珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

日常使い

2019-03-30 | 趣味の話
平成最後の(言ってみたいだけw)の梅酒を漬けて10カ月。
一年待つ間に年号が変わってしまう。
でももう充分美味くて、お正月より味ができている。
過ぎ行く年号と、この時代に知り合えた人に乾杯。

ガラスの飾り棚に高級グラスを並べるような趣味はなくて、ガラクタでも好きなものは木棚に突っ込んで、じゃんじゃん使うのが私好み。


20年前に買ったダンスク(だったと思う)

コメント (6)

難易度

2019-03-30 | 思うこと
自分の主張を書くのは簡単である。
自分の主張を書くだけなら簡単、というべきか。
ちょっと書ける人なら、さも「理論的」に「説得力」のあるふうに言葉を並べてグイグイ主張すればよい。
そして反論があったら、それを叩き潰すように否定するのも簡単。
そのついでに
「あーこんなこと言われるなんて面白くないわ、アンタ何様?」
という悪態を添えるのも簡単である。

珈琲でいえば、その辺の湯飲みにチャチャッと淹れたインスタントのレベルだろうか。

むずかしいのは、言い方を工夫することである。
自分の感情は「置いておいて」、相手の言い分を理解する柔らかさと想像力と持つ。
これだけでもものすごく難しい。
そして更に難易度アップ。
主張を変えずに、言葉を選んで、表現方法を変えてみる。
引き出しが須弥山の山ほど要る。

珈琲で言えば、
はるばる産地へ赴いて豆を厳選し、人間関係と信頼関係を結んでルートを確保し、価格を安定させ、
それぞれの豆の特質を考えながら焙煎技術を磨き、挽き具合方を計算し、
手入れされたネルドリップに、澄んだ水を使って丁寧に淹れた適温の珈琲を、
しゃれたカップと人柄の伝わる自然な笑顔で、押しつけがましくなく提供する薫り高き一杯、


くらい難しい。



コメント

珈琲にまつわるあれこれ2

2019-03-29 | 趣味の話
桜が咲くたびに「あと何回桜が見れるんだろう?」より、人生であと何杯のコーヒーを味わって飲めるんだろう?と思ってしまう、花より団子の海です。

以前、読者の方に「マンデリン」というコーヒーが美味しかったと教えて頂いて以来、頭の中がマンデリンになっていた。
前回のものを飲み切って今日それを飲んでみた。

注文をお願いした人が
「マンデリンは複雑な味が特徴で、コクがあり、とてもおいしいです!
お菓子と一緒に頂くのがお薦め」
と教えてくださった。

私は甘党じゃないけど、季節のものはそそられる。
桜餅と一緒に頂いてみたマンデリンは、酸味がなくて香ばしい薫りがした。

読者の方からの情報は、何であれ有難く頂く。
知らないことを知るのは楽しい。
これまで寄せてくれた音楽や本の情報と共に、間違いの指摘でも、毒舌意見でも。
但し、挨拶して名乗ってから話しかけるくらいのことは人としての常識。
モノは知っていても、そういうことを知らない人の話は、私は聞きたいと思わない。



ポット…何代目かの月兎印、カップ…群馬の四万温泉に行った時のお土産、皿…フランフラン


コメント (4)

才能様々

2019-03-28 | 思うこと
昔いたよくネタにする会社でのこと。
セミナーというか自己啓発好きの社長が、ある時行ったセミナーに相当に傾倒して、DVDやら本やらをいっぱい買い込んできた。
嫌な予感がしたが、社長ははりきってそれらを社員に強く勧めた。
本は希望者だけに購入で済んだが、DVDは順に見せられて、しまいにはその講師を会社に呼んで講義を聞かされることになった。
私を含めた「そういう柄じゃない」多くの社員は、断れない宗教勧誘の如く、トボトボと会議室でスピーチを聞いた。

内容は見事に覚えてないが、後に社長はその講師に100万払ったらしいことを聞いて、社員はおもしろくなかった。
そんなお金があるなら古い椅子を変えてほしいし、ポンコツボイラーの冷暖房もやめてエアコンを買ってほしいとボヤいた。
私もそう思った。

ただ皆が講師がパンチョ伊藤に似ていると言って、彼を「パンチョ!」と呼んでいたことだけが、可笑しくてたまらなかった。
その後、社内では「無駄遣い」という言葉が「パンチョに100万」で通じることになった(笑)

