珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

劣等感余って

2019-01-31 | S教団関係
関東は昨年末から、記録的なカラカラ天気である。
なのに去年まで使っていた加湿器の調子がわるくて全然効かないので、電気店に行ってきた。
新しく替え変えたそれは、アロマも楽しめるしランプにもなるしとウキウキしていたら雨が降ってきた。
私の微妙なタイミングも相変わらず( ;∀;)
でも、ここらでザーッと一雨ほしいですね。


過剰に自分はクズだったバカだったと言いたがる人がいる。
それはいいとして、では次にやってくるのは何かというと「教えてあげましょう」というこの上ない優越感である。
嘘じゃない。
劣等感の強い人は同じだけ、優越感も過剰と思う。
クズだの消え入りたいと言っていた卑屈な人間が、同じ口で一転、自信たっぷりの上から目線になる。

劣等感も優越感も表裏一体。
人と比べるというお仲間同士。
そんなものは、役職といっしょに投げてランナウェイ♫





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体験談

2019-01-29 | S教団関係
私はCHから質問されたり心外なことを書かれると、そのIDとコメントを自ブログにコピーして、自ブログから返信するという風変りな?ことをしている。

単純に、自分の言葉は自ブログで書きたいからである。
書いてもいない掲示板に何度も私のコメントが載ってることにされて、しまいには「名前ごとコピーされて否が応でも書いたことにされた」こともあったからである。

そういう経緯を知っていた私のシンパだった人は、当然のようにそれを賛同していた。
「あんなとこに書くことないよ」と。
ところがそのシンパが私のアンチになった時(※それは全然構わないしここで問題にしてない)、途端
「chの返事を自ブログから返すなど滑稽で笑える」と言った。
同じことをしているのに言うことが変わってしまった。

こんなふうに人って、全く同じことを体験しても自分の感情で形容がまるきり変わってしまうのである。

体験談は聞いた話ではなく、自分が実体験したから
真実であり、説得力がある。

シンパの時もアンチの時も同じように聞いた。
でもね、実体験に嘘偽りはないにしても、それでどう思ったのかが(人によっては)180度変わるのも体験談と思う。

同じことを見聞きしてるのに、お茶目な人が大嘘つきになって、大嘘つきがお茶目になるのが体験談。
ありがとうとポロポロ泣いていた話が、頭がおかしくて狂っていたと変わるのが体験談。
ふつうに話しているだけのことを、ボコにした、されたとなるのが体験談。

体験談は確かに真実。
でも真実って幾つもあるらしい。
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怖い話

2019-01-29 | 日記
慎重を期して、ごくごく特定にしか教えていないはずの固定電話に、セールスの電話がかかってきた。
「この番号、どこでお知りになったのですか?」と尋ねたら、若い男の子の声が慌てて「あの…名簿です」と答えた。
情報なんて簡単に取引されているんだなあ。

ネットで匿名や名無しで、暴言を書き込んでいた人の話。
ブログなどの身バレするような身辺情報は書いてないし、コメント欄や掲示板で「ただの感想」しか書いてないから特定などあり得ないと盲信していた人の話。
仮装空間で透明人間になって、マジじゃないつもりのただの憂さ晴らしのはずが、「盲信」という甘たっるい隙を突かれた人の話。

詳細は伏せるが、私は家庭と職場に「思わぬ経緯で思わぬ現実」を突きつけられた例を二件知っている。
ある日突然、訴訟状と多額の請求書の内容証明が届いた。
仮装空間から一気に目が覚めた、この世に絶対なんてものは、そうは存在しないという現実である。

一人は「ええええ?あのおとなしい真面目な人が???」という男。
もう一人は「軽い気持ちだった」と真っ青になった女。

軽い気持ちの代償は、軽くなかった。
言ってみれば「プライドを切り裂かれるよう」

でもね。
 私はそんな経緯や顛末より、「この世の何か」に裁かれるようなことをする時、自分の意識で感じる違和感や嫌悪感や甘さの方を思うよ。

この感覚を無くす方が怖いと感じている。

感覚の鈍い人は、知識と理屈しか見ない。
「誰々にバレなきゃいい」
それが全てと思っている。
畏怖をもつべき感性は、感覚以外にないと思うが。

 思いもよらないところで、足下を救われる前に注意申し上げる。
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形を変えただけ

