ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ
タニザキ ジュンイチロウ
フクコ さん どうぞ ゆるして ください この テガミ ユキ ちゃん の ナ かりました けど ホントウ は ユキ ちゃん では ありません、 そう いうたら むろん アナタ は ワタシ が ダレ だ か おわかり に なった でしょう ね、 いえいえ アナタ は この テガミ の フウ きって あけた シュンカン 「さては あの オンナ か」 と もう ちゃんと キ が おつき に なる でしょう、 そして きっと ハラ たてて、 まあ シツレイ な、 ………トモダチ の ナマエ ムダン で つかって、 ワタシ に テガミ よこす とは なんと いう あつかましい ヒト と、 おおもい に なる でしょう、 でも フクコ さん さっして ください な、 もしも ワタシ が フウトウ の ウラ へ ジブン の ホンミョウ かいたら きっと あの ヒト が みつけて、 チュウト で ヨコドリ して しまう こと よう わかってる の です もの、 ぜひとも アナタ に よんで いただこう おもうたら こう する より ほか ない の です もの、 けれど アンシン して くださいませ、 ワタシ けっして アナタ に ウラミ いうたり ナキゴト きかしたり する つもり では ない の です。 そりゃ、 ホンキ で いうたら この テガミ の 10 バイ も 20 バイ も の ながい テガミ かいた かて たりない くらい に おもいます けど、 いまさら そんな こと いうて も なんにも なり は しません もの ねえ。 おほほほほほほ、 ワタシ も クロウ しました おかげ で たいへん つよく なりました のよ、 そう いつも いつも ないて ばかり いません のよ、 なきたい こと や くやしい こと たんと たんと あります けど、 もうもう かんがえない こと に して、 できる だけ ほがらか に くらす ケッシン しました の。 ホントウ に、 ニンゲン の ウンメイ いう もの いつ ダレ が どう なる か カミサマ より ほか しる モノ は ありません のに、 タニン の コウフク を うらやんだり にくんだり する なんて ばかげて ます わねえ。
ワタシ が なんぼ ムキョウイク な オンナ でも ちょくせつ アナタ に テガミ あげたら シツレイ な こと ぐらい こころえて ます のよ、 それ かて この こと は ツカモト さん から たびたび いうて もらいました けど、 あの ヒト どうしても ききいれて くれません ので、 イマ は アナタ に おねがい する より シュダン ない よう に なりました の。 でも こう いうたら なんや たいそう むずかしい オネガイ する よう に きこえます けど、 けっして けっして そんな メンドウ な こと では ありません。 ワタシ アナタ の カテイ から ただ ヒトツ だけ いただきたい もの が ある の です。 と いうた から とて、 もちろん アナタ の あの ヒト を かえせ と いう の では ありません。 じつは もっと もっと くだらない もの、 つまらない もの、 ………リリー ちゃん が ほしい の です。 ツカモト さん の ハナシ では、 あの ヒト は リリー なんぞ くれて やって も よい の だ けれど、 フクコ さん が はなす の いや や いうて なさる と いう の です、 ねえ フクコ さん、 それ ホントウ でしょう か? たった ヒトツ の ワタシ の ノゾミ、 アナタ が ジャマ して らっしゃる の でしょう か。 フクコ さん どうぞ かんがえて ください ワタシ は ジブン の イノチ より も タイセツ な ヒト を、 ………いいえ、 それ ばかり か、 あの ヒト と つくって いた たのしい カテイ の スベテ の もの を、 のこらず アナタ に おゆずり した の です。 チャワン の カケ ヒトツ も もちだした もの は なく、 コシイレ の とき に もって いった ジブン の ニモツ さえ マンゾク に かえして は もらいません。 でも、 かなしい オモイデ の タネ に なる よう な もの ない ほう が よい かも しれません けれど、 せめて リリー ちゃん ゆずって くだすって も よく は ありません? ワタシ は ホカ に なにも ムリ な こと もうしません、 ふまれ けられ たたかれて も じっと シンボウ して きた の です。 その おおきな ギセイ に たいして、 たった 1 ピキ の ネコ を いただきたい と いうたら あつかましい オネガイ でしょう か。 アナタ に とって は ほんに どうでも よい よう な ちいさい ケモノ です けれど、 ワタシ に したら どんな に コドク なぐさめられる か、 ………ワタシ、 ヨワムシ と おもわれたく ありません が、 リリー ちゃん でも いてて くれなんだら さびしくて シヨウ が ありません の、 ………ネコ より ホカ に ワタシ を アイテ に して くれる ニンゲン ヨノナカ に ヒトリ も いない の です もの。 アナタ は ワタシ を こんな にも うちまかして おいて、 このうえ くるしめよう と なさる の でしょう か。 イマ の ワタシ の サビシサ や ココロボソサ に イッテン の ドウジョウ も よせて くださらない ほど、 ムジヒ な オカタ なの でしょう か。
いえいえ アナタ は そんな オカタ では ありません、 ワタシ よく わかって いる の です が、 リリー ちゃん を はなさない の は、 アナタ で なくて、 あの ヒト です わ、 きっと きっと そう です わ。 あの ヒト は リリー ちゃん が だいすき なの です。 あの ヒト いつも 「オマエ と なら わかれられて も、 この ネコ と やったら よう わかれん」 と いうてた の です。 そして ゴハン の とき でも ヨル ねる とき でも、 リリー ちゃん の ほう が ずっと ワタシ より かわいがられて いた の です。 けど、 そんなら なんで ショウジキ に 「ジブン が はなしと も ない の だ」 と いわん と、 アナタ の せい に する の でしょう? さあ その ワケ を よう かんがえて ゴラン なさりませ、………
あの ヒト は いや な ワタシ を おいだして、 すき な アナタ と イッショ に なりました。 ワタシ と くらしてた アイダ こそ リリー ちゃん が ヒツヨウ でした けど、 イマ に なったら もう そんな もん ジャマ に なる はず では ありません か。 それとも あの ヒト、 イマ でも リリー ちゃん が いなかったら フソク を かんじる の でしょう か。 そしたら アナタ も ワタシ と おなじ に、 ネコ イカ と みられてる の でしょう か。 まあ ごめんなさい、 つい ココロ にも ない こと いうて しもうて。 ………よもや そんな あほらしい こと あろう とは おもいません けれど、 でも あの ヒト、 ジブン の すき な こと かくして アナタ の せい に する いう の は、 やっぱり いくらか キ が とがめて いる ショウコ では、 ………おほほほほほほ、 もう そんな こと、 どっち に した かて ワタシ には カンケイ ない の でした わねえ、 けど ホントウ に ゴヨウジン なさいませ、 たかが ネコ ぐらい と キ を ゆるして いらしったら、 その ネコ に さえ みかえられて しまう の です わ。 ワタシ けっして わるい こと は もうしません、 ワタシ の ため より アナタ の ため おもうて あげる の です、 あの リリー ちゃん あの ヒト の ソバ から はよう はなして しまいなさい、 あの ヒト それ を ショウチ しない なら いよいよ あやしい では ありません か。………
フクコ は この テガミ の イチジ イック を ムネ に おいて、 ショウゾウ と リリー の する こと に それとなく メ を つけて いる の だ が、 コアジ の ニハイズ を サカナ に して ちびり ちびり かたむけて いる ショウゾウ は、 ヒトクチ のんで は チョク を おく と、
「リリー」
と いって、 アジ の ヒトツ を ハシ で たかだか と つまみあげる。 リリー は ウシロアシ で たちあがって コバンガタ の チャブダイ の フチ に マエアシ を かけ、 サラ の ウエ の サカナ を じっと にらまえて いる カッコウ は、 バー の オキャク が カウンター に よりかかって いる よう でも あり、 ノートル-ダム の カイジュウ の よう でも ある の だ が、 いよいよ エサ が つまみあげられる と、 キュウ に ハナ を ひくひく させ、 おおきな、 リコウ そう な メ を、 まるで ニンゲン が びっくり した とき の よう に まんまるく ひらいて、 シタ から みあげる。 だが ショウゾウ は そう やすやす とは なげて やらない。
「そうれ!」
と、 ハナ の サキ まで もって いって から、 ギャク に ジブン の クチ の ナカ へ いれる。 そして サカナ に しみて いる ス を すっぱ すっぱ すいとって やり、 かたそう な ホネ は かみくだいて やって から、 また もう イッペン つまみあげて、 とおく したり、 ちかく したり、 たかく したり、 ひくく したり、 イロイロ に して みせびらかす。 それ に つられて リリー は マエアシ を チャブダイ から はなし、 ユウレイ の テ の よう に ムネ の リョウガワ へ あげて、 よちよち あるきだしながら おいかける。 すると エモノ を リリー の アタマ の マウエ へ もって いって セイシ させる ので、 コンド は それ に ネライ を さだめて、 イッショウ ケンメイ に とびつこう と し、 とびつく ヒョウシ に すばやく マエアシ で モクテキブツ を つかもう と する が、 あわや と いう ところ で シッパイ して は また とびあがる。 こうして ようよう 1 ピキ の アジ を せしめる まで に 5 フン や 10 プン は かかる の で ある。
この おなじ こと を ショウゾウ は ナンド も くりかえして いる の だった。 1 ピキ やって は 1 パイ のんで、
「リリー」
と よびながら ツギ の 1 ピキ を つまみあげる。 サラ の ウエ には ヤク 2 スン ほど の ナガサ の コアジ が 12~13 ビキ は のって いた はず だ が、 おそらく ジブン が マンゾク に たべた の は 3 ビキ か 4 ヒキ に すぎまい、 アト は すっぱ すっぱ ニハイズ の シル を しゃぶる だけ で、 ミ は みんな くれて やって しまう。
「あ、 あ、 あいた! いたい や ない か、 こら!」
やがて ショウゾウ は トンキョウ な コエ を だした。 リリー が いきなり カタ の ウエ へ とびあがって、 ツメ を たてた から なの で ある。
「こら! おり! おりん かいな!」
ザンショ も そろそろ おとろえかけた 9 ガツ の ナカバスギ だった けれど、 ふとった ヒト には オサダマリ の、 アツガリヤ で アセッカキ の ショウゾウ は、 コノアイダ の デミズ で ドロダラケ に なった ウラ の エンハナ へ チャブダイ を もちだして、 ハンソデ の シャツ の ウエ に ケイト の ハラマキ を し、 アサ の ハンモモヒキ を はいた スガタ の まま アグラ を かいて いる の だ が、 その まるまる と ふくらんだ、 オカ の よう な カタ の ニク の ウエ へ とびついた リリー は、 つるつる すべりおちそう に なる の を ふせぐ ため に、 いきおい ツメ を たてる。 と、 たった 1 マイ の チヂミ の シャツ を とおして、 ツメ が ニク に くいこむ ので、
「あいた! いた!」
と、 ヒメイ を あげながら、
