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こんにちは  お元気ですか(上郡町 そとかわピアノ教室)

上郡町の、小さなピアノ教室です。
ピアノを通して元気になれる教室を目指しています!

反貧困―「すべり台社会」からの脱出  著者 湯浅 誠 

2009年01月31日 | その他
ワーキング・プアという言葉が聞かれるようになってまだそれほど経ってないような気もするのですが、
昨年末からの派遣切り問題を見てましても、
今の日本では、セーフティ・ネットがどんどんほころびているという現実を感じない方はいらっしゃらないのではないでしょうか。

私達の知らないところで深刻で、大変なことが起こっていることを警告する1冊に出会いました。

このまま行けば、今の格差大国アメリカと同じ道をたどっていきます。
貧困に目をつぶったままこれまでと変わらない生活を続けていけば社会の弱体化を招くだけです。

どれだけ大規模な軍事力を持っていようとも、
人間が人間らしく再生産されない社会に「持続可能性」はありません。
私達は誰に対しても人間らしい労働と生活を保障できる「強い社会」を目指すべきである、と著者は呼びかけています。

年間3万人の自殺者、いじめ、児童虐待、ネットカフェ難民、ホームレス・・・・。

これらの原因に貧困が大きく関与していること、貧困がどのように再生産され、拡大しているかを作者の行ってきた活動を通して詳しく説明され、この現象がここまでいたってもなお、日本の政治家の動きは鈍く、まして官僚達は反対に加速することに加担しているとさえ言及しています。

なぜ、このようなことになったのか、どんなことが起こっているのか、興味を持つことから始めないと、何も変われないということを教えてくれています。


息子にしたい?

2009年01月30日 | 家族
お昼のワイドショーを見てたら、息子にしたい有名人ランキング、なんてのをやってまして、
1位にイチロー、2位に石川遼、小泉幸太郎などが紹介されていました。

私は、思わず、
自分の息子は自分が育てた息子しかいないじゃん。
何で、他人様が苦労して育てた息子のこと、息子にしたいなんて、
聞くほうも聞くほうだけど、答える方も答える方だ、と、腹を立てておりました。

もし、横で一緒に息子が見ていて、
自分の親が
自分とは比較にならない人物を息子にしたいなんて口にするのを聞いたら
表向きは平静を装うだろうけど、きっと、傷つくよね。


そりゃまあ、
私が今まであの子にしてきたことも、ずいぶん傷つけるようなこともあったし、
このことだけことさらに取り立てて腹立ててる私って、何だろう、とも思うのですが・・・・。

でも、私は絶対に、よその息子を自分の息子にしたいなんて思わないぞ。

勇気

2009年01月29日 | その他
「トワイライト」(重松清著)のなかで、主人公が小学生の頃を回想するシーンがあります。

主人公の高橋克也は、隣のクラスのボス的存在である男の子が万引きをしているところを見てしまいました。
後ろからいきなりプロレスの技をかけたり、
「100万年後に返すからな」と言って、友達の持ち物を取り上げたりする子です。
克也は担任の先生の出席簿に

〈○組のA君とB君が昨日、文房具店で万引きをしていました〉

と、書いた無記名のメモをはさんでおきました。

左手で書いたにもかかわらず、先生はそれは彼が書いたものだと見破り、放課後、教室に残るように言います。

“高橋君のやったことは間違ってないんだよ”
と、前置きして
“でも、こんなのは勇気と違うからね”
と言って目の前でそのメモを破ります。

“やめろって言えなかったのね?”
克也はうなずきます。

“高橋君の気持ちはわかるし、・・・・・・・
 やったことは正しいんだけど、ずるいの。わかる?
 どんなに正しくても、それをずるいやりかたでしちゃったら、だめなのよ”

“勇気って、不思議なものでね、正しいことをする勇気もあるし、
 間違ったことをする勇気もあるの。
 間違ったことはしない方がいい。
 それはあたりまえのことなんだけど、
 間違ったことをしちゃうときはあるわけ、人間って。
 自分では正しいと信じていても、
 他人から見れば間違ってることも、たくさんあるの。
 こっちから見れば正しくても、
 あっちから見れば間違ってるとかね・・・・・”

“先生はみんなに『正しいことをしなさい』とは、
 あんまり言いたくないの。
 ただ、勇気を持ってほしいの。
 間違ったことをするときでも、勇気を持って間違って欲しいの。
 万引きはひきょうだし、間違ってる。だから、先生、大嫌い。
 でも、高橋君の手紙も、正しいけど勇気がない。
 勇気のない正義って、・・・・カッコ悪いでしょ?
 先生、みんなには、カッコいいおとなになってほしいんだよねえ・・・・”

