまった ハナシ が……」
「バショ に よる ん だわ。 きっと。 ワタシ の ところ なんか ジユウ な もん よ。 オトナリ も ムカイガワ も みんな ジョキュウ さん か オメカケサン よ。 オトナリ なんか、 イロイロ な ヒト が くる らしい わ」
 ハシ を わたりおわらぬ うち に ナガシ の エンタク が アキバ ジンジャ の マエ まで 30 セン で ゆく こと を ショウチ した。
「すっかり かわって しまった な。 デンシャ は どこ まで ゆく ん だ」
「ムコウジマ の シュウテン。 アキバサマ の マエ よ。 バス なら マッスグ に タマノイ まで ゆく わ」
「タマノイ―― こんな ホウガク だった かね」
「ゴゾンジ」
「たった イチド ケンブツ に いった。 5~6 ネン マエ だ」
「にぎやか よ。 マイバン ヨミセ が でる し、 ハラッパ に ミセモノ も かかる わ」
「そう か」
 タネダ は とおりすぎる ミチ の リョウガワ を ながめて いる うち、 ジドウシャ は はやくも アキバ ジンジャ の マエ に きた。 スミコ は ト の ヒキテ を うごかしながら、
「ここ で いい わ。 はい」 と チンセン を わたし、 「そこ から まがりましょう。 あっち は コウバン が ある から」
 ジンジャ の イシガキ に ついて まがる と カタガワ は カリュウカイ の アカリ が つづいて いる ヨコチョウ の ツキアタリ。 にわか に くらい アキチ の イチグウ に、 アズマ アパート と いう アカリ が、 セメント-ヅクリ の シカク な イエ の ゼンメン を てらして いる。 スミコ は ヒキド を あけて ナカ に はいり、 ヘヤ の バンゴウ を しるした ゲタバコ に ゾウリ を しまう ので、 タネダ も おなじ よう に ハキモノ を とりあげる と、
「2 カイ へ もって ゆきます。 メ に つく から」 と スミコ は ジブン の スリッパー を オトコ に はかせ、 その ゲタ を テ に さげて ショウメン の カイダン を サキ に たって あがる。
 ソトガワ の カベ や マド は セイヨウフウ に みえる が、 ナカ は ハシラ の ほそい ニホンヅクリ で、 ぎしぎし オト の する カイダン を あがりきった ロウカ の カド に スイジバ が あって、 シュミーズ 1 マイ の オンナ が、 ダンパツ を ふりみだした まま ヤカン に ユ を わかして いた。
「こんばん」 と スミコ は かるく アイサツ を して ミギガワ の ハズレ から 2 バンメ の トビラ を カギ で あけた。
 タタミ の よごれた 6 ジョウ ほど の ヘヤ で、 イッポウ は オシイレ、 イッポウ の カベギワ には タンス、 タ の カベ には ユカタ や ボイル の ネマキ が ぶらさげて ある。 スミコ は マド を あけて、 「ここ が すずしい わ」 と コシマキ や タビ の さがって いる マド の シタ に ザブトン を しいた。
「ヒトリ で こうして いれば まったく キラク だな。 ケッコン なんか まったく ばからしく なる わけ だな」
「ウチ では しょっちゅう かえって こい って いう のよ。 だけれど、 もう ダメ ねえ」
「ボク も もうすこし はやく カクセイ すれば よかった の だ。 イマ じゃ もう おそい」 と タネダ は コシマキ の ほして ある マドゴシ に ソラ の ほう を ながめた が、 おもいだした よう に、 「アキマ が ある か、 きいて くれない か」
 スミコ は チャ を いれる つもり と みえて、 ユワカシ を もち、 ロウカ へ でて なにやら オンナ ドウシ で ハナシ を して いた が、 すぐ もどって きて、
「ムコウ の ツキアタリ が あいて いる そう です。 だけれど コンヤ は ジムショ の オバサン が いない ん です とさ」
「じゃ、 かりる わけ には いかない な。 コンヤ は」
「ヒトバン や フタバン、 ここ でも いい じゃ ない の。 アンタ さえ かまわなければ」
「オレ は いい が。 アンタ は どう する」 と タネダ は メ を まるく した。
「ワタシ。 ここ に ねる わ。 オトナリ の キミ ちゃん の とこ へ いって も いい のよ。 カレシ が きて いなければ」
「アンタ の とこ は ダレ も こない の か」
「ええ。 イマ の ところ。 だから かまわない のよ。 だけれど、 センセイ を ユウワク して も わるい でしょう」
 タネダ は わらいたい よう な、 なさけない よう な イッシュ ミョウ な カオ を した まま なんとも いわない。
「リッパ な オクサン も オジョウサン も いらっしゃる ん だし……」
「いや、 あんな もの。 オソマキ でも これから シンショウガイ に はいる ん だ」
「ベッキョ なさる の」
「うむ。 ベッキョ。 むしろ リベツ さ」
「だって、 そう は いかない でしょう。 なかなか」
「だから、 かんがえて いる ん だ。 ランボウ でも なんでも かまわない。 イチジ スガタ を くらます ん だな。 そう すれば ケツレツ の イトグチ が つく だろう と おもう ん だ。 スミコ さん。 アキベヤ の ハナシ が つかなければ、 メイワク を かけて も すまない から、 ボク は コンヤ だけ どこ か で とまろう。 タマノイ でも ケンブツ しよう」
「センセイ。 ワタシ も おはなし したい こと が ある のよ。 どう しよう か と おもって こまってる こと が ある のよ。 コンヤ は ねない で ハナシ を して くださらない」
「コノゴロ は じき ヨ が あける から ね」
「このあいだ ヨコハマ まで ドライブ したら、 カエリミチ には あかるく なった わ」
「アンタ の ミノウエバナシ は、 ハジメ っから きいたら、 ジョチュウ で ボク の イエ へ くる まで でも タイヘン な もの だろう。 それから ジョキュウ に なって から、 まだ サキ が ある ん だ から な」
「ヒトバン じゃ たりない かも しれない わね」
「まったく…… ははははは」
 ひとしきり しんと して いた 2 カイ の どこやら から、 ダンジョ の ハナシゴエ が きこえだした。 スイジバ では またしても ミズ の オト が して いる。 スミコ は しんじつ よどおし ハナシ を する つもり と みえて、 オビ だけ といて テイネイ に たたみ、 タビ を その ウエ に のせて オシイレ に しまい、 それから チャブダイ の ウエ を ふきなおして チャ を いれながら、
「ワタシ の こう なった ワケ、 センセイ は ナン だ と おもって」
「さあ、 やっぱり トカイ の アコガレ だ と おもう ん だ が、 そう じゃ ない の か」
「それ も むろん そう だ けれど、 それ より か、 ワタシ チチ の ショウバイ が、 とても いや だった の」
「ナン だね」
「オヤブン とか キョウカク とか いう ん でしょう。 とにかく ボウリョクダン……」 と スミコ は コエ を ひくく した。

 5