「ええい、 おりん かいな!」
と、 カタ を ゆすぶったり イッポウ へ かたむけたり する けれども、 そう する と なお おちまい と して ツメ を たてる ので、 シマイ には シャツ に ぽたぽた チ が にじんで くる。 でも ショウゾウ は、
「ムチャ しよる」
と ぼやきながら も けっして ハラ は たてない の で ある。 リリー は それ を すっかり のみこんで いる らしく、 ホッペタ へ カオ を すりつけて オセジ を つかいながら、 カレ が サカナ を ふくんだ と みる と、 ジブン の クチ を ダイタン に シュジン の クチ の ハタ へ もって ゆく。 そして ショウゾウ が クチ を もぐもぐ させながら、 シタ で サカナ を おしだして やる と、 ひょいと そいつ へ かみつく の だ が、 イチド に くいちぎって くる こと も あれば、 ちぎった ツイデ に シュジン の クチ の マワリ を うれしそう に なめまわす こと も あり、 シュジン と ネコ と が リョウハシ を くわえて ひっぱりあって いる こと も ある。 その アイダ ショウゾウ は 「うっ」 とか、 「ぺっ、 ぺっ」 とか、 「ま、 まちい な!」 とか アイノテ を いれて、 カオ を しかめたり ツバキ を はいたり する けれども、 じつは リリー と おなじ テイド に うれしそう に みえる。
「おい、 どうした ん や?―――」
だが、 やっと の こと で ヒトヤスミ した カレ は、 なにげなく ニョウボウ の ほう へ サカズキ を さしだす と、 トタン に シンパイ そう な ウワメヅカイ を した。 どうした ワケ か イマシガタ まで キゲン の よかった ニョウボウ が、 シャク を しよう とも しない で、 リョウテ を フトコロ に いれて しまって、 マショウメン から ぐっと こちら を みつめて いる。
「その オサケ、 もう ない のん か?」
だした サカズキ を ひっこめて、 おっかなびっくり メ の ナカ を のぞきこんだ が、 アイテ は たじろぐ ヨウス も なく、
「ちょっと ハナシ が ある ねん」
と、 そう いった きり、 くやしそう に だまりこくった。
「ナン や? え、 どんな ハナシ?―――」
「アンタ、 その ネコ シナコ さん に ゆずったげなさい」
「なんで や ねん?」
ヤブ から ボウ に、 そんな ランボウ な ハナシ が ある もの か と、 ツヅケザマ に メ を ぱちくり させた が、 ニョウボウ の ほう も まけずおとらず ケンアク な ヒョウジョウ を して いる ので、 いよいよ わからなく なって しまった。
「なんで また キュウ に、………」
「なんで でも ゆずったげなさい、 アシタ ツカモト さん よんで、 はよ わたして しまいなさい」
「いったい、 それ、 どういう こっちゃ ねん?」
「アンタ、 いや や のん?」
「ま、 まあ まち! ワケ も いわん と そう いうた かて ムリ や ない か。 なんぞ オマエ、 キ に さわった こと ある のん か」
リリー に たいする ヤキモチ? ―――と、 いちおう おもいついて みた が、 それ も フ に おちない と いう の は、 もともと ジブン も ネコ が すき だった はず なの で ある。 まだ ショウゾウ が マエ の ニョウボウ の シナコ と くらして いた ジブン、 シナコ が ときどき ネコ の こと で ヤキモチ を やく ハナシ を きく と、 フクコ は カノジョ の ヒジョウシキ を わらって、 チョウロウ の タネ に した もの だった。 その くらい だ から、 もちろん ショウゾウ の ネコズキ を ショウチ の うえ で きた の で ある し、 それから こっち、 ショウゾウ ほど キョクタン では ない に して も、 ジブン も カレ と イッショ に なって リリー を かわいがって いた の で ある。 げんに こうして、 サンド サンド の ショクジ には、 フウフ サシムカイ の チャブダイ の アイダ へ かならず リリー が わりこむ の を、 イマ まで とやかく いった こと は イチド も なかった。 それ どころ か、 いつでも キョウ の よう な ふう に、 ユウメシ の とき には リリー と ゆっくり たわむれながら バンシャク を たのしむ の で ある が、 テイシュ と ネコ と が エンシュツ する サーカス の キョクゲイ にも にた チンフウケイ を、 フクコ とて も おもしろそう に ながめて いる ばかり か、 ときには ジブン も エサ を なげて やったり とびつかせたり する くらい で、 リリー の カイザイ する こと が、 シンコン の フタリ を いっそう なかよく むすびつけ、 ショクタク の クウキ を メイロウカ する コウノウ は あって も、 ジャマ に なって は いない はず だった。 と する と いったい、 ナニ が ゲンイン なの で あろう。 つい キノウ まで、 いや、 つい さっき、 バンシャク を 5~6 ハイ かさねる まで は なんの こと も なかった のに、 いつのまにか ケイセイ が かわった の は、 ナニ か ほんの ササイ な こと が シャク に さわった の でも あろう か。 それとも 「シナコ に ゆずって やれ」 と いう の を みる と、 キュウ に カノジョ が かわいそう に でも なった の かしらん。
そう いえば、 シナコ が ここ を でて ゆく とき に、 コウカン ジョウケン の ヒトツ と して リリー を つれて ゆきたい と いう モウシイデ が あり、 ソノゴ も ツカモト を ナカ に たてて、 2~3 ド その キボウ を つたえて きた こと は ジジツ で ある。 だが ショウゾウ は そんな イイグサ は とりあげない ほう が よい と おもって、 その つど ことわって いる の で あった。 ツカモト の コウジョウ では、 つれそう ニョウボウ を おいだして ヨソ の オンナ を ひきずりこむ よう な フジツ な オトコ に、 なんの ミレン も ない と いいたい ところ だ けれども、 やっぱり イマ も ショウゾウ の こと が わすれられない、 うらんで やろう、 にくんで やろう と つとめながら、 どうしても そんな キ に なれない、 ついては オモイデ の タネ に なる よう な キネン の シナ が ほしい の だ が、 それ には リリー ちゃん を こちら へ よこして もらえまい か、 イッショ に くらして いた ジブン には、 あんまり かわいがられて いる の が いまいましくて、 カゲ で いじめたり した けれども、 イマ に なって は、 あの イエ の ナカ に あった もの が みな なつかしく、 わけても リリー ちゃん が いちばん なつかしい、 せめて ジブン は、 リリー ちゃん を ショウゾウ の コドモ だ と おもって せいいっぱい かわいがって やりたい、 そう したら つらい かなしい キモチ が いくらか なぐさめられる で あろう。―――
「なあ、 イシイ クン、 ネコ 1 ピキ ぐらい ナン だん ね、 そない いわれたら かわいそう や おまへん か」
と、 そう いう の だった が、
「あの オンナ の いう こと、 マ に うけたら あきまへん で」
と、 いつも ショウゾウ は そう こたえる に きまって いた。 あの オンナ は とかく カケヒキ が つよくって、 ソコ に ソコ が ある の だ から、 ナニ を いう やら マユツバモノ で ある。 だいいち ゴウジョウ で、 マケズギライ の くせ に、 わかれた オトコ に ミレン が ある の、 リリー が かわいく なった の と、 しおらしい こと を いう の が あやしい。 アイツ が なんで リリー を かわいがる もの か。 きっと ジブン が つれて いって、 おもうさま いじめて、 ハライセ を する キ なの だろう。 そう で なかったら、 ショウゾウ の すき な もの を ヒトツ でも とりあげて、 イジワル を しよう と いう の だろう。 ―――いや、 そんな こどもじみた フクシュウシン より、 もっと もっと ふかい タクラミ が ある の かも しれぬ が、 アタマ の タンジュン な ショウゾウ には アイテ の ハラ が みすかせない だけ に、 へんに ウスキミ が わるく も あれば、 ハンカン も つのる の だった。 それ で なくて も あの オンナ は、 ずいぶん カッテ な ジョウケン を たくさん もちだして いる では ない か。 しかし もともと こちら に ムリ が ある の だし、 1 ニチ も はやく でて もらいたい と おもったれば こそ、 タイガイ な こと は きいて やった のに、 そのうえ リリー まで つれて ゆかれて たまる もの か。 それで ショウゾウ は、 いくら ツカモト が しつっこく いって きて も、 カレ イチリュウ の エンキョク な コウジツ で やんわり にげて いる の で あった が、 フクコ も それ に サンセイ なの は むろん の こと で、 ショウゾウ イジョウ に タイド が はっきり して いた の で ある。
「ワケ を いいな! なんの こっちゃ、 ボク さっぱり ケントウ が つかん」
そう いう と ショウゾウ は、 チョウシ を ジブン で ひきよせて、 テジャク で のんだ。 それから マタ を ぴたっと たたいて、
「カヤリ センコウ あれへん のん か」
と、 うろうろ その ヘン を みまわしながら、 ハンブン ヒトリゴト の よう に いった。 アタリ が うすぐらく なった ので、 つい ハナ の サキ の イタベイ の スソ から、 カ が わんわん いって エンガワ の ほう へ むらがって くる。 すこし くいすぎた と いう カッコウ で チャブダイ の シタ に うずくまって いた リリー は、 ジブン の こと が モンダイ に なりだした コロ こそこそ と ニワ へ おりて、 ヘイ の シタ を くぐって、 どこ か へ いって しまった の が、 まるで エンリョ でも した よう で おかしかった が、 たらふく ゴチソウ に なった アト では、 いつでも イッペン すうっと スガタ を けす の で あった。
フクコ は だまって ダイドコロ へ たって いって、 ウズマキ の センコウ を さがして くる と、 それ に ヒ を つけて チャブダイ の シタ へ いれて やった。 そして、
「アンタ、 あの アジ、 みんな ネコ に たべさせなはった やろ? ジブン が たべた のん フタツ か ミッツ より あれしまへん やろ?」
と、 コンド は チョウシ を やわらげて いいだした。
「そんな こと ボク、 おぼえてえ へん」
「ワテ ちゃんと かぞえててん。 その オサラ の ウエ に サイショ 13 ビキ あってん けど、 リリー が 10 ピキ たべて しもて、 アンタ が たべた のん 3 ビキ や ない か」
「それ が わるかった のん かいな」
「なんで わるい いう こと、 わかって なはん のん か。 なあ、 よう かんがえて ごらん。 ワテ ネコ みたい な もん アイテ に して ヤキモチ やく のん と ちがいまっせ。 けど、 アジ の ニハイズ ワテ は きらい や いう のんに、 ボク すき や よって に こしらえて ほしい いいなはった やろ。 そない いうといて、 ジブン ちょっとも たべん と おいといて から に、 ネコ に ばっかり やって しもて、………」
カノジョ の いう の は、 こう なの で ある。―――