「言葉の途中から、先生は克也の頭を撫でた。掌一杯につけた塗り薬を擦り込むように、ゆっくりと撫で続けた。」

先生の言葉を聞きながら、克也は同じクラスのジャイアン―徹夫のことを思っていました。同じようにボス的な存在で、文房具店のおばさんを「クソババア」と呼んだりしますが、万引きはしないし、弱いものいじめをしない。

・・・・そんなことを思い出しながら、のび太的存在だった克也は大人になってもジャイアンに翻弄されるのですが、意外な一面も見せられ、動揺しています。

みじめな今の自分がいるからこそ、ジャイアンはジャイアンでいてほしかったのですが・・・・・。



・・・・・「勇気」って、最近、意識したことがなかったなあ。

勇気を持って間違ったことをする・・・・?

勇気のない正義はカッコ悪い。・・・・・・

そんなこと、考えたことがあったかなあ、と思って。

この部分が、とても印象に残っています。

重松作品

2009年01月28日 | その他
最近読み終えた重松清氏の本です。

「哀愁的東京」・・・ある売れない絵本作家の話。

「トワイライト」・・小学校卒業時に埋めたタイムカプセルを開けるために
          久しぶりに同級生が集まりました。
          そこには、のび太がいて、ジャイアンがいて・・・・。


読後感を、少々・・・・。

「哀愁的東京」
 切り売りの文筆業(フリーライター、ゴーストライター)をしている主人公の、先の見えない投げやりな気持ち、
でも希望を失いたくないという気持ち、
それがないまぜになったような作品でした。

何かを生み出すことにストイックになる主人公を見ていると、悲しい気持ちにさえさせられます。
 
 ストーリーの最後のところで、別れて暮らす中学生(高校生だったかな?)の娘とうまく話をすることができない父親である主人公が、不器用なりにほんの少しだけ心を通じ合わせる場面がせつなく、印象に残っています。

全体に流れる空気は、絶望感、虚無感、といったものですが、展開が気になって次々とページをめくっていきます。

 結局、暗いトンネルを抜けるのは主人公本人しかなくて、
じれったく思いながらも希望のきざしが見えてきたときは本当によかったし、
そう思わせてくれる結末でよかった。

と、思う反面、周囲の人たちのままならない状況に

人生は、はかないものだと思わずにいられないし、
だからこそ、主人公にはストーリーが終わった後にもっと希望をつむいで欲しい、それは読んでいるあなたたちにも同じことが言えるのではないですか、と、作者が問いかけているようでした。

「トワイライト」

これは・・・・。
私にとってはぐいぐいと来た作品ですねえ。
今の、生きにくい空気をわかりやすくあらわしてる。
身につまされながら、まるでこれは私、これは彼、これは彼女、という実在感を持って読んだ作品でした。

子育て、仕事にがむしゃらに打ち込んでいつの間にかむかえた中年。
今の自分に何があるのだろう。
あんなに頑張ったことが砂の城のように崩れていく頼りない現実。

物語とはいえ、私と同じ年代を過ごした人たちがここにいて、
それなりに実績も上げて
堅実に頑張ってきて、(そうじゃないひともいて、)
そしてつまづいている。

ああ、自分だけじゃなかったんだ、
みんな同じように苦しんで、その中から答えを探そうとしている・・・・・

と、

悲しみを共有したような気持ちになりました。

人生はまだでもこれから。

コミュニケーションがあれば

2009年01月27日 | その他

「ブログ、楽しみに見とんやで~」

と、言われることが最近続いたので、とても嬉しく思っています。

正直、アクセスは当初と比べてもあまり伸びないし、
コメントも限られた方しか書き込んでいただけなくて
少し弱気になっていました。

声をかけていただいたり、
コメントいただいたりすると、本当にうれしいのです。

これからも頑張りますね。

祖母の法事にて

2009年01月27日 | 家族
祖母の13年の法事があり、出席してきました。

久しぶりに会う親戚のおじさん、おばさん達はみな、歳をとってしまい、いやでも自分が若い頃見ていた親戚の人たちの歳になったんだと思い知らされます。

時間になり、お寺さんのお経が上がった後はお説法です。

いつもならこのお坊さんの話はちょっと長くて、正直、カンベン、なんて思ったものですが、今回は違いました。

いつもどおり長かったのは確かなのですが、ご自身も80を越える歳になり、この次みなさんに会えるかどうかわからない、という前置きをされて祖母のことを話し出すや、
「ここのおばあちゃんなしでは今の私はなかった」
と、涙ぐんでしばらく言葉に詰まっておられました。