2019-01-28 | S教団関係
何かと問題の多かったS教団が、多くのうねりというのだろうか?尽力や働きかけの中で衰退しつつある。
最初に誰かが声にならない声をあげた時には、こんなことは想像できたであろうか。
やったねー。
だけどそれは最初の予想とはちがった。
一つのものが消滅したら、それはただゼロになるのではないことを知った。

それは「無くなった」のではなくて、形を変えただけと思う。
歪なものは別の名の、新たな歪なものに生まれ変わった。
かつてあった鬱陶しいものは確かに消えたけど、代わりに前はあり得なかった、暴言や罵倒や争いや嘲りや不信や疑心が生まれた。

一つのエネルギーを衰退させるということは、きれいに消えてひっそり静まることではなくて、その質量のまま形を変化させるということだった。

私は未熟ながらそんな想像はできなかった。




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世代

2019-01-28 | 日記
娘の誕生日に、友達とそのお母さんがホールケーキをもってお祝いに来てくれた。
娘は食べる前に、スマホを取り出して当然のように写真を撮った。
別にどこにアップするわけじゃないけど、とっておきたい記念なんだそうである。
この光景も、小学校から娘だけじゃなく他の子も一斉にやっているのを見てようやく慣れたことだが。

時々、世代が同じママの方とは話も感覚も合うけど、子どもの方がさっぱりわからなかったりする。
血のつながりより、世代、時代が共感を呼ぶのかもしれない。

この日、娘の友達が主張した或る話を、私はどうしても理解できなかった。
子どもの時に頭の固い大人や親にはなるまいとあれほど誓ったはずなのに、決意を裏切って「さっぱりわからない」

だけど「それは違うよ」と改めさせようとは思わないし、賛同はできなくても「ふうん、あなたはそんな考えなんだね」と思うことはできる。
子どもの言い分も、私の世代じゃ聞いたこともなかったような理屈やタブーとされていたことがまかり通っているが、これも多様化ってやつ?

ところで、私が去年の終わりごろ、やっと「そだね」じゃなくて「それな」という言葉を知ったと言ったら、ママ友とその子どもにのけぞって笑われた。
なんなら最近、「お一人様」をそうじゃなくて、若い子は「ぼっち」ということも知ったぞ。
このズレっぷりも多様ですねん( ;∀;)



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尊重

2019-01-27 | 思うこと
尊重というのは時として、無関心で冷たいことと紙一重。
おせっかいや下世話とは対極のものと思う。

自由や平和と同様、甘いお菓子のようなものじゃない。




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地味すぎるけど

2019-01-27 | 思うこと
履歴書の特技に、PCスキルとか外国語とか書きたくても書けない私は、考えあぐねて何を書いているかというと。
実は「整理整頓」と書いている。
笑うなかれ。
だって本当にこれしか書くことがないんじゃー( ;∀;)

かなり好きなことは大勢でワイワイではなくて、一人で、机の引き出しとか食器棚など整理してレイアウトを考えていることである。
引き出しや棚を開けて、これはここではなくて断固「ここ」であって、それが合理的かつ美しいと思う時。
心が洗われるようだ…と満足するひと時。
およそ地味すぎて理解されない、人にはどうでもいいことだろうけど。

人と比べてどうのではなくて、ただ自分がこれをやっていることが好き。
相対的なものでなくて、いわば絶対的な幸福感をもつと人生は楽しい。

周りをキョロキョロして得られる優越感など、どうでもよくなるのではないだろうか。





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逆効果

2019-01-26 | 思うこと
5年もネットに書き込みをしていると、さすがにわかってくることがある。
書かなかったことより、書いた出来事の方がはるかに記憶に残る。
一回書くより、何度も書いた方が更に明確になる。
(学生時代勉強していた人ならとっくに知っている(笑))

忘れたくないためのその一
「記憶に刻み込むため自分の言葉で作文にして、えぐりこむように書くべし」
 

ここはボヤキブログなのでついつい愚痴を書くこともあるが、書いてしまったおかげで、しょうもないことが瑞々しく記憶に残って失敗したなと思うこともしばしば。
書かずにいられない性分の悩ましいところである。