ハンシン デンシャ の エンセン に ある マチマチ、 ニシノミヤ、 アシヤ、 ウオザキ、 スミヨシ アタリ では、 ジモト の ハマ で とれる アジ や イワシ を、 「アジ の トレトレ」 「イワシ の トレトレ」 と よびながら たいがい マイニチ うり に くる。 「トレトレ」 とは 「トリタテ」 と いう ギ で、 ネダン は 1 パイ 10 セン から 15 セン ぐらい、 それ で 3~4 ニン の カゾク の オカズ に なる ところ から、 よく うれる と みえて 1 ニチ に ナンニン も くる こと が ある。 が、 アジ も イワシ も ナツ の アイダ は ナガサ 1 スン ぐらい の もの で、 アキグチ に なる ほど おいおい スン が のびる の で ある が、 ちいさい うち は シオヤキ にも フライ にも ツゴウ が わるい ので、 スヤキ に して ニハイズ に つけ、 ショウガ を きざんだ の を かけて、 ホネゴト たべる より シカタ が ない。 ところが フクコ は、 その ニハイズ が きらい だ と いって コノアイダ から ハンタイ して いた。 カノジョ は もっと あたたかい あぶらっこい もの が すき なので、 こんな つめたい もそもそ した もの を たべさせられて は かなしく なる と、 カノジョ-らしい ゼイタク を いう と、 ショウゾウ は また、 オマエ は オマエ で すき な もの を こしらえたら よい。 ボク は コアジ が たべたい から ジブン で リョウリ する と いって、 「トレトレ」 が とおる と カッテ に よびこんで かう の で ある。 フクコ は ショウゾウ と イトコ ドウシ で、 ヨメ に きた ジジョウ が ジジョウ だ から、 シュウトメ には キガネ が いらなかった し、 きた あくる ヒ から ワガママ いっぱい に ふるまって いた けれど、 まさか テイシュ が ホウチョウ を もつ の を みて いる わけ に ゆかない から、 けっきょく ジブン が その ニハイズ を こしらえて、 いやいや ながら イッショ に たべる こと に なって しまう。 おまけに それ が、 もう ここ の ところ 5~6 ニチ も つづいて いる の で ある が、 2~3 ニチ マエ に ふと キ が ついた こと と いう の は、 ニョウボウ の フヘイ を おかして まで も ショクゼン に のぼせる ほど の もの を、 ショウゾウ は ジブン で たべる こと か、 リリー に ばかり あたえて いる。 それで だんだん かんがえて みたら、 なるほど あの アジ は スガタ が ちいさくて、 ホネ が やわらか で、 ミ を むしって やる メンドウ が なくて、 ネダン の わり に カズ が ある、 それに つめたい リョウリ で ある から、 マイバン あんな ふう に して ネコ に くわせる には もっとも てきして いる わけ で、 つまり ショウゾウ が すき だ と いう の は、 ネコ が すき だ と いう こと なの で ある。 ここ の イエ では、 テイシュ が ニョウボウ の スキキライ を ムシ して、 ネコ を チュウシン に バン の オカズ を きめて いた の だ。 そして テイシュ の ため と おもって シンボウ して いた ニョウボウ は、 そのじつ ネコ の ため に リョウリ を こしらえ、 ネコ の オツキアイ を させられて いた の だ。
「そんな こと あれへん、 ボク、 いつかて ジブン が たべよう おもうて たのむ ねん けど、 リリー の ヤツ が あない に ひつこう ほしがる さかい に、 つい うかっと して、 アト から アト から なげて まう ねん が」
「ウソ いいなさい、 アンタ ハジメ から リリー に たべさそう おもうて、 すき でも ない もん すき や いうてる ねん やろ。 アンタ、 ワテ より ネコ が ダイジ や ねん なあ」
「ま、 よう そんな こと。………」
ぎょうさん に、 はきだす よう に そう いった けれど、 イマ の ヒトコト で すっかり しおれた カタチ だった。
「そんなら、 ワテ の ほう が ダイジ や のん?」
「きまってる や ない か! あほらし なって くる わ、 ホンマ に!」
「クチ で ばっかり そない いわん と、 ショウコ みせてえ な。 そや ない と、 アンタ みたい な モン シンヨウ せえへん」
「もう アシタ から アジ かう のん ヤメ に しょう。 な、 そしたら モンク ない ねん やろ」
「それ より ナニ より、 リリー やって しまいなはれ。 あの ネコ いん よう に なったら いちばん ええ ねん」
まさか ホンキ で いう の では ない だろう けれど、 タカ を くくりすぎて エコジ に なられて は ヤッカイ なので、 ぜひなく ショウゾウ は ヒザガシラ を そろえ、 きちんと かしこまって すわりなおす と、 マエカガミ に、 その ヒザ の ウエ へ リョウテ を つきながら、
「そう かて オマエ、 いじめられる こと わかってて あんな ところ へ やれる かいな。 そんな ムジヒ な こと いう もん や ない で」
と、 あわれっぽく もちかけて、 タンガン する よう な コエ を だした。
「なあ、 たのむ さかい に、 そない いわん と、………」
「ほれ ごらん、 やっぱり ネコ の ほう が ダイジ なん や ない かいな。 リリー どない ぞ して くれへなんだら、 ワテ いなして もらいまっさ」
「ムチャ いいな!」
「ワテ、 チクショウ と イッショ に される のん いや です よって に な」
あんまり ムキ に なった せい か、 キュウ に ナミダ が こみあげて きた の が、 ジブン にも フイウチ だった らしく、 フクコ は あわてて テイシュ の ほう へ セナカ を むけた。
ユキコ の ナ を つかった シナコ の あの テガミ が とどいた アサ、 サイショ に カノジョ が かんじた の は、 こんな イタズラ を して ワタシタチ の アイダ へ ミズ を さそう と する なんて、 なんと いう いや な ヒト だろう、 ダレ が その テ に のって やる もん か、 と いう こと だった。 シナコ の ハラ は、 こういう ふう に かいて やったら、 けっきょく フクコ は リリー の いる こと が シンパイ に なって、 こちら へ よこす かも しれない、 そう なったら、 それ みた こと か、 ヒト を わらった オマエサン も ネコ に ヤキモチ を やく じゃ ない か、 やっぱり オマエサン だって そう ゴテイシュ に ダイジ に されて も いない の だねえ と、 テ を たたいて あざけって やろう、 そこ まで うまく ゆかない と して も、 この テガミ を キッカケ に カテイ に フウハ が おこる と したら、 それ だけ でも おもしろい と、 そう おもって いる に ちがいない ので、 その ハナ を あかして やる の には、 いよいよ フウフ が なかよく くらす よう に して、 こんな テガミ など てんで モンダイ に ならなかった と いう ところ を みせて やり、 フタリ が おなじ よう に リリー を かわいがって、 とても てばなす キ が ない こと を もっと はっきり しらして やる、 ―――もう それ に こした こと は ない の で あった。
だが、 あいにく な こと に この テガミ の きた ジキ が わるかった。 と いう の は、 ちょうど この 2~3 ニチ コアジ の ニハイズ の イッケン が フクコ の ムネ に つかえて いて、 イッペン テイシュ を とっちめて やろう と かんがえて いた ヤサキ だった の で ある。 いったい、 カノジョ は ショウゾウ が おもって いる ほど ネコズキ では ない の だ が、 ショウゾウ の キモチ を むかえる ため と、 シナコ への ツラアテ と、 リョウホウ の ヒツヨウ から しぜん ネコズキ に なって しまい、 ジブン も そう おもえば ヒト にも おもわせて いた の で あって、 それ は カノジョ が まだ この イエ へ のりこまない ジブン、 カゲ で シュウトメ の オリン など と グル に なって もっぱら シナコ の オイダシ サク に かかって いる アイダ の こと だった。 そんな シダイ で、 ここ へ きて から も リリー を かわいがって やって、 せいぜい ネコズキ で とおして いた の だ が、 だんだん カノジョ は その 1 ピキ の ちいさい ケモノ の ソンザイ を、 のろわしく おもう よう に なった。 なんでも この ネコ は セイヨウシュ だ と いう こと だった が、 イゼン、 ここ へ オキャク で あそび に きて ヒザ の ウエ など へ のせて やる と、 テザワリ の グアイ が やわらか で、 ケナミ と いい、 カオダチ と いい、 スガタ と いい、 ちょっと この ヘン には みあたらない きれい な メスネコ で あった から、 その とき は ホントウ に あいらしい と おもい、 こんな もの を ジャマ に する とは シナコ さん と いう ヒト も かわって いる、 やっぱり テイシュ に きらわれる と、 ネコ に まで ヒガミ を もつ の かしらん と、 ツラアテ で なく そう かんじた もの だった けれど、 コンド ジブン が アトガマ へ なおって みる と、 ジブン は シナコ と おなじ アツカイ を うける わけ でも なく、 タイセツ に されて いる こと は わかって いながら、 どうも シナコ を わらえない キモチ に なって くる の が フシギ で あった。 それ と いう の は、 ショウゾウ の ネコズキ が フツウ の ネコズキ の タグイ では なくて、 ド を こえて いる せい なの で ある。 じっさい、 かわいがる の も いい けれども、 1 ピキ の サカナ を (しかも ニョウボウ の みて いる マエ で!) クチウツシ に して、 ひっぱりあったり する など は、 あまり エンリョ が なさすぎる。 それから バン の ゴハン の とき に わりこんで こられる こと も、 ショウジキ の ところ は ユカイ で なかった。 ヨル は シュウトメ が キ を きかして、 ジブン だけ サキ に ショクジ を すまして 2 カイ へ あがって くれる の だ から、 フクコ に して みれば ゆっくり ミズイラズ を たのしみたい のに、 そこ へ ネコ め が はいって きて テイシュ を ヨコドリ して しまう。 いい アンバイ に コンヤ は スガタ が みえない な と おもう と、 チャブダイ の アシ を ひらく オト、 サラコバチ の かちゃん と いう オト を きいたら すぐ どこ か から かえって くる。 たまに かえらない こと が ある と、 けしからない の は ショウゾウ で、 「リリー」 「リリー」 と おおきな コエ で よぶ。 かえって くる まで は ナンド でも、 2 カイ へ あがったり、 ウラグチ へ まわったり、 オウライ へ でたり して よびたてる。 いまに かえる だろう から イッパイ のんで いらっしゃい と、 カノジョ が オチョウシ を とりあげて も、 もじもじ して いて おちついて くれない。 そういう バアイ、 カレ の アタマ は リリー の こと で いっぱい に なって いて、 ニョウボウ が どう おもう か など と、 ちょっとも かんがえて みない らしい。 それに もう ヒトツ ユカイ で ない の は、 ねる とき にも わりこんで くる こと で ある。 ショウゾウ は イマ まで ネコ を 3~4 ヒキ かった が、 カヤ を くぐる こと を しって いる の は リリー だけ だ、 まったく リリー は リコウ だ と いう。 なるほど、 みて いる と、 ぴったり アタマ を タタミ へ すりつけて、 するする と スソ を くぐりぬけて はいる。 そして タイガイ は ショウゾウ の フトン の ソバ で ねむる けれども、 さむく なれば フトン の ウエ へ のる よう に なり、 シマイ には マクラ の ほう から、 カヤ を くぐる の と おなじ ヨウリョウ で ヤグ の スキマ へ もぐりこんで くる と いう。 そんな ふう だ から、 この ネコ に だけ は フウフ の ヒミツ を みられて しまって いる の で ある。