くだらんセミナー講師に100万払っただと腹が立つけど「パンチョに100万」だと笑えた。
しょうもない会社だったけど、私はこの何に対しても対してもカリカりせずシャレにして流す、社員の気質だけは本当に感心したし、ためになった。
時として仕事ができなくても、そういう能力だけは至るところで素晴らしかった。

才能っていろいろあるなあ(笑)
コメント (3)

母のボヤキ

2019-03-28 | 日記
以前書いたが、娘が小学校の時。
バレンタインに友達同士で交換するために、数人がチョコレートを持っていた。
それを下校途中に食べているところを見た、我が子でもない他人の子どもの未来を慈悲深く憂いた地域の方が学校に、通報、忠言して下さり、娘を含め数人が先生から説教された。
娘は食べていなかったが「一緒にいながら注意しなかった」という理由で怒られた、とボヤいていた。

「注意しなかった」
私はニヤニヤしたけど。

「いけないんだー。先生××ちゃんがお菓子を学校に持ってきています」
不良とは違う、こういう子もね。

下校中にお菓子を食べてはいけない。
ごもっとも。
それは正しい。
子どもに教えるべきルールなんだろう。

でも私は注意しなくて、そして怒られてボヤく子どもでよかったと思った。
むしろ注意するような子はケツを引っ叩きたくなるかも。

生まれた赤ん坊の顔を見つめていた時、私はなぜか「絶対正しい」も「絶対間違っている」も教えたくないと思ったが、それは変わらず。
その間の理不尽を、モヤモヤとふくれてボヤキながら生きていってほしい。

私も未だにそうしてるゾ( ;∀;)
コメント

賛否

2019-03-27 | 海辞典
中学生にイジメ問題を尋ねると
「ネットなら死ねと言える」
と答えるそうである。
むしろそれで盛り上がったり、喜んでもらえるから楽しいそうである。
まあそうだろうね。
大人でも透明人間なら、いそいそと中傷のビラ配りができるのだから。
でもビラの内容を、名札をつけて主張するのは嫌。

だって自分だとわかったら、逃げられないし、嫌われるし、居場所も失う。
怖いのは「それ」で、心が痛むのも、ただ「それ」

さんぴ【賛否】
そのことについて「賛成」と「反対」の両方の意見があること。
(デジタル大辞泉 小学館)


さんぴ【賛否】
発信しているものは賛否あって当然。
賛同、賛嘆だけ認めて批判は受け付けないのか?
と、否の方が殊更声を荒げること。
続いて「悪口と反対意見の区別もつかないのか?」と言うわりに、反対意見の幅は、批判、中傷、侮辱、罵倒、人格攻撃、名誉棄損まで、まことに懐が深い。
そして決して名を明かさないところが、タイガーマスクのプレゼントのようにまことに奥ゆかしい。

デジタル海辞典(版元不明)




コメント

皆勤賞

2019-03-25 | 娘と夫の話
毎朝ブータレながらも、娘は無遅刻無欠席で中学一年目を終えた。
もっとも幼稚園も小学校もほぼ皆勤で、それは喜ばしいことと思っている。
がしかし、何でも賛否というものがあり、アンチというものはこんなところにも潜伏している(笑)

皆勤など何が自慢?
むしろ罪悪。不快。
皆勤=善で、休むことが悪と摺り込まれる。
無理してでも登校して病原菌をまき散らす。
そこまでしてでも欲しい?皆勤賞。
世の中は無くす方向性。
撲滅は近し。

いやいやもう極アンチですね(笑)
まあくだらないことですが、一言書いておきます。
小中高、皆勤気味だった私は仕事も休まない方だった。
皆勤ほしさに無理して頑張ったの?
いえいえ、体調わるくて無理なんかしませんよ。
人にうつすなんて言語道断。
ただそうならないように、注意して防げるものに関しては、気をつけていただけである。

学校はいいとして、以前会社にいた若い男の子がしょっちゅう風邪で仕事を休むので、上司からイヤミを言われた時
「ゴホゴホやりながらウイルスをまき散らす方がよほど迷惑なんだよ!!」
とボヤいていた。
いやそんなのは当たり前で、そうじゃなくて風邪が流行っている時飲み過ぎて睡眠不足とかやってないのかな?
と昭和の女は、意地わるく思ったりもした。