嫌なことを書いてスッキリするというのは錯覚、逆効果と思う。
1、2回ならいいが、実は書くほどに明瞭になっていくので、書いても書いてもどんよりした気持ちは更に色濃くなっていく。

それでも「書かずにいられない」私のような人間はどうしたらいいか?
同じ出来事を視点を変えて「上書き」するのである。
でも、あれはあれで楽しかったよねえ♫

お試しあれ。


※引用画像…講談社コミックス「あしたのジョー」梶原一騎原作 ちばてつや画
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自分次第を考える5

2019-01-25 | 思うこと
何でも食べるし食べられる、タフな胃袋と頑健な歯を持つ私から産み育てられたくせに、娘は好き嫌いが激しい。
アンタは「食べ物は何でも美味しい」と幼少より毛穴から洗脳させた2世や。
それなのに、なんでやーーーー?( ̄ω ̄;)

子どもなんて、都合次第で毒親にコントロールされたと言い、そこまで従順かといえば、嫌いなことには充分好き勝手する。
そんなもんじゃないかと思う。

本当に好きなこと嫌いなことは、人は自分で選ぶ。
他人が躍起になっても、どうできるもんでもないと思う。
 

娘が幼稚園の時。
遠足で水筒の蓋が固くて開けられなかったことがあった。
「先生、あけてください」
の一言が言えずに一口も飲まずに帰ってきた子が、私にきっぱりノーを言って主張するのを見ると、人は誰でも、自分で選びながら大人になっていくんだと思う。

私は「✖✖させられた」
大人になってもそういう言い方をする人を、やっぱり私は好きになれない。
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その日その時

2019-01-24 | 思うこと
「手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のそのときの愛」
 唐突ながら、俵万智さんのサラダ記念日より引用である。

ネットに書いたものは膨大なデータに埋もれて眠っていくとはいえ、残るとしたら頭にこれをつけておきたい今日この頃。
その時に書いたことは嘘いつわりない思いとしても、書いたのも宛てた先も、その時その時間。
永遠の指導者なる人の言葉や、何百年前の忠言を後生大事にする方もおられるが、そんな方々もたった数年の思いを本気で永遠に残したいなんて思っていたのだろうか?

熱っぽく確信を語って「何万PV達成しましたーー!!」と燥いでいたブログだって、簡単に迷って消えていく。
固唾を飲んで読んでる方だって「そういえばそんなの読んでたこともあったなあ」と忘れていく。
時がたてばそんなもんである。

本題はそんなことではなくて、引き出しから昔々に貰った夫からのハガキが出てきた。
消印はシンガポール。
まだ脳内から変なホルモンが出ている時期に、異国から届いたそれに書いてあったのは、その日その時に受け取れば充分の言葉であった(笑)

その日その時の言葉を、「今」どころか「永遠に」真に受けるのはどうしたものかと個人的には思ってしまう。
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無駄を思う

2019-01-23 | 日記
家庭教師の最後の5分の「保護者への今日の学習内容の説明」を廃止した。
私がいつもかったるそうに聞いているのを察したのか、「お母さま、これは不必要ですか?」と訊いてきたので「はい、いりません」と即答した。
先生、「捨てる」「簡略化」「無駄を省く」が好きな私にそんなことを言うと喜んでスパークするので、あまり乗せないように( ;∀;)

無駄なことは嫌いだが、でも「済んでしまったことを無駄だった」というのは好きじゃない。
 それがあっての今がある貴重な経験を「無駄」というのはMOTTAINAI~
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娘との会話13

2019-01-23 | 娘と夫の話
娘が挑戦的に主張する。
「ねえママ。ママは何でも正直に言いなさいっていうけど、私はそれはよくないと思う。
例えば私が『ママのお弁当も飽きた。今日はコンビニで買っていきたい』って言うとグサッとくるでしょ。
『ママはいつも早起きして大変だから、たまには買っていくよ』って言った方がいいでしょ?
 私はそんな言い方したいし、
ママと違ってそういう人間なの」
「なるほどね。でもママには正直に言っていいよ。私は気を使われる方が嫌な人間だから」
何気に言ったらそれも使われる。