それでも カノジョ は、 いまさら ネコズキ の カンバン を はずして きらい に なりだす キッカケ が ない の と、 「アイテ は たかが ネコ だ から」 と いう ウヌボレ に ひきずられて、 ハラ の ムシ を おさえて きた の で あった。 あの ヒト は リリー を オモチャ に して いる だけ なの で、 ホントウ は ワタシ が すき なの で ある、 あの ヒト に とって テン にも チ にも カケガエ の ない の は ワタシ なの だ から、 ヘン な グアイ に キ を まわしたら、 ジブン で ジブン を やすっぽく する ドウリ で ある。 もっと ココロ を おおきく もって、 なんの ツミ も ない ドウブツ を にくむ こと なんか ヤメ に しよう と、 そういう ふう に キ を むけかえて、 テイシュ の シュミ に ホチョウ を あわせて いた の だ が、 もともと コラエショウ の ない カノジョ に そんな ガマン が ナガツヅキ する はず が なく、 すこし ずつ フユカイサ が まして きて カオ に でかかって いた ところ へ、 ふって わいた の が コンド の ニハイズ の イッケン だった。 テイシュ が ネコ を よろこばす ため に、 ニョウボウ の きらい な もの を ショクゼン に のぼせる、 しかも ジブン が すき な フリ を して、 ニョウボウ の テマエ を つくろって まで も! ―――これ は あきらか に、 ネコ と ニョウボウ と を テンビン に かける と ネコ の ほう が おもい、 と いう こと に なる。 カノジョ は みない よう に して いた ジジツ を まざまざ と ハナサキ へ つきつけられて、 もはや ウヌボレ の そんする ヨチ が なくなって しまった。
アリテイ に いう と、 そこ へ シナコ の テガミ が まいこんで きた こと は、 カノジョ の ヤキモチ を いっそう あおった よう でも ある が、 イチメン には また、 それ を バクハツ の イッポ テマエ で ヨクセイ する と いう ハタラキ を した。 シナコ さえ おとなしく して いたら、 リリー の カイザイ を もう 1 ニチ も モクシ できなく なった カノジョ は、 さっそく テイシュ に ダンパン して シナコ の ほう へ ひきわたさせる つもり で いた のに、 あんな イタズラ を されて みる と、 すなお に チュウモン を きいて やる の が いまいましい。 つまり テイシュ への ハンカン と、 シナコ への ハンカン と、 どっち の カンジョウ で うごいたら よい か イタバサミ に なって しまった の で ある。 テガミ の きた こと を テイシュ に うちあけて ソウダン すれば、 ジジツ は そう で ない にも かかわらず シナコ に けしかけられた よう な カタチ に なる の が シンガイ で ある から、 それ は ナイショ に して おいて、 どっち が よけい にくらしい か と かんがえる と、 シナコ の ヤリカタ も ハラ が たつ けれども、 テイシュ の シウチ も カンニン が ならない。 ことに この ほう は マイニチ メノマエ で みて いる の だ から、 どうにも むしゃくしゃ する わけ だし、 それに、 ホントウ の こと を いう と、 「ヨウジン しない と アナタ も ネコ に みかえられる」 と かいて あった の が、 あんがい ぐんと ムネ に こたえた。 まさか そんな ばかげた こと が とは おもう けれども、 リリー を カテイ から おいはらって しまい さえ すれば、 いや な シンパイ を しない でも すむ。 ただ そう する と シナコ に リュウイン を さげさせる こと に なる の が、 いかにも ザンネン で たまらない ので、 その ほう の イジ が こうじて くる と、 ネコ の こと ぐらい シンボウ して も ダレ が あの オンナ の ケイリャク なんぞ に と、 いう ふう に なる。 ―――で、 キョウ の ユウガタ チャブダイ の マエ に すわる まで は、 カノジョ は そういう グルグルマワリ の ジョウタイ に おかれて じれて いた の だ が、 サラ の ウエ の アジ が へって ゆく の を かぞえながら イツモ の イチャツキ を ながめて いる と、 つい かあっと して テイシュ の ほう へ ウップン を ハレツ させて しまった の で ある。
しかし サイショ は イヤガラセ に そう いった まで で、 ホンキ で リリー を おいだす つもり は なかった らしい の で ある が、 へんに モンダイ を こじれさせて ノッピキ ならない よう に した の は、 ショウゾウ の タイド が おおいに ゲンイン して いる の で ある。 ショウゾウ と して は、 フクコ が ハラ を たてた の は しごく もっとも なの で ある から、 イザコザ なし に、 あっさり カノジョ の キボウ を いれて ナットク して しまえば いちばん よかった。 そうして イジ を とおして さえ やったら、 かえって アト は キゲン が なおって、 それ には およばぬ と いう こと に なった かも しれない のに、 ドウリ の ない ところ へ ドウリ を つけて、 ニゲ を うった。 これ は ショウゾウ の わるい クセ なの で、 いや なら いや と きっぱり いって しまう なら いい の だ が、 なるたけ アイテ を おこらせない よう に、 おいつめられる まで は ヒョウタン ナマズ に うけながして いて、 ドタンバ へ くる と ひょいと ねがえる。 もうすこし で ショウチ しそう な クチブリ を みせて、 そのじつ けっして 「うん」 と いわない。 キ が よわそう で、 あんがい ねちねち した ずるい ヒト だ と いう インショウ を あたえる。 フクコ は テイシュ が、 ホカ の こと なら カノジョ の ワガママ を とおす くせ に、 この モンダイ に かんする かぎり、 「たかが ネコ なんぞ」 と なんでも なさそう に いいながら、 なかなか ドウイ しない の を みる と、 リリー に たいする アイチャク が ソウゾウ イジョウ に ふかい もの と しか おもえない ので、 いよいよ すてて おけない キ が した。
「ちょっと、 アンタ!………」
その バン カノジョ は、 カヤ の ナカ に はいって から また はじめた。
「ちょっと、 こっち むきなさい」
「ああ、 ボク ねむたい、 もう ねさして。………」
「あかん、 サッキ の ハナシ きめて しまわなんだら、 ねさせへん」
「コンヤ に かぎった こと ある かいな、 アシタ に して」
オモテ は 4 マイ の ガラスド に カーテン を ひいて ある だけ なので、 ケントウ の アカリ が ぼんやり ミセ の オク へ もれて きて、 もやもや と モノ が みえる ナカ で、 ショウゾウ は カケブトン を すっかり はいで アオムキ に ねて いた が、 そう いう と ニョウボウ の ほう へ セナカ を むけた。
「アンタ、 そっち むいたら あかん!」
「たのむ さかい に ねさしてえ な、 ユウベ ボク、 カヤ ん ナカ に カア はいってて ちょっとも ねられへなんでん」
「そしたら、 ワテ の いう とおり しなはる か。 はよう ねたい なら、 それ きめなさい」
「セッショウ やなあ、 ナニ を きめる ねん」
「そんな、 ねぼけた フリ した かて、 ごまかされまっかい な。 リリー やんなはる のん か どっち だす? イマ はっきり いうて ちょうだい」
「アシタ、 ―――アシタ まで かんがえさして もらお」
そう いって いる うち に、 はやくも ここちよさそう な ネイキ を たてた が、
「ちょっと!」
と いう と、 フクコ は むっくり おきあがって テイシュ の ソバ に すわりなおす と、 いや と いう ほど シリ の ニク を つねった。
「いたい! ナニ を する ねん!」
「アンタ、 いつかて リリー に ひっかかれて、 ナマキズ たやした こと ない のんに、 ワテ が つねったら いたい のん か」
「いた! ええい、 やめん かいな!」
「これ ぐらい ナン だん ね、 ネコ に かかす ぐらい やったら、 ワテ かて カラダジュウ ひっかいたる わ!」
「いた、 いた、 いた、………」
ショウゾウ は、 ジブン も キュウ に おきなおって ボウギョ の シセイ を とりながら、 ツヅケザマ に さけんだ。 2 カイ の トシヨリ に きかせたく ない ので、 おおきな コエ は たてなかった が、 つねる か と おもう と コンド は ひっかく。 カオ、 カタ、 ムネ、 ウデ、 モモ、 トコロ きらわず せめて くる ので、 あわてて さける たび ごと に ばたん! と いう ジヒビキ が ウチジュウ へ つたわる。
「どない や?」
「もう カンニン、 ………カンニン!」
「メエ さめなはった か?」
「さめない で かいな! ああ いた、 ひりひり する わ。………」
「そしたら、 イマ の こと ヘンジ しなさい、 どっち だす?」
「ああ いた、………」
それ には こたえない で、 カオ を しかめながら ホウボウ を さすって いる と、
「また だっか、 ごまかしたら これ だっせ!」
と、 2~3 ボン の ユビ で もろに ホッペタ を がりっと いかれた の が、 とびあがる ほど いたかった らしく、 おもわず、
「いたあ―――」
と ナキゴエ を だした が、 トタン に リリー まで が びっくり して、 カヤ の ソト へ にげだして いった。
「ボク、 なんで こんな メ に あわん ならん」
「ふん、 リリー の ため や おもうたら、 ホンモウ だっしゃろ が」
「そんな あほらしい こと、 まだ いうてる のん か」
「アンタ が はっきり せん うち は、 なんぼでも いいまっせ。 ―――さあ、 ワテ を いなす か リリー やんなはる か、 どっち だす?」
「ダレ が オマエ を いなす いうた?」
「そんなら リリー やんなはる のん か?」
「そない どっち か に きめん ならん こと………」
「あかん、 きめて ほしい ねん」
そう いう と フクコ は、 ムナグラ を とって こづきはじめた。
「さあ どっち や、 ヘンジ しなさい、 はよう! はよう!」
「なんと まあ てあら な、………」
「コンヤ は どない な こと した かて カンニン せえしまへん で。 さあ、 はよう! はよう!」
「ええ、 もう、 しょうがない、 リリー やって しもたる わ」
「ホンマ だっかい な」
「ホンマ や」
ショウゾウ は メ を つぶって、 カンネン の ホゾ を かためた と いう カオツキ を した。
「―――そのかわり、 あと 1 シュウカン まって くれへん か。 なあ、 こない に いうたら また おこられる か しれへん けど、 なんぼ チクショウ に した かて、 ここ の ウチ に 10 ネン も いてた もん、 キョウ いうて キョウ おいだす わけ に いく かいな。 そや さかい に、 ココロノコリ の ない よう に せめて もう 1 シュウカン おいて やって、 たんと すき な もん たべさして、 できる だけ の こと して やりたい ねん。 なあ、 どない や? オマエ かて その アイダ ぐらい キゲン なおして かわいがって やりい な。 ネコ は シュウネン-ぶかい よって に な」
いかにも カケヒキ の ない シンジョウ-らしく、 そう しんみり と うったえられて みる と、 それ には ハンタイ が できなかった。
「そしたら 1 シュウカン だっせ」
「わかってる」
「テエ だしなさい」
「ナン や?」