ついでに、遅延証明書さえもらえばドヤ顔で遅刻できると思っている学生のアルバイトを尻目に、電車というものは遅れることもあると計算して、私は早めに出勤もしていた。

ここまでくるとただの嫌な奴ですね(笑)
はい、ただの性分、好みである。
年号も変わるし、こんな昭和な価値もそのうち撲滅するよ。

皆勤賞は嫌いという人もいてもいいと思う。
私は「どちらかと言えば好き」を選ぶかな。
コメント (2)

知ること

2019-03-24 | 日記
随分前、紀子様が皇室に入られるという時、紀子様が学生時代に友達に出されたという年賀状が週刊誌に載っていた。
「あけましておめでとう存じます」
帰国子女が書かれたその美しい一行に、私は感動した。

真似してその年の年賀状に私もそう書いた。
「あけましておめでとう存じます」
事情を知っている友人は大笑いしたが、私には当時はやりだした
えええ~マジィィィ~?ムカツクゥゥゥ~
に影響されるのと全く同じ感覚だった。
ただ気に入ったのである。

 義母は、子どもが例え反抗期の最中で派手に口答えしても、ヒステリーを起こしたり、キーキーまくしたてるなんて一度もなかった。
「そんな育てられ方を自分はされていない」
「だから俺は母親が大好きなんだよ」
という夫の証言は、紀子様の年賀状以来「真似したい!!」と思った衝撃だった。

母親とは「キンキンガミガミまくしたてるもの」と思っていたし、反抗期には「激しく言い合いするもの」
それしか知らなかった。

「存じます」
そんなキレイな言葉が自然に出る人なんて知らなかった。

酸っぱい珈琲しか知らなくて「珈琲とはこういうもの」と思っていた中、おいしい珈琲を知ったのと同じである。

知ることはいつも楽しい。




コメント

難題

2019-03-24 | 日記
娘が「部屋の整理をしたの。見て見て」と言った。
部屋の整理?
おーーーーそれはすばらしい!!
見ると本棚やキャビネットの中が、幾分整理されていた。
 

が、こんなものを私に見せてはいけない( ̄▽ ̄;)
パンドラの箱のようなものである。
私の中の「ある部分」をたまらなく刺激する。

これはここじゃなくてこっちの方がいいよ。
その方が合理的で理に適っている且つ、ビジュアル的にも成功している。
こうしないとこんな不都合が起こるよ。
ほら、だからこの方がいい。
私は親なんだから、あなたが困るようなことを教えるわけがない。
「よかれ」と思って言っているのよ。

ザ・絵に描いたような毒親である。

世の中は毒を刺激するものに満ち溢れている。
正論であり、動機も正しい。

だけど大切な自分の主張の前には、それはたまらないおせっかいであり、不愉快極まりない迷惑行為でしかないのである。
「それは今は聞き入れたくない」のである。

「ありがとう。感謝します」という声も「独善でおしつけがましく鼻につく」というのも、二つとも真実。
どちらかが間違いでどちらかが正解でもない。
「人によって」「タイミングによって」それは無数にあるのだと思う。

一つで済んだらこんなに簡単なことはないのに。
難しい…

正と邪があってこんな簡単なことがわからないの?と自信たっぷりに言える人。
私には、解けない難題にしか思えないが。
コメント

アンチ記事

2019-03-23 | 日記
以前、思わぬ事件に巻き込まれた時のこと。
たまたま私の住んでいる地域が国選弁護人制度が充実していて、それまでドラマでしか見たことがなかった「弁護士さん」や「裁判官」と接する機会があった。
その時にほんの少しだけ知り得た知識であるが、裁判というものは本当に面倒くさいのである。

私はその面倒くささに辟易して「示談」という形をとったが、それにしても司法と関わるということは、とにかく何枚もの書類を書き、足を運び話し合う、時間やら手間がかかるのである。
それだけはわかった。(あとは忘れた)
示談の話し合いが済んだ後に「加害者のその後の何がどうだから目を通してください」なんて書類も渡されたが、その時には私はすっかり書類アレルギーになっていて、カバンに突っ込んだまま未だ封筒も開けていない。
(そもそもが書類というものが嫌いなんじゃ( ;∀;))