毎朝の登校前には何かしらブータレている娘が、今朝はリビングに飾ってある若い頃の私と夫の写真をみて言った。
「ねえ、これ飾るのやめてくれる?オエッとくるから」

ショッキングピンクと黄色のボーダー柄というあり得ないシャツにショートパンツの女と並ぶ、アホ面した男。
バカップルに見えるのはその通りだけど、そんなもん今更ですわ( ̄_ ̄ i)
「だってママが何でも正直に言いなさいって言ってたし」
 

これが毎朝の娘の「行ってきます」である。
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何も知らないのに

2019-01-22 | 思うこと
夫の職業柄、わざわざ意識したわけじゃないけど見方が変わったのが、いわゆる芸能人の方かもしれない。
漠然としたミーハーな感覚が、夫の職場の方で「お世話になっています」という真面目な感じになったというか。

そして会ったこともないし、何を知ってるわけじゃないそんな人たちを、見たようにズケズケと噂することもなくなった。
毎日一緒に仕事をしている役者さんがスキャンダルの渦中にいても、夫は「何も知らない」し、何も言わない。
一方で会ったこともない人が、まるですべてを知ってるように言いたい放題する不思議。
自然とそんな違和感が芽生えた。

人は、不都合は目の前で見ても認めないのに、快感ならば見てないものでも簡単に心を持っていかれる。
一の情報が、イマジネーションと自分に心地よい都合で百にも二百にも膨らんでいく。
そして思い込んだら事実になると、つくづく思う。
何故だ滑稽だとくりかえしても、信じるとはそういうこと。



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急ぎすぎ

2019-01-21 | 思うこと
母親に、娘が勉強が嫌いだと言うと必ずこう言われる。
「勉強なんてどうでもいいのよ、女の子は。いい人見つければ」

おそらくだけど、この世代の人の頭の中は
勉強が苦手な子は、家事が上手で家庭的
という、便利な摺り込みがされているのではないだろうか?

なんとなくそんな願望や都市伝説があるようだけど、それは嘘である。
人による。

愛しの孫娘、自慢じゃないけど家事も勉強に劣らずできませんから。
それより、あなたの娘も見事にそうだったやん( ;∀;)!!
(お忘れか?)

いい人を見つければ…
いい人って何だろう?
しっかり働いていて稼ぎのいい人?
人間性のいい人?
家族を大事にしてくれる人?

でもね、仕事なんて、どんな人でもいつどんなアクシデントがあってどうなるかわからないし、性格の長所って同時に欠点でもあるし、奥さんを大事にする人はよその人も大事にするかもよ?

「こんな人と結婚して苦労するのは目に見えている」
「この思いは絶対変わらない」
「これだけは間違いない」

なんてすぐ結論を言いたがる人はいるけど、先のことが「目に見える」人なんているのかなあ。
同じ価値観や宗教だけは譲れない!!なーんて力説してたはずが、その価値観や宗教だってあっさりひっくり返ることもあるのにね。

答えなんてすぐには出せない。
一刻も速く解いて早くマルを貰えば優秀、とは言えない価値もあり。



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記憶

2019-01-20 | 思うこと
国語、算数、図工、図工、体育
これは何かというと、私が小学校4年生の時の、4年2組の月曜日の5時間の時間割である。

そして水曜日が

国語、算数、算数、社会、理科、理科
6時間だった。

なんでこんなことを覚えているかというと、人生でものすごく楽しかったM先生が担任だったこの学年。
体育とか図工が好きだった私は月曜日の時間割が好きで、水曜日は芸術科目がなくてがっかりだったので、それが強烈に印象に残ってしまったのである。
月曜日は機嫌よく、水曜日はふくれっ面で、教科書をランドセルに詰めていたんだと思う。

小中高の時間割表なんて、他は当然全部わすれている。
覚えていたら気持ち悪い(笑)
でもこの二つだけが、わら半紙に印刷された、手書きの時間割表と一緒に鮮やかに蘇る。
私は体育は水色で、図工は黄色の色鉛筆で塗っていた。

人は本当に嫌なことって、思い出さないし、思い出したくもないし、話題に触れるのも嫌だし、記憶から抹消するんではないだろうか?

過去のつまらないことは全部忘れた。

私の記憶には、こういう人生で何の役にも立たないけど、大事だったことだけが詰まっている( ̄∇ ̄)
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