昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第二章:1969年:京都新聞北山橋東詰販売所   とっちゃんの宵山 ⑩

2010年12月03日 | 日記

丸刈り頭が白髪交じりの50代と思しき“おっさん”から、20代後半~30代前半と思われる長髪の、お兄さんと呼ぶべき“おっさん”まで、“おっさん達”は4名。30代の2名は、一人がボディビルダーのように筋骨隆々。もう一人は中肉中背で腹が少しぽっこりとしていた。全員が日に焼けた顔をてらてらと光らせている。

桑原君が「土方の“おっさん”たちか~」と小さく呟いた。“長髪”が鋭い目線を送ってくる。「さ、入ろか~~」と大沢さんが声を張り上げる。とっちゃんは“白髪”に近付き、こちらを指差している。

湯船に浸かり、大沢さんに従い頭にタオルを乗せていると、“白髪”が泳ぐように近付いてきた。「とっちゃんの仲間なんやて?」。ほとんど同時に3人で「はい!」と応える。「夕刊終わったんやな。お疲れさん」。人懐っこそうな笑顔が赤い。お湯のせいだけではなさそうだ。

「新聞配達少年……、いや青年たちか~」。振り向くと、湯船の縁に“長髪”と“ぽっこり”が腰掛けている。“筋肉”は洗い場でシャンプーを頭に大量に振りかけているところだ。

「とっちゃんと一緒に来たん、初めてやなあ」。“長髪”の言葉には、小さな棘が潜んでいる。「なかなか時間が合わなくて。……ねえ」。大沢さんが巧みに棘から身をかわしたので、僕たち2人も、大きく頷く。

「こいつがガキガキ~。こいつがグワグワ。この人がザワザワやねん。いっつも話してるやろ~~」。“白髪”の横にやってきたとっちゃんの紹介に苦笑しながら、「どうも~~」と3人揃って頭を下げる。「グワグワって、なあ」。桑原君が僕の横腹を突っつく。

「あんたら、とっちゃん大事にしたってや~」。突っつかれてくねらせた身体をそのまま後ろに捻ると、“長髪”が真顔で見つめている。「とっちゃん、一生懸命生きてるんやからな!」。「まあまあ、この人らも一生懸命生きてはるんやろから。なあ。わしらと一緒やで。な」。“白髪”の腕が突然湯から出てきて、僕の肩に回る。ぎゅっと引き寄せられた瞬間、下から覗き込んだ“白髪”の息の酒臭さに、少し僕は身震いしてしまう。

「おっさん!兄ちゃん、びっくりしてはるやないか。なあ、兄ちゃん。このおっさん、ちょっと“その気”あるさかい、気い付けてや」。“筋肉”がカラカラと笑う。つられるように“長髪”もふひふひと笑う。大沢さんの目に安堵の色が浮かぶ。

 

「同じ労働者階級、仲良うせんとなあ」と、“白髪”に肩を抱かれたまま電気風呂に移動。腰が触れ合わないように気を遣っている僕に、「嘘や。嘘やで。さっきの話」と“筋肉”が笑いながら付いてくる。

気が付くと、身体を洗い終わった“ぷっくり”も電気風呂にやってきている。決して大きくない電気風呂は、8人の男で水も溢れんばかりだ。

「水風呂やし、電気ビリビリ来るやろ。これが身体にええらしんやわ~」と顎まで沈んだ“ぷっくり”。「長く入ってられへんから、ここでいつも話してんねん。なあ、とっちゃん」と“筋肉”。“長髪”は電気風呂が苦手らしく、湯船の縁を掴んでゆるゆると身体を沈めつつある。ふと目に留まったその腕の傷跡が、痛々しいほど大きい。

「兄ちゃん、気になるやろう、その傷跡。生田君、10年ほど前、国会議事堂に突っ込んでるんよ。腕折られたらしいんやわ」。顎から上の顔がやけに大きく見える“ぽっこり”の声は、快活で大きい。少し口に水を含んでぷっと吹き出し、「兄ちゃんたち、学生はん?」と、突然僕たちに近付いてくる。とっちゃんは、好奇心に紅潮した頬を少し膨らませながら、“ぷっくり”と僕たちを交互に覗き込んでいる。

 

*月曜日と金曜日に、更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

 

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


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