 ツユ が あけて ショチュウ に なる と、 キンリン の イエ の トショウジ が イッセイ に あけはなされる せい でも ある か、 タ の ジセツ には きこえなかった モノオト が にわか に みみだって きこえて くる。 モノオト の ナカ で もっとも ワタクシ を くるしめる もの は、 イタベイ 1 マイ を へだてた リンカ の ラディオ で ある。
 ユウガタ すこし すずしく なる の を まち、 トウカ の ツクエ に むかおう と する と、 ちょうど その コロ から ヒビ の いった よう な するどい モノオト が わきおこって、 9 ジ すぎて から で なくて は やまない。 この モノオト の ナカ でも、 ことに はなはだしく ワタクシ を くるしめる もの は キュウシュウ ベン の セイダン、 ナニワブシ、 それから ガクセイ の エンゲキ に ルイジ した ロウドク に ヨウガク を とりまぜた もの で ある。 ラディオ ばかり では ものたらない と みえて、 チュウヤ ジカン を かまわず チクオンキ で ハヤリウタ を ならしたてる イエ も ある。 ラディオ の モノオト を さける ため に、 ワタクシ は マイトシ ナツ に なる と ユウメシ も そこそこ に、 ある とき は ユウメシ も ソト で くう よう に、 6 ジ を アイズ に して イエ を でる こと に して いる。 ラディオ は イエ を でれば きこえない と いう わけ では ない。 ミチバタ の ジンカ や ショウテン から は いちだん はげしい ヒビキ が はなたれて いる の で ある が、 デンシャ や ジドウシャ の ヒビキ と コンコウ して、 シガイ イッパン の ソウオン と なって きこえる ので、 ショサイ に コザ して いる とき に くらべる と、 あるいて いる とき の ほう が かえって キ に ならず、 よほど ラク で ある。
「シッソウ」 の ソウコウ は ツユ が あける と ともに ラディオ に さまたげられ、 チュウゼツ して から もう トオカ あまり に なった。 どうやら そのまま カンキョウ も きえうせて しまいそう で ある。
 コトシ の ナツ も、 サクネン また イッサクネン と おなじ よう に、 マイニチ まだ ヒ の ぼっしない うち から イエ を でる が、 じつは ゆく べき ところ、 あゆむ べき ところ が ない。 コウジロ ソウヨウ-オウ が いきて いた コロ には マイヨ かかさぬ ギンザ の ヨスズミ も、 イチヤ ごと に キョウミ の くわわる ほど で あった の が、 その ヒト も すでに ヨ を さり、 ガイトウ の ヤショク にも、 ワタクシ は もう あきはてた よう な ココロモチ に なって いる。 これ に くわえて、 ソノゴ ギンザ-ドオリ には うっかり ゆかれない よう な こと が おこった。 それ は シンサイ-ゼン シンバシ の ゲイシャヤ に デイリ して いた と いう シャフ が イマ は イッケン して ヒトゴロシ でも した こと の ありそう な、 ニンソウ と フウテイ の わるい ナラズモノ に なって、 おりふし オワリ-チョウ ヘン を ハイカイ し、 ムカシ ミオボエ の ある オキャク の とおる の を みる と ムシン ナンダイ を いいかける こと で ある。
 はじめ クロサワ ショウテン の カド で 50 セン ギンカ を めぐんだ の が かえって わるい レイ と なり、 めぐまれぬ とき は アクセイ を はなつ ので、 ヒトダカリ の する の が イヤサ に また 50 セン やる よう に なって しまう。 この オトコ に サカテ の ムシン を される の は ワタクシ ばかり では あるまい と おもって、 ある バン あざむいて ヨツツジ の ハシュツジョ へ つれて ゆく と、 タチバン の ジュンサ とは とうに ナジミ に なって いて、 ジュンサ は メンドウクササ に とりあって くれる ヨウス をも みせなかった。 イズモ-チョウ…… いや 7 チョウメ の コウバン でも、 ある ヒ ジュンサ と わらいながら ハナシ を して いる の を みた。 ジュンサ の メ には ワタクシ など より この オトコ の ほう が かえって スジョウ が しれて いる の かも しれない。
 ワタクシ は サンサク の ホウメン を スミダガワ の ヒガシ に かえ、 ドブギワ の イエ に すんで いる オユキ と いう オンナ を たずねて やすむ こと に した。
 4~5 ニチ つづけて おなじ ミチ を オウフク する と、 アザブ から の トオミチ も ハジメ に くらべる と、 だんだん ク に ならない よう に なる。 キョウバシ と カミナリモン との ノリカエ も、 シュウカン に なる と イシキ より も カラダ の ほう が サキ に うごいて くれる ので、 さほど わずらわしい とも おもわない よう に なる。 ジョウキャク の ザットウ する ジカン や センロ が、 ヒ に よって ちがう こと も あきらか に なる ので、 これ を さけ さえ すれば、 トオミチ だけ に ゆっくり ホン を よみながら ゆく こと も できる よう に なる。
 デンシャ の ナカ での ドクショ は、 タイショウ 9 ネン の コロ ロウガンキョウ を かける よう に なって から まったく はいせられて いた が、 カミナリモン まで の トオミチ を オウフク する よう に なって ふたたび これ を おこなう こと に した。 しかし シンブン も ザッシ も シンカンショ も、 テ に する シュウカン が ない ので、 ワタクシ は はじめて の デガケ には、 テ に ふれる が まま ヨダ ガッカイ の ボクスイ ニジュウシケイ-キ を たずさえて いった。
 センジュ の ブン は モクゼン の ケイ に たいして イクブン の キョウ を そえる だろう と おもった から で ある。
 ワタクシ は ミッカ-メ ぐらい には サンポ の みちすがら ショクリョウヒン を かわねば ならない。 ワタクシ は その ツイデ に、 オンナ に おくる ミヤゲモノ をも かった。 この こと が オウホウ する こと わずか に 4~5 カイ に して、 ニジュウ の コウカ を おさめた。
 いつも カンヅメ ばかり かう のみ ならず、 シャツ や ウワギ も ボタン の とれた の を きて いる の を みて、 オンナ は いよいよ ワタクシ を アパート-ズマイ の ヒトリモノ と スイテイ した の で ある。 ヒトリミ ならば マイヨ の よう に あそび に いって も いっこう フシン は ない と いう こと に なる。 ラディオ の ため に イエ に いられない と おもう はず も なかろう し、 また シバイ や カツドウ を みない ので、 ジカン を クウヒ する ところ が ない。 ゆく ところ が ない ので くる ヒト だ とも おもう はず が ない。 この こと は イイワケ を せず とも シゼン に うまく いった が、 カネ の デドコロ に ついて ウタガイ を かけられ は せぬ か と、 バショガラ だけ に、 ワタクシ は それとなく シツモン した。 すると オンナ は その バン はらう もの さえ はらって くれれば、 ホカ の こと は てんで かんがえて も いない と いう ヨウス で、
