珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

自由を思う3

2018-12-20 | 日記
私は高校を卒業してすぐ、はるか遠くの田舎から、単独で上京した。
都会は全くの未知の世界で、電車の乗り方も「さっぱりわからない」中、どこで何して働こう?から始めた。
できたのは日本語が話せることくらいだったけど、日本語が通じればなんとかなった。
とにかく働いた。
着の身着のままで、常に空腹で、暑くて寒くて…だったと思うけど、そんな感傷に浸る暇もなくとにかく働いた。
働かないと生きていけない。
病気にもなれない。
仕事を失ったら、一日も遊んでいられる余裕なんてない。
単純にそれしか頭になかった。

8ヵ月後、私は6畳一間だけど、女の子専用のアパートに引っ越せた。
日当たりがよく、下に大家さんがいて安心な上に、道路を挟んだ真向かいに銭湯があった。
それが嬉しくてたまらなかった。
一円たりとも誰にもお金を借りず、せっせと働いて貯めた自分で借りたお城だった。
最初は布団しかなかった部屋から、テーブルを買って、茶わんや箸やコップ、やかんを揃えて、冷蔵庫を買って、ガスレンジを買った。
自分でお湯を沸かして温かいものを口にできるって、なんて幸せなんだろうとしみじみ思った。
それから鏡を買って、タンスを買って、やがてテレビも映って、欲しかった電話もひけた。(当時はこの権利が高額だった)

そんな暮らしの中でも、私は一年目になけなしのお金の中から1万円の寄付をして、二年目には10万円の寄付をした。

自分だけのためじゃなく、自分以外の人のためにお金を出せることが、私は素直にうれしかった。
その翌年は二十歳の記念で、20万を。
その翌年も、自分の歳の数だけ寄付をした。
僅かの間にそんなことができるようになるなんて、上京したばかりの頃は想像もできなかった。

それが上京して4年後に夫と出会うまでの、寄付の思い出である。
(夫と出会ってからは、結婚資金を貯めたくてそれは止めた)

夫はすでに「親から買ってもらったマンション」に住んでる身分だった。
私が無一文で出てきて、一から一人でやって、貯金もこれだけあるよと言ったら、夫は呆気にとられていた。

どれもこれも私にとっては、「その時」にはやりたくてやった、かけがえのないことである。
嫌々やったことなど何もない。
私はいつも自由だった。



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好きなことなら

2018-12-20 | 日記
先日、娘の大量の漫画本を押し入れにぶち込んだら、奥の方から私が買ってあげた数冊の本が出てきた。
隅に追いやられて全然傷んでいないそれは、遠い昔、私が何度も何度も読んで大切にした本である。
図書館から何回も借りて、くり返し読みふけった本が、歳月を超えてピカピカの新書で自分のものになったというのに、全く価値を見出されていない悲しさよo(T^T)o

そういえば夫は「伝記なんて一冊も読んだことない」と言っていた。
娘は私から無理やり読まされた、たった一冊のヘレンケラーに、
「感想別にない」と言った( ̄▽ ̄;)
(言い訳するわけではないが、家庭教師も同じことを言っていた)

伝記は人の胸を打ち、ためになり、生き方に影響を与える、とは限らない。
人による。

人は自分の中で「これだ!!」とピンとくるものでないと、入らないんだと思う。
無理やり詰め込まれたものなんて、いつか放り投げる日がくる。

ちなみに私が小学校の時、伝記より夢中になったものは
江戸川乱歩の「怪人20面相シリーズ」と、佐藤さとるさんの「コロボックルシリーズ」だった。

誰からも読めなんて言われたわけじゃない。
自分が勝手に興味を持って、一人で読みふけっていただけである。

あれから何十年もたって、いろんな「強いられた価値」は捨てたのに、自分から興味を持ったものは今も大好きで、鮮やかに残っているもんだなあと思う。




ずっとコンビを組んでらした、村上勉さんの絵も好きだったんですよね
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