と いって いる スキ に、 すばやく ユビキリ を させられて しまった。
タニザキ ジュンイチロウ
フクコ さん どうぞ ゆるして ください この テガミ ユキ ちゃん の ナ かりました けど ホントウ は ユキ ちゃん では ありません、 そう いうたら むろん アナタ は ワタシ が ダレ だ か おわかり に なった でしょう ね、 いえいえ アナタ は この テガミ の フウ きって あけた シュンカン 「さては あの オンナ か」 と もう ちゃんと キ が おつき に なる でしょう、 そして きっと ハラ たてて、 まあ シツレイ な、 ………トモダチ の ナマエ ムダン で つかって、 ワタシ に テガミ よこす とは なんと いう あつかましい ヒト と、 おおもい に なる でしょう、 でも フクコ さん さっして ください な、 もしも ワタシ が フウトウ の ウラ へ ジブン の ホンミョウ かいたら きっと あの ヒト が みつけて、 チュウト で ヨコドリ して しまう こと よう わかってる の です もの、 ぜひとも アナタ に よんで いただこう おもうたら こう する より ほか ない の です もの、 けれど アンシン して くださいませ、 ワタシ けっして アナタ に ウラミ いうたり ナキゴト きかしたり する つもり では ない の です。 そりゃ、 ホンキ で いうたら この テガミ の 10 バイ も 20 バイ も の ながい テガミ かいた かて たりない くらい に おもいます けど、 いまさら そんな こと いうて も なんにも なり は しません もの ねえ。 おほほほほほほ、 ワタシ も クロウ しました おかげ で たいへん つよく なりました のよ、 そう いつも いつも ないて ばかり いません のよ、 なきたい こと や くやしい こと たんと たんと あります けど、 もうもう かんがえない こと に して、 できる だけ ほがらか に くらす ケッシン しました の。 ホントウ に、 ニンゲン の ウンメイ いう もの いつ ダレ が どう なる か カミサマ より ほか しる モノ は ありません のに、 タニン の コウフク を うらやんだり にくんだり する なんて ばかげて ます わねえ。
ワタシ が なんぼ ムキョウイク な オンナ でも ちょくせつ アナタ に テガミ あげたら シツレイ な こと ぐらい こころえて ます のよ、 それ かて この こと は ツカモト さん から たびたび いうて もらいました けど、 あの ヒト どうしても ききいれて くれません ので、 イマ は アナタ に おねがい する より シュダン ない よう に なりました の。 でも こう いうたら なんや たいそう むずかしい オネガイ する よう に きこえます けど、 けっして けっして そんな メンドウ な こと では ありません。 ワタシ アナタ の カテイ から ただ ヒトツ だけ いただきたい もの が ある の です。 と いうた から とて、 もちろん アナタ の あの ヒト を かえせ と いう の では ありません。 じつは もっと もっと くだらない もの、 つまらない もの、 ………リリー ちゃん が ほしい の です。 ツカモト さん の ハナシ では、 あの ヒト は リリー なんぞ くれて やって も よい の だ けれど、 フクコ さん が はなす の いや や いうて なさる と いう の です、 ねえ フクコ さん、 それ ホントウ でしょう か? たった ヒトツ の ワタシ の ノゾミ、 アナタ が ジャマ して らっしゃる の でしょう か。 フクコ さん どうぞ かんがえて ください ワタシ は ジブン の イノチ より も タイセツ な ヒト を、 ………いいえ、 それ ばかり か、 あの ヒト と つくって いた たのしい カテイ の スベテ の もの を、 のこらず アナタ に おゆずり した の です。 チャワン の カケ ヒトツ も もちだした もの は なく、 コシイレ の とき に もって いった ジブン の ニモツ さえ マンゾク に かえして は もらいません。 でも、 かなしい オモイデ の タネ に なる よう な もの ない ほう が よい かも しれません けれど、 せめて リリー ちゃん ゆずって くだすって も よく は ありません? ワタシ は ホカ に なにも ムリ な こと もうしません、 ふまれ けられ たたかれて も じっと シンボウ して きた の です。 その おおきな ギセイ に たいして、 たった 1 ピキ の ネコ を いただきたい と いうたら あつかましい オネガイ でしょう か。 アナタ に とって は ほんに どうでも よい よう な ちいさい ケモノ です けれど、 ワタシ に したら どんな に コドク なぐさめられる か、 ………ワタシ、 ヨワムシ と おもわれたく ありません が、 リリー ちゃん でも いてて くれなんだら さびしくて シヨウ が ありません の、 ………ネコ より ホカ に ワタシ を アイテ に して くれる ニンゲン ヨノナカ に ヒトリ も いない の です もの。 アナタ は ワタシ を こんな にも うちまかして おいて、 このうえ くるしめよう と なさる の でしょう か。 イマ の ワタシ の サビシサ や ココロボソサ に イッテン の ドウジョウ も よせて くださらない ほど、 ムジヒ な オカタ なの でしょう か。
いえいえ アナタ は そんな オカタ では ありません、 ワタシ よく わかって いる の です が、 リリー ちゃん を はなさない の は、 アナタ で なくて、 あの ヒト です わ、 きっと きっと そう です わ。 あの ヒト は リリー ちゃん が だいすき なの です。 あの ヒト いつも 「オマエ と なら わかれられて も、 この ネコ と やったら よう わかれん」 と いうてた の です。 そして ゴハン の とき でも ヨル ねる とき でも、 リリー ちゃん の ほう が ずっと ワタシ より かわいがられて いた の です。 けど、 そんなら なんで ショウジキ に 「ジブン が はなしと も ない の だ」 と いわん と、 アナタ の せい に する の でしょう? さあ その ワケ を よう かんがえて ゴラン なさりませ、………
あの ヒト は いや な ワタシ を おいだして、 すき な アナタ と イッショ に なりました。 ワタシ と くらしてた アイダ こそ リリー ちゃん が ヒツヨウ でした けど、 イマ に なったら もう そんな もん ジャマ に なる はず では ありません か。 それとも あの ヒト、 イマ でも リリー ちゃん が いなかったら フソク を かんじる の でしょう か。 そしたら アナタ も ワタシ と おなじ に、 ネコ イカ と みられてる の でしょう か。 まあ ごめんなさい、 つい ココロ にも ない こと いうて しもうて。 ………よもや そんな あほらしい こと あろう とは おもいません けれど、 でも あの ヒト、 ジブン の すき な こと かくして アナタ の せい に する いう の は、 やっぱり いくらか キ が とがめて いる ショウコ では、 ………おほほほほほほ、 もう そんな こと、 どっち に した かて ワタシ には カンケイ ない の でした わねえ、 けど ホントウ に ゴヨウジン なさいませ、 たかが ネコ ぐらい と キ を ゆるして いらしったら、 その ネコ に さえ みかえられて しまう の です わ。 ワタシ けっして わるい こと は もうしません、 ワタシ の ため より アナタ の ため おもうて あげる の です、 あの リリー ちゃん あの ヒト の ソバ から はよう はなして しまいなさい、 あの ヒト それ を ショウチ しない なら いよいよ あやしい では ありません か。………
フクコ は この テガミ の イチジ イック を ムネ に おいて、 ショウゾウ と リリー の する こと に それとなく メ を つけて いる の だ が、 コアジ の ニハイズ を サカナ に して ちびり ちびり かたむけて いる ショウゾウ は、 ヒトクチ のんで は チョク を おく と、
「リリー」
と いって、 アジ の ヒトツ を ハシ で たかだか と つまみあげる。 リリー は ウシロアシ で たちあがって コバンガタ の チャブダイ の フチ に マエアシ を かけ、 サラ の ウエ の サカナ を じっと にらまえて いる カッコウ は、 バー の オキャク が カウンター に よりかかって いる よう でも あり、 ノートル-ダム の カイジュウ の よう でも ある の だ が、 いよいよ エサ が つまみあげられる と、 キュウ に ハナ を ひくひく させ、 おおきな、 リコウ そう な メ を、 まるで ニンゲン が びっくり した とき の よう に まんまるく ひらいて、 シタ から みあげる。 だが ショウゾウ は そう やすやす とは なげて やらない。
「そうれ!」
と、 ハナ の サキ まで もって いって から、 ギャク に ジブン の クチ の ナカ へ いれる。 そして サカナ に しみて いる ス を すっぱ すっぱ すいとって やり、 かたそう な ホネ は かみくだいて やって から、 また もう イッペン つまみあげて、 とおく したり、 ちかく したり、 たかく したり、 ひくく したり、 イロイロ に して みせびらかす。 それ に つられて リリー は マエアシ を チャブダイ から はなし、 ユウレイ の テ の よう に ムネ の リョウガワ へ あげて、 よちよち あるきだしながら おいかける。 すると エモノ を リリー の アタマ の マウエ へ もって いって セイシ させる ので、 コンド は それ に ネライ を さだめて、 イッショウ ケンメイ に とびつこう と し、 とびつく ヒョウシ に すばやく マエアシ で モクテキブツ を つかもう と する が、 あわや と いう ところ で シッパイ して は また とびあがる。 こうして ようよう 1 ピキ の アジ を せしめる まで に 5 フン や 10 プン は かかる の で ある。
この おなじ こと を ショウゾウ は ナンド も くりかえして いる の だった。 1 ピキ やって は 1 パイ のんで、
「リリー」
と よびながら ツギ の 1 ピキ を つまみあげる。 サラ の ウエ には ヤク 2 スン ほど の ナガサ の コアジ が 12~13 ビキ は のって いた はず だ が、 おそらく ジブン が マンゾク に たべた の は 3 ビキ か 4 ヒキ に すぎまい、 アト は すっぱ すっぱ ニハイズ の シル を しゃぶる だけ で、 ミ は みんな くれて やって しまう。
「あ、 あ、 あいた! いたい や ない か、 こら!」
やがて ショウゾウ は トンキョウ な コエ を だした。 リリー が いきなり カタ の ウエ へ とびあがって、 ツメ を たてた から なの で ある。
「こら! おり! おりん かいな!」
ザンショ も そろそろ おとろえかけた 9 ガツ の ナカバスギ だった けれど、 ふとった ヒト には オサダマリ の、 アツガリヤ で アセッカキ の ショウゾウ は、 コノアイダ の デミズ で ドロダラケ に なった ウラ の エンハナ へ チャブダイ を もちだして、 ハンソデ の シャツ の ウエ に ケイト の ハラマキ を し、 アサ の ハンモモヒキ を はいた スガタ の まま アグラ を かいて いる の だ が、 その まるまる と ふくらんだ、 オカ の よう な カタ の ニク の ウエ へ とびついた リリー は、 つるつる すべりおちそう に なる の を ふせぐ ため に、 いきおい ツメ を たてる。 と、 たった 1 マイ の チヂミ の シャツ を とおして、 ツメ が ニク に くいこむ ので、
「あいた! いた!」
と、 ヒメイ を あげながら、
「ええい、 おりん かいな!」