「こんな とこ でも、 つかう ヒト は ずいぶん つかう わよ。 マル-ヒトツキ イツヅケ した オキャク が あった わ」
「へえ」 と ワタクシ は おどろき、 「ケイサツ へ とどけなくって も いい の か。 ヨシワラ なんか だ と じき とどける と いう ハナシ じゃ ない か」
「この トチ でも、 ウチ に よっちゃあ する かも しれない わ」
「イツヅケ した オキャク は ナン だった。 ドロボウ か」
「ゴフクヤ さん だった わ。 とうとう ミセ の ダンナ が きて つれて いった わ」
「カンジョウ の モチニゲ だね」
「そう でしょう」
「オレ は だいじょうぶ だよ。 その ほう は」 と いった が、 オンナ は どちら でも かまわない と いう カオ を して キキカエシ も しなかった。
 しかし ワタクシ の ショクギョウ に ついて は、 オンナ の ほう では とうから カッテ に とりきめて いる らしい こと が わかって きた。
 2 カイ の フスマ に ハンシ ヨツギリ ほど の オオキサ に フッコク した ウキヨエ の ビジンガ が ハリマゼ に して ある。 その ナカ には ウタマロ の アワビトリ、 トヨノブ の ニュウヨク ビジョ など、 かつて ワタクシ が ザッシ コノハナ の サシエ で みおぼえて いる もの も あった。 ホクサイ の サンサツボン、 フクトク ワゴウジン の ナカ から、 オトコ の スガタ を とりさり、 オンナ の ほう ばかり を のこした もの も あった ので、 ワタクシ は くわしく この ショ の セツメイ を した。 それから また、 オユキ が オキャク と ともに 2 カイ へ あがって いる アイダ、 ワタクシ は シタ の ヒトマ で テチョウ へ ナニ か かいて いた の を、 ちらと みて、 てっきり ヒミツ の シュッパン を ギョウ と する オトコ だ と おもった らしく、 コンド くる とき そういう ホン を 1 サツ もって きて くれ と いいだした。
 イエ には 20~30 ネン マエ に あつめた もの の ノコリ が あった ので、 こわれる まま 3~4 サツ イチド に もって いった。 ここ に いたって、 ワタクシ の ショクギョウ は いわず かたらず、 それ と きめられた のみ ならず、 アクセン の デドコロ も おのずから メイリョウ に なった らしい。 すると オンナ の タイド は いっそう うちとけて、 まったく キャクアツカイ を しない よう に なった。
 ヒカゲ に すむ オンナ たち が ヨ を しのぶ うしろぐらい オトコ に たいする とき、 おそれ も せず きらい も せず、 かならず シンミツ と アイレン との ココロ を おこす こと は、 カタ の ジツレイ に ちょうして ふかく セツメイ する にも およぶまい。 カモガワ の ゲイギ は バクリ に おわれる シシ を すくい、 カンエキ の シャクフ は セキショヤブリ の バクト に リョヒ を めぐむ こと を じさなかった。 トスカ は トウザン の ヒンシ に ショク を あたえ、 ミチトセ は ブライカン に レンアイ の シンジョウ を ささげて くいなかった。
 ここ に おいて ワタクシ の ユウリョ する ところ は、 この マチ の フキン、 もしくは トウブ デンシャ の ナカ など で、 ブンガクシャ と シンブン キシャ と に であわぬ よう に する こと だけ で ある。 この タ の ヒトタチ には どこ で あおう と、 アト を つけられよう と、 いっこう に サシツカエ は ない。 キンゲン な ヒトタチ から は ネンショウ の コロ から みかぎられた ミ で ある。 シンルイ の コドモ も ワタクシ の イエ には よりつかない よう に なって いる から、 イマ では けっきょく はばかる モノ は ない。 ただ ヒトリ おそる べき は ソウコ の シ で ある。 10 ヨネン マエ ギンザ の オモテドオリ に しきり に カフェー が できはじめた コロ、 ここ に ヨイ を かった こと から、 シンブン と いう シンブン は こぞって ワタクシ を ヒッチュウ した。 ショウワ 4 ネン の 4 ガツ 「ブンゲイ シュンジュウ」 と いう ザッシ は、 ヨ に 「セイゾン させて おいて は ならない」 ニンゲン と して ワタクシ を コウゲキ した。 その ブンチュウ には 「ショジョ ユウカイ」 と いう が ごとき モジ をも シヨウ した ところ を みる と ワタクシ を おとしいれて ハンポウ の ザイニン たらしめよう と した もの かも しれない。 カレラ は ワタクシ が ヨル ひそか に ボクスイ を わたって ヒガシ に あそぶ こと を タンチ した なら、 さらに ナニゴト を キト する か はかりがたい。 これ しんに おそる べき で ある。
 マイヨ デンシャ の ノリオリ のみ ならず、 この サト へ いりこんで から も、 ヨミセ の にぎわう オモテドオリ は いう まで も ない。 ロジ の コミチ も ヒト の おおい とき には、 ゼンゴ サユウ に キ を くばって あるかなければ ならない。 この ココロモチ は 「シッソウ」 の シュジンコウ タネダ ジュンペイ が ヨ を しのぶ キョウグウ を ビョウシャ する には ヒッシュ の ジッケン で あろう。

 6

 ワタクシ の しのんで かよう ドブギワ の イエ が テラジママチ 7 チョウメ 60 ナン-バンチ に ある こと は すでに しるした。 この バンチ の アタリ は この サカリバ では セイホク の スミ に よった ところ で、 メヌキ の バショ では ない。 かりに これ を ホクリ に たとえて みたら、 キョウマチ 1 チョウメ も ニシガシ に ちかい ハズレ と でも いう べき もの で あろう。 きいた ばかり の ハナシ だ から、 ちょっと つうめかして この サカリバ の エンカク を のべよう か。 タイショウ 7~8 ネン の コロ、 アサクサ カンノンドウ ウラテ の ケイダイ が せばめられ、 ひろい ドウロ が ひらかれる に さいして、 ムカシ から その ヘン に シッピ して いた ヨウキュウバ メイシュヤ の タグイ が ことごとく トリハライ を めいぜられ、 イマ でも ケイセイ バス の オウフク して いる タイショウ ドウロ の リョウガワ に トコロ さだめず ミセ を うつした。 つづいて デンボウイン の ヨコテ や エガワ タマノリ の ウラ アタリ から も おわれて くる もの が ひき も きらず、 タイショウ ドウロ は ほとんど のきなみ メイシュヤ に なって しまい、 ツウコウニン は ハクチュウ でも ソデ を ひかれ ボウシ を うばわれる よう に なった ので、 ケイサツショ の トリシマリ が きびしく なり、 クルマ の とおる オモテドオリ から ロジ の ウチ へ と ひっこませられた。 