私の小さい頃からこのお坊さんはうちに出入りされ、そのたびにおばあちゃんは何かとお花や野菜などを持たせてあげてました。

「少し休んでお行き」
と、夏の暑い日なんか、風通しのいい部屋でお昼寝をさせてあげたり、
お茶菓子出して、長いこと話してたのも覚えています。

お寺の行事には必ずと言っていいほど協力してたし、
私も稚児行列や、年越しコンサートのお手伝いに行ったり、
本願寺参りの旅行にも行ったことがありますが、
今思うと、おばあちゃんがそうするように言ったからだろうと思います。

報恩講やどこかの偉いお坊さんの説法があるときには必ずおまいりしてたし、周りの人への声かけも熱心にしていたそうです。

亡くなってからもこの人のおかげで自分がある、と涙を流してくれるひとのいるおばあちゃんってすごい、と、このときばかりはもっと話が聞きたい、と思いました。

それからは、浄土真宗の話につながっていくのですが、

・・・・・・
誰も、ほかの誰かとは換えられない大事な、
かけがえのない存在であり、ひとりひとりが仏の子です。
もしかしたら獣や魚や、虫として生まれてきたかもしれない。

あなたの両親がいて、そのまた両親がいて、先祖の誰一人として欠けることなく、
間違いなく続いてきてくださったからあなたがいる。
今、あなたがここにいるのはそのくらい難しいことなのだ。
当たり前に思ってはいけない。


いつの間にか、カネが万能の世の中になってしまったが、
そのカネは何人もの恨みを集めて得た金なのか?
額に汗して働いて得た金なのか?

人はいつか、必ず死にます。
死ぬときには、どんな金持ちも、物持ちも、
何もあちらへは持って行くことはできない。

しかし、まいた種はいつか実を結ぶ。
どんな実を残していくかを、よく考えてほしい。

後のものに同じ人間としての命をあたえ、仏の子として
彼らもまたいつかは如来様のもとへいけるよう、
よい種をまいてあなた方が導いてあげてください。
決して、畜生の道に落としてしまわないように。

・・・・とまあ、話の内容はまとめると、こんな感じでした。
うまく、伝わらない部分があるかもしれませんが、
聞きかじりの話なので、ご勘弁ください。

でも、私はおばあちゃんが残してくれたものがどれだけ大きいか、
お坊さんの話を聞きながら、ひとこと、ひとことが身にしみていたのですよ。

だって、今の私は不安定で、畜生の道にも足を踏み入れかけてるところがありますもん。



ああ、そうか、ここで私が道を間違えてしまったら、
私の後に続くものを畜生の道に落としてしまうんだ・・・・。

そのことに気付くチャンスをくれたのが、思いもよらない、
幼い頃、私のことを猫かわいがりしてくれてたおばあちゃんだったなんて。

死んでからも、私のこと、心配してくれてる。
ありがとう、おばあちゃん。


おぼうさんが帰られた後、みんなで会食して、
父もまたお坊さんと変わらない歳で、最近の口ぐせが
「いつ別れが来るかわからんのじゃけえ」

言い始めた頃は
「やだ、そんなこと言わんとってよ」
と、言ってたけど、慣れとは怖いもので、最近では
「そうじゃねえ」
なんて、みんなで相槌打ってる。
軽く受け流して、

そんな日はまだ遠い。

って、心のどこかで思ってる。

程よくお酒が回ると、本当に楽しそうに、
みんなが集まってくれたことがうれしくてうれしくて仕方がない
と言っては、またお酒をすすめる。
多少話がくどくなり、いつも一緒にいる家族は辟易してるのですが、
冗談を言って陽気にお酒を飲む父を見ているのは本当に楽しい。

ふと、この父のこともいつか、

どこにもいない働き者の、陽気な、お酒が入るともっと陽気な、
い~いおじいさんだったねえ。

と、懐かしむようになるのだろうか、とふと思い、
父のうれしそうな顔を忘れないようにと、じっと見つめたのでした。

きもの塾

2009年01月26日 | その他
娘の卒業式が近づいてきました。

知り合いの呉服屋さんが着物塾を開催しているというのを聞いて、そこで着物の着方を練習しようと思い、飛び入り参加させてもらいました。

お友達感覚で参加させてもらったので、多少浮いた存在になってしまい、彼女には申し訳なかったけれど、

集まられた皆さん、さすがに学びたいという気持ちで集まられただけあって、とても熱心。

自分で着ることができたらいいなあ、というひと、
娘に着せてやりたい、といって参加されている人、
母娘で参加されている人、
色んな人たちが色んな着物を持って集まってきています。
部屋中きもの、きもの。