つまらん団体のアンチになるのはいいけど、裁判などという厄介なことに関わるのは「よほどじゃないと」お勧めはしない。

ネットなどの中傷の書き込みもそうである。
シャレにならない、そこまで人から恨まれるようなデタラメや悪意には注意である。
書いている方は「軽い気持ち」かもしれないが、ブチ切れると窮鼠猫を噛む。

人のことは言えないとはいえ、私でさえ、本気で弁護士を雇って書き込み者を特定してやろうかと思ったことがあるからね。

ネットなどシャレの範囲でつきあった方がいい~~-y( ̄▽ ̄*)

自分の命が脅かされている事態でもないのに、憂さ晴らし程度でハメをはずして思わぬ代償、なんてつまらないことにならないように。
悪態はシャレの範囲で。

私がアンチ記事を書く時、言い聞かせている一応の基本である。
コメント (3)

サスペンス好き

2019-03-22 | 思うこと
私は無類のサスペンスドラマや、映画が好きである。
特に犯人は誰か?という謎解きのミステリーより、刑事コロンボのような
「最初から犯人はわかっているけど、敏腕刑事に追い詰められていくモノ」
が好きである。
根性が、かなりわるいんでしょうね( ̄∇ ̄)v

で、犯人が沈着冷静で狡賢いほど楽しい。
そんな憎たらしい犯人をじわりじわりと追い込んでいく、鋭い、でも人間味のある刑事が好きである。

本当に頭のいい人(勘のいい人)は限りなく優しい。

多くの脚本家もこれを知って書いているのかなあと思う。
コメント (2)

野暮

2019-03-22 | S教団関係
9年も人前に姿を現さない人を「お元気です」と言い張る団体がある。
証拠なんてない。
ただの自己申告である。

まわりは当然不思議がる。
そこまでいうなら「ほんのちょっとの動画でも出せばいいじゃない?」と思う。
そしたら納得するのに。
疑惑も晴れるのに。
簡単なことと思うんだけどなー。
なんでそれをしないの?と思う。

でもどんなに追求されてもそれはしない。
なぜか?


もちろん追求されるのは苦しい。
そんな奴らは、うざくてしつこくて何とか黙らせたい。
(ただ穏やかに訊いているだけなのに、逆ギレする人もいる)

なんでおとなしく「お元気なんだ、ふうん」と思ってくれないのかと思う。
もう諦めてその話題はやめてくれないかなと思う。

でも要求に応えるのは、そのウザさに耐えることより不都合だから、苦しくてもそっちを取るのである。
そこまで
必死なのであろう。
よほど
隠したいのであろう。

永遠の師匠。
人に永遠なんてあるのかな?
人って気も変わるし、状況も変わるし、身体も変わるし、いつか死ぬのに?
これを「必死で隠す」なんて野暮。
コメント (2)

春の会話

2019-03-21 | 娘と夫の話
娘から「部活で使う新しいテニスラケットがほしい」と言われた。
ラケットって4月に新品を買って持たせたはずである。
色もメーカーも注文を聞いて、納得したものを買ってあげたが。

「なぜ?理由を言ってみて」と訊いたら
「今のは軽いと言われた。もっと重いのを持った方がいいよと言われた」と主張した。
 そして「お願い、欲しいの」と何度もせがまれた。

彼女は本当に、自らラケットの不満を実感したのではない。
そんなの解っている。
友達に言われて、それだけで小さな頭の中がパニックになってしまったのである。

「新しく買い替える子もいる」
もちろん、そんな贅沢などしない子だっている。
いるけど、そうなったら「皆が替える」しか見えないのである。
自分もその中に入りたいのである。

私は子どもから「これが欲しい」と言われたら、基本、買ってあげようと思っている。
自分にはくだらなくても、わからなくても、動機が不純でも、本人が欲しいと主張するなら本人にはそんな価値があるのだから。

スポーツ店に行くと、定員さんがどんなものがいいか、いろいろ質問してきた。
飛ぶのがいいか?
球が速くなるのがいいか?
ガットは何ミリで貼ればいいのか?