アサクサ の キュウチ では リョウウンカク の ウラテ から コウエン の キタガワ センゾクマチ の ロジ に あった もの が、 テ を つくして イノコリ の サク を こうじて いた が、 それ も タイショウ 12 ネン の シンサイ の ため に チュウゼツ し、 イチジ ことごとく この ホウメン へ にげて きた。 シガイ サイケン の ノチ ニシ ケンバン と しょうする ゲイシャヤ クミアイ を つくり テンギョウ した もの も あった が、 この トチ の ハンエイ は ますます さかん に なり ついに コンニチ の ごとき なかば エイキュウテキ な ジョウキョウ を ていする に いたった。 はじめ シチュウ との コウツウ は シラヒゲバシ の ホウメン ヒトスジ だけ で あった ので、 キョネン ケイセイ デンシャ が ウンテン を ハイシ する コロ まで は その テイリュウジョウ に ちかい ところ が いちばん にぎやか で あった。
 しかるに ショウワ 5 ネン の ハル トシ フッコウサイ の シッコウ せられた コロ、 アズマバシ から テラジママチ に いたる イッチョクセン の ドウロ が ひらかれ、 シナイ デンシャ は アキバ ジンジャ マエ まで、 シエイ バス の オウフク は さらに エンチョウ して テラジママチ 7 チョウメ の ハズレ に シャコ を もうける よう に なった。 それ と ともに トウブ テツドウ-ガイシャ が サカリバ の セイナン に タマノイ エキ を もうけ、 ヨル も 12 ジ まで カミナリモン から 6 セン で ヒト を のせて くる に および、 マチ の ケイセイ は ウラ と オモテ と、 まったく イッペン する よう に なった。 イマ まで いちばん わかりにくかった ロジ が、 いちばん はいりやすく なった カワリ、 イゼン メヌキ と いわれた ところ が、 イマ では ハズレ に なった の で ある が それでも ギンコウ、 ユウビンキョク、 ユヤ、 ヨセ、 カツドウ シャシンカン、 タマノイ イナリ の ごとき は、 いずれ も イゼン の まま タイショウ ドウロ に のこって いて、 リゾク ヒロコウジ、 または カイセイ ドウロ と よばれる あたらしい ミチ には、 エンタク の フクソウ と、 ヨミセ の ニギワイ と を みる ばかり で、 ジュンサ の ハシュツジョ も キョウドウ ベンジョ も ない。 このよう な ヘンピ な シンカイマチ に あって すら、 ジセイ に ともなう セイスイ の ヘン は まぬかれない の で あった。 いわんや ヒト の イッショウ に おいて をや。

 ワタクシ が ふと こころやすく なった ドブギワ の イエ…… オユキ と いう オンナ の すむ イエ が、 この トチ では タイショウ カイタクキ の セイジ を おもいおこさせる イチグウ に あった の も、 ワタクシ の ごとき ジウン に とりのこされた ミ には、 なにやら ふかい インネン が あった よう に おもわれる。 その イエ は タイショウ ドウロ から とある ロジ に いり、 よごれた ノボリ の たって いる フシミ イナリ の マエ を すぎ、 ドブ に そうて、 なお おくふかく いりこんだ ところ に ある ので、 オモテドオリ の ラディオ や チクオンキ の ヒビキ も ヒヤカシ の アシオト に けされて よく は きこえない。 ナツ の ヨ、 ワタクシ が ラディオ の ヒビキ を さける には これほど てきした アンソクジョ は ホカ には あるまい。
 いったい この サカリバ では、 クミアイ の キソク で オンナ が マド に すわる ゴゴ 4 ジ から チクオンキ や ラディオ を きんじ、 また シャミセン をも ひかせない と いう こと で。 アメ の しとしと と ふる バン など、 ふける に つれて、 ちょいと ちょいと の コエ も とだえがち に なる と、 イエ の ウチソト に むらがりなく カ の コエ が みみだって、 いかにも バスエ の ウラマチ-らしい ワビシサ が かんじられて くる。 それ も ショウワ ゲンダイ の ロウコウ では なく して、 ツルヤ ナンボク の キョウゲン など から かんじられる カコ の ヨ の うらさびしい ジョウミ で ある。
 いつも シマダ か マルマゲ に しか ゆって いない オユキ の スガタ と、 ドブ の キタナサ と、 カ の なく コエ とは ワタクシ の カンカク を いちじるしく シゲキ し、 30~40 ネン ムカシ に きえさった カコ の ゲンエイ を サイゲン させて くれる の で ある。 ワタクシ は この はかなく も あやしげ なる ゲンエイ の ショウカイシャ に たいして できうる こと なら あからさま に カンシャ の コトバ を のべたい。 オユキ さん は ナンボク の キョウゲン を えんじる ハイユウ より も、 ランチョウ を かたる ツルガ ナニガシ より も、 カコ を よびかえす チカラ に おいて は いっそう コウミョウ なる ムゴン の ゲイジュツカ で あった。
 ワタクシ は オユキ さん が オハチ を だきかかえる よう に して メシ を よそい、 さらさら オト を たてて チャヅケ を かっこむ スガタ を、 あまり あかるく ない デントウ の ヒカリ と、 たえざる ドブカ の コエ の ナカ に じっと ながめやる とき、 セイシュン の コロ なれしたしんだ オンナ たち の スガタ や その スマイ の サマ を ありあり と メノマエ に おもいうかべる。 ワタクシ の もの ばかり で ない。 トモダチ の オンナ の こと まで が おもいだされて くる の で ある。 その コロ には オトコ を 「カレシ」 と いい、 オンナ を 「カノジョ」 と よび、 フタリ の ワビズマイ を 「アイ の ス」 など と いう コトバ は まだ つくりだされて いなかった。 ナジミ の オンナ は 「キミ」 でも、 「アンタ」 でも なく、 ただ 「オマエ」 と いえば よかった。 テイシュ は ニョウボウ を 「オッカア」 ニョウボウ は テイシュ を 「チャン」 と よぶ モノ も あった。
 ドブ の カ の うなる コエ は コンニチ に あって も スミダガワ を ヒガシ に わたって ゆけば、 どうやら 30 ネン マエ の ムカシ と カワリ なく、 バスエ の マチ の ワビシサ を うたって いる のに、 トウキョウ の コトバ は この 10 ネン の アイダ に かわれば じつに かわった もの で ある。

  その アタリ かたづけて つる カチョウ かな
  さらぬだに あつくるしき を モメンガヤ
  イエジュウ は アキ の ニシビ や ドブ の フチ
  ワビズミ や ウチワ も おれて アキ あつし
  カヤ の アナ むすび むすびて 9 ガツ かな
  クズカゴ の ナカ から も でて なく カ かな
  のこる カ を かぞえる カベ や アメ の シミ
  この カヤ も サケ とや ならむ クレ の アキ