と、 カタ を ゆすぶったり イッポウ へ かたむけたり する けれども、 そう する と なお おちまい と して ツメ を たてる ので、 シマイ には シャツ に ぽたぽた チ が にじんで くる。 でも ショウゾウ は、
「ムチャ しよる」
と ぼやきながら も けっして ハラ は たてない の で ある。 リリー は それ を すっかり のみこんで いる らしく、 ホッペタ へ カオ を すりつけて オセジ を つかいながら、 カレ が サカナ を ふくんだ と みる と、 ジブン の クチ を ダイタン に シュジン の クチ の ハタ へ もって ゆく。 そして ショウゾウ が クチ を もぐもぐ させながら、 シタ で サカナ を おしだして やる と、 ひょいと そいつ へ かみつく の だ が、 イチド に くいちぎって くる こと も あれば、 ちぎった ツイデ に シュジン の クチ の マワリ を うれしそう に なめまわす こと も あり、 シュジン と ネコ と が リョウハシ を くわえて ひっぱりあって いる こと も ある。 その アイダ ショウゾウ は 「うっ」 とか、 「ぺっ、 ぺっ」 とか、 「ま、 まちい な!」 とか アイノテ を いれて、 カオ を しかめたり ツバキ を はいたり する けれども、 じつは リリー と おなじ テイド に うれしそう に みえる。
「おい、 どうした ん や?―――」
だが、 やっと の こと で ヒトヤスミ した カレ は、 なにげなく ニョウボウ の ほう へ サカズキ を さしだす と、 トタン に シンパイ そう な ウワメヅカイ を した。 どうした ワケ か イマシガタ まで キゲン の よかった ニョウボウ が、 シャク を しよう とも しない で、 リョウテ を フトコロ に いれて しまって、 マショウメン から ぐっと こちら を みつめて いる。
「その オサケ、 もう ない のん か?」
だした サカズキ を ひっこめて、 おっかなびっくり メ の ナカ を のぞきこんだ が、 アイテ は たじろぐ ヨウス も なく、
「ちょっと ハナシ が ある ねん」
と、 そう いった きり、 くやしそう に だまりこくった。
「ナン や? え、 どんな ハナシ?―――」
「アンタ、 その ネコ シナコ さん に ゆずったげなさい」
「なんで や ねん?」
ヤブ から ボウ に、 そんな ランボウ な ハナシ が ある もの か と、 ツヅケザマ に メ を ぱちくり させた が、 ニョウボウ の ほう も まけずおとらず ケンアク な ヒョウジョウ を して いる ので、 いよいよ わからなく なって しまった。
「なんで また キュウ に、………」
「なんで でも ゆずったげなさい、 アシタ ツカモト さん よんで、 はよ わたして しまいなさい」
「いったい、 それ、 どういう こっちゃ ねん?」
「アンタ、 いや や のん?」
「ま、 まあ まち! ワケ も いわん と そう いうた かて ムリ や ない か。 なんぞ オマエ、 キ に さわった こと ある のん か」
リリー に たいする ヤキモチ? ―――と、 いちおう おもいついて みた が、 それ も フ に おちない と いう の は、 もともと ジブン も ネコ が すき だった はず なの で ある。 まだ ショウゾウ が マエ の ニョウボウ の シナコ と くらして いた ジブン、 シナコ が ときどき ネコ の こと で ヤキモチ を やく ハナシ を きく と、 フクコ は カノジョ の ヒジョウシキ を わらって、 チョウロウ の タネ に した もの だった。 その くらい だ から、 もちろん ショウゾウ の ネコズキ を ショウチ の うえ で きた の で ある し、 それから こっち、 ショウゾウ ほど キョクタン では ない に して も、 ジブン も カレ と イッショ に なって リリー を かわいがって いた の で ある。 げんに こうして、 サンド サンド の ショクジ には、 フウフ サシムカイ の チャブダイ の アイダ へ かならず リリー が わりこむ の を、 イマ まで とやかく いった こと は イチド も なかった。 それ どころ か、 いつでも キョウ の よう な ふう に、 ユウメシ の とき には リリー と ゆっくり たわむれながら バンシャク を たのしむ の で ある が、 テイシュ と ネコ と が エンシュツ する サーカス の キョクゲイ にも にた チンフウケイ を、 フクコ とて も おもしろそう に ながめて いる ばかり か、 ときには ジブン も エサ を なげて やったり とびつかせたり する くらい で、 リリー の カイザイ する こと が、 シンコン の フタリ を いっそう なかよく むすびつけ、 ショクタク の クウキ を メイロウカ する コウノウ は あって も、 ジャマ に なって は いない はず だった。 と する と いったい、 ナニ が ゲンイン なの で あろう。 つい キノウ まで、 いや、 つい さっき、 バンシャク を 5~6 ハイ かさねる まで は なんの こと も なかった のに、 いつのまにか ケイセイ が かわった の は、 ナニ か ほんの ササイ な こと が シャク に さわった の でも あろう か。 それとも 「シナコ に ゆずって やれ」 と いう の を みる と、 キュウ に カノジョ が かわいそう に でも なった の かしらん。
そう いえば、 シナコ が ここ を でて ゆく とき に、 コウカン ジョウケン の ヒトツ と して リリー を つれて ゆきたい と いう モウシイデ が あり、 ソノゴ も ツカモト を ナカ に たてて、 2~3 ド その キボウ を つたえて きた こと は ジジツ で ある。 だが ショウゾウ は そんな イイグサ は とりあげない ほう が よい と おもって、 その つど ことわって いる の で あった。 ツカモト の コウジョウ では、 つれそう ニョウボウ を おいだして ヨソ の オンナ を ひきずりこむ よう な フジツ な オトコ に、 なんの ミレン も ない と いいたい ところ だ けれども、 やっぱり イマ も ショウゾウ の こと が わすれられない、 うらんで やろう、 にくんで やろう と つとめながら、 どうしても そんな キ に なれない、 ついては オモイデ の タネ に なる よう な キネン の シナ が ほしい の だ が、 それ には リリー ちゃん を こちら へ よこして もらえまい か、 イッショ に くらして いた ジブン には、 あんまり かわいがられて いる の が いまいましくて、 カゲ で いじめたり した けれども、 イマ に なって は、 あの イエ の ナカ に あった もの が みな なつかしく、 わけても リリー ちゃん が いちばん なつかしい、 せめて ジブン は、 リリー ちゃん を ショウゾウ の コドモ だ と おもって せいいっぱい かわいがって やりたい、 そう したら つらい かなしい キモチ が いくらか なぐさめられる で あろう。―――
「なあ、 イシイ クン、 ネコ 1 ピキ ぐらい ナン だん ね、 そない いわれたら かわいそう や おまへん か」
と、 そう いう の だった が、
「あの オンナ の いう こと、 マ に うけたら あきまへん で」
と、 いつも ショウゾウ は そう こたえる に きまって いた。 あの オンナ は とかく カケヒキ が つよくって、 ソコ に ソコ が ある の だ から、 ナニ を いう やら マユツバモノ で ある。 だいいち ゴウジョウ で、 マケズギライ の くせ に、 わかれた オトコ に ミレン が ある の、 リリー が かわいく なった の と、 しおらしい こと を いう の が あやしい。 アイツ が なんで リリー を かわいがる もの か。 きっと ジブン が つれて いって、 おもうさま いじめて、 ハライセ を する キ なの だろう。 そう で なかったら、 ショウゾウ の すき な もの を ヒトツ でも とりあげて、 イジワル を しよう と いう の だろう。 ―――いや、 そんな こどもじみた フクシュウシン より、 もっと もっと ふかい タクラミ が ある の かも しれぬ が、 アタマ の タンジュン な ショウゾウ には アイテ の ハラ が みすかせない だけ に、 へんに ウスキミ が わるく も あれば、 ハンカン も つのる の だった。 それ で なくて も あの オンナ は、 ずいぶん カッテ な ジョウケン を たくさん もちだして いる では ない か。 しかし もともと こちら に ムリ が ある の だし、 1 ニチ も はやく でて もらいたい と おもったれば こそ、 タイガイ な こと は きいて やった のに、 そのうえ リリー まで つれて ゆかれて たまる もの か。 それで ショウゾウ は、 いくら ツカモト が しつっこく いって きて も、 カレ イチリュウ の エンキョク な コウジツ で やんわり にげて いる の で あった が、 フクコ も それ に サンセイ なの は むろん の こと で、 ショウゾウ イジョウ に タイド が はっきり して いた の で ある。
「ワケ を いいな! なんの こっちゃ、 ボク さっぱり ケントウ が つかん」
そう いう と ショウゾウ は、 チョウシ を ジブン で ひきよせて、 テジャク で のんだ。 それから マタ を ぴたっと たたいて、
「カヤリ センコウ あれへん のん か」
と、 うろうろ その ヘン を みまわしながら、 ハンブン ヒトリゴト の よう に いった。 アタリ が うすぐらく なった ので、 つい ハナ の サキ の イタベイ の スソ から、 カ が わんわん いって エンガワ の ほう へ むらがって くる。 すこし くいすぎた と いう カッコウ で チャブダイ の シタ に うずくまって いた リリー は、 ジブン の こと が モンダイ に なりだした コロ こそこそ と ニワ へ おりて、 ヘイ の シタ を くぐって、 どこ か へ いって しまった の が、 まるで エンリョ でも した よう で おかしかった が、 たらふく ゴチソウ に なった アト では、 いつでも イッペン すうっと スガタ を けす の で あった。
フクコ は だまって ダイドコロ へ たって いって、 ウズマキ の センコウ を さがして くる と、 それ に ヒ を つけて チャブダイ の シタ へ いれて やった。 そして、
「アンタ、 あの アジ、 みんな ネコ に たべさせなはった やろ? ジブン が たべた のん フタツ か ミッツ より あれしまへん やろ?」
と、 コンド は チョウシ を やわらげて いいだした。
「そんな こと ボク、 おぼえてえ へん」
「ワテ ちゃんと かぞえててん。 その オサラ の ウエ に サイショ 13 ビキ あってん けど、 リリー が 10 ピキ たべて しもて、 アンタ が たべた のん 3 ビキ や ない か」
「それ が わるかった のん かいな」
「なんで わるい いう こと、 わかって なはん のん か。 なあ、 よう かんがえて ごらん。 ワテ ネコ みたい な もん アイテ に して ヤキモチ やく のん と ちがいまっせ。 けど、 アジ の ニハイズ ワテ は きらい や いう のんに、 ボク すき や よって に こしらえて ほしい いいなはった やろ。 そない いうといて、 ジブン ちょっとも たべん と おいといて から に、 ネコ に ばっかり やって しもて、………」
カノジョ の いう の は、 こう なの で ある。―――
