「なあ、宵山に連れてってくれへんか~?」
甘える目つきで見上げるとっちゃんの言葉が粘りつく。
もう一度折れそうになった膝を立て直し、糸を引きそうな言葉を振り払うように、手を左右に振る。
「なんで?なんでや~?ええがな。ええやんか~~。行こうや」
「とっちゃん一人で行き。僕は、ええわ」
突っぱね歩き始めると、とっちゃんは僕の前に立ち塞がった。
「ガキガキ~。まあ、聞いてえな。いろいろあんねん、わしも」
「何が!」。裏切られた気分に、僕の言葉には怒気が含まれている。
「まあまあ。聞いてえな。聞いて!って」
両手で肩を抑えられ立ち止まると、とっちゃんはくるりと欄干に肘を乗せた。その仕草は、芝居じみていた。やむなく付き合い、下の鴨川土手に浴衣姿が見えないのを確認して、「なんやねん」と小突いた。怒りの代わりに苛立ちが込み上げてきていた。
「“おっさん”に言われたんや。これからのこと、考えんとあかん、言うてな」
「………。何言うてた?“おっさん”」
「社員にしてもらわなあかん、言うてな。ほんでな、結婚せんとあかん、言うてなあ」
“おっさん”の言葉はおそらく置手紙のようなものだろうが、正論のように見えて無理難題を押し付けているもののように思えた。とっちゃんの「なあ、宵山に連れてってくれへんか~?」の動機付けになっただけのようにも思えた。
「で、とっちゃんはどうやの。どう思ってんの?」
「社員言われてもなあ……。カズさん、そやろか?新聞配って社員なれるんやろか?」
「あそこは、会社ちゃうやろ。会社に入らんと、社員にはなられへんしなあ。……で、とっちゃんどないすんの?」
「せやかて、“おっちゃん”と“おばちゃん”結婚してるんやろ?会社やないのに。なあ。わしかて結婚はできる、いうこっちゃで」
「…………」
酷な話である。“おっさん”は、社員になるということを結婚の前提条件かのように言うことで、とっちゃんの新聞配達員としてのプライドまで傷付けている。
何を言うべきか、言えるのか、僕は言葉を探しあぐねた。
「わし、ネエチャンと話したこともないやろう。結婚もできひんしなあ、そんなんじゃ。……なあ。“おっさん”、慣れればええんや、慣れたら何でもできるようになる、言うてたし。……なあ」
「だから、宵山か!とっちゃん、女の子が一杯いる所に行ってみたいだけやんか!」
苛立ちに怒りが混ざり小さく爆発した。
「行きとうないわ!とっちゃんとなんか。1人で行ったらええやんか!」
販売所まで残っていたわずか100mを早歩きで、僕は急いだ。とっちゃんだけを対象としているわけでもない怒りが、行き場を探して身体の中を駆け巡っていた。
「お帰り~~。とっちゃん、何してた~~?」
販売所には全員が揃っていた。とっちゃんと彼を追った僕を心配してくれていたのだろう。 “おっちゃん”ののどかな声と笑顔に気を落ち着かせ、宵山行きの話を伝える。
大沢さんと話していたカズさんが、「止めとき、止めとき~」と大きな声を上げる。振り向くと、手を左右に振りながら渋面を見せている。
「とっちゃんも、もうじき二十歳の青年やからなあ。そら、一丁前に、あるものはあるからなあ」と意味深に笑いながら“おっちゃん”は奥へ。「あんた、やらしいこと言わんとき!」と“おばちゃん”がその後を追う。桑原君は相変わらず山下君と額を寄せ合っている。ここのところ、“座り込み”に誘っているようだ。
僕は大きく溜め息をつかざるをえなかった。そして、溜め息をつくと怒りも抜け出て行き、替わりにとっちゃんへの同情が強く頭をもたげてきた。
「宵山って、いつですか?」。カズさんに訊くと、「今年は7月11日やった、思うけど。……一緒に行ったらあかんで」という答が返ってきた。そう言われて僕は、とっちゃんと一緒に行くことを決めた。
*月曜日と金曜日に、更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
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1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)
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