 これ は オユキ が すむ イエ の チャノマ に、 ある ヨ カヤ が つって あった の を みて、 ふと おもいだした キュウサク の ク で ある。 ナカバ は ボウユウ アア クン が フカガワ チョウケイジ ウラ の ナガヤ に オヤ の ゆるさぬ コイビト と かくれすんで いた の を、 その オリオリ たずねて いった とき よんだ もの で、 メイジ 43~44 ネン の コロ で あったろう。
 その ヨ オユキ さん は キュウ に ハ が いたく なって、 いましがた マドギワ から ひっこんで ねた ばかり の ところ だ と いいながら カヤ から はいだした が、 すわる バショ が ない ので、 ワタクシ と ならんで アガリガマチ へ コシ を かけた。
「イツモ より おそい じゃ ない のさ。 あんまり、 またせる もん じゃ ない よ」
 オンナ の コトバヅカイ は その タイド と ともに、 ワタクシ の ショウバイ が セケン を はばかる もの と スイテイ せられて から、 コウジツ の サカイ を こえて むしろ ホウラン に はしる キライ が あった。
「それ は すまなかった。 ムシバ か」
「キュウ に いたく なった の。 メ が まわりそう だった わ。 はれてる だろう」 と ヨコガオ を みせ、 「アナタ。 ルスバン して いて ください な。 ワタシ イマ の うち ハイシャ へ いって くる から」
「この キンジョ か」
「ケンサバ の すぐ テマエ よ」
「それじゃ コウセツ イチバ の ほう だろう」
「アナタ。 ホウボウ あるく と みえて、 よく しってる ん だねえ。 ウワキモノ」
「いたい。 そう ジャケン に する もん じゃ ない。 シュッセ マエ の カラダ だよ」
「じゃ たのむ わよ。 あんまり またせる よう だったら かえって くる わ」
「オマエ まちまち カヤ の ソト…… と いう わけ か。 シヨウ が ない」
 ワタクシ は オンナ の コトバヅカイ が ぞんざい に なる に したがって、 それ に テキオウ した チョウシ を とる よう に して いる。 これ は ミブン を かくそう が ため の シュダン では ない。 トコロ と ヒト と を とわず、 ワタクシ は ゲンダイ の ヒト と オウセツ する とき には、 あたかも ガイコク に いって ガイコクゴ を あやつる よう に、 アイテ と おなじ コトバ を つかう こと に して いる から で ある。 「オラ が クニ」 と ムコウ の ヒト が いったら こっち も 「オラ」 を 「ワタクシ」 の カワリ に つかう。 ハナシ は すこし ヨジ に わたる が、 ゲンダイジン と コウサイ する とき、 コウゴ を まなぶ こと は ヨウイ で ある が ブンショ の オウフク に なる と すこぶる コンナン を かんじる。 ことに オンナ の テガミ に ヘンショ を さいする とき 「ワタシ」 を 「アタシ」 と なし、 「けれども」 を 「けど」 と なし、 また ナニゴト に つけて も、 「ヒツゼンセイ」 だの 「ジュウダイセイ」 だの と、 セイ の ジ を つけて みる の も、 ジョウダン ハンブン クチサキ で マネ を して いる とき とは ちがって、 これ を フデ に する ダン に なる と、 じつに たえがたい ケンオ の ジョウ を かんじなければ ならない。 こいしき は ナニゴト に つけて も かえらぬ ムカシ で、 あたかも その ヒ、 ワタクシ は ムシボシ を して いた もの の ナカ に、 ヤナギバシ の ギ に して、 ムコウジマ コウメ の サト に かこわれて いた オンナ の ふるい テガミ を みた。 テガミ には かならず ソウロウブン を もちいなければ ならなかった ジダイ なので、 その コロ の オンナ は、 スズリ を ひきよせ フデ を とれば、 モジ を しらなく とも、 おのずから そうろう べく そうろう の チョウシ を おもいだした もの らしい。 ワタクシ は ヒト の シショウ を かえりみず、 これ を ここ に ろくしたい。

ヒトフデ もうしあげまいらせそうろう。 ソノゴ は ゴブサタ いたしそうろうて、 なんとも モウシワケ これ なく ごめん くだされたく そうろう。 ワタクシコト これまで の スマイ まことに テゼマ に つき コノジュウ ミギ の ところ へ しきうつりそうろう まま おんしらせ もうしあげそうろう。 まことに まことに もうしあげかねそうらえど も、 しょうしょう オメモジ の うえ もうしあげたき こと ござそうろう アイダ、 なにとぞ ゴツゴウ なしくだされて、 アナタサマ の よろしき オリ おたちより くだされたく イクエ にも おんまち もうしあげそうろう。 1 ニチ も はやく オコシ の ホド、 まずは オメモジ の うえ にて あらあらかしく。              ○○ より
タケヤ の ワタシ の シタ に ミヤコユ と もうす ユヤ あり。 ヤオヤ で おきき ください。 テンキ が よろしく そうろう ゆえ ゴツゴウ にて アア さん も おさそいあわされ ホリキリ へ まいりたく と ぞんじそうろう アイダ オシルマエ から いかが に そうろう や。 おたずね もうしあげそうろう。 もっとも この ゴヘンジ ゴムヨウ にて そうろう。

 ブンチュウ 「ひきうつり」 を 「しきうつり」 と なし、 「ヒルマエ」 を 「シルマエ」 に かきあやまって いる の は トウキョウ シタマチ コトバ の ナマリ で ある。 タケヤ の ワタシ も イマ は マクラバシ の ワタシ と ともに はいせられて その アト も ない。 わが セイシュン の ナゴリ を とむらう に イマ は これ を ナヘン に さぐる べき か。

 7

 ワタクシ は オユキ の でて いった アト、 なかば おろした フルガヤ の スソ に すわって、 ヒトリ カ を おいながら、 ときには ナガヒバチ に うめた スミビ と ユワカシ と に キ を つけた。 いかに アツサ の はげしい バン でも、 この トチ では、 オキャク の あがった アイズ に シタ から チャ を もって ゆく シュウカン なので、 どの イエ でも ヒ と ユ と を たやした こと が ない。
「おい。 おい」 と コゴエ に よんで マド を たたく モノ が ある。
 ワタクシ は おおかた ナジミ の キャク で あろう と おもい、 でよう か でまい か と、 ヨウス を うかがって いる と、 ソト の オトコ は マドグチ から テ を さしいれ、 サル を はずして ト を あけて ナカ へ はいった。 しろっぽい ユカタ に ヘコオビ を しめ、 いなかくさい マルガオ に クチヒゲ を はやした トシ は 50 ばかり。 テ には フロシキ に つつんだ もの を もって いる。 ワタクシ は その ヨウス と その カオダチ と で、 すぐさま オユキ の カカエヌシ だろう と スイサツ した ので、 ムコウ から いう の を またず、
「オユキ さん は なんだか、 オイシャ へ ゆく って、 イマ オモテ で あいました」