いいですね。
皆さん、目がきらきらして、
先生の手元を一生懸命に見つめて。

お稽古が終わると、
雑談にも花が咲きます。
「この着物、リサイクルで100円でこうたんで。」
「えーーー!!うっそーー!」
「この帯は500円。練習するんならこんなんでええわ、思うてね」

なるほど。
みなさん、かしこい。

私は時間がなくて先に失礼したけれど、
まだまだ話に花が咲いていたもよう。

一人で着物が着られるようになる、
これって、やはり、あこがれますね。


やっぱり、好きなのは・・・・

2009年01月26日 | レッスン室便り
主人が泊まりだという晩のこと。

レッスンも遅くまであり、生徒が帰ってから少し練習しよう、と思い、たまのことですが、この日は少し遅い時間からでしたが、練習を始めました。

うちは田んぼの中の一軒家、正確には隣とは昔工場をしていた建物をはさんで二軒が並んでおり、音の迷惑のほとんど出ない環境です。(しいて言えば家族に若干の迷惑があるのでしょうが、なんせ、主人は今夜はいない!)

かんたんな曲です。
でも、長いこと練習らしい練習をしていませんから思うように弾けません。

もう一回、
もう一回、
もう一回・・・・・。

弾く度に感覚が少しずつですが、よみがえってきます。
面白くなってきます。
そういえば、あの曲、この曲、それから・・・
次々と以前練習していた曲を引っ張り出して弾きました。

ふと、時計を見ると10時が来ようとしています。
さすがに、これでおしまい。

下に降りると、息子が台所でなにやら物色中。
でもそんなことにはかまわず、
「久しぶりにいっぱい練習して、楽しかった!
 やっぱり、音楽って、いいよねえ」
と、言うと
「もう少し練習しとけばよかったのに。」
と、返してくれました。

夕飯を一緒に取れない日々が普通でした。
きっと寂しい思いをたくさん、たくさんさせているのです。

もしかしたらこの一言は皮肉かもしれないし、
晴れ晴れとした私の顔を見て正直な気持ちかもしれないし、
物色中の、何かまずいことを隠すためだったかもしれない。

でも、やっぱり息子からの応援の一言だと思ってしまう私は、
オメデタイのかなぁ。


無条件の受容

2009年01月25日 | 家族
火事で、おばあさんと5歳のひ孫が遺体で発見されるという痛ましいニュースがありました。

インフルエンザで寝ていた8歳のお兄ちゃんを助けるためにおばあさんが燃える家の中に飛び込み、その後を追って、二人とも犠牲になったということです。お兄ちゃんは自力で脱出したそうなのですが・・・・。

子どもの、周りにいる大人に寄せる全幅の信頼とはこのような、すがりつくほどまでのものなのかと、ただただ悲しいばかりです。

「戦場のピアニスト」という映画の中で、ナチス・ドイツのユダヤ人強制収容が行われている場面がありました。
若いユダヤ人の夫婦がアパートを追われ、ドイツ兵がまさに二人を連行しようとするとき、突然片付けた大きな荷物の中から小さな男の子が飛び出てきて
「僕も一緒に連れてって!」
と、二人に抱きつきました。
お父さんは悲しそうに笑顔を浮かべ、彼をしっかり抱きしめ、そして一緒に歩いていきました。

どんなにひどい虐待を受けても、子どもにはお父さん、お母さんは「そのひと」しかいません。お父さんやお母さんがそんなことをするのは自分が悪いからだと、必死で両親をかばうそうです。

どんな親(おとな)でも、子どもは無条件に受け入れてくれているのですね。それも、時には命がけで。

いい子でいたらおやつをあげます、いい点を取ったらほしいものを買ってあげます、なんて、だいそれてますね・・・。

いてくれて、ありがとう、生まれてきてくれてありがとうと、
いじめによる自殺で子どもをなくしたお母さんが見ず知らずの大勢の子ども達に呼びかけていました。

こんなお母さんでもお母さん、と呼んで(たまに「かか」や、あなた、キミになりますが)話をして、気持ちをぶつけてくれる子ども達がいること、


これを書きながら、ひとりで盛り上がっている自分を恥ずかしいと思いつつ、
やっぱり、涙が出るほどうれしいと思うのです・・・。