ハンシン デンシャ の エンセン に ある マチマチ、 ニシノミヤ、 アシヤ、 ウオザキ、 スミヨシ アタリ では、 ジモト の ハマ で とれる アジ や イワシ を、 「アジ の トレトレ」 「イワシ の トレトレ」 と よびながら たいがい マイニチ うり に くる。 「トレトレ」 とは 「トリタテ」 と いう ギ で、 ネダン は 1 パイ 10 セン から 15 セン ぐらい、 それ で 3~4 ニン の カゾク の オカズ に なる ところ から、 よく うれる と みえて 1 ニチ に ナンニン も くる こと が ある。 が、 アジ も イワシ も ナツ の アイダ は ナガサ 1 スン ぐらい の もの で、 アキグチ に なる ほど おいおい スン が のびる の で ある が、 ちいさい うち は シオヤキ にも フライ にも ツゴウ が わるい ので、 スヤキ に して ニハイズ に つけ、 ショウガ を きざんだ の を かけて、 ホネゴト たべる より シカタ が ない。 ところが フクコ は、 その ニハイズ が きらい だ と いって コノアイダ から ハンタイ して いた。 カノジョ は もっと あたたかい あぶらっこい もの が すき なので、 こんな つめたい もそもそ した もの を たべさせられて は かなしく なる と、 カノジョ-らしい ゼイタク を いう と、 ショウゾウ は また、 オマエ は オマエ で すき な もの を こしらえたら よい。 ボク は コアジ が たべたい から ジブン で リョウリ する と いって、 「トレトレ」 が とおる と カッテ に よびこんで かう の で ある。 フクコ は ショウゾウ と イトコ ドウシ で、 ヨメ に きた ジジョウ が ジジョウ だ から、 シュウトメ には キガネ が いらなかった し、 きた あくる ヒ から ワガママ いっぱい に ふるまって いた けれど、 まさか テイシュ が ホウチョウ を もつ の を みて いる わけ に ゆかない から、 けっきょく ジブン が その ニハイズ を こしらえて、 いやいや ながら イッショ に たべる こと に なって しまう。 おまけに それ が、 もう ここ の ところ 5~6 ニチ も つづいて いる の で ある が、 2~3 ニチ マエ に ふと キ が ついた こと と いう の は、 ニョウボウ の フヘイ を おかして まで も ショクゼン に のぼせる ほど の もの を、 ショウゾウ は ジブン で たべる こと か、 リリー に ばかり あたえて いる。 それで だんだん かんがえて みたら、 なるほど あの アジ は スガタ が ちいさくて、 ホネ が やわらか で、 ミ を むしって やる メンドウ が なくて、 ネダン の わり に カズ が ある、 それに つめたい リョウリ で ある から、 マイバン あんな ふう に して ネコ に くわせる には もっとも てきして いる わけ で、 つまり ショウゾウ が すき だ と いう の は、 ネコ が すき だ と いう こと なの で ある。 ここ の イエ では、 テイシュ が ニョウボウ の スキキライ を ムシ して、 ネコ を チュウシン に バン の オカズ を きめて いた の だ。 そして テイシュ の ため と おもって シンボウ して いた ニョウボウ は、 そのじつ ネコ の ため に リョウリ を こしらえ、 ネコ の オツキアイ を させられて いた の だ。
「そんな こと あれへん、 ボク、 いつかて ジブン が たべよう おもうて たのむ ねん けど、 リリー の ヤツ が あない に ひつこう ほしがる さかい に、 つい うかっと して、 アト から アト から なげて まう ねん が」
「ウソ いいなさい、 アンタ ハジメ から リリー に たべさそう おもうて、 すき でも ない もん すき や いうてる ねん やろ。 アンタ、 ワテ より ネコ が ダイジ や ねん なあ」
「ま、 よう そんな こと。………」
ぎょうさん に、 はきだす よう に そう いった けれど、 イマ の ヒトコト で すっかり しおれた カタチ だった。
「そんなら、 ワテ の ほう が ダイジ や のん?」
「きまってる や ない か! あほらし なって くる わ、 ホンマ に!」
「クチ で ばっかり そない いわん と、 ショウコ みせてえ な。 そや ない と、 アンタ みたい な モン シンヨウ せえへん」
「もう アシタ から アジ かう のん ヤメ に しょう。 な、 そしたら モンク ない ねん やろ」
「それ より ナニ より、 リリー やって しまいなはれ。 あの ネコ いん よう に なったら いちばん ええ ねん」
まさか ホンキ で いう の では ない だろう けれど、 タカ を くくりすぎて エコジ に なられて は ヤッカイ なので、 ぜひなく ショウゾウ は ヒザガシラ を そろえ、 きちんと かしこまって すわりなおす と、 マエカガミ に、 その ヒザ の ウエ へ リョウテ を つきながら、
「そう かて オマエ、 いじめられる こと わかってて あんな ところ へ やれる かいな。 そんな ムジヒ な こと いう もん や ない で」
と、 あわれっぽく もちかけて、 タンガン する よう な コエ を だした。
「なあ、 たのむ さかい に、 そない いわん と、………」
「ほれ ごらん、 やっぱり ネコ の ほう が ダイジ なん や ない かいな。 リリー どない ぞ して くれへなんだら、 ワテ いなして もらいまっさ」
「ムチャ いいな!」
「ワテ、 チクショウ と イッショ に される のん いや です よって に な」
あんまり ムキ に なった せい か、 キュウ に ナミダ が こみあげて きた の が、 ジブン にも フイウチ だった らしく、 フクコ は あわてて テイシュ の ほう へ セナカ を むけた。
ユキコ の ナ を つかった シナコ の あの テガミ が とどいた アサ、 サイショ に カノジョ が かんじた の は、 こんな イタズラ を して ワタシタチ の アイダ へ ミズ を さそう と する なんて、 なんと いう いや な ヒト だろう、 ダレ が その テ に のって やる もん か、 と いう こと だった。 シナコ の ハラ は、 こういう ふう に かいて やったら、 けっきょく フクコ は リリー の いる こと が シンパイ に なって、 こちら へ よこす かも しれない、 そう なったら、 それ みた こと か、 ヒト を わらった オマエサン も ネコ に ヤキモチ を やく じゃ ない か、 やっぱり オマエサン だって そう ゴテイシュ に ダイジ に されて も いない の だねえ と、 テ を たたいて あざけって やろう、 そこ まで うまく ゆかない と して も、 この テガミ を キッカケ に カテイ に フウハ が おこる と したら、 それ だけ でも おもしろい と、 そう おもって いる に ちがいない ので、 その ハナ を あかして やる の には、 いよいよ フウフ が なかよく くらす よう に して、 こんな テガミ など てんで モンダイ に ならなかった と いう ところ を みせて やり、 フタリ が おなじ よう に リリー を かわいがって、 とても てばなす キ が ない こと を もっと はっきり しらして やる、 ―――もう それ に こした こと は ない の で あった。
だが、 あいにく な こと に この テガミ の きた ジキ が わるかった。 と いう の は、 ちょうど この 2~3 ニチ コアジ の ニハイズ の イッケン が フクコ の ムネ に つかえて いて、 イッペン テイシュ を とっちめて やろう と かんがえて いた ヤサキ だった の で ある。 いったい、 カノジョ は ショウゾウ が おもって いる ほど ネコズキ では ない の だ が、 ショウゾウ の キモチ を むかえる ため と、 シナコ への ツラアテ と、 リョウホウ の ヒツヨウ から しぜん ネコズキ に なって しまい、 ジブン も そう おもえば ヒト にも おもわせて いた の で あって、 それ は カノジョ が まだ この イエ へ のりこまない ジブン、 カゲ で シュウトメ の オリン など と グル に なって もっぱら シナコ の オイダシ サク に かかって いる アイダ の こと だった。 そんな シダイ で、 ここ へ きて から も リリー を かわいがって やって、 せいぜい ネコズキ で とおして いた の だ が、 だんだん カノジョ は その 1 ピキ の ちいさい ケモノ の ソンザイ を、 のろわしく おもう よう に なった。 なんでも この ネコ は セイヨウシュ だ と いう こと だった が、 イゼン、 ここ へ オキャク で あそび に きて ヒザ の ウエ など へ のせて やる と、 テザワリ の グアイ が やわらか で、 ケナミ と いい、 カオダチ と いい、 スガタ と いい、 ちょっと この ヘン には みあたらない きれい な メスネコ で あった から、 その とき は ホントウ に あいらしい と おもい、 こんな もの を ジャマ に する とは シナコ さん と いう ヒト も かわって いる、 やっぱり テイシュ に きらわれる と、 ネコ に まで ヒガミ を もつ の かしらん と、 ツラアテ で なく そう かんじた もの だった けれど、 コンド ジブン が アトガマ へ なおって みる と、 ジブン は シナコ と おなじ アツカイ を うける わけ でも なく、 タイセツ に されて いる こと は わかって いながら、 どうも シナコ を わらえない キモチ に なって くる の が フシギ で あった。 それ と いう の は、 ショウゾウ の ネコズキ が フツウ の ネコズキ の タグイ では なくて、 ド を こえて いる せい なの で ある。 じっさい、 かわいがる の も いい けれども、 1 ピキ の サカナ を (しかも ニョウボウ の みて いる マエ で!) クチウツシ に して、 ひっぱりあったり する など は、 あまり エンリョ が なさすぎる。 それから バン の ゴハン の とき に わりこんで こられる こと も、 ショウジキ の ところ は ユカイ で なかった。 ヨル は シュウトメ が キ を きかして、 ジブン だけ サキ に ショクジ を すまして 2 カイ へ あがって くれる の だ から、 フクコ に して みれば ゆっくり ミズイラズ を たのしみたい のに、 そこ へ ネコ め が はいって きて テイシュ を ヨコドリ して しまう。 いい アンバイ に コンヤ は スガタ が みえない な と おもう と、 チャブダイ の アシ を ひらく オト、 サラコバチ の かちゃん と いう オト を きいたら すぐ どこ か から かえって くる。 たまに かえらない こと が ある と、 けしからない の は ショウゾウ で、 「リリー」 「リリー」 と おおきな コエ で よぶ。 かえって くる まで は ナンド でも、 2 カイ へ あがったり、 ウラグチ へ まわったり、 オウライ へ でたり して よびたてる。 いまに かえる だろう から イッパイ のんで いらっしゃい と、 カノジョ が オチョウシ を とりあげて も、 もじもじ して いて おちついて くれない。 そういう バアイ、 カレ の アタマ は リリー の こと で いっぱい に なって いて、 ニョウボウ が どう おもう か など と、 ちょっとも かんがえて みない らしい。 それに もう ヒトツ ユカイ で ない の は、 ねる とき にも わりこんで くる こと で ある。 ショウゾウ は イマ まで ネコ を 3~4 ヒキ かった が、 カヤ を くぐる こと を しって いる の は リリー だけ だ、 まったく リリー は リコウ だ と いう。 なるほど、 みて いる と、 ぴったり アタマ を タタミ へ すりつけて、 するする と スソ を くぐりぬけて はいる。 そして タイガイ は ショウゾウ の フトン の ソバ で ねむる けれども、 さむく なれば フトン の ウエ へ のる よう に なり、 シマイ には マクラ の ほう から、 カヤ を くぐる の と おなじ ヨウリョウ で ヤグ の スキマ へ もぐりこんで くる と いう。 そんな ふう だ から、 この ネコ に だけ は フウフ の ヒミツ を みられて しまって いる の で ある。