 カカエヌシ らしい オトコ は すでに その こと を しって いた らしく、 「もう かえる でしょう。 まって いなさい」 と いって、 ワタクシ の いた の を あやしむ フウ も なく、 フロシキヅツミ を といて、 アルミ の コナベ を だし チャダナ の ナカ へ いれた。 ヤショク の ソウザイ を もって きた の を みれば、 カカエヌシ に ソウイ は ない。
「オユキ さん は、 いつも いそがしくって ケッコウ です ねえ」
 ワタクシ は アイサツ の カワリ に ナニ か オセジ を いわなければ ならない と おもって、 そう いった。
「ナン です か。 どうも」 と カカエヌシ の ほう でも ヘンジ に こまる と いった よう な、 イミ の ない こと を いって、 ヒバチ の ヒ や ユ の カゲン を みる ばかり。 メン と むかって ワタクシ の カオ さえ みない。 むしろ タイダン を さける と いう よう に ヨコ を むいて いる ので、 ワタクシ も そのまま だまって いた。
 こういう イエ の テイシュ と ユウキャク との タイメン は、 リョウホウ とも はなはだ きまずい もの で ある。 カシザシキ、 マチアイ-ヂャヤ、 ゲイシャヤ など の テイシュ と キャク との アイダ も また おなじ こと で、 この リョウシャ の タイダン する バアイ は、 かならず オンナ を チュウシン に して はなはだ きまずい ゴタゴタ の おこった とき で、 しからざる かぎり タイダン の ヒツヨウ が まったく ない から でも あろう。
 いつも オユキ が ミセグチ で たく カヤリコウ も、 コンヤ は イチド も ともされなかった と みえ、 イエジュウ に わめく カ の ムレ は カオ を さす のみ ならず、 クチ の ナカ へも とびこもう と する の に、 トチ なれて いる はず の シュジン も、 しばらく すわって いる うち ガマン が しきれなく なって、 ナカジキリ の シキイギワ に おいた センプウキ の ヒキテ を ねじった が こわれて いる と みえて まわらない。 ヒバチ の ヒキダシ から ようやく カヤリコウ の カケラ を みいだした とき、 フタリ は おもわず アンシン した よう に カオ を みあわせた ので、 ワタクシ は これ を キカイ に、
「コトシ は どこ も ひどい カ です よ。 アツサ も カクベツ です がね」 と いう と、
「そう です か。 ここ は もともと ウメチ で、 ろくに ジアゲ も しない ん だ から」 と シュジン も しぶしぶ クチ を ききはじめた。
「それでも ミチ が よく なりました ね。 だいいち ベンリ に なりました ね」
「そのかわり、 ナニカ に つけて キソク が やかましく なった」
「そう。 2~3 ネン マエ にゃ、 とおる と ボウシ なんぞ もって いった もの です ね」
「あれ にゃ、 ワタシタチ この ナカ の モノ も こまった ん だよ。 ヨウ が あって も とおれない から ね。 オンナ たち に そう いって も、 そう いちいち ミハリ を して も いられない し、 シカタ が ない から バッキン を とる よう に した ん だ。 ミセ の ソト へ でて オキャク を つかまえる ところ を みつかる と 42 エン の バッキン だ。 それから コウエン アタリ へ キャクヒキ を だす の も キソク イハン に した ん だ」
「それ も バッキン です か」
「うむ」
「それ は いくら です か」
 トオマワシ に トチ の ジジョウ を ききだそう と おもった とき、 「アンドウ さん」 と オトコ の コエ で、 なにやら カミキレ を マド に さしいれて いった モノ が ある。 ドウジ に オユキ が かえって きて、 その カミ を とりあげ、 ネコイタ の ウエ に おいた の を、 ヌスミミ する と、 トウシャズリ に した ゴウトウ ハンニン ソウサク の カイジョウ で ある。
 オユキ は そんな もの には メ も ふれず、 「オトウサン、 アシタ ぬかなくっちゃ いけない って いう のよ。 この ハ」 と いって、 シュジン の ほう へ あいた クチ を むける。
「じゃあ、 コンヤ は たべる もの は いらなかった な」 と シュジン は たちかけた が、 ワタクシ は わざと みえる よう に カネ を だして オユキ に わたし、 ヒトリ サキ へ たって 2 カイ に あがった。
 2 カイ は マド の ある 3 ジョウ の マ に チャブダイ を おき、 ツギ が 6 ジョウ と 4 ジョウ ハン ぐらい の フタマ しか ない。 いったい この イエ は もと 1 ケン で あった の を、 オモテ と ウラ と 2 ケン に しきった らしく、 シタ は チャノマ の 1 シツ きり で ダイドコロ も ウラグチ も なく、 2 カイ は ハシゴ の オリクチ から つづいて 4 ジョウ ハン の カベ も カミ を はった うすい イタ 1 マイ なので、 ウラドナリ の モノオト や ハナシゴエ が テ に とる よう に よく きこえる。 ワタクシ は よく ミミ を おしつけて わらう こと が あった。
「また、 そんな とこ。 あつい のに さ」
 あがって きた オユキ は すぐ マド の ある 3 ジョウ の ほう へ いって、 ソメモヨウ の はげた カーテン を かたよせ、 「こっち へ おいで よ。 いい カゼ だ。 あら また ひかってる」
「サッキ より いくらか すずしく なった な、 なるほど いい カゼ だ」
 マド の すぐ シタ は ヒオイ の ヨシズ に さえぎられて いる が、 ドブ の ムコウガワ に ならんだ イエ の 2 カイ と、 マドグチ に すわって いる オンナ の カオ、 いったり きたり する ヒトカゲ、 ロジ イッタイ の コウケイ は あんがい トオク の ほう まで みとおす こと が できる。 ヤネ の ウエ の ソラ は ナマリイロ に おもく たれさがって、 ホシ も みえず、 オモテドオリ の ネオン サイン に ナカゾラ まで も うすあかく そめられて いる の が、 むしあつい ヨル を いっそう むしあつく して いる。 オユキ は ザブトン を とって マド の シキイ に のせ、 その ウエ に コシ を かけて、 しばらく ソラ の ほう を みて いた が、 「ねえ、 アナタ」 と とつぜん ワタクシ の テ を にぎり、 「ワタシ、 シャッキン を かえしちまったら。 アナタ、 オカミサン に して くれない」
「オレ みた よう な モノ。 シヨウ が ない じゃ ない か」
「ハス に なる シカク が ない って いう の」
「たべさせる こと が できなかったら シカク が ない ね」
 オユキ は なんとも いわず、 ロジ の ハズレ に きこえだした ヴィヨロン の ウタ に つれて、 ハナウタ を うたいかけた ので、 ワタクシ は みる とも なく カオ を みよう と する と、 オユキ は それ を さける よう に キュウ に たちあがり、 カタテ を のばして ハシラ に つかまり、 のりだす よう に ハンシン を ソト へ つきだした。