何一つはっきりと答えられない。

私は辛抱強く、娘を観察した。
何とか商品を決めて会計を済ませてから、我慢していた小言(イヤミ)が口から出てしまった。
私もハンパな親である。
娘はふくれて、「ママと話してるとイライラする」と言った。

家に帰って「最近、ワガママが過ぎると思う。ちょっと話してくれる?」
夫にボヤくと
「そうか。オレの出番かな…」
と珍しく腰をあげた。
でも2分もしないうちに部屋から出てきて私にこう言った。

「あの子はまだまだ小さいんだよ。子どもなんだよ。自分が何かもわからないんだ。
強くいうと『やめてやめて』と殻に閉じこもってしまう。
そうか。ゴメンね、ゴメンねって言うのやめたよ。
今は厳しく言ったってダメなんだよ。
むしろ柔らかく受け止めてあげなきゃ。
時間がたって、新しいラケットを持ってみて、そしたらいつかわかるよ」
そして
「なんかさー、俺たちの若い頃を見てるみたいだよなあ」
と何が楽しいのかニヤニヤしている。

娘が好きなイチゴを買ってきてと頼むと、1パック350円を買ってくる私と違って700円のものを買ってくる夫。
横にある580円のをとばして、贈答用をカートに入れてくる。
それも含め、なぜ?と問うのもやめてしまったが。




コメント

勘のいい人

2019-03-21 | 思うこと
前回、無人島で二人になっても、雪山で二人で遭難しても、口を聞きたくない人を書いた。
きっとCSでやっているサバイバルの番組の見過ぎと思う(笑)
(初めて会った素っ裸同士の男女一組が、火を起こす道具とかナイフとか一つ以外のアイテムは与えられずに、ジャングルなどで一定期間を生き延びられるかを試すという、わけのわからない番組w)

というわけで、たまにはアンチじゃなくてシンパの記事を書こう。
無人島で二人きりになりたい人について(笑)

私はごちゃごちゃ理屈やウンチクを並べる人じゃなくて、「勘のいい人」「感覚の鋭い人」が好きである。
そして正直な人が好きである。
ちなみに「勘のいい人」をくぐると以下のようなことが書いてあった。

察しの良い人。
多く話さずともピンと来てしまうので、嘘をついてもバレる。
こちらが隠そうとしても悟られてしまう。
何に何が書いてあるだの、根拠だのをいちいち持ち出さなくても、インチキなどあっさり見抜いてしまう。
何かしよう!と力んでやるのでは無く、頭をからっぽにして勘に任せてできるのである。
そういう人は素直に(これ重要)自分の感じたまま生きている人に多い。

子供が好きで動物や子供が寄って来る。
動物や子供にしか分からない本能的な感性が大人になっても残っているため、動物や子供も本能でそれを嗅ぎ分け、近づいていくる。

ご先祖様を大切にしている。

人のために尽くす。
困っている人がいたら助ける。
人のために尽くせる人というのは、いろんな人と接したり話したりする事で相手の性格を試行錯誤し、自分の行動をコントロールするので、直感や勘が鋭い人になっていく。

見えない力によって困難を回避出来るなど、守りを実感している。
実感して感謝することができる。


本当に好きです。こういう人。



コメント (3)

バイアスいろいろ

2019-03-20 | 日記
不倫ドラマにドキドキしながら見入ってしまった。
潜在的に不倫願望があってドキドキしてみたいのか?
いやいやそうドキドキじゃなくて、男が必死でひた隠しにしてるのを、妻が疑惑をもってジワジワと追い詰めていくのがサスペンスだったのである(;゚∇゚)

なんてことない言動にいちいちドキッと脅える男。
バレたのか?
いやそんなはずはない。
やましいことを抱える人はそうなる。
あれもこれもが、自分を脅かす存在に見えるらしい。

「幽霊の正体見たり枯尾花」

ありのままが、ありのままに見えない人も多種多様だなあと思った。
世の中には、誰も付け狙ってなどいないのに、自分がストーカーされているという思い込みからどうしても抜けられな人もいると聞いた。
街で誰かがくしゃみをしただけで、それが何かの意味を示すように身構えるそうである。
「そんなことないよ。気にしすぎだよ」と否定したら逆恨みされる。

なんてことない人が素敵に見えたなら、それはむしろ幸せなことと思う。
やましさなどなく、その時その時を正直に一生懸命生きてきた人なら自分を否定することも悔いることもないと思う。

同じバアイスでも、枯尾花が幽霊に見えたらそっちの方が残念。
コメント (2)