それでも カノジョ は、 いまさら ネコズキ の カンバン を はずして きらい に なりだす キッカケ が ない の と、 「アイテ は たかが ネコ だ から」 と いう ウヌボレ に ひきずられて、 ハラ の ムシ を おさえて きた の で あった。 あの ヒト は リリー を オモチャ に して いる だけ なの で、 ホントウ は ワタシ が すき なの で ある、 あの ヒト に とって テン にも チ にも カケガエ の ない の は ワタシ なの だ から、 ヘン な グアイ に キ を まわしたら、 ジブン で ジブン を やすっぽく する ドウリ で ある。 もっと ココロ を おおきく もって、 なんの ツミ も ない ドウブツ を にくむ こと なんか ヤメ に しよう と、 そういう ふう に キ を むけかえて、 テイシュ の シュミ に ホチョウ を あわせて いた の だ が、 もともと コラエショウ の ない カノジョ に そんな ガマン が ナガツヅキ する はず が なく、 すこし ずつ フユカイサ が まして きて カオ に でかかって いた ところ へ、 ふって わいた の が コンド の ニハイズ の イッケン だった。 テイシュ が ネコ を よろこばす ため に、 ニョウボウ の きらい な もの を ショクゼン に のぼせる、 しかも ジブン が すき な フリ を して、 ニョウボウ の テマエ を つくろって まで も! ―――これ は あきらか に、 ネコ と ニョウボウ と を テンビン に かける と ネコ の ほう が おもい、 と いう こと に なる。 カノジョ は みない よう に して いた ジジツ を まざまざ と ハナサキ へ つきつけられて、 もはや ウヌボレ の そんする ヨチ が なくなって しまった。
アリテイ に いう と、 そこ へ シナコ の テガミ が まいこんで きた こと は、 カノジョ の ヤキモチ を いっそう あおった よう でも ある が、 イチメン には また、 それ を バクハツ の イッポ テマエ で ヨクセイ する と いう ハタラキ を した。 シナコ さえ おとなしく して いたら、 リリー の カイザイ を もう 1 ニチ も モクシ できなく なった カノジョ は、 さっそく テイシュ に ダンパン して シナコ の ほう へ ひきわたさせる つもり で いた のに、 あんな イタズラ を されて みる と、 すなお に チュウモン を きいて やる の が いまいましい。 つまり テイシュ への ハンカン と、 シナコ への ハンカン と、 どっち の カンジョウ で うごいたら よい か イタバサミ に なって しまった の で ある。 テガミ の きた こと を テイシュ に うちあけて ソウダン すれば、 ジジツ は そう で ない にも かかわらず シナコ に けしかけられた よう な カタチ に なる の が シンガイ で ある から、 それ は ナイショ に して おいて、 どっち が よけい にくらしい か と かんがえる と、 シナコ の ヤリカタ も ハラ が たつ けれども、 テイシュ の シウチ も カンニン が ならない。 ことに この ほう は マイニチ メノマエ で みて いる の だ から、 どうにも むしゃくしゃ する わけ だし、 それに、 ホントウ の こと を いう と、 「ヨウジン しない と アナタ も ネコ に みかえられる」 と かいて あった の が、 あんがい ぐんと ムネ に こたえた。 まさか そんな ばかげた こと が とは おもう けれども、 リリー を カテイ から おいはらって しまい さえ すれば、 いや な シンパイ を しない でも すむ。 ただ そう する と シナコ に リュウイン を さげさせる こと に なる の が、 いかにも ザンネン で たまらない ので、 その ほう の イジ が こうじて くる と、 ネコ の こと ぐらい シンボウ して も ダレ が あの オンナ の ケイリャク なんぞ に と、 いう ふう に なる。 ―――で、 キョウ の ユウガタ チャブダイ の マエ に すわる まで は、 カノジョ は そういう グルグルマワリ の ジョウタイ に おかれて じれて いた の だ が、 サラ の ウエ の アジ が へって ゆく の を かぞえながら イツモ の イチャツキ を ながめて いる と、 つい かあっと して テイシュ の ほう へ ウップン を ハレツ させて しまった の で ある。
しかし サイショ は イヤガラセ に そう いった まで で、 ホンキ で リリー を おいだす つもり は なかった らしい の で ある が、 へんに モンダイ を こじれさせて ノッピキ ならない よう に した の は、 ショウゾウ の タイド が おおいに ゲンイン して いる の で ある。 ショウゾウ と して は、 フクコ が ハラ を たてた の は しごく もっとも なの で ある から、 イザコザ なし に、 あっさり カノジョ の キボウ を いれて ナットク して しまえば いちばん よかった。 そうして イジ を とおして さえ やったら、 かえって アト は キゲン が なおって、 それ には およばぬ と いう こと に なった かも しれない のに、 ドウリ の ない ところ へ ドウリ を つけて、 ニゲ を うった。 これ は ショウゾウ の わるい クセ なの で、 いや なら いや と きっぱり いって しまう なら いい の だ が、 なるたけ アイテ を おこらせない よう に、 おいつめられる まで は ヒョウタン ナマズ に うけながして いて、 ドタンバ へ くる と ひょいと ねがえる。 もうすこし で ショウチ しそう な クチブリ を みせて、 そのじつ けっして 「うん」 と いわない。 キ が よわそう で、 あんがい ねちねち した ずるい ヒト だ と いう インショウ を あたえる。 フクコ は テイシュ が、 ホカ の こと なら カノジョ の ワガママ を とおす くせ に、 この モンダイ に かんする かぎり、 「たかが ネコ なんぞ」 と なんでも なさそう に いいながら、 なかなか ドウイ しない の を みる と、 リリー に たいする アイチャク が ソウゾウ イジョウ に ふかい もの と しか おもえない ので、 いよいよ すてて おけない キ が した。
「ちょっと、 アンタ!………」
その バン カノジョ は、 カヤ の ナカ に はいって から また はじめた。
「ちょっと、 こっち むきなさい」
「ああ、 ボク ねむたい、 もう ねさして。………」
「あかん、 サッキ の ハナシ きめて しまわなんだら、 ねさせへん」
「コンヤ に かぎった こと ある かいな、 アシタ に して」
オモテ は 4 マイ の ガラスド に カーテン を ひいて ある だけ なので、 ケントウ の アカリ が ぼんやり ミセ の オク へ もれて きて、 もやもや と モノ が みえる ナカ で、 ショウゾウ は カケブトン を すっかり はいで アオムキ に ねて いた が、 そう いう と ニョウボウ の ほう へ セナカ を むけた。
「アンタ、 そっち むいたら あかん!」
「たのむ さかい に ねさしてえ な、 ユウベ ボク、 カヤ ん ナカ に カア はいってて ちょっとも ねられへなんでん」
「そしたら、 ワテ の いう とおり しなはる か。 はよう ねたい なら、 それ きめなさい」
「セッショウ やなあ、 ナニ を きめる ねん」
「そんな、 ねぼけた フリ した かて、 ごまかされまっかい な。 リリー やんなはる のん か どっち だす? イマ はっきり いうて ちょうだい」
「アシタ、 ―――アシタ まで かんがえさして もらお」
そう いって いる うち に、 はやくも ここちよさそう な ネイキ を たてた が、
「ちょっと!」
と いう と、 フクコ は むっくり おきあがって テイシュ の ソバ に すわりなおす と、 いや と いう ほど シリ の ニク を つねった。
「いたい! ナニ を する ねん!」
「アンタ、 いつかて リリー に ひっかかれて、 ナマキズ たやした こと ない のんに、 ワテ が つねったら いたい のん か」
「いた! ええい、 やめん かいな!」
「これ ぐらい ナン だん ね、 ネコ に かかす ぐらい やったら、 ワテ かて カラダジュウ ひっかいたる わ!」
「いた、 いた、 いた、………」
ショウゾウ は、 ジブン も キュウ に おきなおって ボウギョ の シセイ を とりながら、 ツヅケザマ に さけんだ。 2 カイ の トシヨリ に きかせたく ない ので、 おおきな コエ は たてなかった が、 つねる か と おもう と コンド は ひっかく。 カオ、 カタ、 ムネ、 ウデ、 モモ、 トコロ きらわず せめて くる ので、 あわてて さける たび ごと に ばたん! と いう ジヒビキ が ウチジュウ へ つたわる。
「どない や?」
「もう カンニン、 ………カンニン!」
「メエ さめなはった か?」
「さめない で かいな! ああ いた、 ひりひり する わ。………」
「そしたら、 イマ の こと ヘンジ しなさい、 どっち だす?」
「ああ いた、………」
それ には こたえない で、 カオ を しかめながら ホウボウ を さすって いる と、
「また だっか、 ごまかしたら これ だっせ!」
と、 2~3 ボン の ユビ で もろに ホッペタ を がりっと いかれた の が、 とびあがる ほど いたかった らしく、 おもわず、
「いたあ―――」
と ナキゴエ を だした が、 トタン に リリー まで が びっくり して、 カヤ の ソト へ にげだして いった。
「ボク、 なんで こんな メ に あわん ならん」
「ふん、 リリー の ため や おもうたら、 ホンモウ だっしゃろ が」
「そんな あほらしい こと、 まだ いうてる のん か」
「アンタ が はっきり せん うち は、 なんぼでも いいまっせ。 ―――さあ、 ワテ を いなす か リリー やんなはる か、 どっち だす?」
「ダレ が オマエ を いなす いうた?」
「そんなら リリー やんなはる のん か?」
「そない どっち か に きめん ならん こと………」
「あかん、 きめて ほしい ねん」
そう いう と フクコ は、 ムナグラ を とって こづきはじめた。
「さあ どっち や、 ヘンジ しなさい、 はよう! はよう!」
「なんと まあ てあら な、………」
「コンヤ は どない な こと した かて カンニン せえしまへん で。 さあ、 はよう! はよう!」
「ええ、 もう、 しょうがない、 リリー やって しもたる わ」
「ホンマ だっかい な」
「ホンマ や」
ショウゾウ は メ を つぶって、 カンネン の ホゾ を かためた と いう カオツキ を した。
「―――そのかわり、 あと 1 シュウカン まって くれへん か。 なあ、 こない に いうたら また おこられる か しれへん けど、 なんぼ チクショウ に した かて、 ここ の ウチ に 10 ネン も いてた もん、 キョウ いうて キョウ おいだす わけ に いく かいな。 そや さかい に、 ココロノコリ の ない よう に せめて もう 1 シュウカン おいて やって、 たんと すき な もん たべさして、 できる だけ の こと して やりたい ねん。 なあ、 どない や? オマエ かて その アイダ ぐらい キゲン なおして かわいがって やりい な。 ネコ は シュウネン-ぶかい よって に な」
いかにも カケヒキ の ない シンジョウ-らしく、 そう しんみり と うったえられて みる と、 それ には ハンタイ が できなかった。
「そしたら 1 シュウカン だっせ」
「わかってる」
「テエ だしなさい」
「ナン や?」
と いって いる スキ に、 すばやく ユビキリ を させられて しまった。