「もう 10 ネン わかけりゃ……」 ワタクシ は チャブダイ の マエ に すわって マキタバコ に ヒ を つけた。
「アナタ。 いったい イクツ なの」
 こなた へ ふりむいた オユキ の カオ を みあげる と、 イツモ の よう に カタエクボ を よせて いる ので、 ワタクシ は なんとも しれず アンシン した よう な ココロモチ に なって、
「もう じき 60 さ」
「オトウサン。 60 なの。 まだ オジョウブ」
 オユキ は しげしげ と ワタクシ の カオ を みて、 「アナタ。 まだ 40 にゃ ならない ね。 37 か 8 かしら」
「オレ は オメカケサン に できた コ だ から、 ホント の トシ は わからない」
「40 に して も わかい ね。 カミノケ なんぞ そう は おもえない わ」
「メイジ 31 ネン ウマレ だね。 40 だ と」
「ワタシ は イクツ ぐらい に みえて」
「21~22 に みえる が、 4 ぐらい かな」
「アナタ。 クチ が うまい から ダメ。 26 だわ」
「ユキ ちゃん、 オマエ、 ウツノミヤ で ゲイシャ を して いた って いった ね」
「ええ」
「どうして、 ここ へ きた ん だ。 よく この トチ の こと を しって いた ね」
「しばらく トウキョウ に いた もの」
「オカネ の いる こと が あった の か」
「そう でも なけりゃ……。 ダンナ は ビョウキ で しんだ し、 それに すこし……」
「なれない うち は おどろいたろう。 ゲイシャ とは ヤリカタ が ちがう から」
「そう でも ない わ。 ハジメ っから ショウチ で きた ん だ もの。 ゲイシャ は カカリマケ が して、 シャッキン の ぬける とき が ない もの。 それに…… ミ を おとす なら かせぎいい ほう が けっく トク だ もの」
「そこ まで かんがえた の は、 まったく えらい。 ヒトリ で そう かんがえた の か」
「ゲイシャ の ジブン、 オチャヤ の ネエサン で しってる ヒト が、 この トチ で ショウバイ して いた から、 ハナシ を きいた のよ」
「それにしても、 えらい よ。 ネン が あけたら すこし ジマエ で かせいで、 のこせる だけ のこす ん だね」
「ワタシ の トシ は ミズショウバイ には むく ん だ とさ。 だけれど ユクサキ の こと は わからない わ。 ねえ」
 じっと カオ を みつめられた ので、 ワタクシ は ふたたび ミョウ に フアン な ココロモチ が した。 まさか とは おもう ものの、 なんだか オクバ に モノ の はさまって いる よう な ココロモチ が して、 コンド は ワタクシ の ほう が ソラ の ほう へ でも カオ を そむけたく なった。
 オモテドオリ の ネオン サイン が ハンエイ する ソラ の ハズレ には、 サキホド から おりおり イナズマ が ひらめいて いた が、 この とき キュウ に するどい ヒカリ が ヒト の メ を いた。 しかし カミナリ の オト らしい もの は きこえず、 カゼ が ぱったり やんで ヒノクレ の アツサ が また むしかえされて きた よう で ある。
「いまに ユウダチ が きそう だな」
「アナタ。 カミユイ さん の カエリ…… もう ミツキ に なる わねえ」
 ワタクシ の ミミ には この 「ミツキ に なる わねえ」 と すこし ひきのばした ねえ の コエ が なにやら とおい ムカシ を おもいかえす と でも いう よう に ムゲン の ジョウ を ふくんだ よう に ききなされた。 「ミツキ に なります」 とか 「なる わよ」 とか いいきったら ツネ の ダンワ に きこえた の で あろう が、 ねえ と ながく ひいた コエ は エイタン の オン と いう より も、 むしろ それとなく ワタクシ の ヘンジ を うながす ため に つかわれた もの の よう にも おもわれた ので、 ワタクシ は 「そう……」 と こたえかけた コトバ さえ のみこんで しまって、 ただ マナザシ で オウトウ を した。
 オユキ は マイヨ ロジ へ いりこむ かずしれぬ オトコ に オウセツ する ミ で ありながら、 どういう ワケ で はじめて ワタクシ と あった ヒ の こと を わすれず に いる の か、 それ が ワタクシ には ありう べからざる こと の よう に かんがえられた。 はじめて の ヒ を おもいかえす の は、 その とき の こと を ココロ に うれしく おもう が ため と みなければ ならない。 しかし ワタクシ は この トチ の オンナ が ワタクシ の よう な トシヨリ に たいして、 もっとも センポウ では ワタクシ の トシ を 40 サイ ぐらい に みて いる が、 それにしても すいた の ほれた の と いう よう な もしくは それ に にた やわらかく あたたか な カンジョウ を おこしうる もの とは、 ゆめにも おもって いなかった。
 ワタクシ が ほとんど マイヨ の よう に あししげく かよって くる の は、 すでに イクタビ か キジュツ した よう に、 イロイロ な リユウ が あった から で ある。 ソウサク 「シッソウ」 の ジッチ カンサツ。 ラディオ から の トウソウ。 ギンザ マルノウチ の よう な シュト スウヨウ の シガイ に たいする ケンオ。 ソノタ の リユウ も ある が、 いずれ も オンナ に むかって かたりう べき こと では ない。 ワタクシ は オユキ の イエ を ヨル の サンポ の キュウケイジョ に して いた に すぎない の で ある が、 そう する ため には ホウベン と して クチ から デマカセ の ウソ も ついた。 コイ に あざむく つもり では ない が、 サイショ オンナ の あやまりみとめた こと を テイセイ も せず、 むしろ キョウ に まかせて その ゴニン を なお ふかく する よう な キョドウ や ハナシ を して、 ミブン を くらました。 この セメ だけ は まぬかれない かも しれない。
 ワタクシ は この トウキョウ のみ ならず、 セイヨウ に あって も、 バイショウ の チマタ の ホカ、 ほとんど ソノタ の シャカイ を しらない と いって も よい。 その ユライ は ここ に のべたく も なく、 また のべる ヒツヨウ も あるまい。 もし ワタクシ なる イチ ジンブツ の ナニモノ たる か を しりたい と いう よう な スイキョウ な ヒト が あった なら、 ワタクシ が チュウネン の コロ に つくった タイワ 「ヒルスギ」 マンピツ 「ショウタク」 ショウセツ 「みはてぬ ユメ」 の ごとき アクブン を イチドク せられた なら オモイ ナカバ に すぐる もの が あろう。 とは いう ものの、 それ も ブンショウ が つたなく、 くどくどしくて、 ゼンペン を よむ には メンドウ で あろう から、 ここ に 「みはてぬ ユメ」 の イッセツ を バッテキ しよう。 「カレ が ジュウネン イチジツ の ごとく カリュウカイ に デイリ する ゲンキ の あった の は、 つまり カリュウカイ が フセイ アンコク の チマタ で ある こと を ジュクチ して いた から で。 されば もし セケン が ホウトウシャ を もって チュウシン コウシ の ごとく ショウサン する もの で あった なら、 カレ は テイタク を ヒトデ に わたして まで も、 その ショウサン の コエ を きこう とは しなかった で あろう。 セイトウ な サイジョ の ギゼンテキ キョエイシン、 コウメイ なる シャカイ の サギテキ カツドウ に たいする ギフン は、 カレ を して サイショ から フセイ アンコク と して しられた タ の イッポウ に はせおもむかしめた ユイイツ の チカラ で あった。 つまり カレ は マッシロ だ と しょうする カベ の ウエ に きたない サマザマ な シミ を みいだす より も、 なげすてられた ランル の キレ にも うつくしい ヌイトリ の ノコリ を ハッケン して よろこぶ の だ。 セイギ の キュウデン にも おうおう に して トリ や ネズミ の フン が おちて いる と おなじく、 アクトク の タニソコ には うつくしい ニンジョウ の ハナ と かんばしい ナミダ の カジツ が かえって タクサン に つみあつめられる」
 これ を よむ ヒト は、 ワタクシ が ドブ の シュウキ と、 カ の コエ との ナカ に セイカツ する オンナ たち を ふかく おそれ も せず、 みにくい とも せず、 むしろ みぬ マエ から シタシミ を おぼえて いた こと だけ は スイサツ せられる で あろう。
 ワタクシ は かの オンナ たち と コンイ に なる には―― すくなくとも かの オンナ たち から けいして とおざけられない ため には、 ゲンザイ の ミブン は かくして いる ほう が よい と おもった。 かの オンナ たち から、 こんな ところ へ こず とも よい ミブン の ヒト だ のに、 と おもわれる の は、 ワタクシ に とって は いかにも つらい。 かの オンナ たち の ハッコウ な セイカツ を シバイ でも みる よう に、 ウエ から みおろして よろこぶ の だ と ゴカイ せられる よう な こと は、 できうる かぎり これ を さけたい と おもった。 それ には ミブン を ひする より ホカ は ない。
 こんな ところ へ くる ヒト では ない と いわれた こと に ついて は すでに ジツレイ が ある。 ある ヨ、 カイセイ ドウロ の ハズレ、 シエイ バス シャコ の ホトリ で、 ワタクシ は ジュンサ に よびとめられて ジンモン せられた こと が ある。 ワタクシ は ブンガクシャ だの チョジュツギョウ だの と ジブン から ナノリ を あげる の も いや で ある し、 ヒト から そう おもわれる の は なおさら きらい で ある から、 ジュンサ の トイ に たいして は レイ の ごとく ムショク の ユウミン と こたえた。 ジュンサ は ワタクシ の ウワギ を はぎとって ショジヒン を あらためる ダン に なる と、 ふだん ヤコウ の サイ、 フシン ジンモン に あう とき の ヨウジン に、 インカン と インカン ショウメイショ と コセキ ショウホン と が ノウチュウ に いれて ある。 それから カミイレ には ヨクジツ の アサ ダイク と ウエキヤ と フルホンヤ と に ハライ が あった ので、 300~400 エン の ゲンキン が いれて あった。 ジュンサ は おどろいた らしく、 にわか に ワタクシ の こと を シサンカ と よび、 「こんな ところ は キミ みた よう な シサンカ の くる ところ じゃ ない。 はやく かえりたまえ、 マチガイ が ある と いかん から、 くる なら でなおして きたまえ」 と いって、 ワタクシ が なお ぐずぐず して いる の を みて、 テ を あげて エンタク を よびとめ、 わざわざ ト を あけて くれた。
 ワタクシ は やむ こと を えず ジドウシャ に のり カイセイ ドウロ から カンジョウセン とか いう ミチ を まわった。 つまり ラビラント の ガイカク を イッシュウ して、 フシミ イナリ の ロジグチ に ちかい ところ で おりた こと が あった。 それ イライ、 ワタクシ は チズ を かって ミチ を しらべ、 シンヤ は コウバン の マエ を とおらない よう に した。
 ワタクシ は イマ、 オユキ さん が はじめて あった ヒ の こと を エイタンテキ な チョウシ で いいだした の に たいして、 こたう べき コトバ を みつけかね、 タバコ の ケムリ の ナカ に せめて カオ だけ でも かくしたい キ が して またもや マキタバコ を とりだした。 オユキ は クロメガチ の メ で じっと こなた を みつめながら、
「アナタ。 ホント に よく にて いる わ。 あの バン、 アタシ ウシロスガタ を みた とき、 はっと おもった くらい……」
「そう か。 タニン の ソラニ って、 よく ある やつ さ」 ワタクシ は まあ よかった と いう ココロモチ を イッショウ ケンメイ に おしかくした。 そして、 「ダレ に。 しんだ ダンナ に にて いる の か」
「いいえ。 ゲイシャ に なった ばかり の ジブン……。 イッショ に なれなかったら しのう と おもった の」
「のぼせきる と、 ダレ しも イチジ は そんな キ を おこす……」
「アナタ も。 アナタ なんぞ、 そんな キ にゃあ ならない でしょう」
「レイセイ かね。 しかし ヒト は ミカケ に よらない もん だ から ね。 そう みくびった もん でも ない よ」
 オユキ は カタエクボ を よせて エガオ を つくった ばかり で、 なんとも いわなかった。 すこし シタクチビル の でた クチジリ の ミギガワ に、 おのずと ふかく うがたれる カタエクボ は、 いつも オユキ の カオダチ を ムスメ の よう に あどけなく する の で ある が、 その ヨ に かぎって、 いかにも ムリ に よせた エクボ の よう に、 いいしれず さびしく みえた。 ワタクシ は その バ を まぎらす ため に、
「また ハ が いたく なった の か」
「いいえ。 さっき チュウシャ した から、 もう なんとも ない」
 それなり、 また ハナシ が とだえた とき、 サイワイ にも ナジミ の キャク らしい モノ が ミセグチ の ト を たたいて くれた。 オユキ は つと たって マド の ソト に ハンシン を だし、 メカクシ の イタゴシ に シタ を のぞき、
「あら タケ さん。 おあがんなさい」
 かけおりる アト から ワタクシ も つづいて おり、 しばらく ベンジョ の ナカ に スガタ を かくし キャク の あがって しまう の を まって、 オト の しない よう に ソト へ でた。


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